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仰木彬

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詳細 2016年10月14日 22:59更新

ご冥福をお祈りいたします。

1935年4月29日、福岡県生まれ。

東筑高を経て、1954年に西鉄ライオンズに投手として入団。1年目に二塁手に転向し、活躍。中西太、豊田泰光、稲尾和久らと共に黄金時代のメンバーに名を連ねる。

西鉄時代の恩師・三原脩の薫陶を受けた名采配は「仰木マジック」と呼ばれるようになる。

「私の仕事は選手の後押しをしてあげること」という指導方針は、西武の管理野球に対しのびのび野球と言われた。

近鉄時代、1988年の“昭和最後の名勝負”「10.19ダブルヘッダー(パリーグの一番長い日)」と、その翌年のリーグ優勝(西武とのダブルヘッダーでブライアントが4本塁打)が名場面として多くのファンの記憶に残っている。

またオリックス時代、1995年のキャッチフレーズ“がんばろうKOBE”を掲げてのリーグ優勝と翌年の日本一は、阪神・淡路大震災で被災した神戸の街を大いに勇気付けた。

鈴木一朗(イチロー)の才能を見出し、育成したことでも知られる。


※エピソード

・豊田泰光がメジャーリーガーからもらったグラブに勝手に自分の名前を書き、強引に譲り受けた。

・三振が多く悩んでいたブライアントに、「君はホームランを打ってくれるんだから、三振のことは気にするな」という言葉をかけた。

・『ニュースステーション』出演時に小宮悦子アナウンサーを本気で口説いていた。

・キャンプの練習後、誰よりも早く夜の街に繰り出し朝まで遊び、次の日誰よりも早く練習場に現れていた。

・監督時代、代打を告げたとき試合状況が読めておらず用意ができていなかった選手を殴り、ベンチの壁まで吹っ飛ばした。

・常に金冷法を欠かさなかった。

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