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四天王寺(日本仏教最初の寺)

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詳細 2017年4月3日 16:36更新

大阪市天王寺区にある、宗派を超越した和宗の総本山。

■日本最古の官寺
聖徳太子建立七大寺の一つ。『日本書紀』によれば593年に造立が開始されており、日本最古の官寺。「金光明四天王大護国寺」(こんこうみょうしてんのうだいごこくのてら)ともいい、山号は荒陵山(あらはかさん)、本尊は救世観音(ぐぜかんのん)。

■「総本山・四天王寺」
当寺周辺の区名、駅名などに使われている「天王寺」は四天王寺の略称に由来する。宗派はもと天台宗に属したが、日本仏教の祖である聖徳太子建立の寺であり、「日本仏教の最初の寺」として、既存の仏教の諸宗派にはこだわらない全仏教的な立場から、1946年に「和宗」として独立宣言を出している。そのためか、普通は「○○宗総本山 △△寺」というが、四天王寺は、単に「総本山 四天王寺」という。

■四天王寺と法隆寺
聖徳太子の草創を伝える寺は近畿地方一円に多数あるが、実際に太子が創建したのは四天王寺と法隆寺のみで、その他は「太子ゆかりの寺」とするのが妥当だろう。寺の創建は四天王寺の方が古く法隆寺の創建は四天王寺の約20年後になる。
なお、当初の四天王寺は現在地ではなく、玉造(大阪市天王寺区玉造)の岸辺にあり、593年から現在地で本格的な伽藍造立が始まったとする解釈もある。

■四天王寺式伽藍
四天王寺の伽藍配置は中門、塔、金堂、講堂を南から北へ一直線に配置する「四天王寺式伽藍配置」であり、法隆寺西院伽藍(670年焼失後の再建とするのが定説)の前身である法隆寺の「若草伽藍」の伽藍配置もまた四天王寺式であったことはよく知られる。

■最澄、空海、良忍、親鸞、一遍
院政期の上皇や法皇は四天王寺にしばしば参詣した。後醍醐天皇は上述の「四天王寺縁起」を自筆で筆写し、巻末に手印を捺している(これは「後醍醐天皇宸翰(しんかん)本縁起」として現存し、国宝に指定されている)。平安〜鎌倉時代の新仏教の開祖である天台宗の最澄、真言宗の空海、融通念仏の良忍、浄土真宗の親鸞、時宗の一遍などが四天王寺に参篭したことも知られている。

■太子信仰と西門浄土
聖徳太子は日本仏教の祖として、宗派や時代を問わず広く信仰され、太子創建の四天王寺は、平安時代以降、太子信仰のメッカとなった。
また、四天王寺の西門が西方極楽浄土の東門(入口)であるという信仰から、浄土信仰の寺としての性格も加えていった。太陽の沈む「西」は死者のおもむく先、すなわち極楽浄土のある方角と信じられ、四天王寺の西門は西方の海に沈む夕陽を拝する聖地として、多くの信者を集めた。
現在も寺に伝わり国宝に指定されている「四天王寺縁起」は、こうした信仰を広めるのに大いに力があった。

現在も黄昏時の茜色に染まった西の空を背景に見る四天王寺の伽藍のシルエットの、この世のものとは思えない美しさはつとに有名である。

■天王寺の舞楽
四月の聖徳太子の命日には、聖霊会と呼ばれる雅な舞楽法要が六時堂前の石舞台(日本三舞台の一つ。他は、大阪の住吉大社の石舞台、広島の厳島神社の平舞台)で終日行われる。
四天王寺の舞楽は、京都の宮中楽所、奈良の南都楽所と共に三方楽所と呼ばれた天王寺楽所であり、最古の様式を伝えている。

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2006年11月19日

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