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古代神都 

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詳細 2016年2月15日 18:42更新

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消された古代東ヤマト



消された古代東ヤマト(2003.6.9)

消された古代東ヤマト(東三河の謎の古代史)

序文
古代神都・東三河−日本の源流− の提言                   
発想の原点は、豊橋市の石巻山ピラミッド説から
                                                
   
 筆者は、神戸、広島、富山、東京を経た上、豊橋市牛川町に平成1983年から1995年までの12年間住んだ。
 たまたま牛川原人の碑があるところに住んでいた関係で、何故こんなところから10万年も前の古人類の骨が出てきたのかという疑問を持つと同時に、それが現代日本人とどのような関係があるのかということに興味を持つようになった。
一方、牛川通の職場に通う途中の道で、きれいな三角断面形状の石巻山がいやでも目に飛び込んでくる。この山は古代には「神山」と呼ばれていた。牛川原人と神山・石巻山は、古代日本の解明に対するキーワードとして、私の頭の中で大きな問題意識を形成するようになった。
 ところで、1992年ごろのこと、秋田県大湯の黒又山(クロマンタ)が古代の祭祀場であり、見方によって、環太平洋ピラミッド文明の要素を形作るいわゆる「ピラミッド」の存在形態であるとの仮説が、同志社大学の辻先生や古代史家鈴木旭氏などによって唱えられるようになった。その存在形態は、断面形状が三角形のピラミッド状で頂上に祭祀用の磐座を有し、周囲に遥拝所である神社や祭祀場をもつことにあった。
 私は、石巻山を中心とした東三河一帯に神社仏閣が異常というほどに多いことに気づき、しかもその神社群の配置を地図に落としてみると、非常にきれいな環状配置になり、あるものは遥拝所を有することを発見した。つまり、豊橋市の石巻山もまさしく、三角断面形状で、環状配置の神社群を有したピラミッドと呼ぶに相応しいものである事を1993年に見いだしたのであった。
 この石巻山ピラミッド説は、その後この地の膨大な古代史跡の発見につながる入り口であった。 この地の郷土誌を調べると、秦の始皇帝を欺き、蓬莱の島に大船団を組んで船出した「徐福」の子孫の定住地と思しき処が現れてきた。また、持統天皇が崩御直前に1月を上回る期間、三河に御幸されていたことも判明した。
 この地の伝承、神社由来、史書を対応させると、高天ケ原、出雲、日向、ヤマトといった日本神話の世界全てが、浮かび上がってきた。まさに記紀(古事記・日本書紀)の神話の舞台があったとしか考えられない状況になって来たのである。
 これらの状況は、「古代神都・東三河」(1996.4)および「倭国の真相」(1997.1)という題名の書籍で、彩流社から出版されている。
 古代ヤマトの多くが、凝縮されて東三河にあったとする書籍なのであるが、現地豊橋ではベストセラーになった。従来の常識を超える説ではあるが支持者も多い。
日本人のアイデンテティーを形成するのに一役立てられるかも知れない。一度手にしてご覧になることをお勧めしたい。                           
                            

 ところで、最近「東海学の創造をめざして」(五月書房、2001.11.15日)が発行されている。考古学者の森浩一先生や、竹下景子さんの鼎談があるが、注目をひくのは、持統天皇が崩御の直前に三河に、約1ヶ月御幸されたことに注目が、なされたことである。
 1年かけて、つぎの会合で話合おうとの言が、森浩一先生から出されているが、そろそろ、話し合われた時期がきていると思う。興味深々。いよいよ、東三河にも古代史の専門家のメスが入りそうだ。
 本書では、筆者が関与した既述2著書の概要を紹介し、その後判明した裏づけデータでもって、より鮮明な古代日本の実像を提供しようと思う。また、その後公表された書籍やインターネット情報を紹介し、古代史に関する新たな提案をも行いたい。


 
 消された古代東ヤマト
        目  次

第1編 消された古代東ヤマト
第1章 東三河(日本の源流か)の古代史
  1.謎の宝庫・東三河                
  2.東三河は古代に繋がる神都・蓬莱国か
  3.日本神話(記紀神話)の舞台
  4.存在した古代東ヤマト
  5.古代ヤマトの文献学的考察
  6.古代東ヤマトは古代出雲か
  7.古代東ヤマトの封印
  8.ヤマトと日本の国号
  9.二つのヤマト、二つの出雲の位置づけ
  10.考古学からみた東海地方
  11. 東ヤマトの興亡

第2章 東三河は邪馬台国!?
  1. 封印された古代東ヤマトの浮上
  2.邪馬台国「東三河説」について (歴史研究会'邪馬台国大論争'から)
  1.背景
  2.地名の由来からみた東三河邪馬台国説
  3.古代中国の日本列島の配置感覚
  4.魏誌倭人伝の行程の見直し
  5.東三河・遠州は古代ヤマトと呼ばれていた
  6.弥生時代の権力機構が存在していた
  7.東三河は神話伝承の古代神都であった
  8.東三河は謎の古代支配者の足跡を秘匿していた
  9.参遠地方の文化
  10.遺跡
  11.出土品 
  12.古代の風習
  13.地名
  14.古代の戦力
  15.動物・植生・鉱物・気候
  16.隋書倭国伝による裏付け
  17.宋書・梁書倭伝による裏付け
  18.卑弥呼の居所、墓の比定
  19.結論
 参考表 「東三河邪馬台国説」と奈良、九州説の比較
   邪馬台国の女王の都は何処か
   石器の分布

第3章 三遠地方の謎と不思議な伝承
 ? 古代天皇に関するもの
  1.神武天皇の謎
  2.東三河と文武天皇の謎
  3.来栖原とアカイコ伝承
  4.東三河と天皇家
 ? 聖徳太子に関するもの
  1.聖徳太子伝説
  2.鑑真渡航と聖徳太子の謎                              
             
  3.石巻山麓東光寺石碑文の謎
  4.難波の堀江
 ? 日本神話に関するもの
  1.天之御中主と国常立命・国狭槌命
      国狭槌命と八王子「トホカミエミタメ」
  2.奥三河と篠田・阿部清明、アマテラス
  3.天孫降臨に関した「かささ、やちまた」
  4.神皇記
 ? 古代日本の呼称に関するもの
  1.扶桑の国
  2.奥三河・鳳来町は日本の源流・扶桑国か!?
 ? 信仰に関するもの
  1.真実不虚−鳳来寺山
 ? 富士・不二に関するもの
  1.このしろ池伝説
  2.布里(不二)と高宗(皇宗)という不思議な地名     
 ? 異界伝説
  1.竜宮の入り口伝説
  2. 三河湾の玉手箱
  3.かぐや姫

第4章 徐福と不二高天原の謎
  1.東三河には秦の徐福の定着地との伝承がある。
  2.徐福伝説とは
  3.富士古文献
  4.富士古文献の由来
  5.富士古文献の内容
  6.富士古文献の内容解釈への批判
  7.蓬莱とは鳳来のことか − 山田久延彦氏の説
  8.鳳来寺山と世界文明
  9.鳳来寺山と宮下文書の共鳴
  10.不二蓬莱高天原の地
  11.富士古文献の高天原を東三河の地に比定
  12.鳳来寺山は、太古の富士山か
  13.高天原と徐福の痕跡
  14.鳳来寺山の地形
  15.徐福は超能力者?

第5章 古代東ヤマトへの新たなる提言
 ? 東三河は東ヤマト・イーストエルサレムか
  1.新城・大宮は不思議な空間
  2.熊野(ユヤ)神社の不思議
  3.諏訪大社、伊勢神宮の間に挟まれた東三河は
    東ヤマト・イーストエルサレムか
<参考>
 まとめ
  1.古代ヤマトは、古史古伝の伝える富士王朝そのものか
  2.古代ヤマトで奉祭された神
  3.古代神都は失われたイスラエル10部族のユートピア

第2編 古代東三河の諸資料・伝承
 ?.三河一宮の歴史(三河国一宮砥鹿神社誌、一ノ宮村史、他から)
  1.本宮山
  2.砥鹿神社
  3.御山に対する原始信仰
  4.古墳
  5.穂の国造
  6.砥鹿神社の祭神
  7.砥鹿神社の社号
  8.砥鹿神社の由緒
  9.穂の国時代と本社
  10.鳳来寺との関係・理修仙人、役小角との関係
  11.雨ごい 「諸国風俗問状三河国吉田領答書」
  12.本宮山の信仰
  13.摂社、末社
  14.草鹿砥氏の由来
  15.神事 
  16.資料
  17.草鹿砥家所蔵資料
 ? 東三河の文化・伝承
  1.中部・東海 東三河の花祭り(愛知) −鬼神の祭り、鳳来寺
  1.花祭(はなまつり)の概要
   1.無病息災の舞
   2.病気平癒と生まれ清まり
   3.祭りの次第
   4.祭場
   5.祭具、舞道具
   6.花祭を通して見通される日本の古代史
 ? 日本の超古代史と天神
   1.天神は人の祖?
   2.日本神話と天神
 ? 千郷村の地名と宮下文書の地名の符合(宝飯郡・千郷村史より)
   1.千郷村の地形
   2.千郷村の旧称
   3.賀茂郷
   4.遠津狭田=天の狭田
   5.湯立
   6.養蚕
   7.神峰山(かんぽ)
   8.千郷住民の出自
   9.龍田、鐘鋳場、鳥仏師
   10.千郷神社の祭神
   11.イナギ              
   12.サホヒコ、サホ姫の乱
   13.野馬台の詩
   14. 三河赤引き糸をニギタエに
   15. 牛久保の徐福伝説

あとがき

 筆者は、序文にも記したが、豊橋・牛川に、昭和58年から平成7年までの足掛け13年間居住した。自分の人生で、2番目に永い上、子供が成長した場所・いわば第2ふるさとである。また、繊維の仕事に関連して、豊橋とは、さらに昭和42年から16年間なんらかの関係を持っていた。

 実は、豊橋の歴史を勉強して感動したのは、牛川の丸山方作さんの甘薯(かんしょ)の増産技術が、戦後の日本の危機を救っていたということを知ったことである。
 戦後の食料のないころ、日本中の庶民は、畑にサツマイモを植えて、飢えをしのいだのだが、丸山氏の増産技術が自分にも関係していたことを知った。丸山氏の技術は、イモの発芽をコントロールするために、温湯で温める方法だったのであるが、まだ、幼なかった自分は、父親がその方法でイモを発芽させるのを無心で見ていた覚えがある。丸山氏の、甘薯の増産技術が、自分の命をつなぐのに重要な役割を果たしていた!と気づいた私は感激した。

 その豊橋に住んで、この地の風光と人情が自分に実にしっくり合うことに感激し、石巻山、照山、本宮山に登り、その頂上で不思議な魂の響感を体験した。実際、この地に家を構えようかと、石巻山のきれいに見える土地を物色した経験もある。 

 筆者の東三河・古代神都説は、1993年、石巻山の頂上で祈る中で得たインスピレーションによっている。更に私を動かしたのは、照山の頂上で「天地主大神璽」の彫られた立石を、暗闇で知らずに、撫で回していたこともある。前面が削られる照山が痛々しく、なぜこの神山を消滅させようとするのか、憤りより、悲しく思えたのだった。

 幸い、東三河開発懇話会の事務局長をしていた原田氏と懇意であったので、豊橋市の関係部署にその保全を申し入れに歩いたりしたが、この山を残すには、住民の支持が得られなければならない、そのためには、その価値を周知させる必要があるとのことだった。ともかく、急いで豊橋いや東三河の山川、遺跡の価値を世間に周知させる必要が生じたわけである。

 不思議とそのころから、東三河の古代史に関する情報が集まり始め、1994年の正月には、休みも取らず、取り憑かれたように、連日の文書整理で、ようやく、古代神都の概要ができあがった。
 しかし、実際に、本になるには、さらに2年を要し、照山については、書籍出版によるアッピールにもかかわらず、削り取られているようで、まことに残念なことである。

 豊橋は、鬼の国といわれている。持統天皇が三河御行されたのは、日本の源流をなした物部氏(鬼とされた)の文化を、天皇側の都合よいように制御ないし封印するためだったと思われる。
 従って、その封印される前の世界(穂の国)が、解明されなければ、日本の古代史は、ゆがめられたまま、不毛の論争をつづけることになろうと考えている。

 封印され、圧迫された人々の真の歴史が、明らかになることによって、日本の現代人のアイデンテテイーが確立され、自信をもって生活できるのではないだろうか。

 自分のルーツを知ることに、東三河が関係しているとした結果を発表した小生の説・「古代神都・東三河説」については、豊橋の商工会、民俗学の先生、教育長、豊橋中央図書館館長、その他大勢の方々から、共感と支援を得ました。砥鹿神社、賀茂神社、石巻神社の、宮司、禰宜の方々からも反論より、共感を頂いている。

 もっとも、この説を組み立てるに際し、急ごしらえのため部分的には、間違った論拠・推論もあるかもしれないが、基本的にはその後のデータ補強で確かなものとなってきている。古代史に関しては、完全な真実は存在しない。

勝利者側の認識が、正史として残っていく。 これに対し、敗者側の歴史もあるはずだが、それは取り上げられず消え去るのがもっとも多く、抹殺されることも多々ある。本当の歴史的真実は、勝者と敗者の歴史の中間にあるのだろう。
 歴史を論ずるものは、これらを共に取り上げた上で、第3者的立場で統合記述することで、もっとも真実に近づけるのではないだろうか。

 変な言い方ではあるが、筆者は、豊橋・東三河に「恩」を感じている。それに報いることは、東三河・穂の国の歴史を世の中へのアッピールすることが、それに役つと思っているし、また、そのように後押ししてくれる人も大勢いる。
 小生の説を基に、「高天原戦争」を書いた作家、宗田理氏もそのような考えだと思っている。

 最近、穂の国については、各種の発表がなされるようになった。今井遊鬼氏の「おひさしぶり神様、穂の国建国物語」(満天星発行,2001.12)や、横田孜氏の「穂の国、八百年の旅」、菊池展明氏の「エミシの国の女神」、それにインターネットホームページで紹介されている、吉本泰文氏の「穂の国(蒲郡)・邪馬台国説」や、柴田氏の「穂国幻視考」など、いろいろな、発表がでてきた。これから、益々、さまざまな意見が出てくると思われるので、楽しみである。因みに、三河の古代史を語るとき、重要と思われるのは、つぎの各項目と考えて
いる。

1.江島の定池近辺は、穂の国の国造から、遠の小狭田と呼ばれていたという。高天原のユニワは、天の長田(オサダ)と呼ばれていた、とは日本書記の一書にある。
2.丹波の温泉町の古記には、大己貴命は、当地から三河に遷移したと記載されている。
3.ニギハヤヒ命・ウマシマジとその子孫、出雲色大臣と大木喰命は三河一宮・大木から豊川下流の神社に鎮座する。
4.物部文書によれば、鳥海山に降臨した、物部氏の祖は、三河から移ったと記
載されている。
5.先史時代の石器の流れは、黒曜石、下呂石、二上山のサヌカイトが、三河・遠州に集積される形で分布している。
6.根の堅州国は、遠州・浜北に、根堅遺跡・根堅神社として存在する。尚、根の国とは、先祖の国、命の源の国という意味らしいが、スサノオ命は、根の国に行きたいと言って、イザナギ命に神やらいされたといういきさつがある。
7.徐福伝説、持統天皇来訪、文武天皇の皇居所在の伝承、その他、参遠式銅
鐸、環濠集落、物部氏の統治、倭のスクネ、朝廷別王、ホムチワケ伝承、先祖の
古代丹後からの遷座、朝鮮式積み石塚、前方後方墳や水神平式土器の大和巻向遺跡への伝播、
8.伊勢の内外宮で、三河赤引糸が和妙(ニギタエ)の神御衣として用いられる由来が、天照皇太神が、高天原に御座した時よりのも  のであると記載されていること、など。

そのほかにもいろいろあるが、これらの伝承の信憑性、位置づけがなされれば、高天原神話の歴史的意義が明らかになると思われる。

 ところで、先の書籍公開によって、巷間からさまざまな反応を得たが、藤原氏の直系・山陰氏、天忍日命を祖とする三河大伴氏の直系・大伴氏、タケツヌミ命の子孫・竹尾氏、物部氏の直系・石上氏、蘇我氏の子孫、ナガスネヒコの子孫などと、接触できたことは特筆しておきたい。古代の豪族の子孫が連綿と命をつないでおり、現代もその延長上に生きているということである。 古代史解明は、単に趣味の領域を超えて、現実生活への反映があるということで、心して取り掛からねばならないことを痛感した次第である。

 また、名古屋には、ヒミコの里を今に伝える西山氏がおられ、三河一宮には、徐福の不老不死霊薬を思わせる秘薬の調合法の記録を持つ方を紹介してくれた近
藤氏がいる。近藤氏は、物部氏所有のヤマトの地図が愛知県そっくりだったという話を聞かせてくれたが、現物を見る方法はかなわぬ状況である。

 浜松の鈴木さんは、大勢いて区別は難しいが、いずれも親切に古代神都説の補強ができる資料、情報を提供していただいた。
 その外大勢の方のご支援を頂いたこと、ここに感謝申し上げたい。

 本書執筆の趣旨としては、古代部族間の闘争を再現することは、全くの心外のこと。 
21世紀を迎え、新たな日本人、いや新たな地球人としてのアイデンテテイー確立を目指して、心底から突き動かされて表わされたもの。是非狭い心でなく、広く柔軟な視野で、鑑賞してくださることを期待いたします。

 最近、筆者のホームページの掲示板へ、ある人から感動する言葉の書き込みがあったので、転記させていただく。
目からウロコ 投稿者:はやしのWO私は最近、豊橋に戻り貴方の「古代神都東三河」を読みましたので、現在はかなり新しい検証あるいは新しい発見により大改定もありうると思いますが、よくぞここまで東三河のことを纏められたことを感謝します。
 特に東三河が日本の源流になったこと、東京大学の徳永勝士教授の「HLA・ヒト白血球抗原」からみた"B54−DR4"ルートの太平洋側への弥生人渡来を「方士思想」から捉えたこと、徐福が縄文人との共同戦線により、"B52−DR2"と"B44−DR13"ルートの九州・日本海側の弥生人との衝突を三河でとめたこと、まさに貴方が1997年に書かれた文献史学考証と考古学的検証から5年遅れて「NHK日本人はるかな旅?」の戸沢冬樹プロジェクトグループがものの見事に形態人類学の分野から証明しましたね。
6世紀以降の渡来人との区別もはっきりし、ただただ驚きです。
 小生は50過ぎても歴史には疎いですが、豊川、豊橋、浜松、名古屋と日本の源流の分岐点で生まれ、暮しましたので、まさに東の縄文系(徐福・蝦夷連合)VS西の渡来系のど真ん中でルーツの旅ができること喜んでいます。
 いずれにしても、わずかな証拠から推理、推論をはじめることを思うと前田氏に謝意を表したい。」
 
 最後に、本書籍の出版に快く応じてくださいました、彩流社の竹内社長様に厚く御礼申し上げます。

                                      了








消された古代東ヤマト


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消された古代東ヤマト

「消された古代東ヤマト」という新著(小著)が、発刊の運びになりました。
 2003年2月9日付けの朝日新聞(12面)に、彩流社の新刊書籍の広告が載りましたが、その中に紹介されています。
 大型書店には、並ぶかも知れませんが、一般書店では、注文しなければ店頭に
おいていないかもしれません。 
 「古代神都東三河」、「倭国の真相」に続く、第3弾です。
 日本のルーツ解明に、一石を投じていると思っているのですが。
 どうかよろしく。
            記
 題名 :消された古代東ヤマト 
 副題 :蓬莱の国 東三河と徐福
 著者 :前田 豊
 出版社:彩流社
 定価 :2000円+税

内容
第1編 消された古代東ヤマト 
 1章 古代神都東三河の古代史
 2章 東三河は邪馬台国!?
 3章 三遠地方の謎と不思議な伝承
 4章 徐福と不二高天原の謎
 5章 古代東ヤマトへの新たなる提言
     東三河は、イーストエルサレムか
第2編 古代東三河の諸資料・伝承

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2006年11月5日

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カテゴリ
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