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村山 聖

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詳細 2016年12月8日 23:22更新

棋士【村山 聖】さんのコミュニティがないので、
作らさせて頂きました。

管理人は、日本屈指の天才棋士だと思っていますし、
村山さんの生き方(生き様)から色々な事を学びました。

将棋界の最高峰まで登りつめながらも、
あと一歩という所で、掴み取れなかった『名人』の位、
その壮絶な生涯を管理人は、未だに尊敬してやみません。


 【プロフィール】
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村山 聖(むらやま さとし)
1969年(昭和44年)6月15日 - 1998年(平成10年)8月8日

は、日本の将棋棋士。血液型AB型、棋士番号180。
広島県安芸郡府中町出身。森信雄七段門下。


<人物>

5歳の時にネフローゼという腎臓の難病にかかり、
死ぬまで病と闘うことになる。当時の治療法は、
ただ安静にすることだけであった。
6歳の時に将棋に出会う。めきめき頭角をあらわし、
中国こども名人戦で5年連続優勝したり飛車落ちで
タイトルホルダーを破ったり、中学一年上京時
偶然出くわした伝説の真剣師小池重明を破ったりしている。

谷川浩司が名人になったニュースを聞き、
プロ棋士を目指す。
1982年、森信雄を師匠とし、奨励会を受験・合格するが、
他棋士とのトラブルで入会が認められず、翌1983年
再受験して入会する。
入会後、単身で暮らす病身の村山を師匠の森が
親身な世話をして支えた。
弟弟子に山崎隆之がおり、村山は肉丸、山崎は
ちん丸というあだ名があった。
奨励会では在籍2年11ヶ月という異例のスピードで
四段に昇進し、プロ棋士となる。

村山の目標は他の多くの棋士と同じく「名人」だったが、「名人になって早く将棋を辞めたい」とも
語っていた。自分の時間が残り少ないことを
裏返しの言葉だとされている。

棋士としての闘争心は非常に激しく、
ライバル棋士たちに対しては盤外でも敵意剥き出しの
対応をすることが多かったが、
羽生に対してだけは特別の敬意を払っていたという
(大崎善生『聖の青春』)。

当時、羽生善治を筆頭として10代でプロ棋士となった
一群の少年達は恐るべき勢いで勝ち進み、新人類棋士、
チャイルドブランドなどと呼ばれていたが、
羽生善治、佐藤康光、森内俊之と村山の4名が、
その有力なメンバーであった。この世代が後に
羽生世代と呼ばれ、将棋界の中心メンバーとなった。

村山は「怪童丸」の異称で呼ばれ、奨励会員時代から
「終盤は村山に聞け」とまで言われたほど、
終盤の読みには定評があった。「東の羽生、西の村山」
と並び称され、期待されたが、体調不良で不戦敗に
なったり、実力を発揮できない事もあり、
実績では羽生に遅れを取ることとなった。

1992年に王将への挑戦者となり谷川浩司王将と戦うも、
0勝4敗で敗れる。

その後、病と闘いながらもA級八段までのぼりつめたが、
血尿に悩まされるなどで順位戦の成績が不振で1997年春
B級1組に降級する。その後、進行性膀胱ガンが見つかり
入院、膀胱を全摘出する大手術を受けるが、
休場することなく棋戦を戦い続けた。
「脳に悪影響がでて将棋に支障がでては…」と
抗がん剤・放射線治療を拒んでいた。

村山は晩年になると、将棋年鑑で「今年の目標」で
「生きる」と書くようになった。

1998年春、B級1組順位戦を勝ち抜き1期でA級復帰を
決めたが、ガンの再発・転移が見つかり、
「1年間休戦し療養に専念」する旨公式発表、1998年3月の
最後の対局を5戦全勝で終え、対局の場から姿を消した。

1998年8月8日、入院先の故郷・広島の病院で29歳にて
他界。薄れていく意識の中で棋譜をそらんじ、
「……2七銀」が最後の言葉であった。
A級在籍のまま逝去したのは大山康晴、山田道美、
村山の三人だけである。

本人の希望により家族のみで葬儀が行われ、
葬儀終了後その死が将棋界に伝えられ、
大きな衝撃を与えた。日本将棋連盟はその功績を
讃えて逝去翌日の8月9日付けで九段を追贈した。
また、日本将棋連盟の「将棋世界」誌は98年10月号を
「特別追悼号 さようなら、村山聖九段」と題して
発行し、無冠の棋士の死を悼んだ。

2000年、その生涯を描いた「聖の青春」(大崎善生著)
が出版され、第13回新潮学芸賞、将棋ペンクラブ大賞を
受賞した。これは2001年には新春スペシャルドラマ
「聖の青春」として全国放送され、村山役を藤原竜也が
演じた。
また、演劇台本ともなり、何度か舞台上演されている。
また、2001年2月11日の知ってるつもり?!においても、
その生涯を描いたドキュメンタリーが放送された。

少女漫画を中心として漫画をこよなく愛し、購入するに
あたっては同じ巻のものを三冊揃えた。その内訳は、
読む分、書棚に飾る分、保存する分だそうである。
また読書家でもあり、好きな作家の一人に、
(生と死に対する描写の妙、人物としての壮絶な
 最期などが特徴的な)
ジェイムズ・ティプトリー・Jr.を挙げている。


<昇段履歴>

* 1983年 5級
* 1985年 初段
* 1986年11月5日 四段
* 1988年4月1日 五段
* 1991年4月1日 六段
* 1993年4月1日 七段
* 1995年4月1日 八段
* 1998年8月9日 九段(追贈)

<主な成績>


生涯成績 356勝201敗(うち不戦敗12) (勝率0.639)


<一般棋戦の優勝歴>

* 若獅子戦 1回(第13回)
* 早指し将棋選手権 1回(第30回)

合計2回


<将棋大賞>

* 第20回(1992年度) 敢闘賞
* 第26回(1998年度) 特別賞

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