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金原亭馬生(十代目)

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詳細 2016年7月23日 02:43更新

品のよいソフトな語り口が素晴らしい一番好きな噺家です。
思い出話をお聞かせいただければ嬉しいです。

10代目 金原亭 馬生(1928年1月5日 - 1982年9月13日)は、落語家。本名は美濃部 清(みのべ きよし)。古今亭志ん生の長男、古今亭志ん朝の兄、池波志乃の父である。東京・渋谷笹塚の生まれ。旧制中学を卒業後は写真家を夢見るが時局の悪化により断念。虚弱のため軍人にもなれず落語家として父の志ん生に入門する。 むかし家今松として前座をとばして入門したその日から二ツ目として高座に座るが、父親は満州の慰問ですぐにいなくなり稽古もつけてもらえず苦労を重ねる。戦争を挟んで1948年に真打に昇進。1949年に10代目金原亭馬生を襲名する。九代目馬生は、父志ん生の前名である。本来ならば、馬生が志ん生を告ぐのがスジであるが、父志ん生は志ん朝に名跡を継がせたかったらしく、臨終の枕元で、馬生が「志ん生は弟志ん朝に継がせる」と約束したという伝説が巷間に伝わっている。

「名人」の名にふさわしい父、将来を嘱望され続けた弟との間で挟まれたが独自の清新の気風を持ち続けたとされる。三遊派・柳派両者の持ちネタを多く持ち、とりわけ人情噺など、長くじっくり聴かせる噺に本領を発揮した。(初代金原亭馬生は人情噺の名人だった。)

同時期の先輩で名人と目される6代目三遊亭圓生が写実性と人間臭さを持ち、同じく8代目林家正蔵(のち彦六)がおおらかな形式美を持つのに対し、一種清涼とした江戸前の雰囲気を不思議な透明感を持って描き出すことによって独自の芸風を確立した。また、ゆっくりとしたテンポと解りやすいクスグリを入れることによって、落語ファンを広げた功績も評価される。

江戸っ子の教養として書画もよくしたが酒仙と呼ばれたほどに酒が好きで、朝起きて枕元から飲みつづけていたという。学校寄席で長野の高校にきたところ校長室であいさつもそこそこに「あのう、酒、ありますか」と校長を酒屋に走らせたという本当か嘘か分からない逸話も残している。

50代という、落語家としては最も円熟した時期に他界してしまい、多くのファンを落胆させた。弟の志ん朝も長生きできなかったのは、両者に共通する極端と言えるほど程の多量の飲酒が無関係ではないと見られる。 弟子には金原亭伯楽、五街道雲助、むかし家今松、11代目金原亭馬生、金原亭世之介(二ツ目の駒平時代、宮崎美子のモノマネで話題に)らがいる。 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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