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STEEDS

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コミュ内全体

詳細 2011年5月30日 14:22更新

?ラグビークラブチーム STEEDS の情報交換
?新規選手メンバー募集
?応援メッセージ募集

【部員募集】

有志のラグビー・クラブチームです。誰でも参加可能。
オモロイ奴らが集まる集団です。
強力に新メンバーを募集しております。
参加希望の方、ご連絡いただければ幸いです。

このチームは旧・伊勢丹ラグビー部 が母体です。
社会人では以前の東日本リーグに居ましたが、
2000年にリーグ撤退・・部の解散・・という
スポーツリストラがありました。
(詳細は下記参照願います)
今年は関東社会人2部リーグで戦ってます。

【クラブ歴史】

<昭和時代>

創部は昭和34年。伊勢丹ラグビー部としてスタートです。
当時の早稲田・慶応出身の社員中心に結成され、
同業仲間の流通系企業と「流通リーグ」を創設。
三越、東急、大丸、レナウン、ダイエーさんなどと
草ラグビーをやっていました。当時の部員勧誘は
昔の体育会系バリバリの雰囲気が伺えます。
配属された職場の上司がたまたまラグビー部だった・・体が大きく目立っていたから・・というもの。
ラグビー経歴など関係なしでした。
テニス部出身、野球部出身・・まずは人数集め・・。
試合より試合後の飲み会での一発芸対決が重要視される
などの気合クラブ的な歴史も多々ありました。
先輩方から聞く話には伝説的な物も。
それでも有名大学からの有名選手もたまに入社してて、
ラグビーの質は高かったと聞いています。

<社会人リーグ 参戦時代>

昭和58年、従来の流通リーグから一念発起して、
社会人リーグ参戦が決まりました。
社内でも論争があったのを覚えています。
「ラグビーと仕事の両立をどうするんだ」は難問でした。
当時若手だったラグビー経験者を中心に熱く語り合い、
5年後に日本一を目指そう・・と。
無茶な目標設定は、当時の社内の論争を吹き飛ばし、
部員はラグビーをやる以上に仕事せよ、という気合が
創部時代から受け継がれていたようです。
関東社会人4部から参戦しましたがあっという間に2部
まで昇格し、関東1部の熱い壁に阻まれていた時期も。
リコーや東芝のグラウンドに赴き合同練習しますが、
格の違いを見せられ愕然としていた時代でもありました。
社内では「ラグビー入社」がまだ無い時代でした。

<社会人リーグ 躍進時代>

ラグビー入社(ラグビーだけではないですが・・)が
積極的に始まり、関東リーグ上位での活動が活発に。
早稲田出身のカリスマ的な監督が中心となって練習にも
独自性がありました。早稲田→リコー→英国留学を経て、
石塚さんが途中入社してきたのも話題でした。
ラグビー業界では始めての「外国人選手」の導入もかなり
独自色がありました。石塚さんや元オールブラックスの
選手の加盟は、リアル・ラグビーを提供してくれました。
東日本リーグの創設とともに昇格を果たし、以前に描いた
夢の階段を上がっている時期でした。
明治から有名選手の吉田君が入部したり、その他にも
実力のある選手が入部し、注目も集まった時代でした。
東日本リーグでは中堅チームとして活動し当時強豪の
サントリーに勝つなど、盛り上がっていた時期です。

<社会人リーグ 衰退時期>

東日本リーグに在籍していながら、自前のグラウンドは
ありませんでした。練習は独身寮の狭い中庭を活用したり、
OBつながりで明治のグラウンドを借りたりしてました。
チーム運営の環境は良くありませんでした。
当時のSH、クリス・オニールいわく、
「この環境でこのリーグでの現状維持は奇跡だ・・」と。
実はバブル崩壊や景気減退で、経費削減を迫られていた
という環境があったのです。
世に言うスポーツリストラの匂いが漂ってきた時期で、
新入部員も満足に補給できず、東日本リーグでも下位に
定着するなどの状態に甘んじていました。
それでも部員は前向きになり仕事とラグビーの両立を
目指しました。ジョージ・コニア(NZ)が入部したのが
最後の強化体制でした(のちにNECに転籍〜
ジャパンに選出、 W杯でフランス相手にトライ!)。
STEEDSの名付け親はジョージ・コニアです。
しかし、チームとしてはリーグ最下位で入れ替え戦にも
敗れ、降格決定の現実がありました。
経費削減、リーグ降格での活動効果減退もあり、
社会人リーグ撤退が決定しました。
次の年、関東1部では1位でしたがシーズン終了と共に
解散が決まり、最終戦の入れ替え戦は勝とうが負けようが
「サヨナラ・ゲーム」。当日は大雪にも関わらず大勢の
応援があり、結果は負けましたが、清々しい最後でした。
試合前には他の企業チームの仲間も雪カキを手伝ってくれ、
ラグビーならではの友情など、熱いものがありました。

<復活期〜現在>

リーグ撤退後は有力選手は他チームに転籍しましたが、
残ったメンバーは細々と活動してました。
熊谷のタッチフット大会、有志で集まって合宿練習、
仕事に集中する者もいました。
しかし、社内の若手選手を中心に「もう一回挑戦したい」
の熱い気持ちがあり、企業援助無しにやってみようと、
夢を追いかけて有志でクラブチームとして復活しました。
社内の有志、取引先ラグビー経験者、学生時代の仲間、
このMixi仲間も誘って構成されています。
関東社会人4部からスタートして、順調に勝ち上がって
2006年に関東リーグ2部に昇格。
しかし母体がサービス業の伊勢丹なので以前のような
週末OFFが少なく、他メンバーと一緒に集まって練習が
なかなか厳しい状態です。
メンバー各自の努力研鑚を集結させ、イキナリ試合。
アップで合わせてでドッコイショ・・が現在の状況。
特にFW1列目の人員が不足気味な状態に陥っています。

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開設日
2006年9月30日

3919日間運営

カテゴリ
スポーツ
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