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井上毅

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コミュ内全体

詳細 2016年6月13日 22:46更新

日本史上、これほどまでに重要な人物なのに、
コミュが無かったので作成しました。

井上が「天皇主権」のトンデモ憲法を起草したかのように
嘘っぱちを学校で教え、「天皇のために死ぬ」臣民を
つくるために国家主義的な教育勅語を井上が起草した
というような大嘘が平気でまかり通っている、今日の日本。

井上が後20年もし長生きしていたら、
はたまた、もし総理大臣になっていたら、
大正〜今日に至るまで、日本人が右も左もルソー、
ヘーゲル、マルクスといった全体主義教に毒される
ということもなく、“保守”ではなく「保守主義」が
日本にもちゃんと根付いていたことでしょう。

日本の“数少ない保守主義者”井上毅を顕彰し、研究するコミュ。
また井上に批判的な方の参加もOKです。大いに議論しましょう。


↓Wikipediaからの転載

井上 毅(いのうえ こわし、天保14年12月18日(1844年2月6日) - 明治28年(1895年)3月17日)は、明治時代の日本の官僚、政治家である。内閣法制局長官、文部大臣などを歴任する。

肥後国に生まれる。必由堂(熊本藩家老である米田家の家塾)、熊本藩の藩校の時習館で学び、江戸や長崎へ遊学し、1870年には開成学校で学ぶ。71年に明治政府の司法省に仕官し、フランス語ができたためフランスに留学、帰国後に大久保利通に登用される。明治14年の政変では岩倉具視、伊藤博文派に属する。

国学等にも通じ、伊藤とともに大日本帝国憲法や皇室典範、教育勅語、軍人勅諭などの起草に参加した。90年には枢密院顧問官となり、93年発足の第2次伊藤博文内閣においては文部大臣を務める。

中央集権国家の確立に尽力して政党政治に強く反対した井上ではあったが、法治国家・立憲主義の原則を重んじて、その原則で保障された国民の権利は国家といえども正当な法的根拠がない限り奪うことが出来ないと考えていた。そのため、これらを否定するような反動的な主張に対しては毅然とした態度で立ち向かったという。

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参加メンバー 46人

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開設日
2006年9月4日

3917日間運営

カテゴリ
学問、研究
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