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ミハイル・カラシニコフ

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詳細 2015年10月4日 01:37更新

ミハイル・チモフェエヴィチ・カラシニコフ(ミハイール・チモフェーエヴィチ・カラーシュニコフ;ロシア語:Михаи́л Тимофе́евич Кала́шниковミハイール・チマフィェーヴィチュ・カラーシュニカフ、1919年11月10日 - )は、ロシア人の銃器設計者。史上もっとも成功した小銃と言われる「AK-47」(別名「カラシニコフ突撃銃」)の設計者であり、旧ソ連を代表する銃器デザイナーである。


経歴
シベリアの寒村で農民の家に生まれ、長じて機械工となった。

第二次世界大戦中は戦車の車長であったが、1941年10月、ドイツ軍との戦闘で重傷を負い、後送される。この際、ドイツ軍が部隊の機械化と小火器の自動化で圧倒的な戦闘力を発揮したことに衝撃を受け、銃器設計の途を志した。

病院で療養中に、処女作となるサブマシンガンを設計する。この銃自体は軍用として採用されるには至らなかったが、これがきっかけで「TT-1930」拳銃(いわゆるトカレフ拳銃)の開発者として知られるソ連造兵界の重鎮フィヨドル・バジレヴィッチ・トカレフに才能を認められ、1943年に当時のソ連最大の兵器工場であるトゥーラ造兵廠に迎えられる。


AK-47
ドイツ軍の自動小銃に影響を受け(ただし実際の発射機構はアメリカのM1ガーランドに範をとって)、1947年に後にAK-47として知られることになる全自動発射可能な自動小銃を設計した。その年に行われた試験で他の小銃と比較した結果、信頼性と火力の高さを評価され、既に1946年に半自動式のSKS(シモノフ・カービン)が制式採用されていたにも関わらず、新たにAK-47の生産が決定される。1949年から赤軍内で配布が始まり、1950年代中期以降は広く普及した。のち改良型・派生型の「AKM」や「AK-74」も出現している。

AKはシンプルな設計で量産にも向いており、「どんなに乱暴に扱われても壊れない」「グリスが切れようが水に浸かろうがまだ撃てる」と言われるほどの、並外れた耐久性を備えていた。このため旧共産圏をはじめ、発展途上国等でライセンス生産品やその改良型、コピー品が続出した。半世紀を経た後も世界中で広く用いられている。



以後の活動
その後カラシニコフはソ連軍向けに、AK-47の派生型である分隊支援用火器の「RPK74」や、強力型の弾薬を使用する「PK」などの機関銃を多数設計した。これらの銃はマガジン式ではなく、ベルト式に給弾されることを除けば、AK-47と類似したメカニズムを備えている。

彼の設計した小火器は、一般にソ連の兵器らしく簡潔な設計で、並外れて耐久性に優れ、過酷な環境でも確実に作動して、多くの兵士からの信頼をかち得た。

これらの功績により、2度も社会主義労働英雄称号を与えられることになる。ソビエト連邦解体後の1998年には、聖アンデレの守護勲章 (орден Святого Андрея Первозванногоオールデェン・スヴャトーヴァ・アンドリェーヤ・ピルヴォズヴァーンナヴァ) を受けた。引退時の最終的な階級は技術中将であり、この階級は彼の功績から特例として未だ有効である。(「退役中将」ではなく、「中将」)技術工学の博士号を持つ。

ソ連解体後、カラシニコフは専ら民生用のスポーツライフルの開発に携わるようになった。

AKがテロ行為や途上国の紛争地域で用いられることが多い事実について、カラシニコフは「AKはあくまで祖国を守るために開発したもので、このような状況は予想しておらず、残念なことである」とコメントしている。

彼の息子も後に武器の設計を手がけて試作銃を設計し、「アバカン」と呼ばれるコンペに試作銃を出品するが、後に正式採用されるAN-94ニコノフ銃に敗退している。

2004年現在、カラシニコフはロシア連邦のイジェフスクにある3LDKのアパートで、孫と二人で暮らしている。兵器会社「イジマジュ」の月給は400ドル。国家功労賞の報償金や年金を含めても月800ドル程度である。会社の民営化後、AKの生産に対して0.5%のライセンス料が支払われるようになったが、間違っても豪華な暮らしは出来ない。



ウォッカ
2004年にカラシニコフは、「カラシニコフ」ブランドのウォッカを売り出した。テレビインタビューで、なぜウォッカに銃と同じ名前をつけたかと聞かれ、「私はいつも著名な自分の銃の名前を良いことをすることで広め、向上させたいと思っている」と答えている。


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