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人心権『思想哲学』伴立クオリア

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詳細 2016年6月10日 11:05更新

「心のリセット」がテーマに上がる時代になりつつあります。
人心権(Last Pragmatism 究極のプラグマティズム + 人間のDNA + mDNA)


【人間の純粋本能=真理】から由来する【意識(心)】の全てを 不特定多数の集合知になりうる意識(心)として【人心権】と名づけました。

自律神経等々は 純粋本能。

プラトンの言う「アナムネーシス(想起)」こそが 人間の持つ心(=意識)の本質 だと考えています。
【アナムネーシス(想起)の権利】は自由権でもあります。
プラス【ヒューマンエラー】は 安全安心問題としてありえる事です

【記憶】は【アナムネーシス(想起)】と役割こそ違えど、【記憶】は拡散性(更に未来に向かい拡散している)では 【想起】と相似形の役割があり、多重性(未経験の過去の歴史と社会環境と自然環境これはIT社会に拠って重要性が増している)では違う役割を持っています。そして それらがある故に【矛盾の存在とその許容範囲】として存在する。存在すべきである。

※【想起】も【記憶】も【矛盾の存在とその許容範囲】も無限に拡大する多重性と拡散性の性質を持つ。このどれもが【行動となる権利(=生きる事と生きる為を証明しているところの人間の存在価値)】を持つ。

【想起+記憶+矛盾の存在とその許容範囲】となって【精神】を構成しています。

【想起】とは 多数の記憶から生まれる新たな心・多数の記憶から生まれさせられる新たな心と言えます。カントの【アプリオリ】とはこの様なアプローチによって簡単に理解できる。

ですから人間の純粋本能由来の意識であれば・・・ 
【精神の権利】=【「アナムネーシス(想起)の権利」+記憶の権利+矛盾の存在の許容される権利】=【人心権】
広い意味でこの様に【人心権】を人間の根本的権利の根拠として考えています。

民主主義時代。現代社会はIT技術の進化発展に伴いネット社会を迎えています。【精神】を構成する意味と意義が 社会的に顕現される理想的時代の入り口です。

民主主義に伴なっている三つの考え方。
【自由】【平等】【平和】については 解かりやすく素晴らしい言葉だと思います。

古代ギリシャでは これをどんな風に考えていたのでしょうか?

【自由】とは: 生きる為の衝動・気力です。古代ギリシャでは情熱的な愛と言うエロースです。
【平等】とは: 生きる為の共存共栄(=友愛)の感覚です。古代ギリシャでは友愛とも精神的愛と言うピリアーです。
【平和】とは: 生きる為の環境を探求する大脳皮質で生まれる進化する感覚です。古代ギリシャでは家族愛・兄弟愛・社会的愛と言うアガペーです。


【感覚】とは 本能と意識の融合した価値観のことです。 この価値観は大脳皮質がつくる新たな感覚です。
悲劇を繰りすえした人類の歴史を学ぶことが出来ても、尚且つ繰り返すのも当然な事かもしれません。その繰り返すことを少なくする事を学ぶ時代になったのかもしれません。
「人間の意識の思い上がりへの反省」の新しい時代を意味しています。どんな事になるか! 面白く 興味深く 探求していきましょう。


◎哲学は 真理であったり 因果関係であったり 機能であったり 存在であったり 神であったり ・・時代によっても 社会によっても 進化によっても、その様に意味を変えて存在する。
哲学は 意味を変えて存在しています。解かりにくいはずです、面白いはずです。

◎哲学とは? 神話(宗教も含む)への疑問、この疑問を解く為の体系全般を言います。
既に傾向が出始めている【人間が 生きる為の合理的な体系全般、人間と共生している 共生生命ミトコンドリアとの最良な関係を維持する合理的体系全般】を言う様に進化発展すると思います。

◎思想とは? 個人・社会・国家・地球・太陽系・銀河系・宇宙  これらの夫々の【人間とミトコンドリアが 生きる為に必要な環境整備の為に生かされる【処世術の手引書】】の事を言います。

◎「人間とミトコンドリアが 生きる為に必要な環境整備の為の【処世術の手引書】」
 それは、「人命」の概念が 今までの私たちは間違っていた事を意味しています。
「人命」の概念は「人の命」と言う事が 人間の歴史上では規定の事ですけど、間違っているはずです。
「人命」とは「人の命とミトコンドリアの命」が正しい事を前提に考えたいと思います。従って「人心権思想」とは「人とミトコンドリアの権利全般」を意味していると考えています。
「人間の意識の思い上がりへの反省」の意味が 少しお解かりいただけましたでしょうか。

面白いと思いませんか? 天上天下唯我独尊では無いからです。
個人の生き方が大事にされた時代から 個人も不特定多数の人間も ミトコンドリアとの共生が大事にされる時代に既に変わりつつあります。

◎私達人間の心は 表裏があって意味を成し、観念で構築されている故に表裏をもって存在をなす。二つ以上の多数を持って存在を成す。だから 意思伝達に於いても 言語が違えば伝わらないのだと言う事です。

◎思想哲学の入り口にあるものは・・・感情と理性と言う意識(心)を認識する事が 思想哲学の諸問題を見つめる為の そもそもの入り口になります。
これを言い換えると「無意識の領域から冴える」と言う意味になると考えています。
例えば「職人技」「プロの技」と言う事でリアルに目にする事が出来ます。
それは・・光が、【波の性質】と【粒子の性質】を併せ持っている事と似ています。
意識が 【感情=波の性質】と【理性=粒子の性質】を併せ持っていると考えられるし、感情には大きな振幅を比喩で現してもいます、実際に脳波を波形で表してもいる事にその意味を重ね合わせても面白いと思います。

真宰(しんさい)(根源)は 存在するのか。これは 大昔から 永遠のテーマだと考えられているものです。
光が【波の性質】と【粒子の性質】を併せ持っているように、万物の根源は 複数の真宰(しんさい)から【生まれたる物】だと考えられる根拠があるように思う。こういう意味で、フラクタル理論も根拠になるのかもしれない。


◎人間の尊厳は、命こそ 人間の尊厳と認識すべき物だと。こう私は考えています。 実存主義的な人権と自我とミトコンドリアの共生を考えたポスト構造主義的な心権で、【命】と【心(意識)】は別々な意味を成しています、この二つを含んだ権利を【人心権】と言いますが、この【人心権】で 人間の尊厳は守られるものだと考えてみようではありませんか・・・

アンチ人心権的文化として【恨の文化】があります。
恨の文化は 人間の命を軽んじる事もあるのではないでしょうか?

人間の命について 一言触れておきます。

私は 命を平等と言う価値観の対象とは考えてはいません。

命には 矛盾が無い存在と考えているからです。
命に二つは無いからです。
ですから 自分の命に 価値をつけてはいけないものなのだという考えを基本としています。
価値をつけられない物こそ 尊厳の栄誉ある言葉に値すると思っています。

命こそ 人間の尊厳と認識すべき物だと。こう私は考えています。

命は 基本的に「生きる衝動と気力」の事だとも思っています。
そして、命こそ 人間の自由そのものだと考えています。

自由とは 生きる気力の感覚の事です。すなわち命の事です。
そして唯一無二の命こそ矛盾の存在し無い物として、人間の尊厳そのものだと思います。

ですから、他人の心にある目に見えない心の一線を踏み越えて 土足でその「生きる気力の感覚」を踏みにじってはいけないと言う事です。
これも私の理想の一つです。

土足で踏みにじる。これは どう言う事かと言うと・・・
国家にしても 権力者にしても 「死んで来い」と言ってはいけないという事です。誰々の為に「死ね」、お金をあげるから「死ね」等々とかがいけない事なのです。宗教の為に 天国へいけるから「死ね」と言う事も、殉教もいけない事だと考えています。

命とは 唯一無二の個々の人生の本源的なものです。人間の尊厳に値する物です。
命は 個人個人にとっては矛盾し無い存在です。だから人間である個々の尊厳に値すると言う考え方でよいのではないでしょうか。

人類は この世界に生まれた理由も解からない。生まれた事に意義がある事すら解からない。しかし 子供を生んだとき 物を作ったとき 一緒に生活をしているとき 幽玄の感覚を味わう事ができるのだと感じる。ここに人生の素晴らしさを感じる。そう感じるように人類は創られている。
   
   幽玄を
   至福の感覚と
   紐解くと
   心身二つの合喜
   性欲食欲睡眠と人生

この様な考え方をもって 私は 現代から見たら「究極の思想」と名づけて、
人心権思想(Last Pragmatism 究極のプラグマティズム) と考え、皆さんと夢を共有できる 夢のあるコミュニティーを考えています。

【一】
◎「人間の心と社会システム全体(自然も含む)」この両方の夫々に存在する基本的に解かりやすい概念(属性として存在している物も含む意味を含みます)
イ.「意識の領域(狭い)」
ロ.「無意識の領域(広い)」
ハ.「『潜在意識化の領域(経験と共にどんどん広くなる)』」
二.「無意識の領域」を「意識の領域」化させる能力を持つ人が、昔からいるのかもしれません。

意識と無意識の二つの領域と潜在意識化の領域が 認識と言う意味で歴然と存在している。

私達の社会の中に色々な物が 無意識や潜在意識として存在しています。
例えば、
先人の智恵や技術は どちらの領域に入りますか?
文化文明は どちらの領域に入りますか?
自分の命・他人の命は どちらの領域に入りますか?
日本や外国は どちらの領域に入りますか?

イ.とロ.の二つの新概念とハ.の潜在意識化の領域の概念を認識する事で 旧思考と決別できるかもしれない。
これらの二つの新概念と潜在意識化の領域の概念を探求する事で 心の第二段階の成長が始まるかもしれません。

全ての意識を横に並べる事ができれば、何処かが矛盾の関係を持つ。
これと同じく、
社会や世の中のどこにでも矛盾は存在しています。この矛盾は 自分に対立する矛盾として考えるのではなく、自分の心の進化発展の為の矛盾として、これらの矛盾を「昇華させる意識」を持つ事にも重要な意味が存在している。この考え方が新しい道を開く物だと考えています。(新価値観の体系と概念を持つ事でもあります)

現代社会には潜在意識化の概念が 思想や哲学の概念として存在していない。
ここに暮らす現代人間を反省する・・・現代人の精神状態の反省・・
「天上天下(てんじょうてんげ)唯我独尊」
人間が 自分が 誰でも この様に感じ・思い・行動する世界だと考えていす。

【二】
必ず訪れる未来とは
現代の終焉(ポストモダン)とは・・心の進化発展の現象だと思います。

【三】
『私達、人間(人類)の『心』は 物語を作る能力に統合されている。且つそれ以後に理性的な心が育ったのも人間の進化発展の賜物なのです』
これは『統合脳』の仕組みに起因している。
ネット社会の目的は『社会』をに『統合脳』投影する、そう言う意味で在るのかもしれない。

人間の心の進化の変遷は
?物語文化の時代・・神話・宗教・真実や嘘の話
?理性文化の時代・・カントの近代西洋哲学から・科学的発展・カオス
?多心原理文化の時代・・ネット社会・『無意識と意識の両領域の概念(認識力)』・人間の心の許容範囲の拡大(人心権思想)と言います。
 
??を内包しつつ?の時代に進むと考えています。

?物語文化の時代は 古代人そして現代人の 生きる為の自然に湧き出る智恵でありました。現代では幼児期や子供時代や大人になっても抱く「想像や夢や計画性」を言うのだと考えています。

?理性文化の時代は 極論すると「存在の証明」です。観念論は「多心ゆえに存在を証明できない論理だと考えています。多心に気が付けば証明は可能なはずです」。実存主義は 「多心なのに自分が一心的立場から証明するあまりに社会との矛盾・現実の自分の姿との矛盾、この両方を内包しております」

?多心文化の時代は 人間の心は「多心=矛盾=煩悩」のあるがままで良いのです。自分が多心ならば他人も多心なのです。自分があるがままなら他人もあるがままなのです。従って同じ人間の心を持つ、区別があっても差別をする理由も無い人間社会が目の前に存在する事ができるのではないでしょうか。

【四】
●『現代の終焉』した・『カオスの終焉』したと言う時代があるならば・・・
私の考えている『人心権思想』で『現代の終焉』『カオスの終焉』に置き換える事が出来れば本望と考えています。

『カオス』は 一つの矛盾を解決すると 更に多くの矛盾が起こる事なのです。それは必然的な事、人間の心が一つでなく多心である事の証明でもあるからです。人間はそれを悟る時代が来ると思います。人心権と言う言葉と共に対をなして悟る時代、心が進化発展する過程で突然のように自然に社会に迎えられていると思います。マインド・チェンジス(心の瞬間展容)だと考えます。

【五】見当識機能(証明や検証できる意味を含む)と感情的機能(錯覚や嘘の意味を含む)は 心の組成です(【六】を参照)
**
人間の心 一人でも複数形の機能である・・・概略的説明
空間情報・時間情報・検証機能・記憶機能の複数情報を元に認識する【センサー機能(認識機能)】を持って認識する【心】→【センサー機能(認識機能)の心が複数形】である。

【センサー機能(認識機能)の心が複数形】であり、【出力機能の心が単数形】である。
                        概念
【センサー機能(認識機能)の心が複数形】・・・・【感情的概念】と考えられる。
【出力機能の心が単数形】・・・・・・・・・・・【理性的概念】と【感情的概念】の二通りが出力機能に存在すると考えられるようになった。出力機能が機能用途別に捉えられるようになった。近代西洋哲学以降の西洋文明に於いての【理性的概念】の意識的出力によって【意思伝達能力の進化発展が見られるようになった】。

人間は 【赤ん坊の時(思考と意思を持ち始めた時)】に、人間は 既にこの二つの機能が使っている事がわかる。
【センサー機能(認識機能)の心が複数形】
【出力機能の心が単数形】

曖昧な心の表現の言葉は 心を複数形(感情的)とした言葉だからです。単数形(理性的)だったら単刀直入で 誰でも解かりやすい言葉や表現になります。

**

私達の認識力は 「複数の認識能力の統合機能」を持った「センサー機能」の働きで認識いたします。この事が『多心』と言う概念の元でもあります。
『多心』は人間の心が一心「出力機能」ではないと言う事に尽きると思います。

●【真実】「多心」=「矛盾が必然的に存在する」=「煩悩(多数)が必然的に存在する」=「必然的に人情(多数)が生まれる」(人間は心を創り そして本能に心を持つまでに進化した動物とも言えそうです)
 【虚(錯覚・嘘)】「裏多心」

●【真実】「一心」=「理性」=「科学」=「学問」=「必然的に義理(貨幣は義理の意味の一つです)が生まれる」(同じ意味を持つ、言葉が違うだけ)
 【虚(錯覚・嘘)】「裏一心」

『矛盾』は人間の心が『多心』であれば必然性を持って現れるものです。この現れた事象に気が付くor気が付かないかは 価値観へと結びつくのでしょう。

『価値観』は『心で起こる矛盾を昇華した物です』

?人間の『多心』→『矛盾』→(昇華)→『価値観』
?『個人』大勢→『社会(共存共栄)の矛盾』→(昇華)→『文化文明』

民主主義時代も封建時代も概念的には同じです。
?と?の関係は同じ事なのでしょう。
『人心権と社会のかかわりとして関係性を現した物です』

『Jinsinken-ism』 今はイメージだけで 揺籃期にある人心権思想です。ですから恥ずかしながら 皆様とここ縁塾を持って ご縁を持って育てていただけましたらと心よりお願い申し上げます。宜しくお願い申し上げます。
**

人間の「心」とは? 

隠蔽されている「差別意識」。本能の一つです。本能が意思を持つ心になっていると考えられるのではないでしょうか。自我と分離できない本能です。
?愛(社会としての愛)と争い 差別意識その物 ?人間は社会的動物である証
?真の民主主義社会 ?人の本能行動由来の生きる気力 ?心の成長を持ってしての大人・子供の違い ?心にしか無い自由・平等・平和の理念 ?護民官的政治 ?処世術的歴史 ??経済 ?支える意思で造られた国家 等々殆ど全てを考えたいと思います。

現在 世界人権宣言や人権思想のもつ権利主義が持つ矛盾を超えて存在するものが「生きる気力の尊重」と言う言葉の中にありました。
人間の心は 長い世代交代を経て進化・発展するものだと考えます。そして進化・発展のベクトルの先に存在する心の感覚をだれが考えていたでしょうか。心の持つ感覚こそ 昔から 宗教にも隠蔽されていた自分自身の感覚です。


◎【裏多心・裏一心】の存在

「裏多心 と 裏一心」≧「錯覚」
「裏多心原理と裏一心原理」≧「錯覚」

一言で「錯覚」と言われるものは「錯覚(Illusion)」も心なのです。
しかも 社会現象をある一面で彩っている心ではないでしょうか。

「裏多心原理と裏一心原理」と言う表現で捉えると 「多心原理と一心原理」に対する形で 新たな認識力になり 社会認識をネット社会に合わせる働きにもなると思います。

社会現象的「錯覚」は 自然現象の「ブラックホール」に似ていると思います。
インパクトを感じてもらえますでしょうか。

社会現象的な「裏多心原理と裏一心原理」とはどう言う事でしょうか?
それは・
マジック(手品)・詐欺・相場(投機)・命令・殺人や自殺(死のイメージ)・カルト・宗教・等々

【六】四つの基本感覚(原始的感覚・始原的感覚) そしてこの三次元的に言う四面体は 透明ですが不思議なパンドラの箱をなしているようにも思えます。

★人間の『見当識機能と感情的機能』=『心』(【五】で書いてあるように心の組成は 見当識機能(証明や検証できる意味を含む)と感情的機能(錯覚や嘘の意味を含む)の二つからなる)の元ともなる 四つの基本感覚(原始的感覚・始原的感覚)である

?『?a不安感の感覚と?b安心感の感覚』 表裏をなす感覚である事が起因してしまうのですけど 善悪の行為までが 不安感の感覚と安心感の感覚のどちらにも存在している行為となると言えます。そして この表裏の二つの感覚がある為に抱く更なる感覚も行為も 無限に生まれると考えています。人見知りや差別等々の意識と切り離せないと考えています。
?『生きる気力の感覚(=自由と言える感覚)』 これを大きく人間が持つのと小さく持つのとは 人生を大きく変えうるほどに違うようですけど、未知なる本能から由来する。 
?『社会性の感覚』社会生活・社会環境のなかで、自我の確立期を経て大きく変わりますけど、赤ん坊の時から成長しつつ身につける感覚。俗に言うと処世術です。

★?a?b??の四つの感覚が作る相互関係を基本として 人間の知恵が創りあげる『人間社会』に対する個人・『個人』に対する人間社会を見つめて 真の民主主義を創りだす思想を考えたいと思います。

★?a?b??はそれぞれが多次元的組成を持つていて、三次元的に言うと四面体とも言えそうな箱を作っている。この三次元的に言うと四面体が あの何でも出すことのできるパンドラの箱ともいえるかもしれません。人間は 心(見当識機能と感情的機能)と身体の中身で出来ているパンドラの箱です。
この、三次元的に言うと四面体の外側(四次元以上の多次元的組成を持つ四面)をなす総称を心(見当識機能と感情的機能)だと考えられるからです。
三次元的に言うと四面体=身体の中には 身体=「肉体やミトコンドリアや記憶や無意識など等々」がつまっているようです。

【七】
まず 乗り越えるべき人権主義があります

言い換えますと
民主主義の根本原理に 置き換えられるのが「世界人権宣言」(世界の国が採択しています)です。ここに覚えられないほど沢山の権利が記されています。
集約すると
○全ての人間に尊厳がある。
○全ての人間は 自由に自己の権利を主張できる。

そして その権利を主張するには 義務が当たり前に伴うわけです。
●権利に重きを置く社会を自由主義と言います。
●義務に重きを置く社会を全体主義と言います。
これが 現代社会の考え方の基本です。
人権思想の限界は 本源的に社会的矛盾の解決のために新たな社会的矛盾をつくる その矛盾スパイラルにあります。

【【八】】   
人心権思想とは・
☆☆権利を主張しなければ義務が伴わないことに気が付くべきなのです。この考え方こそ『現代の終焉』、現代思想の矛盾からの決別です。

☆★人間の心の始原的感覚である『安心感の感覚と不安感の感覚』更に本源的感覚である『生きる気力の感覚』そして『社会性の感覚』が 民主主義を求める人類の本来の根本原理を生み出すのではないでしょうか。
始原的感覚から 人間の心の「多心・一心」「裏多心・裏一心」と言う色々な心が発生すると考えられるのです。
異相性の感覚は この『始原的感覚』に対する『裏多心』的発生を考えています。『裏多心』とは「錯覚(イリュージョン)」を旨として生まれる心だと考えています。

☆★人類の心も身体と同様に進化しています。『心の進化論』(仮説)。同様に 人間の心は 生きる気力が無くなるまで『心の成長が可能です』(仮説)。

☆★人間の心は 成長いたします。第一・第二・・反抗期を経て思春期を向え『自我の確立に至ります=社会性へのスタート』です。ここで人間に大切な物が自然に身に付く物です『異相性の感覚(成長を伴うという仮説も含みます))』といいます。これを個性とも言いますが それだけでない要素を持ち合わせております。

【九】
では『心』とは何でしょうか?
『意思を持つ感覚器官』=『?言語?創造性?論理性?行動を司(つかさ)どる感覚器官へと進化』したのだと言えると考えます。←これが『心』と言えると考えます(洞察いたしております)
この神経の発達は 素晴らしい『意思を持つ感覚器官』へと進化を遂げていると考えました。
『心』とは 中枢神経(脳と脊髄)と末梢神経を含んだ「神経の進化・発展の賜物」だと洞察いたします。勿論 自律神経系の機能も含まれています(何故ならば副交感神経の機能としての生殖機能も人間的大切な要素にあると考えるからです)
『生きる気力』は『自律神経が進化した意思を持つ感覚器官』なのだと洞察いたします。

★★私の『人心権思想』は ここから始まります。
一、序 
科学技術の発展した今日ある処の現代も正にその思想的考え方も近代哲学の真理探究の上に成り立っていると思います。良いところは受け継いでいくからこそ 進化・発展と胸を張って言えると思っています。

そして 現代も科学技術全盛で この地球では人類全体がその恩恵にあずかり謳歌しつつあります。
しかし 現代社会では 科学技術を必要としますが 本当の意味での地球規模の平和の実現と私達が暮らす街角の平和も同一である処の『社会の真の価値』に到達できないでいるのではないでしょうか。
私達の街角の社会事象も地球規模の世界の事象も 未だに醜い人間の・人間同士の争いによる不必要な犠牲がつきまとっています。人間を地球上から減らす良い機会だと『嘯く人すら少なくありません』・・これが現代です。

一方で 新しい価値観・新しい理念が生まれてもいます。
このことは 過去の人がかっては理想社会を現代にも抱いた事と同じです。現代人がこの現代の中にも矛盾を感じている発露でもあると思えると思います。新しい思想が『現代の終焉』を願っての人類の知恵でもあり、人類の心の進化・発展の証と思えるのではないでしょうか。
これが『人類の心の進化・発展の証』だと思っても良いのではないでしょうか。
その考えの頂点に『人心権思想・処世術思想・護民官思想等々』の考え方があるのではないかと模索しております。

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開設日
2006年8月26日

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カテゴリ
学問、研究
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