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Pablo Picasso

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詳細 2017年4月10日 18:06更新

パブロ・ピカソ(Pablo Picasso, 1881年10月25日-1973年4月8日)はスペインに生まれ、フランスで制作活動をした画家・彫刻家である。
キュビスムの創始者であり、20世紀で最も有名な芸術家といえる。
生涯におよそ13,500点の油絵と素描、100,000点の版画、34,000点の挿絵、300点の彫刻と陶器を制作し、最も多作な画家であるとギネスブックに記されている。
1892年、ラ・コルーニャの美術学校に入学。1895年、バルセロナの美術学校に入学。1897年、父の指導のもとで描いた古典的な様式の『科学と慈愛』がマドリードで開かれた国展で佳作を受賞、マラガの地方展で金賞を受賞。同年秋、マドリードのサン・フェルナンド王立アカデミーに入学。だが、ピカソは宮廷画家を目指すことの無意味さを悟り、中退する。1899年からバルセロナに住み、若い芸術家たちと交わりながら熱心に絵を描く。
1900年にはじめてパリを訪れ、バルセロナとパリを数度行き来する。1904年、詩人のマックス・ジャコブによって〈洗濯船〉と名付けられたモンマルトルの建物に居を構える。

ピカソの最晩年の作風は、彼がそれまで経てきたスタイルの混合である。ピカソは最後のエネルギーを制作に注入し、より大胆に、カラフルで激しい絵を描いた。
1968年、彼は347点におよぶエロティックな銅版画を制作。多くの批評家がこれを「不能老人のポルノ幻想」、あるいは「時代遅れの画家のとるにたらぬ絵」とみなした。長い間支持者として知られたダグラス・クーパーさえ、「狂った老人の支離滅裂な落書き」と評した。
時間がたってみると、晩年のピカソは、後の新表現主義を先取りしていたことに気づかされる。ピカソは死ぬまで、時代を先取りする画家であり続けたのである。
                   以上Wikipediaより抜粋


追記:2007年3月13日

昔、「たけしの誰でもピカソ」でピカソの特集やっていて、それに出てきた

     「私は子供になりたいんだ」

っていうピカソの言葉がとても好きでした。私はそこから好きになりました。
子供の無垢な感性を大人になってしまった自分の中から掘り出そうとしてあの様な画風になったんだと、その言葉でピカソの絵が理解できました。
個人的には、ピカソは天才ではなく「天才がどういった物か理解していた人物」だと思っています。そして天才に近づいていったと。

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カテゴリ
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