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CHELSEA

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詳細 2013年10月3日 13:00更新

■チェルシー・フットボールクラブについて

http://www.chelseafc.com/

創立:1905年(創立者:Mr H A Mears)
ホームタウン:ロンドン(イングランド)
ホームスタジアム:スタンフォードブリッジ(42449人収容)

オーナー:ロマン・アブラモビッチ
チェアマン(会長):ケン・ウィリアム・ベイツ

過去のおもな成績(2003年まで)
1部リーグ 優勝 1955
FAカップ 優勝 1970,97,2000
FAカップ 準優勝 1915,67,94,2002
FAカップ ベスト4 1911,20,32,50,52,65,66,96
ヨーロッパ カップ・ウイナーズ・カップ 優勝 1971,98
ヨーロッパ カップ・ウイナーズ・カップ ベスト4 1995
ヨーロッパ スーパーカップ 1998
リーグカップ 優勝 1965,98
リーグカップ 準優勝 1972
FAプレミアリーグ・アジアカップ 優勝 2003
チャリティーシールド 優勝 1956,2000
チャリティーシールド 準優勝 1971
2部リーグ 優勝 1984,89
2部リーグ 準優勝 1907,12,30,63,77
ZDS カップ 優勝 1986,90
マキタ/アンブロ トロフィー 優勝 1994,97
FA ユースカップ 優勝 1960,61
FA ユースカップ 準優勝 1958

最高入場者試合:82,905人 (vsアーセナル戦 1935/10/12)
最低入場者試合: 3,000人 (vsリンコーン・シティ戦 1906/2/17)
最多得点差勝:13-0 (vsJeunesse Hautcharage戦 1971/9/29)
最多得点差負:1-8 (vsウォルブス戦 1953/9/26)

歴代監督
1905 - 1906 John Robertson
1907 - 1933 David Calderhead
1933 - 1939 Leslie Knighton
1939 - 1952 William Birrell
1952 - 1961 Ted Drake 1部リーグ
1962 - 1967 Tommy Docherty リーグカップ
1967 - 1974 Dave Sexton FAカップ/ヨーロッパCWC
1974 - 1975 Ron Suart
1975 - 1977 Eddie McCreadie
1977 - 1978 Ken Shellito
1978 - 1979 Danny Blanchflower
1979 - 1981 ジェフ・ハースト
1981 - 1985 ジョン・ニール
1985 - 1988 ジョン・ホリンズ
1988 - 1992 ボビー・キャンベル
1992 - 1993 イアン・ポーターフィールド
1993 - 1996 グレン・ホドル
1996 - 1998 ルート・グーリット FAカップ
1998 - 2000 ジャンルカ・ビアリ コカコーラ(リーグ)カップ/97-98FAカップ
欧州CWC/欧州スーパーC/99-00FAカップ/チャリティシールド
2000 - クラウディオ・ラニエリ FAプレミアリーグ・アジアカップ

チェルシーFCの歴史
(この文書はチェルシーが1998年にUEFAスーパーカップに出場した際に、UEFAのサイトに掲載されたチェルシーのチーム紹介です。)

近年の経営環境の目まぐるしい変化にもかかわらず、チェルシーFCはチーム創設以来 93年の歴史でもっとも華やかな時代を向かえています。

1905年に設立されたチームの起源は独特なものです。クラブグラウンドであるスタンフォードブリッジはチーム設立以前から存在しました。当初はスタンフォードブリッジ・アスレチックグラウンドと呼ばれていたそのグラウンドは、フルハム FCに使ってもらうつもりでH.A.メアーズ氏が所有していましたが、フルハムはそれを断りクレイブン・コテージに残りました。その結果チェルシーがスタンフォードブリッジを使う事になりました。

チェルシーはまず南部リーグに所属する事を申し込みましたが、フルハムとトッテナムの反対にあい拒否されました。しかしながらその後その当時のトップ選手の数名と契約をし、広く働きかけをしたことでリーグ参加に許可が下り、 2部リーグ参加を決めました。2年後には1部リーグへの昇格を成し遂げましたがその後は数年間に渡り1部と2部の間の往来を繰り返しました。

黎明期の唯一のハイライトは1915年のFAカップ決勝進出です。しかし当時「Khaki Final」(カーキ・ファイナル)と呼ばれていた決勝戦は0-3でシェフィールド・ユナイテッドに破れています。

初期の段階である程度の成果を収めた事で、その評判により更にトップレベルの選手を惹きつけはじめました。1930年代から40年代にかけてチェルシーは4度FAカップの準決勝に登場し、リーグ戦では一度3位の成績を残しました。しかしそれはチェルシーが最初の優勝を成し遂げる前兆とはなりませんでした。その時が来たのはテッド・ドレイクの安定した指揮により、後にも先にも唯一の国内リーグ制覇を成し遂げた1955年でした。そのシーズンのリーグ最終戦でピーター・シレットが挙げたPKで優勝を決めました。

しかし、イングランド協会(FA)はヨーロッパチャンピオンズクラブカップのイングランドの最初の代表となったチェルシーのヨーロッパデビューを阻止しました。チェルシーはこの出来たばかりの大会への参加を誘われましたが、FAはイングランドフットボールの代表としてのチェルシーへの誘いを断りました。したがって、チェルシーのヨーロッパデビューは1958/60年のインターシティーズ・フェア-ズカップ(今のUEFAカップ)になりました。しかし、チェルシーは第2回戦でOFKベオグラード(ユーゴスラビア)に負けています。

チェルシーの最初の継続的な成功の時代は、チェルシーが下部に降格した後で解任されたドレイク監督から引継いだ華やかなスコットランド人の監督、Tommy Dochertyの就任(1962年)と一致しました。彼はFAユースカップを連覇したばかりのチームを引き継ぎました。そして彼のチームの血気盛んな若手選手、例えばピーター・ボネッティや未来のイングランド代表監督、テリー・ベナブルズ、ピーター・オズグッド達が監督就任1シーズン目でのトップリーグ復帰を果たしました。

チェルシーのエキサイティングなチームは60年代の奔放なロンドンの街の一部として非常にマッチしていました。そして多くの熱心なサポーターを惹きつけました。スコットランド人のチャーリー・クックがクロスボールを供給し、ボビー・タンブリングとオズグッドがゴールを量産しました。 チェルシーはリーグの優勝候補として見なされるようになりました。しかし、トップリーグ復帰の最初のシーズンは5位という成績で終わっています。Docherty監督の時代の最高位は1966年の3位です。ロン・" チョッパー"・ハリスとアラン・ハドソンの加入はチームを支えました。そしてリーグ3位となった1966年にはインターシティーズ・フェアーズカップの準決勝へと進みました。

彼らは1965年にリーグカップを勝ち、その後1967年には準決勝まで進み、70年にはFAカップをはじめて獲得しました。チェルシーは翌シーズンのUEFAカップウィナーズカップ出場権を獲得しました。そして彼らはヨーロッパでの試合の経験から学んだことを発揮し、アリス・サロニキ GS、CSKAソフィア(ブルガリア)、クラブ・ブルージュKV(ベルギー)、マンチェスターシティを破り、決勝で"ヨーロッパの貴族"ことレアル・マドリッドと対戦する事になりました。威勢のいいチェルシーは先制するも、レアルマドリッドの同点ゴールに勝利のチャンスをもぎ取られましたが、2日後に行われた再戦で主将のオズグッドとポール ・デンプシーのゴールで2-0と勝利しました。

1980年代になるとチェルシーの黄金の時代は財政的な問題の為にいきなり色あせました。しかし、ケン・ベイツ会長のビジョンと財政的な影響力、今は亡きマシュー・ハーディングの熱意によって、クラブは困難に打ち勝ってきました。そしてチェルシーは1989年を除いて、1985年以来トップリーグでのプレイを維持しています。ベイツとハーディングはクラブを一変させました。チーム編成以外でも、就任してから大胆なスタジアムの開発を行っています。

1993年には現イングランド代表監督のグレン・ホドルを監督として抜け目なく獲得し、新しい成功の時代を予感させました。ホドルは 1994年にFAカップ決勝に、その後1995年にはUEFAカップウィナーズカップの準決勝までチームを導きました。チェルシーはその準決勝でレアル・サラゴサを相手に第1レグを0-3で落としたにも関わらず、あともう少しでカップウィナーズカップ史上稀に見る大逆転を演出するところでしたがトータル4-3で負けています。

ホドルが代表監督に就任した為、チェルシーの監督は1996年に元オランダ代表のルート・グーリットに取って代わられました。グーリットはホドルを引き継いだ初めてのシーズンで、チェルシーをもうひとつの優勝(1997年のFAカップ)に導きました。グーリットの高いカリスマ性も手伝い、チェルシーはジャンルカ・ビアリ、ジャンフランコ・ゾラ、ロベルト・ディマッテオのイタリア代表トリオを含むトップレベルの選手がヨーロッパ中から集まってきました。しかしながら、プレミアリーグでは2位の位置を確保し、UEFAカップウィナーズカップでは準々決勝を通過し、チームとして今までになく安定を誇った期間に見えた1998年2月12日に監督がグーリットからビアリに変わりました。

1996年にユベントスでUEFAチャンピオンズリーグを制したイタリア人ストライカーはこうしてクラブの鮮やかな歴史の新しい演出者を任せられる事になりました。もう一人のイタリア人ストライカー、ジャンフランコ・ゾラは1998年5月に UEFAカップウィナーズカップ決勝でVfBシュツットガルトを相手に決勝ゴールを挙げ、チェルシーの歴史にさらにもうひとつの歴史を書き込みました。今回対戦するレアル・マドリッドは1970/71シーズンのスーパーカップで勝てなかった相手でもあります。

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