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水野南北 食は運命を左右する

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詳細 2017年11月15日 16:29更新

江戸時代の観相家・水野南北を中心に「食と人生・健康」について語り合うコミュニティです。

 ■■■■■水野南北の説く食事の真理■■■■■
● 食事の量が少ない者は、人相が不吉な相であっても、運勢は吉で、それなりに恵まれた人生を送り、早死にしない。特に晩年は吉。

● 食事が常に適量を超えている者は、人相学上からみると吉相であっても、物事が調いにくい。手がもつれたり、生涯心労が絶えないなどして、晩年は凶。

● 常に大食・暴食の者は、たとえ人相は良くても運勢は一定しない。もしその人が貧乏であればますます困窮し、財産家であっても家を傾ける。大食・暴飲して人相も凶であれば、死後入るべき棺もないほど落ちぶれる。

● 常に身のほど以上の美食をしている者は、たとえ人相が吉であっても運勢は凶。美食を慎まなければ、家を没落させ、出世も成功もおぼつかない。まして貧乏人で美食する者は、働いても働いても楽にならず、一生苦労する。

● 常に自分の生活水準より低い程度の粗食をしている者は、人相が貧相であっても、いずれは財産を形成して長寿を得、晩年は楽になる。

● 食事時間が不規則な者は、吉相でも凶。

● 少食の者には死病の苦しみや長患いがない。

● 怠け者でずるく、酒肉を楽しんで精進しない者には成功はない。成功・発展しようと思うならば、自分が望むところの一業をきわめて、毎日の食事を厳重に節制し、大願成就まで美食を慎み、自分の仕事を楽しみに変える時には自然に成功するであろう。食を楽しむというような根性では成功は望めない。

● 人格は飲食の慎みによって決まる。

● 酒肉を多く食べて太っている者は、生涯出世栄達なし。


また、食の面以外にも、強運をもたらす秘訣として、

● 毎朝、昇る太陽を拝む。
● 朝は早く起床し、夜は速めに就寝する。
● 夜に仕事をすることは大凶。
● 衣服や住まいも贅沢すぎるものは大凶。
● 倹約は吉であるが、ケチは凶。

http://www.nextftp.com/tamailab/tamai/syoku.htm
水野南北略伝

水野南北の先祖は遠く人皇三十代敏達天皇にさかのぼり、その家系である小野家からは小野篁、小野道風、小野小町などが出ている。小野妹子から数えて六十七代目が小野文章で、水野南北の父である。南北の代に水野姓に変り、名は勝三郎忠良。

小野文章は、大阪の浄瑠璃小屋阿波座で芝居の脚本を書いていた座付作者であったが、南北が幼ないころ他界し、*孤児となった南北は、鍛冶屋だった叔父のもとにひきとられ幼名を鍵屋熊太といっていた。
 〔注〕*釈尊は叔母に育てられ、イエス・キリストは養父に育てられ、マホメットも孤児であった。その他偉大な哲学者のほとんどが家庭的には恵まれていない。


熊太は十歳のころから飲酒をはじめ、喧嘩口論で生傷が絶えなかったという。十八歳のころ、酒代を稼ぐため犯罪を犯し、入牢したが、牢内で囚人と娑婆の人間とのあいだの人相に、きわだった差異のあることを発見し、観相に興味をもった。

出獄後、巷の易者に自分の相を観てもらったところ、剣難の相とあと一年の寿命を予言され、避難の方法は出家にあり、と教えられた。禅寺を訪れて弟子入りを志願した熊太に、住職はことわるつもりで、一年間、麦と大豆だけの食事を続けてきたら入門させようと約束した。

熊太は命惜しさの一念で沖仲仕をして暮しながら、麦と大豆を常食にして一年を送り、禅寺を訪れるまえに、くだんの易者に会うと、「剣難の相が消えた。なにか大きな功徳(くどく)を積んだにちがいない」とおどろき、熊太が食生活を改善したいきさつを話すと、「それが陰徳を積み、相まで変えたのだ」と自信をつけられた。そこで熊太は禅門に入るよりも観相家を志すべきだとして、諸国遍歴の旅へ出た。

南北が相学を志したのは二十一歳のころといわれ、人間の全身の相を学ぶために湯屋の三助となったり、死人の相をたしかめるため火葬場の隠亡(おんぼう)にまでなったという。南北の観相法は顔や手を見るだけでなく*全身を裸にしたといわれるが、これはそのころの修業の成果であろう。
 〔注〕*中国医学の診断法も全身を裸にしたという。その診断法を四診という。
(1) 望診……神色・舌診・部分望診
(2) 聞診……音声・気味(口気・汗気等)
(3) 問診……家族歴・既応症・起病理症
(4) 功診……脈診・按診(腹診・肌表・手足・胸腹・額部・臓穴)

しかし、従来の相学では百発百中というわけにはいかず、悩んだすえに伊勢皇大神宮に参詣し、断食・水ごりの荒行を修めた結果、「人の運は食にあり」という真理に想い到るのである。それには、伊勢外宮の祭神が豊受姫命(別名・御食津神)という、五穀や一切の食物をつかさどる神体であったことも手伝っている。

そして名古屋の宮宿、熱田神宮の近くに居を構え、観相家として一家をなし、晩年は皇室のひいきを受け、光格天皇の時代に、従五位出羽之介に叙せられ、「大日本」および「日本中祖」の号をおくられたという。

また、南北という号も、
 「相法に於て日本中祖の号を賜う。天命を恐れ、家名は我れ一代かぎり、子孫にこの相法を伝えず、門人に免ず」
 としるしているように、法統を重視したといわれる。
 *南北自身の相貌は(「背は低く顔貌はせせこましく、口は小さく、眼はけわしく落ち込み、印堂は狭く眉は薄い。家続も狭く鼻は低く、顎骨は高く歯は短かく小さい、また足も小さい」とみずから書いているように貧相であるが、「人の運は食にあり」の大悟によって、「我れ衆人のために食を節す」と、一日に麦一合五勺、酒一合、米のものは餅すら食さず、副食は一汁一菜と食を慎しんだ結果、晩年は屋敷一丁四方倉七棟に及ぶ産をたしたという。
〔注〕*南北自身の人相所見=
(1) 小さな口…愛情に欠ける
(2) 背が低い…愛情に欠ける
(3) 眼がけわしい…犯罪者
(4) 眼がくぽむ…ひっこみ思案
(5) 印堂がせまい…精神不安定
(6) 眉がうすい…兄弟運がない・短命
(7) 鼻がひくい…貧乏・短命
(8) 歯が小さい…貧乏・短命
(9) 足が小さい…賎しい・不健康。

南北の相法は*「血色気色流年法」という独特のもので、従来の宿命論的観相法を打ち破り、いかなる運命の星の下にある人も、神仏を崇敬し、修身努力すれば、宿命を転換できると説いた画期的なものである。
 〔注〕*流年法とは、正確には「百歳運気流年法」といい、一歳から百歳までのうち何歳で運気が終り(死ぬ)となるかを論ずる観相法のこと。現代中国ではこの流年法が全盛である。水野南北の相法は日本においては独特であろうが、中国では珍らしくない。

南北いわく「天地自然の相を得ざる相者は我を見ること能わず。我を見ることを得ずして書を見るときは、その書我にありてその用をなさず、これ書を見ざるが如し。故に相者はまず我を知りて後人を相するが肝要である。人相、家相よくとも其家主、意定まらず、そのいとなみおこたる時は必ず家を破る」

これが南北の相学ないし人生哲学の要諦なのである。

南北の生年は宝暦七年(一七五七年)、没年は天保五年十一月十一日。享年七十八歳。

著書に、「南北相法十巻」「相法和解二巻」「秘伝華一巻」「修身録四巻」「皆帰玄論」「神相全篇精理解」「燕山相法」「相法対易弁論」各一巻(そのうち後の四書は未刊)など。また南北伝に『浪速人傑談』(安政二年、政田義彦著)がある。

参考サイト:
「水野南北:開運の極意〜開運と飲食」
http://sekiura.noblog.net/blog/m/10112166.html

「水野南北  〜人相術と粗食開運法〜」
http://www5e.biglobe.ne.jp/~occultyo/nanbokuhtm.htm

「水野南北(『日本霊能者伝』より)」
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/mizunonanboku.html

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