ホーム > コミュニティ > 音楽 > REDЯUM > 長期連載〜HISTORY OF...

長期連載〜HISTORY OF REDЯUM(3)〜「創生期...

長期連載〜HISTORY OF REDЯUM(3)〜「創生期」 2006年08月31日 17:34
mixiユーザー mixiユーザー
1996年。
それまで雑誌の「メン募」で何十人と会い、話し、スタジオでセッションしても見つからず挫折感でいっぱいだった俺だが結果的にバイト先で最高のメンバーが揃っていた。

「経験はないが俺達絶対いける!」
俺は何の根拠もないのに確信していた。


ベーシストには顔見知りだったJYUNJIを誘い正式に「REDЯUM」が結成された。

バンド名の由来はスタンリーキューブリック監督の名作「シャイニング」の中でキーワード的な言葉。
反対から読むと「MURDER(殺人)」。


響きと意味合いが面白いのとで安易に決めたが数ヵ月後に全国にいくつも同名のバンドがあると知り早くも後悔していた。


「全国に何十個あろうが俺達が一番有名になってそいつら全部バンド名変えさせればいいんじゃない?」
って皆で決意を固め、あえて名前は変えなかった。



東京に来て初めて自分のやりたい音楽、やるべき事がようやく見つかった俺は毎日が高揚しっぱなしだった。

4人でセッションしながら「ROOM」「CHERRY PIE」「BLUE VELVET」「THE WORLD IS MINE」「SAD SONG」と次々に曲が出来上がった。


「こんなバンド今いないよね?!」
「いないいない!」

何度も4人で笑った。


「自分が聴きたい音楽を創る」という合い言葉で曲を量産していった俺達は早くもライブがやりたくなった。


8トラックのMTRでそれらの曲を録音したデモテープを持って俺は意気揚々と都内のライブハウスを回った。






結果は散々だった。
どこのライブハウスも「対バンが組みにくい」といった類の返事で出演を断られた。



「何だよその理由!!」


苛立つ俺に対して「それだけ比べるものがないってのはオリジナリティがあるって証拠だよ!いい事じゃない!」
皆が励ましてくれた。



めげずに出演させてくれるライブハウスを探した。
いくつか「昼のオーディションからなら」という返事があったが断った。

「オーディションなんて受けてられるか!」

俺はREDЯUMをもっと広めたかったし、有名なライブハウスにしか出たくなかった。
有名というのは「自分達が好きなバンドがやっているハコ」という意味だが。

その方針に皆も反対はしなかった。






ある日下北沢CLUB251にテープを持って行った。
「絶対カッコイイ音楽なんで!」


そぉ言い残して数日後の返事を待った。


返事はOKだった。
「オリジナリティーありますね!昼のオーディションはなしでさっそく夜の部でブッキング組みます」


嬉しかった。
「なんだわかってくれる人もいるじゃない!」
って皆で喜んだ。






そして初ライブは下北沢CLUB251。
いくつかのバンドとの共演だった。


客は10人もいなかった。
そのうち俺の友達が2人。


でもそんな事は全然関係なかった。
上京してやっとスタートできた喜びでいっぱいだった。


曲は「ROOM」「CHERRY PIE」「THE WORLD IS MINE」「BLUE VELVET」「SAD SONG」をやった。




「巷によくあるようなTシャツでGパンで親しみやすいようなバンドには絶対なりたくないね」
「ゴキゲン伺うようなMCも一切やらないようにしよう」


YUMIはワンピース、男3人はスーツでステージに上がった。




1996年
YUMI、TUYOSHI、JYUNJI、KAZIの4人でREDЯUMが始まった。

コメント(2件)

[1] 2006年08月02日 19:16
mixiユーザー mixiユーザー
いよいよスタートですね!
最初からこんなに方向性がしっかりしてるバンドって凄い。

KAZIさん変わってないですね!
[2] 2006年08月02日 23:19
mixiユーザー mixiユーザー
「対バンが組みにくい」って…(あたしゃハコ店長じないけど)
ライヴを観に行くあたしはいっぱいいろんなバンドが観たい派ですからね。

コメントを書く (*の項目は入力必須)

REDЯUM

人気コミュニティランキング

mixiプレミアム

困ったときには

関連ワード

おすすめワード