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6/8 Beat(6/8 ビート)コミュのYou Tube動画で楽しむ「6/8拍子」!

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Otis Redding - I Love You More Than Words Can Say (1968)
「6/8拍子」で奏でるR&Bに最も力強い「魂」(ソウル)を込めたのはオーティス・レディングだったかも知れない。謙虚に訴えかける彼の歌唱に誰もが一瞬手を止める。この曲を録音して僅か数日後、レディングは自家用ジェットの不慮の事故で他界してしまった..
https://www.youtube.com/watch?v=ZlqQGkmL5ho

コメント(83)

Doobie Brothers - Jesus Is Just Alright(1972)
「草吸ってみんなでモクモク!」というイケない意味だけど、イケてるUSウエストコースト・ロックの雄ドゥービー・ブラザーズ!クランチと呼ばれる枯れた歪みのギター・サウンドで有名な「♪China Grove」や「♪Long Train Runnin'」、或いは、ジェフ・バクスター(g)の誘いでスティーリー・ダンから移籍して来たマイケル・マクドナルド(Key)が放ったお茶目なチューン「♪It keeps you runnin'」(https://www.youtube.com/watch?v=_BsTF22SPyM)や「♪What a fool believes」等ヒット曲も多数!恐らくザ・バンド(ボブ・ディランのバックバンド)やCSN&Yの次に上手くて気持ちよくて肩の力の抜けているUSロック・グループは、このドゥービー、そして、イーグルスという位置付けだろう。この曲の基本は「4/4」なのですが、「おいらの友達ゃジーザス!」と歌う1分55秒付近からの大変美しい「6/8」で掲載!
http://www.youtube.com/watch?v=JEvy8mROAj0


Crosby Stills Nash & Young Deja vu (1970)
フラワー・チルドレンたちのピープル・パワーを見せつけたロック史に残る1969年ウッドストック・フェスティバル。その翌年1970年に発売され「♪ウッドストック」という曲まで含んだ奇蹟のアルバムCrosby Stills Nash & Youngの『Deja vu』!歌もコーラスも演奏も素晴らしいBuffalo Springfieldの後進として結成されたスーパー・バンドだが、フォークとウエストコースト・ロックとビートルズ、サイケデリックにプログレッシブな一面まで顔を覗かせるその奇妙なサウンドは、混沌とした響きに流されることなく限りなく明晰に、そして、奇をてらうことなく、完璧な一回性の音楽として結実した世紀に残る一枚だ!「素晴らしい音楽」という既視感!そのオープニングを飾った美しいイントロの「6/8」に聴き入ってみよう!
https://www.youtube.com/watch?v=6PobqszKJHg&feature=fvsr


James Taylor - Sweet Baby James
1970年代初頭、敢えて社会的メッセージ性は無くとも、個人の日常的光景や優れた内面の描写が表現たり得ることを知らしめ、今では当たり前のシンガー・ソングライターというジャンルを開拓したジェームス・テイラー。デビュー2作目の『Sweet Baby James』(1970)で名曲「♪Fire And Rain」と共にヒットとなった語りの美しいアコースティックな「6/8」!
https://www.youtube.com/watch?v=v2EZUw2mvjs


Norah Jones - Back to Manhattan(2009)
父はインドの国宝級シタール奏者ラヴィ・シャンカル(ジョージ・ハリスンの師匠)、母はアメリカ人。NY生まれのテキサス州ダラス育ち。ブルーノートから"大型新人"の触れ込みでデビュー間もなくいきなりグラミー・ウィナーとなったノラ・ジョーンズ。ピアニストとしてもシンガーとしてもいそうでいない素敵なキャラクターの逸材だ。最近は映画で主役を張るほどの人気ぶり。ジャズとカントリーの間を漂うジャンルレスなアコースティック・サウンドを好む彼女。系譜的には囁くレイ・チャールズのR&B+カントリーにジェームス・テイラーやキャロル・キングの精神というような位置付けではないだろうか?.. 肩に力を入れず緩めに音楽性の振れ幅を試して来た彼女がギター多めのアルバム『フォール』(2009)で小宇宙を披露した癒しの「6/8」!
https://www.youtube.com/watch?v=JXGy8-JQzpo&feature=bf_next&list=AVGxdCwVVULXfQWFuhoKjKxdml5TQr04gB&lf=list_related


Elvis Costello With Burt Bacharach - God Give Me Strength(1998)
世の中には”大人のバラード”というものもある。60年代から数々の小粋なヒットナンバーを放ち、Dワーウィック、Dスプリングフィールド、カーペンターズ、トム・ジョーンズ他への楽曲提供 〜 映画『007』や『明日に向かって撃て』サウンド・トラックまで、米歌謡界の作曲家 兼 プロデューサーの重鎮バート・バカラック。そして、「♪She」などでもお馴染みのUKエモーショナル・シンガー・ソングライター エルヴィス・コステロ。チェット・ベイカーに「♪Almost Blue」という素晴らしいジャズ・ナンバーも提供しているコステロが、親子程の歳の差を超えて往年のヒーロー バカラックとの共同作業で生んだ珠玉のバラード集『Painted From Memory』 (1998)。収録された全12曲は、ライトなJazzフレーバーの中に相反する叙情性を潜ませるバカラックならではのマジカルな響き、そして、その最大の理解者であるコステロによる大人のストーリーがちりばめられた90年代きっての才能同士のスパークだった!そんな誰もが心に秘めた痛みや悲しみを代弁するかのように掬い上げた「6/8」!
https://www.youtube.com/watch?v=L-izWhye6_w


Corinne Bailey Rae - Breathless(2005)
ゼロ年代の優しい歌声のアコースティック・ソウル UKアーティスト コリーヌ・ベイリー・レイ。羽のように柔らかく軽やかに語るように喉の奥から捻り出す素晴らしい声の持ち主だ。ギターの弾き語り曲「♪Like A Star」のヒットでグラミー賞にもノミネート(https://www.youtube.com/watch?v=gvH9Ccqk5qc&ob=av3e)。Eクラプトン他とも多数共演。包まれて眠りたい声No1の「6/8」!
https://www.youtube.com/watch?v=6DwcDZkuw-U


Fairground Attraction - Moon On The Rain (1988)
ロンドンのストリート・ミュージシャン出身の一発屋フェアーグラウンド・アトラクション。とは言え、今でも根強い人気を持つシンガー エディ・リーダー。エリオット・アーウィットの有名な写真を配した最初で最後のアルバム『ファースト・キッス』は、今でも独特の哀愁を秘めた名作だ。「移動遊園地」というバンド名の通り、そこには、ストリートで普段着なメランコリックなアンプラグド・チューンが肩を寄せ合って佇んでいる。因に1曲目の「♪A Smile in a Whisper」や切ない「♪Allelujah」も6/8(ワルツ)だが、より叙情的に失恋の一場面を唄ったこの曲「♪Moon On The Rain」は珠玉の「12/8」(6/8)だ!
https://www.youtube.com/watch?v=YgkhcZ4ifT4

Gavin Bryars - Jesus' Blood Never Failed Me Yet(1993)
英国発ミニマル・ミュージックの雄ギャビン・ブライアーズ。1975年に路地で出会ったホームレスの歌"Jesus' blood never failed me yet, never failed me yet, Jesus' blood never failed me yet, never failed me yet, this one thing I know, for he loves me so. "。僅か25秒のこのリフレイン(繰り返)をオーケストラによる異なる位相の背景に響かせ怒濤と恍惚の75分に刻印し直した本作、後半には鬼才トム・ウェイツの歌唱が重ねられている。マルセル・デュシャンを信奉するブライアーズ。彼が手掛けた「レディ・メイド」のミニマル音楽の中でも際立って叙情的な本作は、制作過程でスタジオ中のスタッフたちにも涙をもたらしたという。壮大なる「6/8」。「イエスの血は決して私を見捨てないだろう。たった一つのことを私は知っている。彼は私を愛していると..」
https://www.youtube.com/watch?v=2CiukuHhJ4A

Brian Eno - Going Unconscious(2005)
ポピュラー音楽界のジョン・ケージ(現代音楽家)として『環境音楽』(アンビエント)の生みの親となった奇才ブライアン・イーノ。コールド・プレイやU2、古くは、デビット・ボウイ、トーキング・ヘッズ、ヒューマン・リーグ、ディーヴォなど、泣く子も黙るUK音楽界の名プロデューサーとしても活躍!自身の作品では、ロバート・フリップ、ハロルド・バッド、クラスター、デビット・バーン等様々なアーティストとコラボ。親日家のイーノは、気まぐれで脚本 夢枕獏のTVドラマ『陰陽師』の音楽等も担当しているのだが、この時の相棒だった独ドラマー J.ピーター・シュワルムとのアルバム『Drawn From Life』(2001)も名盤だ。これに次いで発表されたのが今回の曲を含む『Another Day On Earth』(2005)。28年振りのフル・ヴォーカル・アルバム。イーノのヴォーカル・アルバムとしては、こちらもアンビエントとポップの配分がイーブンな名盤だ!そんなイーノならではの無意識に宇宙との交信な「6/8」!
https://www.youtube.com/watch?v=WqS1eQUPAWA


Cal Tjader - Aquarius(1968)
知る人ぞ知る米Jazz・ラテン・ヴァイブの王様カル・ジェイダー。中でも、一際カブいてるアルバムがこれ『ザ・プロフェット』(1968)!Jazzは、Jazzでも、眉間に皺を寄せた小難しいJazzではありません!ラウンジ感いっぱいの世界一のムード・ミュージック!ひたすらラテンのリズムでオーケストラをバックに陽気にビブラフォンのマレットをポンポン叩きまくるエキゾチズムを好んだ生粋のアメリカ人(似非ラテン人)ジェイダー。本アルバムでは、ゲストにアマゾン出身のボサノヴァの重要人物ジョアン・ドナートを迎え蒸気機船のようなポッポッとなる怪しいオルガンでジェイダーのポンポンに対応!w 今となれば、誰も踏み入れたことの無かった未開の領域で静かなオアシスに光を当てた世にも珍しい楽園音楽の「6/8」!因に、トラクエ(A Tribe Called Quest)はアルバム『Midnight Marauders』でコレを見事にサンプリング!
https://www.youtube.com/watch?v=xUFalcFlY70


The Beatles - She's Leaving Home
20世紀最大のポップ・スターとしてデビューから解散までを駆け抜けたザ・ビートルズ。彼等の評価は様々だが、セルフ・プロデュース色を濃くした「後期ビートルズ」が無ければ、彼等も他のバンド同様に単にヒット曲を連発したバンドで終わっていたかも知れない。1967年以降の機材事情が許した「多重録音」とツアー中止でスタジオ・ワークに限定された彼等に訪れた"偶然"は「実験音楽」という特徴に結晶化されて行った。プロデューサー ジョージ・マーティンが得意とする「効果音(一度死んだ音)の巧妙なパッチワーク」が「ジャケットのコラージュ」同様に音楽的に振る舞ったことも、この世に「異界」を出現させる偉業に貢献している。この突出した「創作性」は、同時に「再現不可能性」にもなったが、その極地とも言える『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』(1967)は、一見再現可能にも見える「♪She's Leaving Home」ですら残響処理と各パートの立ち位置の位相の非現実性が無意識に働きかけるパロディーとユーモアの混在として特殊な響きを宿している。ふと目に止まった新聞紙面が生んだ家出少女への同情が異界のエンジェルのように振る舞う音楽等他の誰に真似ができただろう?そんなサイケデリック・エイジの「6/8」
https://www.youtube.com/watch?v=uQNAGAbi3G0

Tom Waits - In the Neighborhood(1983)
鳴かず飛ばずの不遇なアルバム『クロージング・タイム』(閉店)でスタートしてしまった奇才トム・ウェイツ。ポスト・ビートの酔いどれ詩人として、歌手でありソング・ライターでありながらも、それ以前に圧倒的なボキャブラリーの人としてハウリン・ボイスをユーモアに捧げて来たウェイツ。「ビートルズは家出娘に同情的だったけど、本物の家出娘の難しさならオレの方が良く知ってる」と一緒に暮らした元彼女リッキー・リー・ジョーンズのことを述懐してみせたり、どこでも無いド真ん中の荒野で風に吹かれて自分のデビューアルバムが転がって来たことを「歓迎したね!」と言い放つビッグマウスぶり!その才能は、今ではジム・ジャームッシュ監督やテリー・ギリアム監督他の映画で役者としても花開いている。成功への起点となったアルバムが、この『ソード・フィッシュ・トロンボーン』(1983)だった。祝い事と葬式が隣合わせのどうにもならない居場所であるこの世を「親愛なる日常」として高らかに歌い上げるウェイツの立ち位置の特殊性は、声、歌、キャラクター、詩などを通り越して、いつしか「ハート」として我々の心に届く仕組みになっている。「♪In the Neighborhood」を翻訳するなら「オイラのともだちゃ..」といった風情だろう。そんな酔いどれ詩人のマーチング・ワルツの「6/8」(3/4)だ!
https://www.youtube.com/watch?v=wBl9-JFEefs&feature=fvwrel

Lisa Hannigan - Silent Night(2002)
世界で一番翻訳された言語の多い歌と言われる「清しこの夜」。世界中で親しまれているクリスマス・キャロルだ。実はこの曲には、ちょっとした不思議なエピソードが残されている。時は1818年クリスマス・イヴの前夜、所はオーストリア・オーベルンドルフの聖ニコラウス教会。突如、教会のオルガンが鳴らなくなったと云うのだ。教会の助祭ヨゼフ・モール(28)は、急遽、自作の歌詞に「ギターで伴奏のできる讃美歌」の作曲を村の音楽教師フランツ・ グルーバー(31)に依頼した。 グルーバーは、イヴの夜、一晩中懸命に創作。やっとの思いでこの曲ができあがった。それは教会でミサが始まるわずか数時間前のことだったと云う。因に、日本の「清しこの夜」は、1909年パスカルの「パンセ」を翻訳した牧師 由木康によって訳されている。ここに紹介するアイルランドのフォーク・シンガー リサ・ハンニガンは、デミアン・ライスの相棒としてハービー・ハンコックの「Possibilities」(2005)でビリー・ホリデーの名曲「♪Don't Explain」の素晴らしいパフォーマンスを聴かせた素晴らしいアーティストだ。生粋のダブリナーとしてケルト民謡を熟知し、尚且つ、ソングライターとして独自の世界を持つリサの「清しこの夜」。彼女は、全ての孤独な人々に届ける新たな歌詞をこの曲に託している。そんな誰もに馴染みのあるメロディーの「6/8」だ。
https://www.youtube.com/watch?v=a3GtiQaxhIw&feature=related


Jeff Beck - Goodbye Pork Pie Hat(1976)
UK3大ギタリストの指弾きの天才ジェフ・ベック。ザ・ビートルズのジョージ・マーティンをプロデューサーに迎えた彼のフュージョン期(クロスオーバー期)の傑作『ワイアード』(1976)。ベックのギターとヤン・ハマー(Key)のシンセサイザーのどっちがどっちか分からなくなるソロ・バトルで始まる「♪Led Boots」。火花を散らす演奏にフランジャーを被せたシンバルと壮絶なルーディメントでリズムを支えたのは後にマライア・キャリーを見出したナラダ・マイケル・ウォルデン(d)だった。本作で最もブルージーな演奏が聴かれる3曲目チャールズ・ミンガス作「♪Goodbye Pork Pie Hat」。Jazz テナー・サックスの名手レスター・ヤングを偲びヤングが好んだ帽子をタイトルとした本作は、ジョニ・ミッチェルとジャコ・パストリアス他、現在まで多くのアーティストがカバーしている名曲だ。ブリティッシュ・インヴェイジョンとまで呼ばれた1960年代のUKミュージシャンたちは米R&Bへ熱狂的に傾倒していた。Eクラプトン、Jペイジ等とその竜巻の目のド真ん中からキャリアをスタートしたジェフ・ベック。この曲を「6/8」のアレンジで演奏したことには、きっと「R&Bブルース」=「6/8」という解釈があったに違いない。
https://www.youtube.com/watch?v=ImxM4Rj5pOQ


Peter Gabriel & Kate Bush -Don't Give Up(1986)
プログレ・バンド ジュネシスでフィル・コリンズをバックに従え妙な格好でボーカルを取っていた奇才ピーター・ゲイブリエル。80年代後半にはワールド・ミュージックの自社レーベルを立ち上げ世界の民族音楽をライブラリー化し、ローカルをグローバルの文脈に加える形で政治性を振るった実業家でもあった彼が、ソロになって放ったメガ・ヒット・アルバム『So』(1986)。とんねるずの『食わず嫌い王』で”実食”の時に流れる尺八はこのアルバムのサンプリング音だ。「♪Don't Give Up」は中でも最も静かにメッセージを込めて唄われた曲。共演は、ピーターと同じくステージでダンスやマイムも披露する演劇派の元祖不思議ちゃんボーカル ケイト・ブッシュ。彼女のヒット曲は長らくさんまの『恋のから騒ぎ』のオープニング・テーマでもあった。そんなケイトは、リンゼイ・ケンプに弟子入りした経験を持ち、しかも、デビューをプッシュしたのはピンク・フロイドのデヴィッド・ギルモアだったというから意外だ。改めてケイト単独のPVを見ると矢野顕子と共通性を感じるのは私だけだろうか?.. 話は逸れてしまったが、70'sのパロディやキッチュを通り越し、ある種、ヒステリックに振る舞ったかのようにも見える80年代の音楽シーンがカブいた末に見出した静寂が凝縮している一曲と言えるかも知れないワールド・エスニックな「6/8」だ。
https://www.youtube.com/watch?v=uiCRZLr9oRw&feature=related


Björk-Virus(2011)
ビョーク7枚目のフル・アルバム『Biophilia』。収録の10トラックにそれぞれのiPadアプリが付随するマルチメディア・プロジェクト。今までもエッジに突進して来たビョークだが、本アルバムは現在進行系で世界最先端のプレゼンテーションの音楽体験と言える。4歳から作曲活動をスタートし、アイスランドで大人気の子役として早くから芸能活動も開始。11歳でビートルズの「♪Fool on the hill」等を含む民謡調のカバー・アルバムで歌手デビュー。十代半ばにはバンドを幾つか掛け持ちし、折からのパンク・ブームの中でシュールレアリズムやダダと云ったコアなモダン・アートに傾倒。19歳で結婚、初の出産日に旦那のギタリスト他とインディー系ポスト・パンク・サイケデリック・バンド「シュガーキューブス」を結成!同年、グリム童話を題材にした映画『ネズの木』に主演し役者も続けながら、バンドは1988年に米エレクトラ他のレーベルと契約し晴れてデビュー!アルバム『Life's Too Goog』からの初シングル「♪Birthday」は、その年のUKシングル・オブ・ザ・イヤーに選ばれ、米カレッジ・チャートでも人気を博しいきなり世界進出となった。1992年にバンド解散と離婚の後はソロとなり、早くも「♪Birthday」で聴かれたコブシ歌唱を更にアートに磨きネリー・フーパーのプロデユースで再デビュー!好セールスでスタートを切り、ソロ2作目となる「Post 」(1995)でブレイク!90年代のベストNo.2に選ばれるメガ・ヒットとなった。以降、アルバム毎に時の人によるリミックス・コラボを重ね、全くタイプは異なるもののある種ジョニ・ミッチェル的なアプローチでエッジな音楽的要素を常に楽曲へ注入(※ 後年Jミッチェルのトリビュートにも参加)。その後も、あらゆるサンプリング音とMaxな音像の『Homogenic』(1997)を発表し、途中、ラース・フォントリアーの映画『Dancer in the Dark』に主演&楽曲提供を行いカンヌでパルムドール主演女優賞、音楽はアカデミー歌曲賞、ゴールデングローブ主題歌賞などを総舐めにした。その後も止むこと無き創作力は、ハープとオルゴールを駆使し、地元アイスランドのコイアーと共演した『Vespertine』(2001)を生み、世界中のヒューマン・ビート・ボックスを集結させて人間の声だけで作られた『Medúlla』(2004)に発展、現在のパートナーである現代美術作家マシュー・バーニーとのアート・コラボもスタート。以降は、『Volta』(2007)〜 散発的デジタル配信を経て、本作『Biophilia』(2011)と続いている。『パンク』以降に広まった『オルターナティヴ』を代表するアーティスト ビョーク。思えば、レディーガガ以前のコスプレ的パフォーマンスは彼女が元祖と言えるかも知れない。しかし、ビョークは一言でいえば「誰にも似ていないこの世に未だ無いものを生み出す正真正銘の現代美術作家」なのだ。彼女の作品はアートが常に勝っており表面的装飾とは無縁だ。だから、彼女の生き方を「自由奔放」とか「我がままでお騒がせ」と見る人々は間違っている。「常識や限界というものを持たない=取り除く姿勢」こそがそもそもの「アートの存在理由」なのだ!彼女は現代の音楽シーンにおいて最もジョン・レノンとオノ・ヨーコに近い活動を担う真に価値ある芸術家だ。意外にもビョークの3拍子は少ない。そんなビョークの可愛らしくも貴重な「6/8」!
http://www.youtube.com/watch?v=4tyD5OKLUPM&feature=related

Ray Charles - In the Heat of the Night(1967)
公民権運動の黎明期に当たる1963年、黒人俳優として初のアカデミー主演男優賞&ゴールデングローブ賞のウィナーとなったシドニー・ポワチエ。その彼が主演した映画『夜の大捜査線』(1967)のテーマソングが、このクインシー・ジョーンズの手に寄る「♪In The Heat Of The Night」だった。そして、これを唄ったのはクインシーの兄貴分レイ・チャールズだった。誰も言わないことだが、日本の娯楽 映画『踊る大捜査線』のルーツだ。今回は敢えて「6/8ビート」の間違いを掲載させてもらう。この曲は「4/4」だ。ゆっくりカウントすれば直ぐに分かる。しかし、単純に倍速でカウントしても「8/8」にはならない。むしろフィーリングは「6/8」(12/8)だ。何故か?「4/4」の1拍が全て「3連譜」だからだ。例えばこれにそっくりなビートルズの「♪Oh! Darling」(http://www.youtube.com/watch?v=F2J6XdC9ad0)は「4/4」でカウントするとものすごくBPM(テンポ)が遅くなる。実際、「♪Oh! Darling」は「12/8」(6/8)で記譜される。これをリトル・リチャードの「♪Lucille」(http://www.youtube.com/watch?v=z3-OaNevkfg&feature=related)ように物凄く早く弾くと、今度は思いっきりオールディーズなロックンロールになる。ここで、少し『R&Bピアノの歴史』に触れる。和音をピアノでこのように「♪タタタ、タタタ」と3連刻みにすることを専門的には「ストライド奏法」と呼ぶ。「ストライド」とは、一般的には「大股歩き」のことだが、語源は立ち乗り型ボートで激流下りをする時の「舵の漕ぎ方」らしい。これの大御所はファッツ・ドミノだ。ニューオーリンズから離れたことの無いジャズマンとして有名な彼は、2006年ハリケーン・カトリーナで一時行方不明になりながらも無事生還したことでも記憶に新しい。しかし、ファッツのヒット曲「♪Blueberry Hill」(1940 http://www.youtube.com/watch?v=bQQCPrwKzdo)はどう聴いても『R&B』だ。w この「3連刻みの4/4」は果たしてJazzなのか?R&Bなのか?それともロックンロールなのか?.. もう、お気づきの方もおられると思うので「まとめ」に入ろう。要するにストライド奏法のBPMを可変させるとジャンルが変わる。その歴史的順番は1.『Jazz』、2.『R&B』 、3.『Rock』ということなのだ。19世紀末〜1920年代に『ラグタイム』と呼ばれた音楽形式はスコット・ジョップリンにより『Jazz+クラシック』な音楽として誕生した。これを継承した大作曲家が白人のガーシュインで「♪サマータイム」等がJazzスタンダードとなった。ここから米南部の酒場のピアノで「ストライド」が生まれた。ダンス向けにシンコペーテッド(裏拍的)なアレンジが施され、「♪Pinetop's Boogie Woogie」(1928)で『ブギ=ブギウギ』に変身、「♪ Honky Tonk Train Blues」(1935 https://www.youtube.com/watch?v=ne_U25ryLjc)で『ブギ=ホンキートンク』となり、ファッツの「♪Blueberry Hill」(1940)に辿り着く。その後『R&B』は、1950年代にシカゴ・ブルースを中心にエレキ楽器で電気化し、この流れから50年代半ばになってエルビス・プレスリーとチャック・ベリーがほぼ同時に登場し『Rock&Roll』が誕生した。このJazzでもあり、Rockでもあり、やっぱりR&Bな『ブギ=ブギウギ』は、日本でもウキウキワクワクということで笠置シヅ子の「♪東京ブギー」(1947 https://www.youtube.com/watch?v=6SfpSymF0MI)や「♪買物ブギー」(1950)で有名になった。このジャンル横断的なマルチ・プラットフォームの持つ「6/8フィール」が「3拍子」と「4拍子」の狭間のBPM(テンポ)で奏でられる時、そこに『R&B』即ち『ブルース』が取り戻される。この微妙なBPM(テンポ)で60年代の黒人公民権運動を支持する調べが奏でられていたことは、意識的にも無意識的にも「ジャンルレス」即ち「差別の無い世界」への一つのステートメントではなかったか?レイ・チャールズの歌が今尚『普遍的ブルースの調べ』と響く理由が分かる”6/8フィール”の1曲だ!
http://www.youtube.com/watch?v=z4OZWYYFtnQ

Young Rascals - How Can I Be Sure (1967)
イタリア系アメリカ人のミュージシャンと言えば、フランク・シナトラ、ディーン・マーチン、トニー・ベネット、ポール・アンカ 〜 マドンナまでお洒落なインテリ・ヤクザ系エンターテイナーが相場だと考える人は多いかも知れない。例えば60'sファンクの王様JBは「フランキー(シナトラ)は別格だった!」と回想しているように、イタリア系と黒人コミュニティーは「貧しさ」という共通点において思いの他親しい関係にあったようだ。思えば「ジャズ・エイジと呼ばれた20'sのアルカポネの時代に芸能界の黒人スターが次々に現れ、その一番の理解者としてダンスホールを提供していたのが主にイタリア系だった。エルヴィス・プレスリーの登場以降に勃興した「イギリスの侵略」とまで呼ばれた英国の若者の「R&Bの黒いフィーリングへの傾倒と熱狂」は、実はこのイタリア人と黒人の関係に先取りされていたと言えるかも知れない。Popでファッショナブルな60'sの英国文化が後生大事に小脇に抱えた「米R&Bのレコード」。ビートルズやローリング・ストーンズで「バンド・ブーム」と「アイドル」が誕生し、ジョージー・フェイムや若きスティーヴ・ウィンウッドが堂に入ったR&Bの真似の上手さで競っていた頃、R&Bの名門米アトランティック・レーベルと契約を交わした少し遅れてやって来た風変わりなイタリア系米国人バンドがいた。それがヤング・ラスカルズだった。シャウト無しでもソウルのフィーリングいっぱいの最初のヒット曲「♪Groovin'」(1967 http://www.youtube.com/watch?v=Rkgozdtsh_g)は、黒人たちでさえも「唄っているのは黒人に決まっている!」と疑いすら持たれなかったと言う元祖ブルー・アイド・ソウル。邦題では「♪高鳴る心」とされたご紹介の「♪How can I be sure」はそんな彼等のオリジナリティ溢れる「6/8」だ!お気づきの方もいるかも知れないが、Bメロは明らかにビートルズの「♪I Me Mine」に酷似している。このようにロックン・ソウルだった彼等も、その後はご多分に漏れずLate60'sのサイケデリックの洗礼を受け、ある意味ビーチボーイズにも匹敵する独自のジャンルを確立して行った。折しも、米アトランティック・レーベルは69年頃からブラインド・フェイスやレッドツェッペリン、ELP等を配してロックの最重要レーベルに化けたのだが、その先陣を切ったのは彼らだったとも言えそうだ。英語圏では時に蔑称とも取られる『ブルー・アイド・ソウル』だが、その系譜をおさらいすると、ロイ・ハーパー、ヴァン・モリソン(元ゼム)、スティーヴ・ウィンウッド、ジョー・コッカー、ロッド・スチュワート、スリー・ドッグ・ナイト、トッド・ラングレン、ボズ・スキャグス、ホール&オーツ、ポール・ヤング、ジョージ・マイケル(元ワム)、シンプリイ・レッド、ポール・ウェラー等々。そのルーツが、イタリア系にあったという再発見の「6/8」!
http://www.youtube.com/watch?v=TuKeSUUK-A4&feature=player_embedded


The Beatles - I Me Mine(1970)Beatles - I Me Mine
アルバム「Let It Be」=『ゲット・バック・セッション』でジョージ・ハリソンがポール・マッカートニーを批判的におちょくった1曲「♪ I Me Mine」。映画『Let It Be』では、独善的なオーダーをするポールにジョージが「分かったよ、君が言う通りにギターを弾けばいいんだろう?言われるがままに何でもやりますよ!」と毒づくシーンが有名。その直後にこの曲がかかると.. w  アレンジ面では、フィル・スペクターが過剰なオーケストレーションを加え壁のようなデコレーションを施し更に壮大なスケールの揶揄に変身!w ジョージ曰く、この曲の元アイデアはインドの叙事詩『マハーバーラタ』のバガヴァッド・ギーダーの一節だと語っているのだが.. その語感は日本語だと「バカ!Bad!」と更に揶揄っぽい!w 因に、椎名林檎の名曲「♪罪と罰」の音楽は明らかにこの曲のパクリだが、この曲自体がヤング・ラスカルズの「♪How can I be sure」のパクリでもある。因にジョージはソロでのヒットとなった「♪My Sweet Lord」が、実際にパクリ罪でパクられてもいる。w そんなパクリりパクられても名曲殿堂入りする「6/8」! (追記のオマケ:ビートルズ「♪マジカル・ミステリー・ツアー」のエンディング後のインターバルも「6/8」。「6/8」に対するポールのベース・リフの被せ方も素晴らしい!ということで、一応ポールもフォローしておこう。勿論、ジョージ・ハリソンも自宅の庭師にジョージ・ハリソンを雇い映画好きの若者の為のファンドを設立し活動したようなナイスガイだ。w)
https://www.youtube.com/watch?v=01UipbZL3ww


ヨハン・シュトラウス2世 -「♪美しき青きドナウ」(1867)
ウィーンの巨匠にして”ワルツの王” ヨハン・シュトラウス2世(1825-1899)。年末にベートーヴェンの「♪第九」(歓喜の歌)が鳴り止むとお次は新年明けましてウィーン・フィル・ニューイヤー・コンサート(1939〜)でウィンナ・ワルツとなる恒例のアレだ!シュトラウス一族は、一代で音楽家として身を立てた”ワルツの父” シュトラウス1世に始まる音楽一家で、その3人の息子全員が作曲家だった(長男シュトラウス2世、次男ヨーゼフ、三男エドゥアルト)。このつまらない前説が必要なのは、今回紹介するシュトラウス2世の代表曲「♪美しき青きドナウ」(1867)と同様に、映画『2001年宇宙の旅』の挿入オープニング・テーマを飾った「♪ツァラストラかく語りき」の作曲家リヒャルト・シュトラウスは全く赤の他人だと事分けしておきたかったからだ。さて、ワルツにポルカに行進曲にオペレッタとおびただしい数のヒット曲を世に残したシュトラウス一族。特にこのシュトラウス2世は、3拍子ワルツの2拍目を少しズラし、天空に長い尾を引く彗星のように壮麗な洗練を施した”ウィンナ・ワルツの完成者”と言われている。彼は年上の巨匠ブラームスや当時のドイツ・クラシック界を二分した人気者ワーグナーやリストとも深い付き合いのあったPOPスターだ。シュトラウス2世の作品は、どれも一聴すれば「あ〜、これね!」となる聴き覚えのある曲ばかりだが.. ちなみに「♪春の声」(1882 https://www.youtube.com/watch?v=p_pN3q9bfyo)は、フランツ・リストと同席した即興演奏パーティーの”余興”でできちゃったと言うから、やはりクラシック界でおふざけと天才が同居していたのは100年先輩のモーツァルトばかりでは無かったようだ。仮にコレをPOPライターの性(さが)とするなら、イタリアのプッチーニ等もこの系譜に加えても良さそうだ。さて、ニヒルな悪童の眼差しを持つスタンリー・キューブリック監督が、映画『2001年宇宙の旅』で、ウィンナ・ワルツに乗せて地球軌道の宇宙船をうららかに演出しつつ、これから起こる謎めいた悪夢の予兆ともした卓抜なセンスには今でも驚ろかされるばかりだ。では、何故?この時期のワルツ「3/4」が、そのような明と暗の両義性を含意する調べとして普遍性を帯びたかだ?.. 19世紀における「ワルツの流行」は、その後の「ポピュラー音楽」(POPS)とも無縁ではない。民衆の流行歌と言う以前に、「大衆(popular)の誕生」と共に立ち上がった音楽なのだ。19世紀も終わりを迎え「世紀末」と呼ばれた頃には、万博や百貨店の登場で欧州は賑わうワールドイヤーのベル・エポック(良き時代)へと向って行った。つまり、産業や貨幣経済の在り方も、「軽工業から重工業へ」、「産業資本から金融資本へ」、「初期自由主義から帝国主義へ」と人類にとっての何かが変わろうとしていた時期だっだ。それは「印刷技術」以来の量産コピー文化の到来前夜のことであり、「資本主義」がグローバルなサイクルを刻み出したということではなかっただろうか?『ワルツ』自体は13世紀のチロルやバイエルンの農民のダンスで成立した形式だと云われているのだが、幾世紀を経て復活し洗練された貴族的ダンスの調べが少なからず今日の「6/8」(3/4)にも相通じていることは留意しておきたい。では、ヘルベルト・フォン・カラヤンの指揮でヨハン・シュトラウス2世の 懐かしい未来の「6/8」(3/4)を聴いてみよう!
https://www.youtube.com/watch?v=U8Q3X5Gw5I4

シューベルト - セレナーデ(1828)
フランツ・シューベルト(1797-1828)は、ベートーヴェンやリストと同じくウィーン宮廷楽長サリエリ(イタリア人)に師事した作曲家だった。サリエリは、大作曲家ハイドンと旧知の仲であるような作曲家なのだが、モーツァルトと対立したことでも有名だ。当時は、サリエリによる「モーツァルト毒殺説」まで飛び交ったほどで、実際、同郷若年のロッシーニに「それで、本当に殺したのか?」と面と向って聞かれたという逸話まで残っていると云う。無論これは濡衣で、ミロシュ・フォアマン監督の映画『アマデウス』のような事実は無いという。しかし、この映画はご存知の通りアカデミー賞を総嘗めした大作。後世まで悪党のように云われている可哀想な宮廷作曲家だ。さて、本題のシューベルトは、ウィーン出身の古典派とロマン派の狭間で活躍した作曲家だ。貧しい出身から身を起こしベートーヴェンとほぼ同時期にクラシックの理論的な功績も残した一方、特に『歌曲』(リート)で名声を得た作曲家だ。そのリート(歌曲)の中でも最も有名なものが、「♪魔王」と、この「♪セレナーデ」でだろう。「♪セレナーデ」は、シューベルトの死の半年後にウィーンの出版社が勝手に『白鳥の歌』(Schwanengesang) と題して出版された歌曲集の1曲だった。実際、白鳥は鳴く鳥ですらなく、「白鳥は死の直前のみ鳴く」という故事を元に詩的に理解する外無いようだ。一般的に「セレナーデ」とは小夜曲のことを指し、夜の戸外、窓辺の恋人に向って手持ちのギターやマンドリンの伴奏で詩われる求愛歌のことだ。今でも南米ラテンの国々などではこの伝統が残っている。生涯独身を通したシューベルトの恋愛歌が如何にブルース(憂歌)であったかが分かる悲哀ロマンの「6/8」だ!
https://www.youtube.com/watch?v=xNCCKXA8xvA

グレン・グールド - バッハ「ゴルドベルク変奏曲」1981(originally 1742)
言わずと知れた世界的ピアニスト・音楽家 故グレン・グールド(1932-1982)。カナダ・トロントに生まれ、7歳で王立音楽院に合格、12歳でプロ・デビューを果たした神童として世界的に話題となった後、アメリカ初演の1955年CBSデビュー盤にこの「ゴルトベルク変奏曲」を吹き込み、以来、異例の「終身録音契約」をCBSと結んだ天才だった。残りの20代は世界中で絶賛されながら巨匠カラヤン他と共演、30代前半で早々「演奏会から引退宣言」を行い、以降は没年までレコード録音に専念。クラシックの古典に大胆な再解釈を加えて音楽の魅力を引き出しまくった風雲児だった。グールドは、再録となったこの1981年版傑作「ゴルトベルク変奏曲」の翌年脳卒中で倒れ他界した。ペダルを殆ど踏まないノンレガート奏法で”パルス構造派”とでも言うべき単音の交差としての分散和音的ポリフォニーを好んだ類い希なる演奏法はいつ聴いても圧巻だ。ドイツ・バロックの”西洋音楽の父”ヨハン・セバスチャン・バッハ(1685-1750)作のこの「ゴルトベルク変奏曲」。バッハが音楽の手ほどきしたヨハン・ゴットリープ・ゴルドベルクが不眠症に悩むカイザーリンク伯爵のために演奏したという逸話から「ゴルドベルク変奏曲」の俗称で知られているものだ。元々チェンバロのためのアリアとしてバッハが作曲したものだが、グールドがデビュー作で異端にもピアノで演奏した時点で、この音楽に「現代の息吹」が吹き込まれたと行っても過言ではないだろう。お父さんの手作りの極端に低い折り畳み椅子に座り猫背で唸りながら奏でたグールドの生涯きっての名演奏の「6/8」だ!
https://www.youtube.com/watch?v=IHliYwpA19I&feature=results_video&playnext=1&list=PLFD30C7E8E927E614


Dianne Reeves - Afro blue(1991/originallly 1959)
ジョン・コルトレーン他数多くのミュージシャンに愛されたアフロ・キューバン・ナンバーの代名詞「♪Afro blue」。その作曲者は、B級テイストなアンダーグラウンド・ミュージック『ラテン・ジャズ・ブーガルー』の雄モンゴ・サンタマリアだ。珈琲サンタマリアを連想する人がいるかも知れないが、実は元BINGO BONGOのリーダー ユースケ・サンタマリアの名前の由来でもある。モンゴ・サンタマリアは、マンボの王者ペレス・プラードやティンバレスの神様ティト・プエンテ、カル・ジェイダー等の楽団で修行を積みナイト・クラブからコンポーザーとして名声を博すまでに至った苦労人だ。ハービー・ハンコックの演奏で知られる代表作「♪ウォーターメロン・マン」は、ジョー・ザビヌル作「♪Mercy, Mercy, Mercy」(キャノンボール・アダレイ)と並び称されるジャズ・ファンクの傑作だ。他のラテン音楽(ブラジル、メキシコ、プエルトリコ、カリプソ他)は、もう一つのアメリカ人(Another Americans)の音楽と位置づけられる面もあるが、実は共産圏である「キューバ」はこの範疇では無い。60年代の「Funk」(臭いもの)という言葉とモンゴ・サンタマリアが近い位置で地下活動を余儀なくされた痕跡は、彼の一部の曲のタイトルのエログロナンセンス的な猥雑さに見ることもできるだろう。1拍毎にカウベルで強拍アクセントが付くある種のテクノ的恍惚感を持つキューバのリズムは、実際、他のラテンにはない身体性とでも言うべき濃厚なエロティシズムを醸し出す音楽でもある。後に登場したハバナ出身の天才Jazzピアニスト ゴンサロ・ルバルカバの成功にも連なる米国でのキューバ音楽の立ち位置を用意した人物としてもモンゴ・サンタマリアの功績は実に偉大である。無論、実際の米音楽界は政治とは無縁に懐が深いものだ。現代米ジャズ女性ボーカルの重鎮ダイアン・リーヴスが抜群のアレンジで放った最高に格好イイ決定版♪Afro blueの「6/8」(12/8)だ!
https://www.youtube.com/watch?v=86KmO3HmZY0


The Beatles - Dig a pony (1969)
ビートルズのアルバム『Let it be』(1970)収録のジョン・レノン作品。実質的に音源は、ビートルズ最後のライヴとなった1969年1月30日のアップル・レコード・ルーフトップのものだ。celebrate、penetrate、radiate、imitate、indicate、syndicate の韻律の言葉遊びは、背後にオノ・ヨーコのこと、ストーンズのこと等が散りばめられている。ジョン・レノンは初期作品からTwist&Showtなど一発録りの天才的ボーカルを残しているが、殆ど作ったばかりの勢いで一語一語にラフながら即興的魂を注ぎ込んでいる本作も素晴らしい!コードのメジャーとマイナーの陰影が優雅な3拍子にダビーなトーンを加え、醒めては熱するブルース・ロック・ナンバーながら、基調に歌詞のミニマリズムの循環が異界を開示する、軽くて重い受難の3/4(6/8)の名曲だ!
https://www.youtube.com/watch?v=KG_E1t-Lr0c


Miles Davis - Limbo(1967 Alternate Take)
アルバム『ソーサラー/The Sorcerer』収録曲♪Limboの別テイク。オリジナル・テイクに比べ、こちらはピアノのリリカル・クラシックな響きが抽象的なモードの旋律と不思議なポリフォニーを織りなし、フリーフォームなドラムの躍動がシックなベースと共に曲にダイナミズムを与えている。Limboを辞書で引くと、「リンボ(ダンス)、地獄の辺土、失われたもの、忘れられたもの」等々.. しかし、この曲にこそ相応しい訳は「架空の場所」ではなかったか?.. 個人的にマイルス「黄金クインテット時代」の作品群を追ってみた経験がある。マイルス自身も認めた”偉大なるバンド”の活動期間は1963〜1968年前半の約5年間。巷では、オーネット・コールマンの”フリージャズ”、ジョー・ザビヌル他のファンキージャズ、ボサノバ以降のラテンジャズが60'sに彩りを添えた時期と重なる。68年のエレクトリック移行前のマイルスにとって「黄金クインテット」による”Columbiaスタジオ4部作”は、アコースティック・ジャズの総仕上げだった。至高の名盤『Kind of blue』(1959)から4年後の1963年、マイルスは先ずハービー・ハンコックの家を訪れ ”nice touch!"の一言で彼を起用。ハービーの推薦で至上のベーシスト ロン・カーターと新進気鋭の若手ドラマー トニー・ウィリアムスの3名がレギュラーに決まり、翌64年夏ウェイン・ショーターが加入して黄金クインテットは始動した。マイルス37才、ウェイン30才、ロン26才、ハービー23才、トニー16才(公には17才)。20歳も離れたメンバーの歳の差はジャズ界では珍しいことではないが、かつて18才でチャーリー・パーカーと初共演したマイルスが当時のパーカーの歳になった頃のことだった。黄金クインテットを要約すれば、ウェインという新しいタイプのソングライターがマイルスの実験精神を下支えし、クールからハードバップまでをモード的に思考しながら”アブストラクト”ではなく”モダン”を探求し駆け抜けた一瞬の煌めきだった。しかし、個々のメンバーの才能は、歳の差を超え至上の情熱と思索を「演奏の歴史」に刻印した。代表曲を列挙すれば、(1)♪Eighty-One/『E.S.P. 』1965(https://www.youtube.com/watch?v=AkaMxRGrEck)、(2)♪Footprints/『Miles Smiles』1966(https://www.youtube.com/watch?v=62p-CXrYmf4)、(3)♪Dolores/『Miles Smiles』1966(https://www.youtube.com/watch?v=Q6uwKN0MQFc)、(4)♪Masqualero/『Sorcerer』1967(https://www.youtube.com/watch?v=35RQJWaeVP4)、(5)♪Nefertiti/『Nefertiti』1967(https://www.youtube.com/watch?v=NcRg-duiWgQ)、(6)♪Fall/『Nefertiti』1967(https://www.youtube.com/watch?v=7ZPgPayyBPI)、(7)♪Riot/『Nefertiti』1967(https://www.youtube.com/watch?v=cet79P4LN4s)、(8)♪Pinocchio/『Nefertiti』1967(https://www.youtube.com/watch?v=rCPeSL7MuEQ)等だ。有名な♪Footprintsはジャズには極めて珍しい6/4拍子で、3拍子系の曲が少なくないことも「黄金クインテット」の特徴だった。ところで、このアルバム『ソーサラー/The Sorcerer』は案外目立った曲が無いアルバムなのだが、未発表コンピ盤『Directions』1981で14年もの時を経て発表されたこの♪Limbo別テイクは個人的にかなり好みの楽曲だった。そしてこの裏テイクから始まった黄金クインテットの探索はこの曲以上のものを発見できずに終了した。w それでも、ある意味B-Sideの思い入れのある大切な6/8の発見だった。
https://www.youtube.com/watch?v=CABGpiXciw0

LOUIS ARMSTRONG - What a Wonderful World(1967)
サッチモの愛称で親しまれたルイ・アームストロング(1901 - 1971)。ニューオーリンズの街中のパレード演奏から身を起こし、ジャズエイジの1920年代シカゴで活躍。そして、ジャズ史上初のスキャット・ボーカルで人気を博し、トランペット片手にボーカルをとるスタイルで数々のヒット曲を飛ばしたアメリカJazz界のトップ・スターだった。ジャズ黎明期から放った数ある楽曲の中でも取り分けこの世界的メガヒット・ソング「この素晴らしき世界」は今でも親しまれている。ブルースの刻みでありながら素直なアルペジオが平和への祈りの効果を持つ大らかな楽曲にシンプルな素晴らしい歌詞。これをサッチモが、唄うトランペットのような独特のトーンで優しく聞かせる人生の讃歌だ。かつてマイルス・デイヴィスは「アームストロングは喋りまでジャズになっている」と語ったとか.. アメリカの心のポピュラー・ソングとしての12/8(6/8)。
https://www.youtube.com/watch?v=kLLw6SFRNnU&feature=results_video&playnext=1&list=PL5C005223CC87BE2D


Led Zeppelin - Since I've Been Loving You(1970)
アルバム「Led Zeppelin III」きってのブルースナンバー!この曲の主人公は7/11(セブンイレブン)なつまらない男ですが、平凡な人生に惜しみなく襲いかかる不安、そして、うろたえ、転がり、這いずり回る、そんな憂鬱と衝動を表現するとき、ブルースはやっぱり6/8になる!何故ここにこの曲を差し込むかという裏話をすると.. 無く子も黙るロック界のスーパー・ドラマー ”ボンゾ” こと故ジョン・ボーナムは元々Jazzあがりだったというお話。彼のヒーローは意外にもルイ・アームストロング楽団で活躍した名ドラマー ジーン・クルーパだった(白人)。何故か?70年代のロック・ドラマーはクルーパに影響を受けていることが多く、Kissのピーター・クリスに至ってはクルーパ直々にレッスンまで受けている。爆音ハード・ヒッターで有名なボンゾでも左足のハットの刻みに耳を澄ませば常にJazz的裏拍が入っていることに気づかされる。勿論、Jazz界にもハード・ヒッターはいて、約1ヶ月出演した六本木ピットインで毎回スネアを壊し、お陰で日本のドラム・メーカーParlが壊れないスネアを完成させたというエルビン・ジョーンズのような人もいたり。w だいぶん話が逸れてしまったが、60'sUKにおけるR&Bブームが、アニマルズの「男らしさ」やストーンズの「ディキシー風よれ方」、Eクラプトンの「泣き」と表情を変える中、ツェッペリンが完成させたUK-R&Bな世界観は2ndアルバムの冒頭で「ん?機械が壊れた?」と思わせた中域ノイズさながらのギター音同様に「ダビーなサウンド観」ではなかったか?そんなこんなで70'sモンスター・ロック・バンドの男性版ジャニス・ジョップリンが歌い上げる狂熱の6/8!
https://www.youtube.com/watch?v=Bkjv9SscotY


Joni Mitchell-Just Like Me (1966)
公式デビュー前のジョニ・ミッチェルの未発表曲「Just like me」。伝説のウッドストック・フェスティバル(1969)のアンセム曲「♪ウッドストック」の作者にして「青春の光と影」等のヒット曲でグラミー賞を9回受賞。翌70年ワイト島のフェスティバルで暴徒化した観客を諌めフラワー・ムーブメントの終焉を体験、ザ・バンドのラスト・ワルツ(1976)では楽曲「♪コヨーテ」で10年先の音を奏でたカナダを代表するフォーク・シンガー 兼 画家 ジョニ・ミッチェル。同郷のニール・ヤングとは駆け出しの頃からの仲間で、トロントを離れ、NYC、そして、流れ着いたヒッピーたちの西海岸を拠点に徐々に人気を博した歌姫だ。青春時代を自称じゃじゃ馬と語った彼女の男性遍歴は、共に活動したCSN&Yのデヴィッド・クロスビーに始まり、同バンド内でグラハム・ナッシュに移行、彼との生活は名曲「♪Our House」(CSN&Y https://www.youtube.com/watch?v=J9I27w8Tuyw)に刻印され、その破局が名盤『ブルー』(1970)に結実。ここで共演を果たしたデビュー前のジェームス・テイラーとギリシャのクレタ島で恋に落ちetc.. スナップショットのように澄んだ瞳がとらえた目の前の風景を瞬間の魔術師のように言葉に紡ぎ出す詩人ジョニ。Jazz、Rock、Fusion 他、様々な音楽の要素と多彩なアーティストとのコラボレーションで生み出す彼女のアートの錬金術。ボトムを低めのダブル・ドロップDにチューニングしたアコースティック・ギターの響きにファルセット域でサビを唄う語り部的世界観。レッド・ツェペリンのジミー・ペイジにして「夢は、ジョニ・ミッチェルが枕元でギターの弾き語りをしてくれること」と言わしめたほど。彼女の音楽的才能の影響力は計り知れない。近年、病気の為引退してしまったが、ハービー・ハンコックが多くのゲストを従えてリアレンジに挑戦した彼女へのトリビュート・アルバムが、ゲッツ/ジルベルト以来43年ぶりのJazzからのグラミー賞 総合部門 最優秀アルバム賞受賞した程、今尚、西側諸国に彼女の信奉者は多い。そんなブロンド・シルバーに光り輝く彼女の原点の6/8。
https://www.youtube.com/watch?v=KCLOMBbRVB0&feature=bf_next&list=AVGxdCwVVULXcypp_J73YcxAf11fZEz0rM&lf=artist

John Coltrane - My Favorite Things(1960)
『Kind of blue』の翌年、マイルス・デイヴィス・グループから独立したジョン・コルトレーンが、自身のカルテットと共に放った名盤『My Favorite Things』(1960)。ミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」の挿入歌として知られる本タイトル・チューンは、コルトレーンが吹き込んだ際には、実はまだ映画は未公開でブロードウェイの舞台で人気を博したものをアレンジしたのだった。ソプラノ・サックスで奏でられジャズ史の中でも特殊な響きを持つ本作は、素直なレガートで構成された旋律に心地よい3拍子ジャズを3ピースで激しいアドリブ・バトルに展開する異色作だ。ドラマー エルヴィン・ジョーンズのダイナミックス、マッコイ・タイナーの時にメローで情熱的なタッチ、そして、コルトレーンのカオスの中を突き抜けるようなプレー。素直で丁寧なメロディーと白熱の演奏の一回性の世界が好対照を成すスタンダードからもはみだしたコルトレーン入魂の6/8だ!
https://www.youtube.com/watch?v=qWG2dsXV5HI


Pink Floyd - Crazy Diamond(1975)
世界で初めてライトショーやバルーン・アートをステージングに取り入れたUKモンスター・バンド ピンク・フロイド。1967年サイケデリックを代表するバンドとしてEMIからデビューを果たし、途中、錯乱によりリーダー シド・バレットを失っても尚、クラシックをロックに持ち込み長尺の楽曲でプログレッシブ・ロックを牽引。アルバム『Dark side of the moon/狂気』(1973)はビルボード・チャート上位に30年以上ランクインしギネス記録を残した程のロック史上の伝説的アルバムとなり、もはや次期アルバムの成功はあるまいとまで囁かれた最中、満を持して発表されたのが本作『Wish you were here/炎』(1975)だった。以降も79年発表の2枚組『ザ・ウォール』を成功させ、公式メンバーでの解散までに通算16枚のアルバムの数多くが、それまでのロックの方程式”ヒット・シングル”の概念を覆す”異色のアルバム・ヒット”として今尚異彩を放っている。デイヴィッド・ギルモア(g)が参加して以降のピンク・フロイドは、製作中の曲のJamをステージ上で繰り広げるタイプのバンドになった。当時はプログレと評されたが、実際の彼等の音楽はブルースを基調としながらも実験に富んだ独自の構築性と現代美術を背骨とするアーティスティックな詩の世界にあった。Dギルモア以外の3名は共に大学で建築を専攻していたこともバンドの時空間のダイナミックな構築性と深く関係している。こうしてみると彼等のステージ上のJamは即興というよりも寧ろ構築のためのプロセスと映る。『狂気』の成功から一時完全に個別ののOFFモードに入ったメンバーは、『炎』完成でカムバックに至るまでの間、Jamを隠し録りした本作収録曲の『海賊版』に悩まされる事態に陥ったと云う。この曲のアイデアはDギルモアのブルージーなギターピースから始まり、これに触発されてリーダー ロジャー・ウォータースが歌詞を一気に書き上げ、再構築を繰り返して行ったものだった。Rウォータースの失敗からDギルモアが録り終えたソロを再録するはめになったという裏話も残る。シド・バレットに想を得たという「不在の狂気のダイアモンド」はアルバムを通して歌詞の一大テーマとなっている。後年、タイトル・チューンの「♪Wish you were here」は、NY9.11.のトリビュート・コンサートでパール・ジャムによりアンプラグドで演奏された。美しいライムとハードで対称的なイメージの連想、「俺たちは金魚鉢の中を泳ぎ回る只の2つの失われた魂に過ぎなかった」と唄われたそれはロック史上に残る現代アートの歌詞として、ジョン・レノンのイマジンと双璧を成すもののように僕は感じている。本作「♪Crazy Diamond」は、ブルージーに展開される4:50付近のメイン・テーマからの6/8だ!
https://www.youtube.com/watch?v=V1i-RKqOFxQ

Pat Metheny Group - Minuano/Six Eight (1987)
1975年、盟友の3つ年上の天才ベーシスト ジャコ・パストリアスと共にリーダーアルバム『ブライト・サイズ・ライフ』でソロデビュー。以来、「沈黙の次に美しい音」をコンセプトとするドイツECMレーベルから次々にアルバムを発表。自身のグループで名盤『Offramp』(1981)で早くもグラミー賞を受賞し、現在まで通算17回を越える受賞歴に輝く世紀の音楽家パット・メセニー。本作はゲフィン・レコード移籍第一弾としてセルフ・プロダクションの元に完成した『Still Life(Talking)』 (1987)の冒頭を飾る9分25秒の長尺もの6/8だ。音楽的にはグループ構成的に第三期(1984年〜)にあたる傑作『ファースト・サークル』の次作としてのりに乗っていた頃の快作だ。前作・本作共にグラミーに輝いているのだが、特徴はブラジルのマルチ・アーティスト ペイドロ・アズナール(voc, perc, g)のハミングをフィーチャーしたポリリズムの壮大なタペストリー、これに即興のドライヴ感を重ね音楽的な遊びに満ち溢れた天界へと誘う調べだ。Jazzやラテンをベースとしながらも既成のジャンルに囚われない音響派的ダイナミクスに微妙な揺らぎを散りばめたその精巧な音楽世界が、映画のサウンドトラックのように視覚性を喚起するのは、1年のほとんどをツアーに費やす生活を何年も続けた本当の"音の吟遊詩人"にのみ成せる技だからだろう。そのスケールの大きさはトレーラーで走った国道の数だけ、飛行機で飛んだ空の数だけ、乗り物の窓辺の光景と自然の残響を宿しているに違いない。パット・メセニーといえば、十代でゲイリー・バートン(Vib)を驚嘆させマイアミ大学に入学した翌年には同大学で教えていたという神童ぶりや.. ステージの前にトレードマークのギターGibson ES-175のエンドピンが壊れ代わりはめた木製の歯ブラシを今でも刺したままにしていたり.. 高額な機材シンクラヴィアを操りギターシンセサイザーで鯨の鳴き声ような凄まじいソロを聴かせたり.. ステージで一々服を選ぶのが面倒臭いという理由でいつもボーダーシャツと云ったハイブリッドとカジュアルの混交ぶりがその爆発ヘアの中で新しい宇宙を創造しているイメージだ。フリージャズの巨人オーネット・コールマンを信奉し、一方、その対極にあるミニマル音楽の巨匠スティーヴ・ライヒの楽曲でも演奏家としてアルバムを出し、セッションでは、ジョニ・ミッチェル、ジャック・ディジョネット、チャーリー・ヘイデン、ミルトン・ナシメント、ロイ・ヘインズ、ハービー・ハンコック、ジョン・スコフィールド、ジム・ホール、そして、近年では若手ブラッド・メルドー等々各界の多くの素晴らしいアーティストたちとクリエイティヴィティを共有して来た大物だ。最初にこの曲を聴いた時のことを思い出す。何でSix Eight(68)なんだ?と.. その答えを今頃見つけたダイナミックな6/8だ!
http://www.youtube.com/watch?v=N3rjNHDi6Fg


John Scofield - Southern Pacific(2000)
2000年初頭ジョン・スコフィールドがグルーヴ系オルガン・トリオの雄メデスキ・マーティン&ウッドとのコラボで完成させた緩めオヤジーズの超ファンキー・ジャズ・グルーヴの決定版『A GO GO』!近年のインストものの中ではピカイチな本作!その中でマリアッチ系メキシカン・ラテンのおとぼけナンバー「♪サザン・パシフィック」!彼等は度々合体してMedeski Scofield Martin & Wood(略してMSMW)という誰も覚えたく無いような長ったらしい名前で不定期活動を展開している。ブルーノート東京さん、是非、このメンバーを日本に呼んで1週間フロアを唸らせてみては如何でしょう?中には「♪Green Tea」なんて曲もあるんですから、彼等も呼ばれりゃ「それじゃ、お茶しに出かけよう!」となると思うんですがね.. そんなイカしたオヤジーズのスカンピンカラマワリ(←オリーブオイルと塩のラテン系海老料理)な6/8!
https://www.youtube.com/watch?v=gy70TfR6zxM


Nick Drake - Time Has Told Me(1969)
デビュー前のノラ・ジョーンズがカバー曲の一つに選び、ブラッド・メルドーは5拍子の名作「♪River Man」(https://www.youtube.com/watch?v=R6zCmCIsoAE)をJazzにアレンジ。70年代初頭にたった3枚のアルバムを残して他界したビルマ生まれの伝説的UKフォークシンガー ニック・ドレイク。近年の再評価の高まり中で甦った在りし日の彼の早過ぎたアーティスティックな木霊。本作「♪Time Has Told Me」は彼のデビューを飾るアルバム『Five Leaves Left』の冒頭の曲だった。ケンブリッジ大学在学中にアイランド・レコードと契約という誰もが羨むほどのキャリアでスタートしがらも、デビュー作のセールスは15,000枚止まりだったという。そんな失意から鬱病を発症、会話も困難な精神状態に陥り、26歳の誕生日の晩バッハの「ブランデンブルグ協奏曲」を聴きながら抗鬱薬の過剰摂取で逝ってしまったと云う。古くはジム・モリソン、最近ならエイミー・ワインハウスといった不遇の生涯を思い起させる最期だ。しかし、その埃を被ったLPに一度針を落としたなら、そこには単なるフォークソングでは済まされない歌詞とギター1本には納まり切らないポリフォニックな楽曲世界が眠っている。「夢の中で夢を見る時、それは目覚めに近い」と言った詩人がいたが.. ニック・ドレイクの残した作品たちは、初めから眠っていた分、一旦目覚めた後は限りなく覚醒して行く調べのように聴こえるのは僕だけか?.. ある種6/8ビートは簡単にブルージーにも響くし、険しくしようと思えば直ぐに効果も表れる。しかし、どうだろう?ニックのそれは、彼の人生とは打って変わってとても温もりに満ちたチューンではないか?そんなニック・ドレイクな気分の6/8。
https://www.youtube.com/watch?v=Cche-h83qNQ&feature=fvst


Brad Mehldau, Kevin Hays & Patrick Zimmerli - Modern Music(2011)
近年、異ジャンルの楽曲を格好良くアレンジして聴かせるジャズマンが増えている。クリント・イーストウッドの映画『グラン・トリノ』のエンドロールを歌い上げた売れっ子ジェイミー・カラムなどもそうだが、同じくレイディオヘッドやオアシス、或いはニック・ドレイクなどの楽曲を良質なアレンジで聴かせるジャズ・ピアニストといえばブラッド・メルドーが浮かぶ人も多いはずだ。パット・メセニーとの共演も記憶に新しいところだが.. 90年代前半、共にジョシュア・レッドマン・カルテットで活躍しながら同じ担当楽器が故に入れ替わりで擦れ違いと成らざるを得なかった二人のピアニストが放ったコラボの近作がある。ブラッド・メルドーとケビン・ヘイズだ。ここにもう一人依頼を受けてプロデュースに加わり楽曲提供とアレンジを提供したのがパトリック・ジンメリだった。本作での3人のコンセプトは、バンドスタイルではなく、現代音楽とジャズ、そして、つなぎにフリージャズの要素を絡めた新しいフレーバーの良質なピアノ・ミュージックだった。アルバムはその名も『モダン・ミュージック』。オーネット・コールマン、フィリップ・グラス、スティーヴ・ライヒのカバー作品。そして、意欲的かつ刺激的にインスピレーションに満ち溢れたオリジナル曲の数々。この知的コラボレーションは、グレーがかった独特のトーンで有名なエドワード・ホッパーにも似たアメリカン・モダン・アートを思わせるアルバム・ジャケットともベストマッチだ。どの楽曲も大変聴き易いのだが.. 面白いことにオーネットの名盤『Free Jazz』(1961)を模してか?.. ピアノの割り振りは、ブラッド・メルドーが右、ケビン・ヘイズが左のチャンネルという特異な構成になっている。無論、二人がジンメリを呼んだのは他でもない、この純然たるピアノ・デュオを余すこと無く美しく響かせる為のアレンジとアイデアを熱望したのだ!これに応えてジンメリはマサチューセッツ州のMechanics Hallをレコーディング会場として押さえた。そんな3人のクリエイティヴィティが籠められたアメリカン・モダンの良質なピアノ・ミュージックの6/8だ!
https://www.youtube.com/watch?v=0gC0A3_yrlY


79.HERBIE HANCOCK - Succotash(1963)
ハービー・ハンコックのリーダー第二作目『Inventions and Dimensions』(1963)。この傑作の冒頭を飾る秀逸なモダンナンバー「♪Succotash」!Jazzにおいてマイルス・デイヴィスの『Kind of blue』が金字塔だとすると、このアルバムは”新世代の誕生”あるいはJazzの何かが変わった”ニュー・フェイズの入口”ではなかったか?.. 特にこの「♪Succotash」の斬新さ!或る種のミニマル・ミュージックでありながらパーカッションの醸し出す土着的な原始的エネジー。4拍子でスタートしながら3拍子のベースラインがこれをJazzの躍動をもたらし、現代音楽的なケオティックなピアノのコード感が異界を開示。3/4の中に6/8的解釈が入れ替わり立ち代わり交互に現れ、パターンの単調さに陥るどころか益々スリリングな即興にテンションが増して行く。音楽用語では同じフレーズの繰り返しのことをVampと呼ぶのだが、本作では驚くべきことに3拍子で延々と繰り返されるVampが、テクノであると同時にバッハの「♪カンタータ147番/主よ 人の望みの喜びよ」が如く天界へと導く鳴り続けるHiキーのワン・ノートの宗教性をも備えてさえいるのだ!” プリミティヴ・ミニマル・テクノ・リリジャス・モダン・ミュージック "!こんなものは後にも先にもこの曲ぐらいしかない!マイルス・デイビスの黄金クインテットに参加したのと同じ年、若干23歳で放った早熟の天才ハービー・ハンコックの逸品だ!そして、当時この類い希なる調べが次に要求したものは、" ファンク “ だった!よく耳を澄ませば、実はこの曲を奏でる身体性には既にそれは表れている。否、ハービー・ハンコック自身がクラシック仕込みの繊細さとジャズでファンクなハイブリッドであり希有な男なのである。実に14回にも及ぶグラミー賞受賞歴を持つジャズ&フュージョン・シーンの最重要人物にして、常に”良い音”と”ユーモア”を忘れない男ハービー・ハンコック!このナイスガイのクリエイティヴィティの粋(スイ=イキ)と言える3/4(6/8)だ!
https://www.youtube.com/watch?v=hE41xbloQVk


Sly & The Family Stone/Time(1971)
スライ&ザ・ファミリー・ストーンの代表作『暴動/There's a Riot Goin' On』(1971)。その暗くて不吉で前代未聞の大分裂した様は、それもそのはず、実はらりった リーダー スライ・ストーンが自宅スタジオで寝転びながら殆ど一人で録ったも同然のアルバムだった。しかも、無線マイクシステムとかいうカウチポテトなアイデアの代物が大活躍しており、よく聴けば歌声は拡張器のそれだったりもする。一人千手観音のような状態でも手数が足りなく感じれば、バンドメンバーの代わりに大物ミュージシャン(ビートルズの「Let it be」の仕事を終えたばかりのビリー・プレストン、アイク・ターナー、ボビー・ウーマックなど)を呼び「このリズム・ボックスに合わせて楽器を歌わせてくれ」等と人を顎で使い.. ドアノブと肘テツの区別も付かない状態でオーバーダブだらけの壮大なプラスティック・サージェリーを行いくたびれた麻薬そのもののような本作を完成させたと云う。今ではジョージ・クリントン(ファンカデリック、パーラメントのリーダー/※大統領ではない..)等の十八番ジャンル”エレクトリック・ファンク”のルーツみたいな言われ方もされるアルバムだが、スカスカのビートBOXのファンキーチューンにいきなりヨーデルをかませる予想不可能な展開はもはやブーツィー・コリンズに比するどころの騒ぎではない。しかし、この明るいんだか悲しいんだか判別のつかない異界チューンの束は実に今でも影響力絶大なモンスター・アルバムだったりもする。一度部屋に流せばこのとろけた音楽世界は実にイイ!ジャケットは一見は「ためく星条旗」なのだが、よく見ると「星のかわりに太陽を配した赤・白・黒の星条旗」だ。スライ曰くそれは「人種差別を越えた人類の探求だ」と言う。そんな愛の戦士スライ・ストーンの本作には、他にも6/8チューン「♪Just Like a Baby」(https://www.youtube.com/watch?v=-YzitR0IKW4&feature=related)なども収録。では早速、この類い希なるファンク・ラウンジの「♪Time」のメルティー6/8サウンド・ワールドへLet's go!
https://www.youtube.com/watch?v=Rmo6erWD7po&feature=relmfu


Tricky - Pumpkin(1995)
1990年代イギリス ブリストルのクラブカルチャー・シーンに”アブストラクト・ヒップホップ”や”トリップ・ホップ”と称されたアーティスティックなブレイクビーツ使いのDJたちが台頭した。当時最もホットだった”サンプリング手法”を駆使したダビーなサウンドコラージュはUK暗黒音響派とでも言うべき後の音楽シーンを牽引する多産なムーブメントに発展。これらはまとめて”ブリストル・サウンド”と言うジャンルで語られた。当時”エクスペリメンタル・ロック”と称されたマンチェスター出身のケミカル・ブラザーズ、また、後の”エレクトロニカ”に大きく貢献するワープレーベルのエイフェックス・ツイン、オウテカ、LFO等と共にブリストル派も時代の三翼を担う存在だった。往々にしてイギリスのDJたちから巻き起こすこうしたムーブメントは、歴史的に見ても”抵抗的音楽(レベル・ミュージック)”であることとDJのくせに「踊らせること」をちっとも指向していない”斬新さ=前衛性”が欧州的な特徴だと言える。ご多分に漏れずこのブリストル派も音楽的カラダの基本は暗くて重い”オルタナティブ”だった。故に当時は、ビョークやマドンナが彼等を積極的にリミキサーあるいはプロデューサーとして起用。仕舞いにはソウル・II・ソウルのネリー・フーパーが映画『007 ゴールデンアイ』等のサントラに駆り出されるまでに至りムーブメントの知名度が肥大化して行った経緯がある。当時このブリストル・サウンドの竜巻の目となったDJユニットがフーパーもかつてメンバーであったマッシヴ・アタックだった。1stアルバム『Blue lines』(1991)でムーブメントに火が点き、取り分け2nd『Protection』(1994 https://www.youtube.com/watch?v=Epgo8ixX6Wo&ob=av2e)は女性ボーカル トレーシー・ソーン(Everything But the Girl)が唄ったその独創的ブレイクビーツの響きにU2のボノまでもが「ノックアウトされた!」とコメントするほどの勢いだった。この前身のユニット ワイルド・バンチの準メンバーとしてここにゲストで加わっていたのが今日紹介のトリッキーだ。翌95年『Maxinquaye』でソロ・デビュー、タイトルに彼が4歳の時に自殺した母の名を冠したこのアルバムは、トリッキーの記念碑的作品であり、先のマッシヴ・アタック『Protection』、ポーティスヘッド『Dummy』と共にブリストルサウンドを世界的に知らしめた1枚だった。独特のサンプリング・コラージュをマッピングした秀逸な音楽的青写真を提示し、複雑な心理描写と社会問題に対する鋭い感性が散りばめられたトリッキーの世界観は、”トリップ・ホップ”の原点でもある。個人的には、ボム・ザ・ベースのティム・シムノン(ロンドンの中国系DJ)プロデュースによる驚くべき音像世界 デペッシュ・モード『Ultra』(1997 http://www.youtube.com/watch?v=dTkJXQghKxo&feature=related)と並び、この時期の退廃的色彩の名盤中の名盤だと思っている。両アルバム共にそこに展開される世界の基調は、オルタナティブ(周辺的)な『路地の音楽』である。限りなくアンダー・グラウンドであり、裏社会の静けさと鬱屈したもの、毒気に歪んだ時間と空間、ひび割れやささくれ立ったガラス片のようなファイン・フラジャイルが都会に生きる薄暗い魂を照射するマイノリティーの残響の音楽世界。能の幽玄が如く消された存在の僅かな痕跡を梳きフロッタージュする行為であるかのようでもある。トリッキーは、その後リュック・ベッソンの異色のSF超大作映画『フィフス・エレメント』(1997)に怪優ゲイリー・オールドマンの片腕役で出演、ビョーク、エルヴィス・コステロ、ガービッジ等のプロデュースにも招集され、強面の容姿には似つかわしくなくアイドル化してしまい、音楽性も呪術性を失い次第にPOP的傾向を強くしてしまったのが.. 80年代Hip Hopのマッシュ・アップに端を発する90年代のサンプリングとラップの台頭が、欧州で退廃の洗礼を受け、ブリストル派のような”クラブDJの時代”を形成し”リミックス・カルチャー(音楽編集文化)”に発展したことは、近年の大衆音楽史の中で一際大きな役割を果たしていたことをここに確認する。さしずめこのトリッキーの「♪Pumpkin」はそんな徒花(あだばな)としての6/8と言ってもよいだろう。
https://www.youtube.com/watch?v=oFPW4M93uYM&feature=my_favorites&list=FLTYnUavavp68dtnIR9Gu0UA

Terence Trent D'Arby - Read My Lips (1995)
NYC生まれで、元ボクサー志望の米陸軍にして頭角を表すも逃亡除隊となり、ドイツを経てイギリスで心機一転シンガーとしてソロ・デビューしたテレンス・トレント・ダービー(TTD)。1stアルバムで「♪Wishing Well」のミリオンセラーを飛ばし翌年にはグラミー賞を受賞。順風満帆とは行かないまでも、それなりのセールスで4作のアルバムを製作した後、一時期オーストラリアのバンドINXSの伝説的シンガー故マイケル・ハッチェンスの後任を勤め、お告げが下ったと突如サナンダ・マイトレイヤに改名。そんな根っからのさすらい人である彼のTTD名義最後の4作目『Vibrator』。1994年当時を代表するファッション界のスーパーモデル達が一同に会し、ビョークや三宅一生がカメオ出演した奇才ロバート・アルトマン監督の映画「プレタポルテ」のメインの挿入歌にも起用された本作。この秀逸なアルバムの前半のハイライトとなるのが「♪Read My Lips」だ。ブルガリアン・ボーカルのような2度の和声のテーマに中東系パーカッションが被さり、突如アンダーカレントから出現する異界の賛美歌、そして浮遊観のファンキー・エロティック・ソウル!TTDの分裂気質炸裂の世界的にも希少な超ヘンテコチューンの6/8!
http://www.youtube.com/watch?v=woZAaGL85TU

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