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急行列車コミュの〔しらはま〕

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複雑な運用をしていたディーゼル急行です。以下のサイトで紹介されています。

http://kyo1.site.ne.jp/toukou/tennara/10.html

コメント(13)

急行<しらはま>はステータスからいえば、京都・白浜間列車でしょうが、話題性からいえば、片道運転の「名古屋ゆき」の方でしょう。朝、新宮を紀勢西線の急行<きのくに>に牽かれて北上し、和歌山線・桜井線を経由。亀山では昼過ぎに新宮を出た急行<紀州>と併結。まさに、ミステリー小説のための列車のように思えますなあ。なお、上記サイトの写真にある号車札のように、増?〜増?の3両編成・全車自由席でした。
京都発着便は、グリーン車も連結した本格派でしたね。新幹線から乗り継いで奈良へ行く客も利用していたんですかねえ。
 京都発着の<しらはま>は宇治・奈良・天理・桜井…という停車でしたから、もちろん新幹線からも旅客を誘導したかったでしょうね。そうすると、新幹線から南紀方面(紀勢西線)連絡という点からすれば、当時の正統派?列車は<しらはま>ですか(笑)!?
当時は、新大阪ー天王寺間を国鉄で移動するのは大変面倒で、南紀方面の旅行ガイドでも地下鉄での移動を勧めていたくらいですから、京都発着の〔しらはま〕は、もっと増発していても良かったのではと思います。
 急行<しらはま>は奈良線、和歌山線、桜井線では唯一の優等列車でした。この点も見逃せませんね。1.5往復とはいえ、貴重な存在だったのでは? 長らく紀勢本線各駅の運賃表に、これらの線区の主要駅までの運賃が明記されていました。
京都ー奈良は観光客の需要が極めて多いのに、国鉄が奈良線の複線電化をしようとしなかったのは実に怠慢でしたねえ。近鉄と違って、やはり一流観光地の宇治を経由するメリットもあったわけですから、努力すれば余裕で近鉄に勝てた筈ですのにねえ。
〔紀州〕?7で、なをさんがご指摘の以下のサイトに示された編成表のうち、急行<紀州5号>の増結号車こそが名古屋ゆきの急行<しらはま>編成ですよ。

http://reingold.ld.infoseek.co.jp/page094.html
 急行<しらはま>の歴史をさかのぼってゆくと、名古屋発の列車も設定されていた模様です。名古屋では急行<しらはま1号・かすが1号・平安>という編成で出発し、奈良で<かすが1号>(奈良止)を切り離したあと、京都からの急行<しらはま1号>に併結された模様です。<しらはま>名古屋編成はモノクラス、京都編成はグリーン車つき。復路は併結運転なしで、独立した周知の運転形態でした。こんなところにも、複雑な運用が垣間見えます。

 このとき、急行列車ではないですが、草津発(草津線・関西線・紀勢線(新宮)経由)和歌山市ゆき普通列車が片道だけ設定されていたようですよ。草津を6:11出て、和歌山市20:51ですから、1日揺られるのも楽しいかも…。
その普通列車には乗ってみたかったですねえ…。ひょっとして客車列車だったんでしょうか?
 そのとおりでございます。このほか、和歌山市発亀山ゆきもありました。亀山ゆきは長らく残っていましたよ。
和歌山市発亀山行は記憶にあります!当時は柘植発草津線経由京都行客車列車も何本か設定されていて、大津駅あたりでこれに出ぐわすと、タイムマシンに乗ったような錯覚にとらわれました。多分、草津駅では機関車付け替えが難しいので京都まで行ってたんでしょうねえ。
これは面白いサイトですねえ!ありがとーございます。

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