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自分が愛である事を知るコミュの愛の色彩

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私たちは色彩の中に生きています。

まず、しばらくはその事を体験してみてください。

さて、私たちが色彩の中に生きているという事を、物質に付随する固有の色のみにおいて物語る事も出来ます。花の赤、空の青、木々の緑、土たちの中の黄。私たちはきっとそれらの要素から、様々な芸術を生み出す事が出来るでしょう。

それも、またよし。

しかし、もう一度捉え直しましょう。
私たちの精神。どこまでも高い響きを受け取る事の出来る宇宙のハープ。
この精神も、物質に依らない色彩を体験しています。この記事を読んでいる人の中にも明確に、人のエネルギーを色彩感覚に近い所で受け止めている方が多い事でしょう。
また、その感覚があるのだと、信頼しつつも、まだ確信に至ってないプロセスの人も居るでしょう。

私はなにも霊視ができる人とそうでない人に線をひこうとしているのではありません。
実際、それを認識出来るか出来ないかに関わらず、人びとは精神的色彩の中に生きています。そして、その色彩的エネルギーの影響をうけているのです。見える見えないは大した問題ではありません。

たとえば、最近ではなかなか見られなくなりましたが、かつての日本の田舎の村を想像してください。朝は早くから稲刈りなど、活発な村の人びとの活動の後に、神社やその他なんでもいいのですが、神聖だと思われている場所での集いがあったとします。そのとき、その村を覆っている色彩は、活動時間(神輿や祭り)において、黄色や赤のエネルギーを混ぜ合わせています。その後、正しく義務感からでなく喜ばしい奉仕の精神によって神事を共有する時は、とても精妙な薄いブルーのエネルギーへと変化していくのです。そのような変化を、私はアジアの田舎で体験した事があります。

そのような場のエネルギーの変化によって、理屈では何も理解していないような村の若い共同体のひとりひとりも、言葉ではなく、自分の精神が神聖さ、静けさ、奉仕の心ということを受け入れて、個人個人の霊性の発展ということにつながっていきます。

そのような、自然な色彩のエネルギーの変化という事を、世界中のアーティストたちは直感的に捉え、古来から制作の中に取り入れて来ました。

そのアートに触れる事で、私たちの魂も、物質としての色彩ではなく、精神的な色彩という事を文化の中でそれぞれに育んできました。

さて、現代においてはどうでしょうか。私たちは実に色彩の中に生きています。各種メディアや建築、様々な商品まで、溢れるばかりの色彩によってまるで飽和状態です。

では、精神的な色彩はどうでしょか。

なんとも、落ち着いた、鮮やかさに欠ける印象というのが正直な所です。

かつて、この国のここそこで見られたであろう薄く輝くような青も、神社仏閣、ここはとおもわれる景勝の地にいってもなかなか味わう事が出来ません。どうしてしまったのでしょうか。

どうも、エネルギーの平均化という事が進行したようなのです。どこもかしこも似たようなニュートラルカラー(明るい灰色・沈んだ白とでも言えば良いでしょう)の色彩に日本の状態はあります。

また、中和されず濁っている所もある。わざわざ濁りのあるエネルギーを味わいにいくまでもないですが、そのようなエネルギーが満ちている箇所もある。そんな所で、生き生きと輝いている個人の光も見えるので、まあ、私たちが色彩の中で生きていてその影響下にあるとはいっても、個人がその色彩以上にかがやきを発していれば、感化されないのだなと学ばせていただくのです。

そう、個人の中に、光と色彩が溢れているのです。
この事は、おそらくかつての古き良き日本の村と違う点であり、今の時代のテーマをよく表している点なのです。

共同体の構成員は、かつて似たような精神的色彩をそれぞれの個人が携えていました。顔かたち性別、年齢が違っても、同じような精神的色彩を纏っている。そのような時代が100年程前です。

それが、今は個人の中に、多様な光と色彩があり、かつて聖地において味わったような精神的色彩が息づいている事もある。

魂の至聖所を、生活の中に持っている人がそのようなかがやきを放っているようです。

そのような人が、行者のような生活をしているかというとそうではない。
自由闊達に、平々凡々と、会社員なり、母親なり、学生なり、フリーランスなり、それぞれの事を淡々と生きているような人びとの中にです。

このような時代がくると、かつてから先賢は語っており、私もそのことを感じていました。そして、いま、目の当たりにしているわけです。

色彩と「Aura」と呼ばれているものをあまりしっかりと結びつけると、生き生きとした精神的色彩の本質を失っていくように感じるので、そのことには注意深くありたいのですが、まさに多くの人のAuraが変化して来ているのを数年のスパンで感じます。

「何色は云々の象徴」などのように、一義的に色と意味を結びつけるのならば、私が体験しているこの色彩の変化は、一瞬で無味乾燥で形式的な思考へとトーンダウンしてしまうでしょう。

実際の体験は、さまざまな明るさの違いであったり、色彩にもそれぞれに響きがあったりして、今私たちが体験している現象界のレベルでは、如何にCGなどを駆使したとしても再現不能な多元感をもっています。

そのような色彩体験のなかで、街ゆく人びと、すれ違う人びと、友人知人を見つめるにつけ、私たちは、あらゆる依存と束縛を超えて、自らが自らで輝く時をむかえているのだと感じるのです。

そして、微笑みをかわしたとき、私たちの色彩は共振し、宇宙が愛を取り戻します。
その瞬間に、誰と誰の間であっても。

その、モーメントを。

私たちはいま、愛のモーメントを全世界に紡ぐ役割を与えられています。
それはよろこび以外の何ものでもありません。

怖れと自己抑制を幻として去らせ、かろやかに一瞬一瞬の愛を生きる。

私はその響きが広がっていくのを、いつも離れた所からではありますが、見守っています。

ありがとう。
愛しています。


Amor

コメント(9)

天気のいい日を歩いてみてください。
すべてあなたが目にするものが、形は音となり、風は色となり、
人びとは一曲の完成されつつある交響曲に聞こえて来ます。

そのようだと信頼して、歩いてみてください。

私たちは愛の色彩を生きています。
>Amor さん、そういうことなんですね!?

都会に住んでいると ふと目にした空や花でもとても感動できます♪
それが 『愛の色彩』なんですね。。。

なるほどぴかぴか(新しい)
すてきですね。

ひとりひとりの色彩と輝きを、もっともっと繊細にとらえ
見守り、共振する自分でありたいと思います。

ありがとうございます。

>そして、微笑みをかわしたとき、私たちの色彩は共振し、宇宙が愛を取り戻します。
その瞬間に、誰と誰の間であっても。

その、モーメントを。

私たちはいま、愛のモーメントを全世界に紡ぐ役割を与えられています。
それはよろこび以外の何ものでもありません。

毎日の仕事(スーパーのレジ係)を通して実感してます。
レジでは、お金と品物のやりとりだけじゃなくて、愛の交換がおこなわれています。
コメントを下さった皆さん、ありがとうございます。
精神的な色彩は、そのように、日常にかがやきを与えます。

>毎日の仕事(スーパーのレジ係)を通して実感してます。
>レジでは、お金と品物のやりとりだけじゃなくて、愛の交換がおこなわれています。

このことに、たくさんのことが集約されています。

すべての瞬間に、宇宙に奉仕していると捉えて、目の前の事に愛でありましょう。
ありがとうございました。



          <LOVE THEM ALL!>

          全てに愛が必要なんだ

     世界に愛が欠けたなら、君の愛を分けてあげて

        完成させてごらん、簡単なことさ

          許せなかった友を許そう

         争いの理由探しをやめよう

      ただそれだけで、世界は愛に染められる


はじめまして。偶然入ったコミュニティーですがあせあせ(飛び散る汗)

魂が揺さぶられました。これからもメッセージ、楽しみにしています。
こどもが笑顔を返してくれた瞬間ハート達(複数ハート)

何より満たされますハート達(複数ハート)

純粋に愛を放つこどもたちハート達(複数ハート)

自然に微笑むことぴかぴか(新しい)

愛はいつでも私の中にあるハート達(複数ハート)

大切なことを感じさせてくださって、ありがとうございますハート達(複数ハート)ハート達(複数ハート)ハート達(複数ハート)

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