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沖縄のラーメン店コミュの思い出の「あのラーメン」

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コミュ内全体

あなたの記憶に残る「あのラーメン」を教えて下さい。
ラーメンコミュはうちなーんちゅだけでなく、島ないちゃーの人達も多いので地域は
沖縄に限定しません。

あなたの育った地域のジモティの人しか知らない身内ネタに近いお店でOKです。
案外、こういったお店の話からコミュ内の同郷の人が見つかったりする可能性もありますが
スルーで大半を占めるような気もします。(笑)
1度だけでなく思い出した都度書いて頂き、自己マンな世界を書き連ねて下さい。(汗、笑)

家族で食べに行ったラーメンにまつわるエピソードでもいいですし、衝撃を受けた思い出の
ラーメン、なくなってしまったけど、もう一度食べたいあのラーメンなど何でもアリです。
レスは入れませんので独り言に近い感じでどうぞ♪

コメント(71)

私と旦那がまだ恋人だった頃(4年前かな?)…内間のローソン向かいにブエノチキンがありまして、そこに夜のみラーメン屋台が出てたんです。めんくいというお店なんですが…
とっても優しいご夫婦が経営されていてよくしてもらってたのに…。
あれから内地で結婚妊娠出産…なかなか沖縄には行けず、あの屋台のおじさんが今どうしているのか気になって仕方ありません。来月沖縄に引っ越しするのですが「めんくい」のことを知ってる方、ぜひ教えてください!
ちなみに牧志にある「めんくい亭」ではないです。
とても古い話で恐縮ですが・・・・
 15年ほど前、宜野湾長田のマックの真向かいにあった(はちごろう)って
ラーメン屋さんのその後を知ってる方いませんか?

 オーダーを受けてから手打ちで麺をカットして茹でるこだわり、スープも当時ほとんどいなかった自家製の濃厚スープで斬新なパワーがありました。
 出てくるのにえらい時間かかってましたが沖縄では初の本格派ラーメン、期待していたのですが、3年ほどで急に閉まってしまいました。

 あれだけのラーメンを作っていた方なので、どこかでラーメン屋 やってたらいいな〜と思っています。
   どなたか詳細を〜〜〜〜
(以前のコピーですみません)
1年ぶりにトピを上げちゃいます。(^^)

自分は4人兄弟の末っ子なのですが、一番上の兄貴が大のラーメン好きでして
屋台のラーメン屋をやっていた時期がありました。
と言ってもあの引きの屋台ではなくトヨタのハイエースを改造しての販売でした。

当時、自分は中学生だったんですけど夏休み中はほとんど兄貴の手伝いで
兄貴の家に泊り込みであちこち色々なところを回っておりました。
一番、記憶に残っているのが千葉県の印旛沼というところで、ヘラブナ釣りに
夢中になって昼食を食べられない釣り師達をターゲットにしていました。

どんな感じでスープを作っていたのか?他界している為、聞きようがないのですが
兄貴の家に行くとハンパない臭さで結構凝り性な人だったので業務用スープとかは
一切使用せず、当時の進化系ラーメン?を作っていたのではないかと思われます。
と言っても時代は昭和ですので、今食べたらそれなりのものなんでしょうけど。(汗、笑)

その時にラーメンと一緒にペプシコーラとミリンダ(ファンタみたいなヤツですが、
ファンタ自体知らない人が多いかも?汗)の瓶の販売もしてました。
この頃のペプシは瓶の王冠裏蓋を剥がすと「もれなくもう1本」「当たり!50円」
無印のものは「ハズレ」といったキャンペーンを行っておりました。

栓抜きで王冠をはずして、まんまのグイ飲みで売っていたので、おやGらは王冠の
裏蓋を見る事もなく、溜まった王冠を後で剥がすのが楽しみでもありました。(^^;
ガキながらもどの程度の割合で当たりが出るのか?興味深々でめくってみたところ
大体、当たりは1ケースから2ケースで1本位の確立だったような気がします。

バイト代とか、もらった記憶がないのですが、今、思うと多分コーラ飲みホウ、
ラーメン + トッピング載せホウみたいな子供ダマシな技で使われていた気がします。(爆)
具はチャーシュー、メンマ、ほうれん草、ナルト、ゆで玉子、白ネギととても
シンプルなものでしたが兄貴の作っていた醤油ラーメンが未だに舌に焼きついており、
忘れられません。
ラーメン自体は旨かったのに自己管理の出来ない人だったので数年でジ・エンド。

なんて昔の兄貴を思い起こしていたら、ややセンチになってしまったおやGでした。(泣、笑)
>えぼ太さん

ラーメンにそんな思い出あるなんてズルいですよ(T-T)自分の懐かしラーメンなんてチキンラーメンをガリガリ食べてたくらいのもんです(>_<)
松尾にあったどんぶりラーメン石田どんぶりあそこのラーメンは最強でした!

いつも国際通りに来ると思い出されます...
東京でリーマンをしている頃、住んでいたマンションの近くに車のラーメン屋台が。。。
「おろ、この辺でラーメンの屋台って初めて見るなぁ」と思ったら、ジュルっときて
しまい、夢遊病者のように屋台に引き寄せられてしまいました。

ラーメンを一杯、おやGさんにお願いしたところ、何だか嫌な予感。
屋台の中に置いているのは瀬戸物の丼ではなく、何と発砲スチロール。
洗う手間を考えて使い捨ての発砲スチロールなんでしょうけど、余りにも味気ない。(^^;

出来上がったラーメンを見ると「こ、これは。。。」
素っ気ないこの丼のせいもあるのかもしれませんが、一口スープを飲んだところ化調
バリバリのラーメンで涙が出そうなほど痛々しい味でした。
過去数十年食べた中でもワースト5に入る出来栄えかも?(汗、笑)

しかも恐ろしい事に食べ始めだというのに「それではちょっと車を移動します。
ありがとうございました。」という言葉を言い残し、おやGはその場を立ち去って
行くではありませんか。(爆)

「ええっ。。。この何もない道路で屋台もない場所で一人立ち食い。。。そ、そんな。。。」
時間を優先とばかりに作り終わったら「はい、さようなら」かい。。。(汗、笑)

屋台では余り美味しいラーメンを望んでいませんが、あのボンヤリ光る赤い提灯、スープを
入れる際、寸胴のフタをとった時に立ち込める湯気、箸を口で押さえパチンと二つに
離し、作り終えくわえタバコのおやGの前でラーメンをすする。
これこそが屋台ならではの独自な食べ方のはず。
こんな食べ方は最初で最後でしたが、今、思い出しても「ううむ。。。」です。(笑)
20年とか前に金武の屋嘉にあった屋嘉ラーメンexclamation ×2
小学生入るか入らないかの頃親父に連れていかれてたるんるん
今の俺のとんこつ好きは多分その頃出来上がったのかもexclamation ×2

いつも食べ終わるとおじちゃんとおばちゃんがぽたぽた焼きをくれるexclamation ×2
ずっと前に無くなったけどダッシュ(走り出す様)
小学校途中で金武から離れて県外に中学くらいの時に兄貴と観光がてら金武をぶらついてる時にダッシュ(走り出す様)

急に知らない細ったおじいさんに大友くんダッシュ(走り出す様)声かけられて握手されてダッシュ(走り出す様)
ん−??

「屋嘉ラーメン来てくれてありがとうexclamation ×2」言われたダッシュ(走り出す様)

その時はよく思い出せなかったけどダッシュ(走り出す様)その話を親にしたら絶対泣かない親父が少し涙目だったてのを覚えてるダッシュ(走り出す様)


味忘れてしまったたけどまた屋嘉ラーメンと食べたいグッド(上向き矢印)そのアトはぽたぽた焼きハート達(複数ハート)
> 三平ですさん

あたし、地元ですが…
どこの方にお店があったとか覚えてますかexclamation & questionあたしの記憶にうっすら、ラーメン屋さんが浮かぶので、気になって…
>41えぼ太さん
その話聞いた事があります
単なる噂や都市伝説的な笑い話だと思ってたんですがホントだったんですね
終電追いかけてどんど郊外へ移動して行くって聞いてました
まさか当人がいるとは
こんどじっくり聞かせて下さい
>46 コトブキさん

>単なる噂や都市伝説的な笑い話だと思ってたんですがホントだったんですね

え?そうなんですかぁ。(^^;
んじゃ、ある意味貴重な体験をしたって事になるんですかネ。(笑)
こんなトピあったんだ〜…たらーっ(汗)

私の思い出のラーメンは

本当は【オヤジの味噌&カレー】ですたらーっ(汗)

今、一緒に生活してる親父ですが…冷や汗
…昔のが、料理旨かったんぢゃね?!

と、思う今日この頃たらーっ(汗)

20年位前から、カレーラーメンを出していて、シャクシャクの野菜の食感が最高だった事とか

いかにも北海道exclamation ×2って感じのコッテリ味噌が旨かったんだけどなぁ…

餃子も最高に旨かったんだけどたらーっ(汗)

今は再現出来ない思い出のラーメンですたらーっ(汗)

北海道室蘭市にあった「来多楽キタラク」冷や汗
東京の青山にあった醍醐って牛骨スープの店です。
BSEのせいでなくなっちゃったんですがもう一度食べたい 
思い出の店です。

ラーメン食った後 米ぶっこんで食べたらおいしかったっす。
二度目の丸星行ってきました。
やっぱり久留米まで行ってよかった!
自分の中で、雰囲気、値段、味のバランスがいまのとこ最強の店です。
30円?値上げしていたけど全然満足。笑
味にばらつきがあるみたいですが
圧倒されてそんなのはもうどうでもよくなります。笑

丸星中華そばセンター
http://www.tarzan-sound.com/personal/ramen/maruboshi/maruboshi.html
>KSさん

登戸にも牛骨ラーメン醍醐ありましたねぇ。
そこもBSEの影響で閉店してたのですが、同じ場所で名前を雪濃湯と言う店に変えて営業しているようです。
メニューは醍醐麺というものがあり、当時と同じ物を出しているようです。
未食なので、全く同じかどうかは、わかりませんm(__)m

亀レスですみません(^^;
カップめんの牛骨ラーメンと国際通りにあったチムドンドンが、また食べたい!
某ブログで書き込みした内容ですが、このトピにも書かれたらいいんじゃないですかと
言われたので一部内容を変えて書かせて頂きます。

と言ってもラーメンではなくチャーハンネタなのですが。。。(^^;
20年以上前の話ですが、地元で月に1、2回食べに行っていた中華屋の話です。

若い調理スタッフが客にガン見するような、ガラの悪い流れ系(一つの店で長続き
しない風)?の料理人達が多いような店で一人メチャメチャ、チャーハンを作るのが
うまいオヤGがいました。

バクチが好きだったのか、週末はヒマさえあれば競馬新聞を読んでいるようなおやG
なのですが、仕事モードにシフトするとしゃきっとして炒めものなど中華鍋のフリが
メッチャ、かっこいい。

中国料理店のような店だと厨房が客側から見えない所にあるので仕事ぶりが
見れませんが、ここはカウンターだけの中華屋だったので、もろ仕事が丸見えでした。

そのおやGのかっこいいところはチャーハンを鍋で振っていて出来上がりの頃合を
見計らいながらチャーハンを丸いオタマに振り集めていくんです。
しかも爪楊枝をくわえながら。。。(汗、笑)

左利きのおやGだと思うんですけど、左で鍋を振り、オタマを持った右手は位置を
固定しててシャカシャカとチャーハンを集めていく姿にウットリしてました。(笑)

固定で持っているオタマは約45度位の角度で鍋を振りながら次々とチャーハンを集めて
いくのですが大体、6、7回振ると作っていたチャーハンがあのオタマに全部収まって
いました。

そしてオタマに集めたチャーハンをチャーハン皿にバコンと逆さにし、丸くパラパラに
仕上げたチャーハンが完成。

オタマですくってバコンは普通に見ますけど、振り集めてのバコンという職人芸の
ような作業は見ててホントに気持ち良かったです。
それが見たくてチャーハンを頼んでいた事もあるほど。。。(汗、笑)

駅前から1本路地に入った店だったのですが、何年か前に通ったところ駅前の
再開発により、店は消えておりました。

今もあの時のおやGはどこかで爪楊枝をくわえながら職人芸を見せているのだろうか?
そして相変わらず、競馬もやっているのか?
とっても気になります。(爆)

今から25年前

宜野湾市の真栄原交差点近くの道路側に

いつも夜遅くから朝までやっている

『ラーメン大統領』

と言う店がありました!

スープは沖縄そばに近い味で

麺は細麺でした!

替え玉もOKで

当時としては

絶賛の味でした!



オヤジは沖縄の離島出身で若い時には

大阪に修業に行っていたそうです。


我が輩も大阪は

父方も母方も親戚がいるので

口にあいました!

懐かしいなぁ。

元気でいるといいですね!


今度沖縄に帰ったら


(ちゃー盛りらぁめん) だいじろう

を食べに行こうと思います。

なぜなら我が輩は

ジロリアンだからですよ!

とっくり(おちょこ付き)(●^o^●)

今回もラーメンではなく、チャーハンネタでスミマセン。
No.53と対極の位置にありそうなチャーハンを見た事があります。

10年ほど前、新宿の職安通りよりもっと大久保駅に近いエリアで食べた記憶は
あるのですが店名などは全く覚えていません。

そこでどんなラーメンを食べたのかも覚えていないほど印象のない店でしたが、
唯一強烈なインパクトと記憶を残しているのが、ここのチャーハンでした。

カウンターに座ってラーメンをオーダー。
厨房が奥まっている為、調理の作業は少ししか見えませんでしたが、奥に見慣れない
不思議な機械が陣取っていました。

見た目は「ドラム式の乾燥機」でガンガラ、ガンガラと音をたてて回っています。
ん?アレって何なんだろう?食器乾燥機でもないみたいだし。。。

ラーメンを食べていると隣りに座った人が単品だかセットものだったか?
チャーハンの類を注文していました。
ここで上の不思議なマシンの正体が分かりました。

回転しているドラムの中で回っているのはチャーハンで店のスタッフが
機械の真ん中辺りにレードルを置くとその中にチャーハンが入り、
すくったものをチャーハン皿へ。。。(^^;

何って味気ないんだろう。
レンジでチンも寂しいが、これはその上をいってるなぁとビックリしました。
しかも数時間前に仕込んだチャーハンがずっと回り続けているのかと思うと
余りにも悲しい。

この店で見たのが最初で最後だったので、今もこんなマシンがあるんだろうかと
ググったところ、ありました、ありました。(汗、笑)
更に進化しているようで、こりゃまた驚きました。(^^;

業界初 自動鍋振り中華レンジ 「鉄腕 スーパー炒(チャ)レンジャー」
http://www.youtube.com/watch?v=LHG50lrxJxY
> えぼ太さん

都内でチェーン展開してる幸楽苑とかで見ましたね。
>53のえぼ太さん

・・・右利きちゃうの?それって。
 
>たろさん

あ、そういう店があるんですね。
上の「鉄腕 スーパー炒(チャ)レンジャー」食べたくは
ないけど、動いているの見てみたいデス。(笑)

>ヨータさん

あ、そうなんだ、んじゃ俺がおかしいんだなぁ。
右利きの右振り。。。(^^;
>ヨータさん

今となってはどうでもいい話なのですが。。。。。
さっき振ったところ俺も左振りでした。(爆)
●金華楼 前編

かなり長文なので読むのがメンドイ方はスルーして下さい。(^^;
2000文字を超えていた為、pt.1 & pt.2となりました。(汗、笑)

20年ほど前住んでいた(6年ほど)地域にはラーメン店が駅周辺に15軒ほどありましたが、
有名店は皆無。
今でこそ「田中商店」や「椿」がある程度有名ですが、そんな地域で1軒だけ大好きな
店がありました。

店の名は「金華楼」
思い入れの強い店だったので贔屓めもありますが、トピにふさわしい過去に食べた
昭和のラーメンの中で自分の好きな店のベスト5に入る「思い出のあのラーメン店」です。

名前こそ中国料理店を思い起こすような店名ですが、カウンター席のみで6人入ると
待ちになってしまう狭〜いラーメン店でした。

おやGが赤ペンキで塗ったと思しき外観。
黄色い地に黒字で商品名を記したプラスティック製の掛札が店内に掲げられて
いましたが、メニューは一番の売りにしていた餃子の他にラーメン、メンマラーメン、
チャーハン、あとは八宝菜、ショウガ焼き、ニンニク肉炒め、ニラレバ炒めなどの
単品や+ライスといった構成でした。
チャーシューメンがないという変わった店でもありました。

ココは餃子+ビールで始まるのが儀式のような店でして、未だに何ら変わらない喰い方を
している自分のスタイルも実はこの店から始まっているような気がします。(笑)
数十年も同じパターンを続けるなよという感じもしますが。。。(^^;

初めて入った時もビールと餃子をオーダーしたのですが、待っている間にタバコを
吸おうとしたら灰皿がない。
おやGさんに灰皿もらえますかと頼んだところ、おやGはコンクリの床に吸殻を捨てて
くれと言う。(汗、笑)

何というこの場末感、しかし店自体は古いもののキッチン周りはピカピカだし、
プラスティックのメニュー札も油まみれにならないようヴィニールで覆っており
(マメにヴィニールを張り替えていた事も追記しておきたい、笑)、神経質な面と
てーげー具合の合わさった妙な雰囲気を持つお店でした。

当時若かった(今も気だけは若いが、汗、笑)自分が行くと魚屋のようなダミ声で
「おおっ、兄貴、久しぶりだなぁ」ってな調子で名前は知らないんでしょうけど、
行くと常に兄貴と呼ばれておりました。
多分、客は全員「兄貴」と呼ばれていたと思うのですが。。。(爆)

おやGの声は下の「山本山 海苔」CMの15秒くらいの箇所で出てくるアニメに近い
ダミ声でした。
http://www.youtube.com/watch?v=1BZyv4UNx4g
●金華楼 後編

肝心のラーメンですが鶏をメインに野菜などを加えたと思われるシンプルなスープ
でしたが、これにごま油が落とされ、あっさりかつ、とてもバランスの良いスープ
だった気がします。

具にはチャーシュー(かなり薄っぺらい、笑)、もやし、ほうれん草、ナルト、白ネギと
こちらもオーソドクスでラーメンというより支那ソバという言葉がピッタリな
中華そばでした。(どれだよ? 自爆)

今でこそ麺は六厘舎の麺として有名な「浅草 開花楼」のものでしたが、当時は全く
ノーマークの麺屋でした。(^^;

そしてココは値段が貧乏人密度の高いこの地域にピッタリな激安店。
足立区島根という地域ですが、あのビートたけしの生まれ故郷でもあります。

古い時代なので感覚を掴みにくいかもですが、ラーメン 300円、餃子が200円という
店で、この周辺一帯では一、二を争う安い店だったと思います。

一通り周辺の店も回りましたがマイフェヴァリットはダントツでココでした。
当時、おやGにどこで修行してたんですか?と聞いた事があり、おやGは言いました。
「俺は浅草にある末っ子という店にいたんだよねぇ」と。

自分はこの金華楼がとても好きだったもので末っ子も気になり、一度だけ末っ子に
行った事がありました。
浅草の千束通り沿いにあったと思うのですが、実際食べたところ、金華楼の方が
断然美味しかったです。

ただ、末っ子の餃子は今の時代も評判が良いようなので、金華楼もしっかりと
餃子の味は引き継いでいたのかもしれません。
ググって末っ子を調べたところ当時の面影は全くなく、コギレイなお店になって
いてビ・ツ・ク・リ。(^^;

浅草 末っ子のウェブページ
http://www.suekko.com/

餃子がメッチャ旨く、2、3皿食べる事もザラでした。
調理場の脇に1箇所、通りに面した窓があり、そこで餃子のオミヤを買っていく人が
とても多かったです。
週に1回ほど通っており、近くに住んでいた姉貴と一緒に行く事も多かったのですが、
この店の難点(特に後期)はとにかくスープのブレがヒドイ。(笑)

おやGの体調が良い時は神が舞い降りているのかと思うほど旨かったのですが、
体調が悪いと「ええっ?何すかコレ?」と思わせるほどダメダメ。
後から聞いたところ、後半のダメダメな時期はかなり内臓を悪くしていたらしく、
通院を続けているとの事でしたが、それでもおやGが好きでちょこちょこと通っていました。

あともう一つダメなのが、通い始めの頃は奥さんと二人で作っていたのですが、
しょっちゅうおやGがブチ切れて奥さんを怒鳴る、怒鳴る。
おやGの怒鳴り声でラーメンもゆっくり味わえないほど。。。(汗)

一時期、奥さんも切れて手伝いを放棄し、若い人を使っていた時期がありましたが、
おやGの気難しさに付き合いきれなかったのか?1年足らずで店から去ってしまいました。

仕方なく奥さんが戻り、また一緒に店を切り盛りするのですが、ある日行くと
定休日でもないのに店が閉まっているではありませんか。
翌週行くも店は閉ざされ、その翌週もクローズ。

そして数週間後、店が開いていない理由が分かりました。
何とおやGは肝臓ガンでこの世を去っていたのです。。。(ToT)

あのおやGのダミ声をもう聞くことが出来ないのかぁ。。。そしてあのシンプルな
ラーメンも2度と食す事が出来ないんだぁ。。。
そう思うと、とても悲しかったです。。。

一昨年、東京に帰った時に、たまたまこの店の前を通りました。
金華楼のあったその場所には比較的新しい戸建ての家が建てられ、今ではそこに
ラーメン店があったという面影は全くありません。

ここの家を通り過ぎる時に心の中で訳の分からない言葉をつぶやいていました。
「ここは昔、金華楼だったんだかんなぁ」と。。。。。
今はなき豊見城城趾公園の近くにあった「熊ぼっこラーメン」小さい頃の狭い世界に生きてたオレには、あのタンメン以上に美味しいものはない!と思ってたな…
懐かしいな。また食べたい。

多分今食べたら普通だろうけど(笑)
専門学校時代に通ってた

栃木県さくら市氏家の

『十八番』

ちっさい店で、オジーとオバーが2テーブル4席くらいのスペースで細々とやってる店。


『五目ラーメン』

が、すんごく美味いハート達(複数ハート)

具は小さめで多く、餡はトロミを失わないハート達(複数ハート)

そして味は、深いほっとした顔ハート達(複数ハート)ハート達(複数ハート)ハート達(複数ハート)

あの五目ラーメンをもう一度食べたいわーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)

因みに麺はノビノビ(笑)

カタメン頼んでもノビノビ(笑)

オジーオバーが元気な内に頑張って行こうわーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)
僕は福岡の久留米出身なんだが、
小さな頃からオヤジによく連れてってもらった
「明龍軒」
当時はたしかラーメン並が350円だったな(´〜`;)
今は400円かなー
あの豚くささとニンニクのコクは、地元久留米人にはたまんない味じゃないかなー(^^)
みなさんいってみてください!
●菊や 前編

個人的な思い入れの強い話かつしようもない長文となっている為、興味の
ない方はスルーして下さい。
またも1000文字を超えてしまいましたので前編〜後編に。。。(汗、笑)
スミマセン。(^^;

先日コミュの「県外のラーメン店」でも書き込みしましたが「菊や」は
自分にとってトピに最もふさわしい思い出のラーメン店です。
1週間ちょっと前に拘置所のある小菅方面から荒川に架かる千住新橋と
いう橋を渡りきってから右へ曲がり、子供の頃、スゴイ坂に感じていた
ゆるやかな坂を下りて左に曲がると。。。

ありました、ありました、黄色い地に赤文字での看板、まさしく「菊や」
オープン当初から50年近く、ずっとこの色使いは変わっていないようです。

ココに立ち寄る前に付近を散策したところ、くもの巣のように
張り巡らされていた横丁はキレイに区画され、菊やの店前にあった銭湯
「新橋湯」も消えてしまい、風情のない現代的な町となっておりました。
後付けというか、最近知ったサイトですが、銭湯マニアは↓を見て下さい♪

銭湯ペンキ絵師見習い日記
http://mizu111.blog40.fc2.com/

店の前に着くとご覧のように日曜日という事もあって満卓。
タバコを吸い、空席を待ちながら、昔の事を思い起こしていました。

二人の人が自分の左手首を右手で握り、二人の手を握り合わせると
手神輿になりますよね。
兄貴が二人いたのですが、小学校低学年の頃、一度だけ、手神輿で
担いでもらい、兄貴らと菊やに着た事を思い出しました。

以前にも一度、書いた事がありますが、小学校の休み時間に馬乗りを
(つぶした方が勝ちというアレ)していて、ヘラヘラ笑いながら飛んだ
ところ、馬になっている友達の背中に思い切り唇をぶつけてしまい、
タラコのように唇が腫れてしまった事がありました。

担任の先生が「今日は早退して家で安静にして下さい」と言われ、
その足で家に帰る事に。。。(笑)

家に戻ると叔母が遊びにきてたのですが、丁度、菊やのラーメンが
出前で届き、ちゃぶ台に置かれ、食べ始めるところでした。

母が「まだ、お前もごはんを食べてないようなら、あたしのラーメン
あげるから
食べな」と言われ、ニッコリ。(^^)v

左唇がメチャメチャ腫れており、痛みが染みて食べられない為、
右側からラーメンをすすって食べたのですが、思うように麺が
すすれず、こんなに苦労をして食べたのもコレが最初で最後の
ような気がします。(^^;
●菊や 中編

ココも今で言う中華そば的なアッサリしたシンプルなラーメンを
売りにしている店だったのですが、20年ほど前から何があったのか、
アイスクリームラーメンとかコーヒー牛乳ラーメンといった
キワモノ的なラーメンを出す店として有名な店になって
いました。(汗、笑)

あのおやぢが果たしてそんなラーメンを作るのだろうか?
もしや店主が変わり
新しいオーナーがそういった方向にシフトチェンジしたのでは
ないんだろうか?
と、もやもやした疑問を解消すべく、確認の意味も含めての
訪問です。

小学校高学年の頃、路上で下級生とふざけていたところ、そこへ
菊やのおやぢが出前の丼を下げた帰りに通りがかり、下級生を
いじめていたものと勘違いし、ゲンコツでこづかれたという
痛い思い出も蘇りましたw

今の時代だとこういった行為も親御さんにとってはオオゲサに
なりがちですが、悪い事をしたら、他人でも叱ってくれるほうを
喜ぶ、そんな時代が昭和という感じがします。

前置きが長くゴメンナサイ。
そんな昔話を思い出しながら、タバコを吸い終えると、丁度、
席も空き中へ入る事が出来ました。

店に入ると「いらっしゃいませ」と店主。
顔を見るとあの時に俺の頭をこづいたあのおやぢじゃないですか。(爆)
ううっ、良かった、おやぢぃ、顔つやの色も良く元気そうじゃ
ねえか。(笑)
●菊や 後編

食べるラーメンはもちろん、店に向かう前から決めていた
「ラーメン」とついでとなる「餃子」をオーダー。(汗、笑)

おもしろいなぁと思ったのが、餃子を焼く際にラードを溶かし入れ、
餃子を焼き始めておりました。
割とポピュラーなんでしょうかね?

おやぢ一人でやっている店ですが、さすが長年に渡りやっている店
だけあって手際の良さが光ります。

湯鍋に投入された麺はやや中細のちぢれ麺。
当時と同じようにそのちぢれ麺を平ザルで湯切りする姿、「変わって
いないようでいいゾ、おやぢ」と心の中で声援。(笑)

丼に醤油ダレ、油と魔法の粉、茹で上がった麺を入れ、具を盛り付け
完成したラーメンが数十年ぶりにカウンターに座る自分の前に。

昔の菊やのラーメンは「玉子なしでチャーシュー、メンマ、海苔、
ナルト、小口切りの白ネギ」でしたが、やや散漫さの現れた今の盛り付け。
「ううむ。。。ヴィジュアル的にちと不満だが。。。大丈夫か、おやぢ」

余り気の乗らない、やや不恰好ともいえるレンゲを掴み、スープを一口。
「ううっ。。。染みるじゃないか、おやぢ。。。」舌先でしっかと
覚えていた当時のあの味が今、蘇ります。(泣、笑)

「未だに時代遅れなラーメン出しててねぇ」とおやぢ。
「いやいや、特殊なラーメンを求めて来ている人もいるんでしょうけど、
この味が好きで通っている人も多いんでしょうし、自分も心の中に
残っている思い出のラーメンが食べられてホントに今日来て
良かったっすヨ」と言葉を残し、「次は60年目を目指して頑張れよ、
おやぢ」と心の中でつぶやき、店を後にしました。

----- 完 -----
千葉県の鎌ヶ谷市にある博士ラーメンを思い出し食べたくなります。麺自体も味があってよい甘みのあるものでスープや具材も体にいいものを考えられたラーメンなので、そんな医食同源なラーメンを沖縄でも食べたいなあと思ってしまいます。今はないようですが、ジャンボ餃子やガンキャベというものを一緒に頼んで、ご褒美気分で食べに行ったなあとときどき思い出し食べたくなります。病気もあるので体にいラーメンを食べたいものです。わーい(嬉しい顔)

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