ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

ホーム > コミュニティ > アート > 仏壇クリエーターズ・アートマン > トピック一覧 > ロックなあの世授業・ロッキン六...

仏壇クリエーターズ・アートマンコミュのロックなあの世授業・ロッキン六道

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コミュ内全体

岡崎のタウン誌「リバ!」で連載中のあの世をテーマにした講義を開催中です。

なにぶん、タウン誌なので配布エリアが狭いという事もあり、内容を知りたいという方が最近増えてきました。

という事でこちらでも紹介させていただきます。
毎月20日発行なのでなるべくこちらでも掲載していきます。
アートマンのコミュでの特権です。

それではどうぞ!


一時間目「人は死ぬと生まれ変わるんですか?」

 科学が進んだ現代においても「あの世」と呼ばれる死後の世界は未だ解明されていません。
なぜなら近代科学において証明という物は誰が観測しても、全く同じ結果が得られるように客観的で普遍的な観測方法で実験をしなければいけません。
現代科学はデーターが命ですからね。
「あの世」の存在を証明しろと言われたら宇宙空間のように人が行って戻ってくる必要があります。
ごく稀に「あの世」から生還してくる人がいますが、これは偶然です。
これではデーターの定義に反してしまうんですよ。

 データーが無くとも論理で攻めるのが「あの世授業」の真髄。
調べました。
仏教書、聖書、哲学書、医学書、精神世界の本など、いろいろな書物を読んでベストアンサーを与えてくれたのはこの人。
ドイツの哲学者ニーチェ。
彼の「永遠回帰」という理論です。
簡単に説明すると無限にあると思える夜空の星。
根気良く数えていけばいつかは数を数える事ができる。
この世にある物はどんなに沢山あっても数は数えられる。
すなわち限りがあるんです。

 しかし実はたった一つ無限の物がこの世にあります。
それは「時間」。
過去から未来へという時間の流れは無限に続いていきます。

 人の数は有限です。
そしてその人間に宿る魂の数も有限です。
人は生まれてきます。
どんどん、どんどん生まれてきます。
沢山用意してある魂の数もいつかは足りなくなります。
その時に繰り返しという現象が起きるのです。
例えればサイコロの目は6通りしかありません。
ふり続けていればいつか同じ目が出てしまう。
限りのある物は時間の流れにおいて繰り返されるのです。

 それが生まれ変わりという現象です。

 要するに論理的には人は死んだら生まれ変わらなければいけないが、証明はできていないというのが今回の質問の答えとなります。
死別してしまうと一生会えないと思いますが、命の繰り返しという現象によって人は生まれ変わってくるはずです。
この世でもう一度会えるチャンスがあるのです。
何かロマンチックですね。
仏壇や故人に手を合わせる行為によって見えない赤い糸が繋がっていたりするのかもしれません。


人が亡くなるという事は超遠距離恋愛みたいなもの

コメント(31)

2時間目「生まれ変わるってどういう事?」


前回の授業でニーチェの「永遠回帰」という理論を元に魂の繰り返し(生まれ変わり)が起こる現象を説明しました。
ではそもそも生まれ変わる現象とは何なのだろう?


 よく人は死ぬと無になるなんていう人がいますね。
それは人間の魂や意識に主観をおいて考えているから無という思想が出てきます。
人間の身体のみで考えてみれば無にならない事が理解できると思います。

 死後の肉体は殆どの場合、火葬されます。
炎の力をかりて肉体は分解されます。
一部は煙や水蒸気となって空気に取り込まれたり、灰や骨になった肉体は墓の中で土に姿を変えていきます。
ようするに地球の一部に戻っていくのです。
人間の姿ではないし、分解されてバラバラになってしまってはいますが、決して無になっているのではありません。

 そして空気の一部となって空中に浮遊している元肉体は雨となって地上に降りてきます。
土となっている元肉体と再び出会います。
その2つを養分として樹木や穀物が育っていきます。
そしてその実を食すのは人間です。
人間の体内に取り込まれた元肉体は蓄積されて新たな命を作り上げる要素となります。
十分要素を蓄積された男と女が恋愛をして子供を産み、そして年をとって死んでいきます。
死んだ人間は火葬されて肉体は分解されます……と永遠に繰り返すのです。
これが生まれ変わるという事の基本の考え方です。

 そのサイクルの中にはきっと魂や意識という物質も含まれるはずです。
そういう仕組みの事を仏教では「輪廻転生」と呼んでいます。

 人が死んだ瞬間に体重が数グラム変化するそうです。
それが魂や意識なんじゃないでしょうか? 
一度肉体から離れて地球の力を借りて分解・再生のプログラムを受けた後、新しくなった肉体に再度宿るような仕組みになっているのかもしれません。
何といっても人が生まれるという現象は「あの世」同様に現在の科学では解明できていない事が多いのです。



 
人が死ぬと言う事は自然のシステムに組み込まれるという事
3時間目「六道って何んですか?」

 3時間目にしてやっと登場です。
あの世の専門用語「六道」。
今回はこちらの説明をしていきます。
2時間の授業を使って「生まれ変わる」事を説明してきました。
今回は生まれ変わる行き先の話です。


 当然、次に生まれ変わるのは「人間」だと思っている方々は少々楽観的です。人間として生まれ変われる人は稀だといわれています。
多くの人達は人間の世界以外の別の世界へ生まれ変わる事になります。
その世界は人間の世界を含めると6つあります。その世界を「六道」と呼んでいます。


 その6つの世界とは、天道・人道・修羅道・畜生道・餓鬼道・地獄道です。
最初と最後は西洋的に言うと天国と地獄です。
最良の世界と最悪の世界です。
それ以外に修羅道という争いばかりの世界、畜生道という動物の世界、餓鬼道という飢えた世界が人間の世界以外にあります。
各世界の詳しい説明は後々やるといたします。


 この生まれ変わりのシステムを世界的な視野に置き換えてみましょう。
あなたが中東の内乱の地に生まれたら、就学する頃にはペンよりも先に拳銃を持たされるでしょう。
まさに修羅の世界です。
また貧困極まるアフリカの某国で生まれたら、食べる物もままらなず常に飢えに苦しむ事でしょう。
まさに餓鬼の世界です。
世界に目を向けると人間らしい生活を出来ているのは一握りの人間です。


 この日本を見てみてください。
毎日お風呂に入れて、十分な教育は行き届き、コンビニ等に行けば食料が安定的に手に入れる事ができます。
実は天国のような世界なのです。
しかし、年間数万人の自殺者を生み出しています。
本当に不可解な国です。


 人は必ず死にます。
そして新たなに生まれ変わります。
その行き先を決めるのは実は現在の我々の行いなのです。
神仏は自分達の行動をちゃんと見ているんです。
ゴミを捨てたなぁとか、人をだましたなぁとか、ちゃんと帳面につけています。
この世以上に次の世界で楽しい人生を謳歌したいのならば、この世を正しく生きましょうね。
採点制度になっているそうですので。




あの世を通過するワインディング・ロードこそが六道です
4時間目「あの世ライフについて」


 今回はあの世のジェネラル・インフォメーションを紹介しようと思います。
あの世はどうも暗いイメージがあります。
それはどうしても地獄のイメージが強すぎるからです。
前回の授業でお話した通り、あの世は基本的に6種類に分かれています。
地獄はその中の1つでしかありません。
あの世とこの世は繋がっていますので、あの世の情報を知る事であちら側と長いお付き合いができるのです。
今回は食事についてとお金についての説明をします。


 まずは食事。
あの世でのご馳走は湯気や煙だと言われています。
温かい食べ物から湯気が出ます。
それは途中で見えなくなりますよね。
その見えなくなった場所があの世と通じているようです。
お仏壇に線香をお供えしますよね。
それもその一つ。
お仏壇にお供えするご飯は炊き立てがいいんですよ。
だって湯気がたくさん出るでしょ。
それからお酒好きな人には熱燗やお湯割りをお供えした方がいいかもしれないですね。
こんな感じでお供えした物の湯気が消える瞬間があの世とのつながりであると定義した昔の人。
すごい素敵だと思います。


 次にお金。
地獄の沙汰も金次第なんて言葉があります。
まぁ、あの世の仕組みの中にはそんな事は通用しないと思います。
しかし、多少なりともお金は必要です。
棺桶の中に六文銭を入れる風習があります。
三途の川を渡るときの通行料として亡くなった方に持たせているのです。
そのお金がないと泳いで川を渡らなきゃいけません。
この三途の川の渡り方は別の機会に詳しく説明します。
渡し忘れたって方。
安心してください。
あの世にはちゃんと送金システムが確立されています。
紙に金額を書き込んで燃やしてください。
それだけであの世に送金されるようになっています。
中国で行われる風習ですが、同じアジアという事もありきちんと送金されるはずです。


 この2つに共通するのは天に向かって立ち上り、途中で消えるという事です。
その途中にあの世という異空間が存在するという考え、また、こちら側(この世)からのベクトルでのみあの世とコンタクトがとれるという事です。
時間の流れが過去から未来へ進むようにこの世からあの世へという流れしか出来ていない事がわかります。
あの世の世界へ自由に行き来できるようになるのはタイムマシーンを作るより難しい事だと思います。



目えなくなる事の神秘性があの世のイメージを高めるのです。
あの世授業 5時間目


因果応報って何ですか?


 あの世の仕組みを作り上げている大きなルールが2つあります。
一つは輪廻転生と因果応報というシステムです。
輪廻転生についてはこれまでの授業で説明してきました。
いよいよ因果応報のシステムに突入です。
このシステムは実に単純明快、まるで方程式のようです。
簡単に説明すると、良い事をやると良い結果になり、悪い事をやると悪い結果となるという仕組みです。
水戸黄門や暴れん坊将軍のような時代劇では、必ずこの仕組みを取り入れています。
勧善懲悪(かんぜんちょうあく)の考え方と良く似ています。


 この時代、良い人ほど馬鹿を見るとよく言われます。
確かに性格の良い人の方が苦労が多いのは事実かもしれません。
この「良い」という事。
実は大変定義が難しい言葉でもあります。
古代ギリシャの哲学者・エピクロスは「快楽が善・苦痛が悪」だと定義していますし、ドイツの哲学者・ニーチェは「強者こそ善・弱者が悪」と定義しています。
またキリスト教では「愛こそ善・欲こそ悪」と解いています。
立場と考え方がかわれば善悪の基準が変化してしまいます。
またその基準を決めようとすれば、善悪の境があいまいになっていきます。


 しかしながら仏教はちゃんと善悪の解決方法を持っています。
それが「中道」という考え方です。
ギターの弦は緩いと音が鳴りません。
また締めすぎると切れてしまいます。
良い音色を出したいのならば「丁度良い」締め具合が必要です。
この丁度良い事が中道です。
良い事ばかりやっている人は偏った考え方となり、案外悪い人とよく似てきます。
当然悪い事ばかりをやっている人は問題外です。
バランスのよい生き方が出来る人が「良い人」です。
僕はこの考え方が好きです。
長い人生、場面場面で善悪の判断をするのではなく、トータルで考えて良い人生か悪い人生かを決めるべきです。
悪い事をしたなって気づいたら、それを取り返すほどの良い行いをして取り返せばいいんです。
そのために人は長い寿命を手にしているんですから。


 人生の終焉の時に「良い人生だった」と堂々と口に出来る人の来世はさらに輝かしくなる。
それが因果応報を組み込んだあの世の仕組みです。



今月の言葉
善と悪との狭間を堂々と歩く、それこそ王道である
あの世授業6時限目


善悪について


 前回の授業に引き続き善悪についてのレクチャーです。
前回は「中道」という言葉を使って善と悪について説明しました。
これでは少し抽象的ですので、僕が昔出版した「あの世の歩き方」という書籍(残念ながら出版社の倒産にともない絶版になっています)の中で僕が独自に決めた善悪の基準を紹介します。


 僕が決めた善悪のギリギリのラインはつまみ食いです。
それを1ポイントとして、それよりも良い行いをマイナスポイント、それよりも悪い行いをプラスポイントとして一覧にしました。
ポイント数の合算で次に生まれ変る先が決まるという仕組みです。
ポイントの呼び名は「業」と呼びます。
業とはサンスクリット語でカルマと言い、「行い」という意味です。
一つの行為を起こすには何か原因があり、その行為を起こす事により何か結果が起こるという考えです。
つまみ食いという行為で説明すると、お腹が減ったという原因があり、晩御飯のから揚げをこっそりとつまみ食いをし、その結果お母さんから叱られるとう一連の動きを「業」という一文字で表す凄い言葉です。
業が深いとかって言葉がありますよね。
その「業」です。
あなたは何業の人生を送っていますか? 
あの世の点数表を片手に計算してみてください。


「あの世の点数表」
地球に激突する惑星を破壊する…−994業
犬を救うために新幹線を止める…−207業
お年寄りに人工呼吸をする………−188業
川で流されている子犬を助ける…−137業
コンビニでおつりをすべて募金する−71業
いじめられっ子を助ける……………−13業
つまみ食いをする…………………………1業
夏休みだけ金髪にする…………………11業
他人の家でウンコを流さずに帰る……20業
あらすじだけ読んで感想文を書く……29業
嫁の悪口を言う…………………………38業
列に割り込む……………………………52業
野球のチームを1球団減らす………101業
飼い犬の散歩をしない………………137業
80歳になって振り込め詐欺をする618業
笑えないような事件を起こす………999業



今月の〆の言葉
今の自分に起こっている事全てに原因があり、何かの行いの結果である
あの世授業 7時限目 


生まれ変る存在って何ですか?


 素朴であり、重要な質問ですね。
多くの人は魂なんて答えると思います。
意外な事に仏教は魂という存在を認めていません。
そもそも、お釈迦さんは死後の話は一切していないので仕方ないですよね。
死んでからの事で不安になるよりも、今の人生を一生懸命生きなさいというのがお釈迦さんの考えです。
まぁ、人生を正直に懸命に生きた人が死後悪い所へ行くはずがないので真理とも言えますが……。


 お釈迦さんが入滅してかなりの時代が経過してから仏教も日本で言う魂のような物の存在を認めました。
それが「アートマン」という物です。
この言葉はサンスクリット語で「自我とか内なる自分」という意味です。
西洋でいう所のマイセルフとかパーソナリティに近い感覚ですね。
僕が主宰する職人集団「アートマン・ジャパン」もこの言葉をグループ名にしています。
芸術のアートじゃないですからね。


 簡単に説明すると人間の肉体はマジンガーZのような物です。
アートマンとはパイルダーに乗った兜甲児の事。
操縦者がいなければ唯の塊でしかありません。
また操縦者次第では悪にも正義にもなりえます。
その上、兜甲児がその気になればグレートマンジンガーにだって乗ることができます。
別の体に乗り換える……まさに輪廻転生です。


 悟りの境地に「梵我一如」というのがあります。
梵(宇宙を表すブラフマン)と我(自分を表すアートマン)が一体になる事です。
手塚治虫さんのブッダでは、全ての生き物は見えない光で繋がっていると描かれています。
だから人間は孤独ではないそうです。
この言葉を一番上手に表現していると僕は思います。


 また別の話でアートマンは半球体であると言われています。
半球体のアートマンは完璧な球体になろうとしているそうです。
球になるにはピッタリと合致する同じ形の半球体が必要です。
だから人は恋愛します。
自分と対になるアートマンを持った人に引き付けられるのです。
最高のパートナーを手にしてまん丸のアートマンになれた人が幸せになれるのです。


幸せになりたければアートマンに問いかけて!
あの世授業8時限目


西洋と日本のあの世観について

 去年の9月半ばからパリ→ロンドン→ボストン→ニューヨークと世界一周してきました。
折角なので西洋と日本のあの世の違いについてテーマにしたいと思います。


 日本のあの世には絶望感はありません。
地獄の捕らえ方がある意味明るいのが日本です。
かの有名な芥川龍之介著の「蜘蛛の糸」では主人公の極悪人のカンダタが蜘蛛を助けたという理由だけでお釈迦さまが助けてあげようとします。

 西洋ではそうはいきません。
人々はすべて地獄へ行くという考え方です。
死んだら地獄から出ることはできません。
唯一キリストを信じる者は天国へ導かれるという発想です。
また西洋の地獄の悪魔は怖い。
それにひきかえ、日本の鬼はどこかこっけいでユーモラスな所があります。
こぶとり爺さんの話で出てくる鬼がそんな感じですよね。
西洋の悪魔と違って、日本の鬼は絶対悪ではないのです。
この絶対悪や絶対善という考え方が日本にはないのです。

 外国人との会話であなたの信仰している宗教は?って聞かれます。
日本人の多くは無宗教ですと言って軽蔑されてしまいます。
宗教を信仰していない人は野蛮人だと思うのが西洋的な考えだからです。

 もともとがメザシの頭でもご利益があれば手を合わせる民族である日本人は全てにおいてお気楽主義なんです。
だから宗教にも無頓着です。
難しい宗旨よりも、「ありがたい」か「ありがたくないか」が大きな問題だったります。
だから神社にも行くし、仏像を見に寺へも参拝する。
もちろんクリスマスだってかかせないし、バレンタインデーがあるから告白だってできる。
気がつきましたか?
日本人のまわりには宗教行事が一杯あるんです。
日本人は特定な宗教に属さない宗教人の集まりの国なのです。
簡単に言えば、宗教だと感じさせないくらい宗教が生活に入り込んでいる物凄いレベルの高い国なんですよ。


 ジョンレノンのイマジンという歌に「ノー・リリジョン」って歌詞が出てきます。
ジョンレノンだって理想の国には宗教さえも必要ないって言っています。
それはまさに日本みたいな国の事だと思います。
西洋のスタンダードに合わせずに、日本独自のあの世観を守っていけるといいなぁって思います。
あの世授業 9時間目 


「幽霊や悪霊っているんですか?」


 不遇の死をとげた人やこの世に未練のある人が幽霊や悪霊になるって話を良く聞きます。
論理的には99%ありえません。
何故ならこの世はバランスよく出来ているからです。
悪霊が人に悪さをするのならば、同数の善霊が人助けをしなければ善悪の均衡がとれないからです。
天使や妖精を見たって人がいても誰も信用しないでしょ。
逆に頭大丈夫かって心配されちゃう。
しかし、幽霊を見たって言うと多くの人が信用する。
なぜなら、幽霊や悪霊は小説や映画などの影響で存在していると知らず知らずに信じ込んでしまっているせいです。
また馴染みの薄い天使や妖精などは存在すら忘れているので見ることがないというわけです。

 また、この世が魂の修行の場であるのならば、悪い人生を送る方が良い修行となります。
不遇の死を遂げた人の方が魂的にはよい経験をした事になるのです。
なので論理的には悪霊や幽霊になる必要がなくなるのです。

 落雷時に多くの幽霊目撃があるそうです。
目で見えるといっても電気信号で脳に伝えられて見ている物です。
脳の事が解明されてきている現代、実際自分が見ている物も実在しているのかどうかが危うくなってきているのです。
落雷で起きる電気が脳に影響している可能性があるのです。
実際、お仏壇の中の位牌が勝手に揺れだすという事件がありました。
その原因は家の裏にあった小さな滝が作る低周波だったそうです。
こういう目には見えないが存在している力が幽霊騒動の原因だったりします。
この世に起こる現象には必ず原因があります。
幽霊や悪霊の仕業だと決め付けずに原因を探る癖をつけるようにしましょう。
99%で悪霊や幽霊に出会うことはありません。
もしかなり低い確率、たぶん宝くじにあたる以上の確率でしょうけども、幽霊や悪霊に出会えたらラッキーだと思った方がいいですよ。

 100%だと言えないのは、僕自身いろいろな怖い体験をしているからです。それはまたいつか!


〆の言葉

幽霊や悪霊と会うのはニューヨークのホテルのロビーで知人と会うくらいの確率です。
(これ僕の実話)
あの世授業10時限目

「聖徳太子とキリスト教の関係について」

 今回はクリスマス特別授業です。
世界最古の木造建造物である斑鳩の法隆寺。
ここの六角形の奇妙な建物「夢殿」があります。
修学旅行で行った事ありますね。
ここには聖徳太子をモチーフにした仏像・救世(くぜ)観音菩薩が安置されています。
実はこの仏像が謎めいています。
明治時代まで千数百年間、布でぐるぐる巻きにされて完全に秘仏とされていました。
また光背の付け方も特殊で、後ろから頭に直接打ち付けられていました。
このような理由から聖徳太子の怨念を封印する呪術的な役目をしていた仏像だと考える学者さんもいます。
注目するべきは救世という独特の名前を持つ観音菩薩だという事です。
これは世を救う人という意味で救世主を表す言葉です。
仏教では使わない言葉です。
どこで使われるかというと、そうですキリスト教です。
教科書ではフランシスコ・ザビエルが1549年にキリスト教を伝えたって学校で習いましたよね。
少し視野を広げてみると、中国では600年代にキリスト教(景教)が一時期流行していたと文献に残っています。
聖徳太子の時代に海を渡ってきた人達の中にキリスト教についての知識を持っていた人がいても不思議ではありませんよね。
話しは変わりますが、正倉院に伎楽面があります。
その中に酔胡王(すいこおう)というお面があります。
そのお面は極端な鷲鼻の赤ら顔、まるで昔話にでてくる異人です。
特に「胡」という文字はペルシャ系を表す言葉でもあります。
聖徳太子の頃の斑鳩は案外国際的な都市だったかもしれません。


 こういう理由から仏教徒だと思われていた聖徳太子がキリスト教徒だったという説もありますが、僕は違うと思います。
きっと知的で温和な人物だった聖徳太子はネットワークが広かったと思います。
友人にはキリスト教徒がいたとしても不思議ではありません。
救世観音はそんなキリスト教徒の人が聖徳太子の亡くなった時に奉納した物ではないでしょうか? 
キリスト教スタイルの仏像になってしまったのではないでしょうか? 
とは言っても真相は闇の中ですが……。
天平時代からキリスト教と仏教の融合があったとしたら、仏教徒の日本人がクリスマスを祝うのは千数百年の歴史ある伝統的矛盾だと思います。


今月のことば
仏教徒がクリスマスを祝う背景には千数百年の歴史あり!
あの世授業11時限目

「幽体離脱って何?」

 あの世への旅立ちについて今回から数回に分けて説明していこうと思います。
今回は人が死ぬとすぐ起こる現象についてです。


 僕的には「幽体離脱」って言葉は好きじゃないです。
だって怖い感じがするでしょ。
「後ろの百太郎」っぽい言葉ですので。(ちょっと古いかな?)


仏教的には死後において肉体と自我が分かれると解いています。
自我というのを古いインドの言葉でアートマンといいます。
アートマンっていうと怖さがないでしょ。
急にヒーローっぽくなっちゃいます。
そのアートマンとは意識の事……分かりにくいですね。


ちょっと簡単なたとえをします。
あなたは偶然街で素敵な人と出会いました。
胸がドキドキします。恋をしてしまいました。
その素敵な人を思うと胸が苦しくなります。
そこで質問です。
この時にドキドキしたり苦しくなったりするのは体のどの部位でしょう?
………真剣に考えてみると分からないでしょ。
心臓でもないでしょうし、脳でもない。
唯一言える事は「心」という形の無い何かですね。
嬉しいとか悲しいとか感じるのも心。
心と体が合致して「あなた」という存在が出来上がっています。
その心の部分をつかさどっているのがアートマンなのです。


 死というのは肉体が滅びる現象です。
しかし、心の場合は肉体よりも寿命が長い。
だから使い物にならなくなった肉体から心が抜け出してしまいます。
事故などで1度心臓が停止してしまい臨死状態になった人の心が「あれ死んじゃったんだ」って勘違いして「幽体離脱」してしまう事があるんでしょうね。
手術されている自分の姿を見たとかって報告があったりします。
心が体から離れてしまう事が本来の死の定義なのかもしれません。



〆の言葉「体とのお別れが死出の旅路の第一歩」
あの世授業12時限目


あの世とこの世を結ぶトンネルがあるって本当ですか?


「真っ暗なトンネルのような所を抜けると一面お花畑だった」というのがあの世話の基本です。
映画「千と千尋の神隠し」でも主人公一家はトンネルのような所を抜けて神々の湯治場にたどり着きました。
何故か古来からあの世とトンネルは常に合致しています。
日本を代表する古代の死者「イザナミ」も地中の深い穴の中にある黄泉の国に住んでいました。
これも一つのトンネルです。
このように現代も古代も先の見えない長いトンネルの先には異空間との繋がりがあったと考えていたようです。


そもそも人が生まれる瞬間もトンネルを通ってきます。
お母さんのお腹で大きく育った胎児は産道という大きなトンネルを抜けて異空間である「この世」に登場してきます。
このトンネルを抜けられなければ命を与えられないといっても過言ではありません。
この世に生まれた時のイメージとあの世へ旅立つイメージが合致してしまい、トンネルのイメージを作り出すとも考えられます。


少し話が変わりますが、表(外側)と裏(内側)の境界ってどこにあるか分かりますか?
人間の体で考えると表にあるのは体の皮膚や髪の毛で、裏にあるのは胃や腸のような内臓です。
人体の表裏の境は口と肛門ですが、しかしけっして分かれているわけではありません。
口も皮膚の一部ですし、体内も食道、胃、腸を通って肛門となり皮膚と一体化してしまいます。
実際は境という物はなく、一つの繋がった組織として人間を形成しています。人体とはまさにトンネルのような物です。


産道を通って外へ出てくる人間は、また「死」という形を経由して胎内へ戻ろうとするのかもしれません。
まさしく輪廻転生です。


案外あの世とは人間の体の中にあったりするのかもしれません。
なんてね。


〆の言葉
「トンネルを抜ければ、そこはあの世だった」
あの世授業 13時限目


あの世に最初に行く場所って何処ですか?


前回の授業でトンネルを抜けていく話をしました。
トンネルが異空間の入口だとするとたどり着く場所は何処になるのかというと次は「山」です。
なぜ山かというと空に一番近い地上が山だからです。
やはりあの世という場所は頭上にあると想像されます。
ご先祖が星になって見守ってくれるなんて言ったりしますよね。
その場所に近づくには山登りをします。


あの世にある山を「死出の山」と呼びます。
この山を登る道のりは800里あると言われています。
1里が約4キロですので3200キロの距離を7日間で登るという強行軍であの世の旅路を進みます。
1日だと460キロの大移動。
肉体という重荷を無くしているのでこの距離移動も可能になるんでしょうね。
移動方法は当然ですが徒歩です。
なのでご遺体にはあの世へ旅立つ時の旅姿を着せてあげています。
脚絆、足袋、そしてワラジを足に履かせているのはこの山を登る時用です。
とは言っても現代人にその格好で山登りは辛いかもしれません。履き慣れた靴を一足、棺の中に入れてあげると良いかもしれません。


この山を登りきるまで日が差し込みません。
星の明かりが頼りになってきます。
暗い山をストイックに登り続けるのは誰だってしんどい物です。
ご家族の声援があれば薄暗い山道も楽しいハイキングになると思います。
実は皆さんが唱えるお経が声援となります。
家族が集まって朝晩お経を唱えてあげましょう。
優しい気持ちは必ず届いていますから。


山を登りきるとそこには見たこともない絶景が待っています。
やっとあの世に到着です。
その絶景の事は次のあの世授業にて!


〆の言葉
何故人は山に登るのか?それは一番神に近い場所にあるからだ。
あの世授業14時限目 


「あの世に咲く花畑って何が咲くの?」


 前回の授業でお話した死出の山の向こうには一面美しいお花畑が広がっているそうです。
そう思うと長い道のりの登山もやる気がでますね。
いったいどんな花が咲いているのでそうか? 
ディテールを気にしてしまうのがあの世授業の特徴です。
きっと宗教と係わる花が咲いているに違いありません。
そこで今回は宗教と関係する実在&空想の花をご紹介します。


 まずはあの世とは外せない花・蓮(ロータス)。
仏像の台座の多くは蓮の花をあしらっていますし、古代エジプトの文字ヒロエグリフにもロータスは登場します。
蓮は汚い泥の中でも育って美しい花を咲かせます。
この世のドロドロとした生活の中でも清く正しく生きる事の素晴らしさを蓮は表現しています。
また千年以上前の遺跡から発見された蓮が花を咲かせた事例があるように、蓮の種の生命力は人知を超えています。
時空すら超える花なのであの世に咲くにはぴったりです。


 やはり外せないのは彼岸花。
お彼岸に川の土手に真っ赤な花を咲かせる花です。
別名の曼珠沙華(まんじゅしゃげ)は天上の花という意味もあります。
ちなみに彼岸とはあの世を意味する言葉です。
三途の川の向こう岸に咲いているんでしょうね。


 白いユリも宗教的な花ですね。
キリスト教では白いユリ自体がマリア様を表すくらい清潔で美しい物の象徴です。
またユリが表す女性がもう1人います。
それが魔女裁判で火あぶりになった聖女ジャンヌダルク。
ユリの花は純潔を表すだけではなく、死や心痛を表すとも言われています。
やはりこの花もあの世にはぴったりです。


 優雲華(うどんけ)という3000年に1度しか咲かない花もあの世では常に咲いているんでしょうね。
この花の例えは多くの文学に登場します。
この花がこの世に咲く時はこの世を正しく導く王が誕生するとも言われています。


 百花の王と呼ばれる牡丹・ぽっとりと首から花が落ちてしまい戦国武将から縁起悪いといわれた椿・お墓にお供えされる菊などもあの世に咲いているんでしょうね。
きっと色とりどりの花で死んでしまった人の不安を取り除こうしてくれていると思います。
花畑で死出の山の疲れをゆっくり取り除いてから歩みを進めましょう!



〆の言葉
あの世の花は人々をお出迎えする為に着飾っている旅館の女将さんみたいなものです。
あの世授業15時限目 


「賽の河原はどこにあるんですか?」

 幼くして亡くなってしまった子供が河原で石積みをしている場所があの世にはあるそうです。
親より早く死んでしまう事は何よりも大きな罪であるという事で幼い子供は極楽浄土に行けません。
子供達が救われるのは石を積み上げて立派な塔を完成させた時だけです。
なので、河原で「一つ積んでは父の為、二つ積んでは母の為」とつぶやきながら石で塔を作り続けます。
しかし、完成しそうになると鬼が石の塔を壊してしまいます。
子供達は永遠に石の塔を作り続けています。
唯一、その子供を救ってくれるのはお地蔵さん。
なので道端にある石のお地蔵さんは幼くして亡くなってしまった子供の為に建てられた物が多く存在しています。


 その賽の河原とはいったいあの世の何処にあるのでしょう?
河原というので川があるはずです。
あの世の川といえば、やはりあの川。
そうです超メジャーな「三途の川」です。
この川はあの世とこの世を分ける境の川でもあります。
1度川を渡ってしまうと、2度とこの世に戻る事はないといわれている川です。僕が気になるのは賽の河原があるのはこの世側の川岸にあるのか?
それともあの世側の川岸にあるのかです。
いろいろな地獄図をみたり、書籍を読んだりしてみると、どうやら賽の河原は三途の川の手前、この世側にあるようです。
子供の石を壊しに来る鬼はわざわざ三途の川を渡って出張してきているのがわかります。
向こう岸で子供達を見張っていて「そろそろ壊しに行くか」なんてやっているのかなぁ。
それはそれで地味な作業のような気がします。


 僕は昔からこの賽の河原の話に大きな疑問がありました。
なぜ早く死んでしまった子供が鬼にいじめられなければいけないのか?って事です。
病気や不慮の事故で亡くなるのは子供に責任はないでしょう。
死んでしまったからといって親不孝だと責められるのは少し酷なような気がします。


 だから僕はこう思うのです。
子供達は1人であの世に行かずに川辺で遊んでいるんです。
鬼が遊び相手になってくれているのだと思います。
いつか来る大好きなお母さんやお父さんと手をつないで三途の川を渡りたいんだと思います。
三途の川の手前にいるので亡くなった子供達は「この世」に戻ってきて、いつでも親に会いに来る事もできるはずです。
だから子供達も安心して石積み遊びを楽しんでいるはずです。



〆の言葉
「賽の河原とは親の顔を見ながら遊べる保育所のような場所かもしれません」
あの世授業 16時限目


三途の川ってどんな川なんですか?



 あの世授業の中で一番メジャーなスポットにやっと辿りつく事ができました。
あの世とこの世の境界線「三途の川」の登場です。
この川を渡ってしまうともうこの世には戻る事はできないと言われています。
なので幽体離脱や臨死体験で行けるのは、川手前までです。
さて、この三途の川とは一体どんな川なんでしょう?


 まず三途の川の幅はなんと400キロ強。
すでに川とは呼べない距離です。
フランスとイギリスの間にあるドーバー海峡の距離が34キロですので、その10倍以上の川幅を持つ川です。
この川を渡るポイントが3カ所あるので三瀬川とも呼ばれています。
この三瀬川は黄泉の国から帰ってきたイザナギが身を清めた川と同じ名前です。
その水で顔を洗って生まれたのがアマテラス、月読、スサノオの三尊だったりします。
案外、この川が三途の川のベースになったのかもしれません。


 話を元に戻しますが、三途の川の渡り方には数種類あります。
まず生前に善行を行った方には船や橋を渡って通る事ができます。
この時には通行料が必要となります。
その値段が6文です。
1文が現在の価格で約50円だそうですので、通行料は300円ですね。
現在では葬儀の時のお棺の中に「三途の川の渡し賃」として6文銭を入れる風習が少なくなりましたが、何となく優しい風習ですよね。
ちなみに戦国武将で有名な真田幸村の家紋は三途の渡し賃の6文銭です。
いつでも死ぬ覚悟があるという意思表示の旗をかざして戦っていました。


 すぐに脱線してしまいすいません。
悪行を行った人も程度によって浅瀬と急流と渡る場所の2カ所があります。
浅瀬は三途の川の上流にあり、膝下くらいの水かさで、罪の軽い人が渡る事ができます。
急流の川を渡るのは生前の罪の重い人です。
この場所には巨大な毒蛇が住んでいて渡る人を襲うそうです。
ただでさえ激流を泳ぐのに毒蛇の攻撃も避けながら進むのはとても大変です。


 川の渡り方は生前の行いで変わってしまいます。
案外、この川の辿りつく先が肝心なのかもしれません。
川を渡る段階で既に行き先が決まってしまっているのかもしれません。


〆の言葉
三途の川の渡し賃、少し多めに持たせましょう
あの世授業17時限目 

「三途の川を渡ると最初に何があるんですか?」

 三途の川の渡り方は前回の事業で紹介しました。
橋を渡れる人はスキップしながら、激流を泳いでわたる人は全力で……と渡る場所によって体力の使い方は違います。
楽しく川を渡れた人には休憩は必要ないでしょうが、ドーバー海峡の遠泳ばりに辛い渡り方した人には休む場所くらいあってもいいですよね。
そんな人達の為に三途の川を渡ると大きな樹があり、その樹に濡れてしまった自分の服を干して乾かすサービスがあの世にあります。
それを担当しているのが奪衣婆(だつえば)と懸衣翁(けんえおう)という老夫婦です。


 奪衣婆が服を脱がして、懸衣翁が樹に濡れた服を干してあげます。
服が乾く間は暇なので、この二人が簡単なあの世のガイドもやってくれます。
例えば、樹に懸けた服のしなり具合で生まれ変わる先を当てる占いを聞く事ができます。
地獄に堕ちたりするかもしれないので、悪い運勢だったらこの先の旅路が暗いものになってしまいます。
中々スリリングのある占いですよ。
まぁ、三途の川を泳いで渡らなければいけないっていう時点で良い行いを生前にやっていないって事なので、服が乾くまでちょっと暇だからって占いに付き合うとブルーな気持ちになってしまうのでご注意ください。


 ちなみに濡れた服をかける樹を衣領樹(えりょうじゅ)と言います。
この樹の下で休んでまだまだ続くあの世の旅路を歩く体力を蓄えましょう。


 この樹の下で休んでいると遠くに大きな山が見えます。
幻の山「崑崙(こんろん)」です。
その横には恐山もあります。
山へ続く登山道はありません。
誰も近づく事ができない山々です。
山をめがけて一羽の鳥が飛んでいきましたが、近づくと見えない壁にでもぶつかってしまたかのように落下していくのが見る事ができます。
しばらくじっと見ていると突然山が空中に浮かび上がり、暫く浮遊すると何事もなかったかのように地上に降りてきました。
あの世にある山は自由に動き回る事ができるので一瞬で風景が変わってしまいます。
それを眺めている間に服が乾いたよって懸衣翁が手渡してくれます。
旅支度を再び整えたら先に進みましょう。
この老夫婦にもちゃんとお礼を渡してあげてくださいね。
三途の川の渡し賃しか持ってこなかった方は親族の枕元に立って送金してもらってください。
紙に金額を書いて焼くだけであの世に送金できるシステムがありますので。(詳しい送金方法はあの世授業4時限目を参照ください)


今月の〆の言葉
「衣領樹の木陰の下で、衣と心の洗濯を」
あの世授業18時限目

「あの世に行ったら、何をお土産にすればよいですか?」


 旅行で一番頭を悩ませるのがお土産品ですよね。
お土産ってセンスが出ちゃいますよね。
三途の川の渡し賃という餞別を貰って、あの世に旅立っているのですから、常識人としては身内くらいにはお土産を買って帰りたいもんです。
お土産を買うチャンスは1度だけあります。
それが「鬼郷(きごう)」と呼ばれるあの世のショッピングモールです。
恒川光太郎さんの小説「夜市」にでてくるような妖しい物も手に入る商店街です。
この世では手に入れる事のできないグッズが揃っていますので、ウインドウ・ショッピングだけでも楽しめるかもしれません。
そんな商品の一例をご紹介いたします。


●あの世に行ってきましたクッキー
パッケージに「あの世に行ってきました」って書かれているので、渡すのが微妙だけど念のために買っておくかって人用のお土産に最適です。
名所の写真もパッケージについているのでとても重宝するお土産品です。
中身のクッキーはあの世で採取した素材を使っていますので、若干危険かもしれません。


●血の池ハップ
家庭でも気軽に血の池地獄を楽しめる入浴剤です。
この入浴剤を入れるだけでお湯が沸騰してしまいます。
水に薄めて利用してください。


●蜘蛛の糸
芥川龍之介さんの小説「蜘蛛の糸」で主人公カンダタが天界へ上ろうとした丈夫な糸です。
悪い心さえなければ百人ぶら下がっても大丈夫な強い糸です。


●餓鬼ダイエット食品
あの世ではガリガリになると有名な餓鬼道。
その効能があるダイエット食品です。
恐ろしい程痩せてしまいますので、使用には注意が必要です。


●虎のパンツ
地獄の鬼がはいている定番パンツです。
これをはいたら鬼に金棒。



〆の言葉「あの世でもお金の使い方は計画的に」
あの世授業 19時限目


「あの世での審判について教えてください」


 実はあの世では7日ごとにチェックポイントを通過しなければなりません。
のん気に山や川をピクニック気分で歩いている間にあなたの点数をつけている審査官が見ています。
道につばを吐いたりしていないか、他の亡者とトラブルを起こしていなかなどを見ています。
生前行っていた行動はやはりあの世に行ったからと言って直るものではありません。
逆に死んでしまっているので心配事がない分、素が出やすい環境にあります。
生きている時から自らの行動を戒めていないと、審査結果が恐ろしい事になってしまいますよ。


 審査官はあなたの行動だけを見ているわけではありません。
あなたが死んでしまって7日ごとにこの世で行われる法要もチェックしています。
この世に残された家族があなたの為にお経をあげてくれるという行為はかなりの高印象を審査官に与えます。
それはあなたが自分の家族に先祖への供養をちゃんと教えたとみなされるからです。


そういえば、審判官の一人がこっそりと教えてくれた事があります。
死んでしまったら無になるなんて考えて祖先にも手を合さなければ、その人の望み通り無にしてあげるそうです。


誰にも気づかれないという事は存在しないと同じです。
例えば、僕の知り合いにアメリカのワシントン州に住むブライアンさんという人がいます。
今僕が話さなければあなたにとって存在しなかった人物です。
それと同じで祖先の存在も子孫が伝えていかなければ存在しなくなってしまいます。
消えてなくなるなんて寂しいですね。せっかくこの世に生まれたのですから、爪跡を残したいものですよね。


ちょっと話が脱線しました。


あの世の審査官のチェックポイントは7回あります。
7日×7回=49日があの世を過ごす日数です。
最後のチェックポイントでは集計されたあなたの人生の総合ポイントを審査官から教えてもらいます。
そのポイントで次に生きる世界が決まります。
因果応報の授業でもお話しましたが、死は決してリセットボタンではありません。
生前の自分の行為をしっかりと省みるためにあの世は存在しており、そして省みた時の反省点を再度克服する為に新しい生命となるのです。
この世で過ごす時間はとても大切なのだと審査官の一人の閻魔大王が言っていますよ。



〆の言葉
「思っているけど行動しない=思っていないと一緒です。行動こそが真実です」
あの世授業20時限目


「閻魔大王さまについて教えてください」


 今回のお話はあの有名なエンマ様です。
エンマさんを知っている人は多いと思いますが、どんな方かを詳しく知っている人は少ないんじゃないでしょうか?
実はとても素敵な方なんですよ。
エンマさんは。


 エンマさんの生まれ故郷はインド。
仏教では天部という所に属している神様の一人です。
このエンマさんは実は「ヤーマ」という名の人間として生まれています。
そして一番最初に死んだ人間でもあります。
このエンマさんは次に死んでくる人が迷子にならないようにあの世の水先案内人として生きる事を決意して、あの世に一生涯とどまる事を決意された優しい心の持ち主です。
このエンマさんがシルクロードを渡って日本にたどり着く間に亡者を裁く裁判官のような怖い存在だと曲がって伝わってしまいました。
どうしても日本に来るまでには中国や朝鮮半島の文化のフィルターが通ってしまいます。
エンマさんもそんなわけで怖い顔して鬼の総大将みたいな扱いとなってしまいました。


 実はそんな怖い存在の閻魔大王に関するちょっと素敵な話があります。
それはまだこの世に夜という物がなかった頃のお話です。
閻魔大王にはとても仲の良い妹「ヤミー」がいました。
人類最初の死者であるエンマさんとヤミーにお別れがきます。
そうです。
エンマさんに死が訪れるのです。
死んでしまったエンマさんの事をヤミーは忘れることができずにただ泣きつづけるのです。
その姿を見ていた神々はヤミーの事を哀れに思い励ますのですが、ヤミーの悲しみが薄れる事はありませんでした。
そんな中、ある神が閃きました。
「夜を創ろう!」ほとんどの神がそのアイデアには首を傾げましたが、他に策があるわけではなく、渋々賛同して夜を作りました。
すると昼間しかなかった世界に「翌日」という物が出来上がりました。
そうです。
時間が生まれたのです。
そして時間の経過と共にヤミーにとってエンマさんの死はだんだん過去の物となっていき、悲しみも徐々に和らいでいきました。


なんだか神様達の優しさが伝わる良い話でしょ。
この話を聞くとエンマさんが身近に感じちゃいますね。
落語に出てくる閻魔大王も若干滑稽で憎めない存在だったりしますしね。
日本人はちゃんと閻魔大王の内側を昔から見抜いていたのですね。




今月の〆の言葉
「時間が一番の薬って事なんだなぁ。時間に感謝」
あの世授業21限目


「何を基準にして次の行き先(生まれ先)が決まるのですか?」


 閻魔大王さんが次ぎの行き先を決めているようですが、実は案外違うようです。
自分自身で次の生まれ先を決定しています。
例えて言うならば、閻魔さん達がいる場所は職業案内所みたいなものです。
生前に積み上げた良い出来事、悪い出来事の合算で自分の基準点が決まります。
その基準点に似合った人生を自分で選択できるようになっています。
苦労は来世で報われるようになっております。


 ただ人間の記憶って案外適当なところがありますし、自分では良い事をしたと思って誤認している場合もあります。
客観的に見直すためにあの世には自分の人生を映像で振り返る事ができる道具があります。
それが「浄玻璃(じょうはり)の鏡」という物です。
この鏡には生前の行いが全て客観的に記録されていますので、判断が曖昧な時はとても重宝されています。
ですので閻魔大王はいつも生前の記録が書かれた閻魔帳と一緒にこの鏡を使っています。


 また閻魔大王にアドバイスをしてくれる道具があります。
「人頭幢(にんずどう)」「人頭杖」と呼ばれる物です。
嘘をつくのは悪い事ですが、病気の人に「死にそうな顔をしているね」なんて善人が言えられるわけないです。
許せる嘘と許されない嘘などの善悪を独自に判断します。
許しても大丈夫と判断した時は杖の上にある顔の口から白い蓮の花を出して、ダメだと判断した場合は口から炎を吐き出します。


 学生時代にちゃんと勉強したり、部活をやっておくと進路の幅が増えますが、怠惰な学生生活を送った人は進める先が少なくなります。
人生はそんな物です。
ただ人生は修行をする場なので波乱万丈の方が良い場合もあります。
とても安定した生活を送れる人生を選択した人でも、その安定が嫌になる人もいますからね。
どん底から這い上がるサクセスストーリーを目指してわざわざ大変な人生を選ぶ人もいます。
閻魔大王はあなたの希望を聞いて進める事ができる先を的確にアドバイスしてくれます。
ただ顔は怖いですけどね。



今月の〆の言葉
「善行積んで、手持ちのカード(生まれ先)を増やしましょう!」
あの世授業22時限目 

「地獄について教えてください」


極楽や天国はある意味世界共通で美しくて豪華絢爛で優雅な場所だったりしますが、地獄は様々です。
宗教や民族の思想によって多種多様に存在しているのが地獄であります。
また地獄は宗教勧誘に多いに役立つ物でもあります。
「このままだと、あなた地獄に堕ちるわよ!」なんて耳慣れたフレーズで脅して勧誘に使われてしまうので、地獄についてはちゃんと知識を持っておいた方が良いと思います。


まず世界的に一貫しているのは「罪人」が死後行く場所という事。
当然、良い人は天国や極楽へ進みますので、生きている間に罪を犯した人間が収容される場所が地獄だという事です。
罪で一番酷いのは、やはり殺人です。
基本的にその罪を犯した人間は地獄へ行く事になっています。


次に地獄の場所は地中もしくは海の彼方(海底を含む)、宇宙などの暗い世界にあるのが世界の共通認識です。
日本で一番地獄に近いのは黄泉(よみ)の国や根の国と呼ばれる場所です。
やはり両方とも地中に存在していると思われています。
ちなみにバビル2世に出てくる悪役も黄泉でしたね。
旧約聖書に出てくる建物の名前の主人公の敵方が日本の地獄を表す名前というのもユニークな設定ですよね。


もちろん仏教(日本仏教)の地獄も地下にあるとされています。
これでもかというくらいの分類分けをされています。
その数、大小の地獄を合わせて136種類。
昔の人が地獄に情熱を傾けすぎたとしか思えない分類力です。
人々の罪も136種類あると言う事です。
この日本の地獄については後のあの世授業で説明するという事で省略します。


これはあくまでも宗教や道徳的観念をベースにおいた考え方となります。
集団生活を円滑に進めるにはルールが必要です。
それを破ると争いがおきます。
ルールを破った者は神に裁かれ罪を決められ地獄へ堕ちるなんて単純には決まりません。
自然界には毒を含んだ食べ物も滋養強壮の食べ物も同時存在しています。
人を殺す食べ物を全て排除すると自然環境はどうなるのでしょうか? 
たぶん害虫などの人間に別の害を及ぼす物が増えるだけでしょう。
地獄はバランスを保つために存在するような気がします。
この世で犯してしまった罪を生前償う事が出来なかった人が、あの世で取り返すために作られたシステムだと思います。
誰かを傷つけてしまった事のある方、生きている間に謝る事があれば謝っておきましょうね。



〆の言葉
「あの世では罪を許されるのは、行いの数倍返してまだ足りない」
あの世授業23時限目

「特別授業・兎の話」


 今回は2011年の最初の授業という事で「うさぎ」の話をさせていただきます。
前回の授業の流れだと地獄が続いてしまいます。新しい年の門出に地獄はちょっとね。

 輪廻転生(人間の生まれ変わり)をテーマにしているあの世授業ですので、それにちなんだ兎の話を一つ。
仏教の祖「お釈迦さん」も人間として生まれる前に兎だった時期がありました。お釈迦さんが兎時期の頃のお話です。

 昔々、あるところに猿と狐と兎の3匹が仲良く暮らしていました。
3匹はとても優しい心を持っており他の動物からも尊敬されているという話を聞いた帝釈天という神様が、みすぼらしい老人の格好で3匹の前に現れて話が本当か確かめる事としました。
「ワシは何も食べておらず、このままでは心でしまう。何か食べ物を分け与えてくれ」と迫真の演技で3匹に訴えかけました。
心優しい3匹は飢えて死にかけているその老人に何かを食べさせようと、それぞれ食べ物を探しに行く事にしました。
猿は木の実をたくさん取ってきました。
狐は魚を捕まえてきました。
しかし兎は野山をあちこち探し歩いたが、結局何も見つける事ができませんでした。
そこで、兎は老人に薪に火をつけてくれるように頼みました。
兎は仲間達ににっこりと微笑むと、燃え盛る炎の中に飛び込んでいきました。
兎は自分の身を老人に食べてもらおうと考えたのです。

 兎の心が分かった帝釈天は3匹を試した事を後悔しました。
その尊い命を救うには永遠の時が流れているという月に兎を連れて行くしかありませんでした。
帝釈天は丸焦げになってしまった兎の身体を抱きかかえて月に連れて行きました。
それから月には兎が住みつくようになったといわれています。

 この話は良寛さんや手塚治虫さんも大好きだったと言われています。
人間の尊さの中で一番は母が子供に与える無償の愛なのかもしれません。
自分の子供の為にならどんな苦労してもかまわないという母性を持った方は沢山いると思います。
そのような心が多くの人へ向けられるようになる事が何よりも大切なのかもしれません。



〆の言葉
「月を見上げたら、お釈迦さんの前世を思い出そう!」
あの世授業24時限目 

「地獄の種類をおしえてください」

 少し前の授業で地獄の数が136種類もあると言ったのを覚えていますか?
それを全て紹介していたらキリがないのでメジャーな地獄をピックアップしてお伝えします。


 まずは生前の悪行の種類によって罪人の行き場所は8種類に分かれます。
仏教では八大地獄という言葉で表現されます。
地獄に行く罪人は「殺生」が最低条件、それに上乗せで人をだました事があるとか、盗みをした事があるとかの悪行ポイントの上積みで責め苦のレベルの高い地獄へ行くようなシステムをとっています。


 1番軽い地獄は等活(とうかつ)地獄です。
ここの獄卒(鬼)は虎のパンツをはいているオーソドックスな姿をしています。
彼らは鉄の棒で罪人を叩くので気をつけてください。
殺人や動物などの虐待をして死なせてしまった人が行く場所です。


 2番目は黒縄(こくじょう)地獄です。
ここの獄卒は巨大な大工道具を使って罪人を切り刻みますので気をつけてください。
等活地獄の罪+盗みを行った人が行く場所です。


 3番目は衆合(しゅうごう)地獄です。
ここの獄卒は猛獣を使って罪人を襲わせるので気をつけてください。
黒縄地獄+浮気をした人が行く場所です。


 4番目と5番目は叫喚(きょうかん)地獄と大叫喚地獄です。
ここの獄卒に言い訳をすると舌を抜かれてしまいますので素直に謝りましょう。
衆合地獄+飲酒+嘘をついた人が行く場所です。


 6番目と7番目は焦熱(しょうねつ)地獄と大焦熱地獄です。
ここの獄卒は火炎をあやつります。
抵抗すると直ぐ燃やされてしまいますので気をつけましょう。
叫喚地獄+間違った考えを押し付ける人+尼さんを痛めつけた人が行く場所です。


 8番目は阿鼻(あび)地獄です。
ここの獄卒は地獄道最強の称号を持ち、64個の目と8本の角があるワイルドすぎる姿をしています。
まじでヤバイ強さですので気をつけてください。
え、人間ってこんな非道な事できるのって常人では考えられないような罪を犯した者が行く場所です。


 人生で行った悪い事を死後にリセットする場所が地獄です。
どう考えて倍返し以上の責め苦が地獄では待っています。
あの世のシステムはポイント制度です。
悪事ばっかりしてきたなぁって思っている人は、今からでも遅くないので良い事をしてポイントを稼いでいきましょう。




今月の〆の言葉
「地獄を知って我が振り直す」
あの世授業25時限目 

「餓鬼道の事を教えてください」


 人が生まれ変わりたくない「三悪道」のうちの一つが餓鬼道です。
地獄は獄卒に痛みで苦痛を味合わされる世界ですが、この餓鬼道は飢えや渇きで苦しむ世界です。


 子供の事を悪い言葉で「ガキ」と呼びますね。
子供は貪欲です。
玩具売り場で地団駄踏んでわめき散らしている子供の姿は決してカワイイとは思えません。
あれは悪鬼が乗り移ったのかとさえ思います。
子供が欲望丸出しにした時の怖ろしさこそ人間の本心なのかもしれませが……。
その「ガキ」の呼び名はこの餓鬼道に落ちた者が欲望むき出しにして貪り食う事を由来にできた言葉であります。


 元々その餓鬼道とはどんな所かと言いますと、依存症の患者さんを厚生させる施設のような所です。
人間の欲っていろいろとありますよね。
食欲、金欲、物欲、名誉欲など、これらは人間を向上させるのに必要なのですが、限度を超えると病的になってしまいます。
我慢をする事を覚えればいいだけの事なんですが、餓鬼道に落ちてしまった人達にはなかなか気がつかないんです。


 天国と地獄の有名な説話に「長い箸」の話がありますよね。
天国と地獄の住人は共に食事の時に1メートルほどの長い箸を使わなければいけない決まりになっています。
天国の住人は長い箸を使って料理をつまみ、自分の口ではなく丁度届く人の所へ食事を運びます。
自分の口には別の人が食事を運んでくれるので和気藹々と食事ができます。
しかし地獄の住人はその長い箸で自分の口に食事を運ぼうとするので、満足に食べる事ができません。
なので目の前にあるご馳走を誰も食べる事ができずに飢えに悩まされるのです。
そのような状態にある人達の環境が餓鬼道だと思っていただければ結構です。


 また餓鬼の姿は浅黒い肌で身体はガリガリなんですが、お腹だけがぽっこりと出た姿で表現される事が多いです。
栄養失調児の特徴と酷似しています。
飢餓で苦しんでいたのはアフリカだけではなく、少し前の日本でも普通に起こっていた事なんだと餓鬼の絵画を見ると気づかされます。
餓鬼の大きさは虫くらの小さいサイズから人間の2倍くらいまである物と様々です。
中には人間と一緒に生活している餓鬼もいるので、餓鬼の種類についてはまた詳しく説明していこうと思います。




今月の〆の言葉
「隣の客は欲を食う餓鬼だったりしますよ」
26時限目・特別授業「プレイ・フォワード・ジャパン」

 あの世授業は今月はお休みさせていただきます。
3月11日に日本を襲った未曾有の大地震。
多くの命が一瞬で亡くなりました。
人間以外にも動物も多くが犠牲になったと思います。
震災以来、自分自身言葉を失ってしまいました。
ブログすら書けなくなりました。
「がんばろう」とか「日本のために」とかという言葉が飛び交う中、僕らしい言葉を見つけられずにいました。
被災していない自分が使うべき言葉は何なのかが中々見つからない。
そして何のアクションを起こせば良いのだろう?


 天災が起きると多くの人々は神や仏を疑うはずです。
何も悪い事をしていない人達を奈落のどん底へ無慈悲に叩き落す。
神や仏が存在するのならば、その人達を助ける事ができたのではないかと。
その為に神仏は存在するのではないのかと。


 信仰心の厚い人は神仏を疑いません。
暗い中でもかすかな光を見出す事ができるのです。
2冊の本を紹介します。中国での壮絶な文化大革命を経験したユン・チアン著の自叙伝「ワイルド・スワン」とドイツ・アウシュビッツでの収容体験を記したヴィクトール・フランクル著の自叙伝「夜と霧」です。
この2冊を読むと感じる事ができるはずです。
人間は絶望的な状態でも上を向けると。
そして絶望こそが人を死に至らしめる劇毒である事を。
アウシュビッツではクリスマスや新年の翌日に死ぬ人が多かったそうです。
もしかしたら、祝いの日に収容所から解放されるかもしれないという淡い期待が絶望に変わったからだそうです。
人間は体力と共に精神力で生存しているのです。
その精神力を支える物こそ神仏、そしてそれ以上に大切なのが人間の温かいぬくもりなのです。


 「ペイ・フォワード」という映画があります。
少年が困っている人を助けてあげて、そのお礼に別の困っている人を3人助けましょうという運動をする話です。
人の為に何かをするという行為が世の中を変えていく力になっていくのかもしれません。
僕が東北地方から遠く離れた場所にいて出来る事は「プレイ(祈り)」です。
それも力強い「プレイ・フォワード」です。
大震災が発生して7週間後(49日)の4月29日にはぜひ近所の神社仏閣へ行って冥福を祈りましょう。
震災にあわれた地域では神社仏閣さえも流されてしまっています。
代わりに祈る事が僕らの唯一できる事なのかもしれません。



〆の言葉「僕らの出来ること……僕らだから出来ること」
あの世授業27時限目・特別授業「プレイ・フォワード2」


 「人は死ぬとどうなるのか?」
大切な人を失うと誰もが持つ疑問です。
普段考えないから、その事を考える必要がある時に答えを聞いても受け入れられないのだと思います。


「西方浄土で阿弥陀如来と共に暮らしている」とか「あなたの心の中で一緒に暮らしている」という答えは信心があるから納得できるのであって、信心を持ち合わせていない人には馬鹿げた解釈に聞こえてしまうものです。
信心の無い人が振りかざす論理が「人は死ぬと無になる」です。
その考えを突き詰めていくと生きた意味さえ必要ないし、生きた証すら必要ないという所まで行きます。
誰かのつながりから自分自身がこの世に生まれ、誰かに育てられ、誰かに弔われる。
感じるか、感じないかは別問題として、人は誰かと係わって生きています。
死んだ後でも、法事や墓参りなどを通じて誰かとつながることは出来ます。
誰かとつながる場所の一つが僕が作っている仏壇です。
会話ができる場所なのです。


人には寿命があります。
願うならば、公平に順序よく旅立ちたいのですが、寿命はそのような形で作られていません。
早く逝く人もいれば、長く留まる人もいます。


親から与えられた事は次の世代に伝えられていきます。
深い愛情も酷い虐待も次の世代に川の流れのように伝わっていきます。
この流れを逆流させて親に戻すのは中々できる事ではありません。
だから、受けた恩恵や苦しめられた体験を親に返す事は無理なんです。
悲しみも怒りも気をつけないと次の世代に伝わってしまいます。
負の輪廻が未来永劫に続いてしまうのです。気づかなければ、一族を破滅に導くことになってしまいます。


その為には、自分自身の信仰を手に入れなければいけません。
手を合わせる行為、自分と自分が向き合う行為によって気持ちの浄化が行われる場合があります。


人の心なんて弱いですよ。
神社仏閣に参拝に行きましょう。そのお寺の住職とお話してみましょう。
その出会いが将来の自分を救ってもらえるかもしれません。
祈りは次の世代の為に。その気持ちがあれば「人の死」に迷う事もなくなるはずです。許しを請う為だけに人生を使ってはダメです。


(来月から通常通りのあの世授業に戻ります。餓鬼道の続きをお楽しみください)


今月の〆の言葉「祈りも行為も次の世代のために!」
あの世授業29時限目

「仏教説話に出てくる餓鬼道のお話を教えてください」


 それではお釈迦さんの10大弟子に数えられるビジュアルNo.1(実際は多門第一)の阿難さんとハンドパワーNo.1(実際は神通第一)の目連さんの登場するお話を2つ紹介します。


 絶世の美男子僧侶だったと言われる阿難さんはモテモテで困っております。
修行したいのですが、女性がほっておいてくれません。
まだそれだけならば対処ができるのですが、なんと餓鬼からも猛烈なアプローチを受けてしまいました。
何と阿難さんを3日後に餓鬼道につれて帰ってしまうと言うんです。
お釈迦さんの元で修行したいと思っている阿難さんは困ってしまいます。
そこで師匠であるお釈迦さんに相談します。
お釈迦さんは阿難さんに大きな鉢を用意させました。
そして特別なお経を唱えるとその鉢の中が餓鬼の備える供物で一杯になりました。
それを阿難さんの追っかけをやっている餓鬼に与えるとモリモリ食べて成仏していきました。
そのお経のおかげで阿難さんはその後20年間お釈迦さんの元で修行を続けることができたそうです。


 次は目連さんのお話です。
ある日、亡くなった母の事を思い出した目連さんは、得意の神通力を使って母の姿を探しました。
天道でのんびりと過ごしていると思った母は実は餓鬼道に落ちてしまっていました。
食べ物を与えようとしても口が小さくなっており、満足に食事をとる事ができません。
飢えと渇きで苦しむ母を助けたいと思った目連さんは師匠であるお釈迦さんに相談します。
お釈迦さんは修行している僧侶に食べ物を施しなさいと目連さんにアドバイスをしました。
口が小さくなってしまって食事が取れない変わりに尊い修行僧が口の変わりになってくれるという事です。
お釈迦さんの言うとおりに施しを行うと餓鬼道で苦しんでいた母の顔が穏やかになり、成仏する事ができたそうです。


 口とは食物を食べるのと同様に、とてもありがたいお経を吐き出す事もできます。
人間の体の一部をお盆の時に餓鬼の一部とつなげる事ができるんです。
お盆には食べ物が食べる事が出来ずに苦しんでいる餓鬼たちの事を少し考えてあげてください。
それだけで善行ができるはずですから!


今月の言葉
「口から始まるパラレルワールド、案外体内はあの世とつなぐ異次元空間だったりします」
あの世授業30時限目

「畜生道」の事を教えてください

 地獄道、餓鬼道、の話をしてきました。
生まれ変わりたくない3悪道の最後、畜生道について今回は説明します。


 ちなみに畜生道を簡単に説明すると動物や虫などの世界です。
犬や猫などの愛されやすい動物だといいんですけど、ゴキブリなんか生まれ変わってしまうと何だか嫌ですね。
好きな時好きなことができるんですけど、人間に捕まって食べられたりとか、殺されたりとかしてしまう危険が常にあります。
ですが、龍や鳳凰などの霊獣に生まれ変わることができたら、天道と同じような生活が出来るということです。


 ですので畜生道が次に進む道だと閻魔大王に言われると、かなり幅広いジャンルに生まれ変わる可能性を秘めていますね。
大金持ちの愛犬ならばいいですが、大金持ちの家にいるゴキブリだったら住む場所は一緒でも大違いですね。
直ぐ駆除です。
龍だったら神に近い扱いを受けるのですが、畜生道が3悪道の地位にあるのには理由があるのです。
江戸時代よりもかなり昔、衛生状態がよくない時代がありました。
排泄物の処理や遺体の処理を担っていたのが野生の動物です。
特に犬がその担当をしていた時代がありました。
そんな姿を見るとカワイイなんて感じではないですよね。
南極物語で有名な犬、太郎・次郎もアザラシの糞を食べて生き延びたなんて説もあるんです。


 しかしながら、お釈迦さんも輪廻転生する間に何度か畜生道に生まれ変わっています。
あの世授業23時限目で説明した月に昇った兎はお釈迦さんの生まれ変わりだったそうです。
それ以外にも牛になっていたり、ネズミになっていたりしている話があります。
お釈迦さんの動物だった頃のお話も面白いの次回詳しく説明したいと思います。


 人間は食物連鎖のピラミッドの頂点に位置する生物です。
なので生命を維持するのにどうしても他の生物の犠牲なしにはいられません。
自然の摂理なのですが、それ自体を残酷であると捉えてしまう思想もあります。
食べられる側よりも食べる側にいたい。
だから畜生道に生まれ変わりたくないというのが、畜生道が3悪道に入っている理由だったりするかもしれないですね。


〆の言葉
「弱肉強食の世界よりも焼肉定食の世界の方がいい」
あの世授業 31時限目

「人の人生は動物の寿命と関係あるって本当ですか?」

 実は畜生道に関係するインドの説話の中に、そんな話がでてきます。
 昔、動物の寿命を決める仏がおりました。
すべての動物の寿命を平等に30年にしようと思っていたのですが、4種の動物からクレームがきました。

 1種目は馬です。
馬は朝から晩まで毎日、人間に仕事をさせられています。
30年も働くのは地獄にいるようだから、10年にしてほしいと訴えました。

 2種目は犬です。
犬は嵐の日でも外につながれ門番をさせられます。
いつも人間の顔色をうかがって生きるのは15年もあれば大丈夫ですから、寿命を減らしてほしいと訴えました。

 3種目は猿です。
猛獣に追われていつも木の上で生活しなければいけません。
それに人間には尻が赤いと馬鹿にされていきていくのは大変です。
20年もあれば十分だと訴えました。

 4種目は人間です。
30年では短いとクレームを言いました。
30歳はやっと独り立ちして、これからって時に寿命がつきてしまうなんて考えらませんという訴えに仏は馬が辞退した20年を人間にプラスしました。
これで人間の寿命は50年となりましたが、人間は満足しません。
そこで犬の辞退した15年も加えてあげることにしました。
人間は寿命が65年になっても満足しません。
仕方ないので、最後に猿の辞退した10年を加えてあげて75年にしてやると、渋々ながら人間は満足しました。

 しかしながら、寿命が長くなれば幸せというわけでもないようで、人間は最初の30年は仏から与えられたので、気楽で自由に生きられるのですが、この後20年は馬の寿命をもらったが為、馬のように朝から晩まで働き続けることになりました。
そして次の15年は犬の年となります。家を建てたり、子供が大きくなったりと心配事が増えてきます。
守るものが増えてきたことで夜もおちおち休めずに犬のように番をしなければいけなくなります。
最後の10年は猿の年、顔も猿のように皺だらけ、いつもキイキイ言うようになってしまいます。

 寿命を決めた仏も人間劇場を見て笑っているかもしれませんね。



今月の〆の言葉
「奪い取った長い寿命、人生の後半は畜生道を学べます」
あの世授業32時限目 

「修羅道について教えてください」


 地獄道、餓鬼道、畜生道と生まれ変わりたくない3悪道からやっと抜け出す事ができました。
残りは、修羅道、人間道、天道の3つ。今回は修羅道について説明します。


 修羅の世界は一般的に争いの世界と呼ばれています。
内乱状態の国に生まれ変わり、幼いころからペンの代わりに銃を持たされる運命を背負う人生のようなイメージだと思ってください。
力と力の世界。
北斗の拳に出てくるキャラクターのような鬼神が世界です。


 修羅道で有名なのは興福寺の美しすぎる仏像「阿修羅」でしょう。
あの表情に魅了された人は沢山いたと思います。
実は阿修羅は仏教では悪魔的な存在として扱われています。
輪廻の世界での主人公は六道のトップにたつ天道のリーダー「帝釈天」です。
その最大のライバルが「阿修羅」になっています。
例えるなら、帝釈天が白いモビルスーツだとすると阿修羅は赤いモビルスーツというようなライバル関係になっております。
天道を善としたストーリーの中で仏教説話が存在しているので、可哀そうに阿修羅は敵キャラとして登場してしまうのです。
そのイメージなのか、マジンガーZやキン肉マンにも手ごわいライバルキャラとして阿修羅の名を見る事ができますね。
昔から日本人に愛されているのです。


 仏教でのその力の強さからボディガード的に登場しています。
薬師如来を守る12神将達は元々「夜叉」という鬼でした。
それ以外にも子供を食べる鬼女だった鬼子母神も今では子供の守り神になっています。
浅草の雷門にも風神・雷神を安置して人々を威嚇していますよね。
このような役割を修羅道が担う事が多いです。
仏教には多種多様な神々がいます。
それぞれに最適な役割が与えられているのです。
人間社会と本当によく似ていると思います。


今月の〆の言葉
「ちょい悪は今も昔も魅力的」
あの世授業 33時限目


「修羅道にいる阿修羅以外のメンバーを教えてください」


 修羅道ってのは結構曖昧な世界でして、天道ときっちりとした線引きがなされていませんので、正式な解釈は別としていわゆる悪の要素がある仏教系の神を今回は修羅道として位置付けて紹介します。


 まずは仏教界の魔女を2神紹介します。
最初は荼吉尼天(だきにてん)さん。
インドの鬼女で、自在の通力をもって6か月前に人の死を知り、その心臓を食うといわれる。日本には稲荷信仰と結びついて何故か商売繁盛の女神となっています。
豊川稲荷が祀っているのが荼吉尼天さんです。

もう一人は鬼子母神さん。
こちらは他人の子供をさらっては食べていた山姥のようなインドの神様です。
100人いる自分の子供の一人をお釈迦さんに隠されて、子供を失う気持ちを教わり、それ以来子供の守り神になった女神です。
お二人とも元ヤンキーな感じがうかがえるので修羅のメンバーにしています。


 結構知られていないですけども、伊舎那天(いしゃなてん)さんも相当の悪な神様です。
織田信長が信仰していたといわれる第六天魔王だったとも言われているのが、この神です。
ヒンズー教の三大神の一人、シヴァ神という別名を持っていまして、その役割りが破壊なので相当怖い部類だというのが想像できますよね。
バイクに乗って校舎の窓をバットで壊して回る高校生みたいな神様です。


 羅刹(らせつ)さんも人の肉が好きなので、結構神としてマズいポジョションですよね。
もともと羅刹って名前がヒンズー教の鬼神を意味しているくらいですからね。
仏教に帰依してからは夜叉さんと四天王の一人毘沙門天さんのボディーガードをしています。
腕っぷしだけなら最強のコンビだと思います。
その相棒の夜叉さんは仏教界で結構出世していまして、輪廻から解脱して明王の世界に行って金剛夜叉明王さんになっています。
ポケモンでいうところの進化ってやつですね。

 昔は悪い事やっていたけど、現在は改心して善行を積んでいるところですので、修羅道のメンバーを嫌わないでやってください!


今月の〆の言葉
「ナイフのように尖っていた時代のことはあまり言わないで」

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

仏壇クリエーターズ・アートマン 更新情報

仏壇クリエーターズ・アートマンのメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング

mixiチケット決済