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真野文学研究室コミュのひまつぶし 〜ワン・ディ〜

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都内に住む20代。
特に何をするわけでもないので、布団の中で夢を見ていた。



――――――――――――――――――――――――――――――



 3つ目のケーキに手を出そうとしたところで、俺は相棒の蹴りによって目が覚めた。少し残る腹部を蹴られた重さと、何より幸福な気分を害されたことに腹が立って仕方がなかった。

「なにすんだ……」

 俺はゆっくり起き上がり、乾燥で渇いたのどから精一杯の声を出して怒鳴った。いや、そこまで大きな声は出なかったのだが、できる限り大声を出してみた。
 相棒は俺を見下ろす形でこちらを見ていた。表情はすまなそうでも笑っている様でもなく「早く起きろ」という顔だった。

「いつまで寝てんだよ」

「休みなんだから少しぐらい寝かせろ! 俺のケーキが……! 」

「ケーキ? 」

 相棒が怪訝そうな顔をする。俺はしまったと思い、少しだけ顔を伏せた。

「なんでもねぇよ。それより、蹴って起こすってのはどういう了見だ! 」

「どうもこうも……腹が減った 」

 俺は呆れた。空腹だったら俺の腹を蹴るのか?

「まだ他にいうことがあるだろう……」

 俺が少し低い声で呟く。
 それがちゃんと耳に入っていた相棒は、思い出したような、思いついたような顔をして

「そうそう……昼飯食いに行こう」

 と、言った。
 俺は言い返す言葉がなかった。

「あのなぁ……」

 俺は言いかけたが、目覚めでこれ以上疲れると、本当に何もする気が失せてしまう様に感じ、次の言葉を飲み込んでしまった。
 そういったイライラがあるものの、確かに夕べ何も食べなかったために丁度空腹感を覚え始めていた。別に金がなかったわけではないのだが、特に食べる気も起きなかったのだ。
 寝癖直しをかねて風呂に入るから、居間で待ってろと相棒に継げ、俺は風呂場に向かった。
 季節柄、冷たい空気が風呂場のタイルを包み、外の温度を俺は感じた。
 ここに転がり込んで数ヶ月。そろそろ引越しを考えてはいるものの、微妙な居心地の良さと、都心へ出るための交通手段の豊富さから、ズルズルと引き伸ばしにされていた。
 シャワーは水から徐々に熱水へと変わっていった。
 室温も手伝い、湯気が浴室全体に広がるのに時間はかからなかった。
 大雑把に体と髪を洗い、ついでに髭をそる。身長はそれ程伸びなかった癖して、髭だけは伸びるのが早かった。1日放置しただけで、不恰好に 無精髭が形成される。
 丁寧に髭をそり終わり、顔を洗うと、俺は浴室から出た。
 着替えて今の扉を開けると、少し散らかった部屋の中で相棒がぼんやりとテレビを見ていた。
 テレビの中は何かの中継が入っているらしく、騒然としていた。
 俺は相棒の斜に座り、テレビを眺める。
 画面、左上には時計、その対面には「東京丸の内」の表示、その下には「生中継、本日免罪日」とあった。

「ああ、今日だっけ」
 
 俺がつぶやいた。相棒は何も言わず、ただ頷いた。
画面の向こうでは女性リポーターが大声で、事の次第を伝えていた。
 リポーターの後ろでは、ビルから覗く群集と自衛隊が激しい攻防戦を繰り広げているようだった。時折銃声らしき音が聞こえ、その度に悲鳴や怒号が聞こえてきた。画面の奥で、何者かが拡声器によって演説を繰り広げそれに応戦するように別の誰かが、拡声器を使って食い違った事を叫んでいるようだった。
 相棒はテーブルの上にあったタバコをくわえ、ポケットからライターを取り出すと火をつけ、煙を吸い込んだ。
 画面はスタジオに戻され、司会者と識者が交互に意見を述べていた。
 今日も思い切り目立とうとする司会者と、自分の正当さと、知識の放出を快感と感じている様な識者の会話は、気持ちの悪い食い違いで続けられた。

「じゃあ次はお台場の方に――」

 司会者の言葉を最後まで聞かずに、画面は有明の様子を映し出していた。
 ヘリからの中継であったそれは、黒煙の上る様子を淡々と映し出していた。
 その駆動音に紛れながらも、男性レポーターが、これまでに入って来ている被害状況を伝えていた。
 高度が高すぎて、下の様子はよく見えないものの、先ほどの丸の内と、さほど変わらないだろう等と俺はつぶやいた。

「それよりさぁ」

 相棒が俺に言った

「昼飯、どうする」

「うーん……少し寒いからなぁ。うどんとか? 」

「少し歩くなぁ……」

 相棒は半分残ったタバコを灰皿に押し付け、腕を組んだ。

「あ、けど。今行くと、なんというか……撃たれそうじゃないか? 」

「客に? 」

「いや、店の親父」

「ああ、なるほどな」
 
 といいながら、俺は画面に向き直った。いつもなかなか注文を決めず大声で話し、長居までする俺らを奴は撃つに違いない。

「しかしだな――」

 俺は言う。

「――今日、休みじゃないのか? 」

「いや、定休日じゃないからな……やってるんじゃねぇの? 」

 相棒はテーブルに肘をかけ、画面を見つめていた。

「食い逃げとか、多いのかねぇ。今日」

「あー……多いんじゃない? よくわかんないけど」

 そこから2人は沈黙した。
 少し座って、ワイドショーを見るだけで、けだるさと面倒臭さが、一気に襲い掛かってきていた。しかも、夕べ少しだけ降った雨のせいもあり、今日は一段と冷え込んでいた。歩いて15分もかからないうどん屋へ行くのも億劫になって仕方がないのだ。

「コンビニ弁当で済ませる、という手もあるけどな」

 俺がぼそっと呟く。

「人間には――」

 相棒が俺の呟きに応える様に言った。

「――寿命がある。となると、当然、それぞれに許容範囲・許容量なんてものが発生しているんだ。限られた範囲で迷って食うとしたら、できる限りいいものを食わないと損した気分になる。殊、今日のような日には 特にそうだ」

「そんなものなのかねぇ」

「そんなもんさ」

 相棒は2本目のタバコを取り出し口にくわえた。が、火をつける様子はなかった。
 画面では首相官邸の会見室からの中継が流れていた。
 毎日テレビで見ているような政治家が、集まった記者たちに今回の状況と政府としての見解を説明していた。
 難しい言葉を使い、据え置かれた水を時折口に含みながら、政治家は説明を行う。記者たちが何やら大声で政治家に叫ぶが、彼は、それに応えることなく、話し続けた。
「自由の垣根をも取り外した政治」を目指した政治家が「国民のゆとりと常識の向上」をうたい試験的に施行された記念日。何をしてもその日は罪に問われない日。施行される今日までに、国民・政府・司法・マスメディアで散々問われ続けたが、当日まで決着がつかなかった。
 そんな非日常極まりない物など、通るはずがないと見くびっていたのかそれとも、それを望んでいたのか、はたまた、どうでも良かったのか。
 とにかく、そんなあっても無くてもいい1日は、始まっていた。
 俺は動かない画面に少しだけ退屈を覚え、傍らにあったリモコンを手に取り、チャンネルを変えた。しかし、どこも記者会見の模様を伝えており、撮影角度こそ違うものの、同じ現場の状況を映し出していた。

「中華ってのも……ありだな」

 相棒が呟く。

「言われてみればそうだ。ホイコーローでもいいな」

「いや、俺は麻婆豆腐が食いたいんだ」

 と、相棒が言う

「そうか、なら中華だな」俺は言った。

「けど、この辺の不味いからなぁ。電車ででるか? 」

 俺は相棒を見ずに言った。

「電車かぁ……まぁいいけど。どっかあるのかよ」

 相棒はようやくタバコに火をつけ、煙をくゆらしながら言った。
 確かに言われてみれば、俺も相棒も満足するような店を、俺はあまり知らなかった。しかし、街にでればなんとなくそういう類の店がどこかしらあるような気がしたのである。

「いや、ない」

「じゃあ駄目だな。今、どこ行っても、人でいっぱいだぞ」

「……そうだなぁ」

 2人は再び、画面に集中した。いや、集中したという表現は少し違うのかもしれない。この部屋にはTVぐらいしかなく、それにしがみついていないとお互いに手持ちぶさたになってしまう。
 だからこうして肘を突いて、画面の中の世界を見ていた。
 しばらくすると、外が少しだけにぎやかになってきた。
 女の悲鳴や、子供の泣き声と一緒に、男の叫び声が聞こえてきた。

「うるっせぇな……」

 そういいながら、外に少しだけ興味を持った俺は、窓を少しだけ開けて、階下に見える道を眺める。そこでは、数名の人間が、修羅場を展開していた。
あまり近所付き合いというものをしていなかったために、名前や顔は判らなかったものの、それが家族らしいということは判った。
 若い男が、所々赤くなったバットを振り回し「殺してやる」だの「消えろ」などと騒いでおり、その母親と妹らしい少女が泣き叫んでいる。
 その後ろでは、隣近所のトラブルだろうか、父親らしき男が初老の男と殴り合いを展開していた。不意に若い男と目が合った俺は、慌てて窓を閉めた。

「なんか、今ちょっと外に出ないほうがいいかも」
 
 俺は相棒に言う。

「そうか? ああそれにしても腹減ったな」

「そうだなぁ」

 俺は元いた場所に座る。

「久しぶりに新宿でも出てみるか」

 俺はリモコンでチャンネルを変えながら 相棒に言う。

「いや、どうだろうな」

 相棒が画面を指差す。
 画面では新宿の様子が映し出されていた。オフィス街としてよく中継される西側の様子は、普段のそれではなく暴挙に走る人々を伝えていた。
 リポーターも怪我をしているらしく。額にハンカチを当てていた。
 突如、コンビニから炎が上がり、中から店員と客が出てくる。
 リポーターはそれを必死に伝えようとしていたが、すでに何を言っているのかさっぱり判らなかった。

「あー、そうか」

 俺はそれを眺めながら呆けていた。

「確かに曇っているし、寒そうだな……でも、たまには回転寿司とか食いたくねぇか? 」

 俺は再び、画面を切り替える。
 どこも同じような光景ばかりが映り、次第に俺はテレビにすら飽きてきた。
 外の騒ぎも、いつの間にか終わってしまったらしく。静かになっていた。

「で、どうするよ。もう1時だぞ」

 相棒が携帯についていた時計を眺める。

「そうだなぁ……その辺を散歩がてら何か探すかぁ」

 2人は気だるく立ち上がると、先程からチャイムと叫び声の止まない入り口へ向かった。
 気にしないようにしては居たが、どうにも騒々しい。家賃が1月滞っているのに痺れを切らした不動産屋か…それとも上階に住む煩い婆さんか。
 何にしても、空腹が収まらないことには話にならない。
 消し忘れたテレビからは、今日が今年1番の冷え込みだと伝えていた。

(了)

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