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小説家版 アートマンコミュの仏壇ニューヨークへ行く?

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帰りの地下鉄の中で売上げがないのに豪勢な食事ができないという嫁。気持ちは良く分る。夢の実現の為やってきたニューヨークで自分の力量のなさを痛感したのは僕だけでなく、嫁も同じだった。引っ込み思案の性格だが、必死に来場者に話しかけていた。どちらかが落胆すれば、どちらかが励まして毎日を過ごして来た。真剣に取り組むから心が痛くなる。現実から逃げ出さないから悲しくなる。残りは1日のみ、焦っても仕方ない。長いようで短かった。僕達は切り替えた。明日を楽しく乗り切る為に美味しいご飯を食べようと。
 宿の前を走る通りアベニューAを3ブロック下がった所にある地中海料理の店で晩飯を食べた。日本では滅多に食べられないだろう。ステーキとサーモン料理を頼んだ。大味だったが案外いけた。この店のほとんどの客が水タバコを吸っていた。このタバコは良い匂いがする。煙に味がつけてあるようだ。タバコをやめて約15年。水タバコだったら吸っても良いかも。次回来た時に挑戦してみたいと思った。むせて咳き込んでしまうかもしれないが。

とうとう個展最終日となった。少し早起きした僕達はグラム・スタンドでいつものようにラテを飲んでいた。実は今日は単なる最終日というわけではない。個展会場の前でイベントがある日なのだ。通常よりもクロスビーを通る人の数が増えるはずだ。最終日の逆転に望みをかけた。

個展会場の斜向いに「ハウジング・ワークス・ユーズド・ブック・カフェ」という有名な古本屋がある。あのセックス・オン・ザ・シティの撮影も行われたりする有名なロケ地でもある。ここで販売している本は全て寄付された物。ここで働くスタッフの多くはボランティア。売上げの収益をエイズ患者やホームレスへ寄付している善意の本屋さんだ。本日、この店が主催となって古本祭りが行われるのだ。会場へ行くとクロスビー・ストリートに小さなテントがいくつもならんでいた。あいにくの雨だったが、テント内は本を選ぶ人でごった返していた。しかし午後1時を過ぎた頃から雨もあがり、人が通りににぎわいだしてきた。

最終日、日曜日に龍のオブジェを買いに来るといった紳士が再び現れる事を期待した。何とか売上げを作って帰りたいのが本心だが、偶然売れただけでは次回に繋がらない。もし今回売れたとして次回再びニューヨークで開催した時にまた偶然を期待する展示会となってしまう。僕がやらなければいけないのは僕らの作品や商品が売られるルートなんだと思う。今の考え方では露店商と一緒。日銭を稼ぐ為にニューヨークに来たんじゃない。経費をかけてしまた分くらいは取り戻したいが、気持ちを小さくしてしまってはいけない。
 最終日はいろいろな人がやってきた。武壇を本気で買おうか悩む人もいた。即決はできなかった。やっと売れそうな雰囲気になった時に終わってしまう。ニューヨークでの個展の多くは1ヶ月〜2ヶ月という長い期間で行われる場合が多い。9日間という期間では結果を出すには短すぎた。でも通常の仕事をこなさなければいけない僕にとってこれ以上の期間滞在はできなかった。やはり自分の変わりとなるコーディネーターやディーラーが必要だ。売るには売る専門の人に任すべきなのだろう。この短い期間でつくづく思い知らされた。
 最終日にはmixiを見て駆け付けてくれる人もいた。最後のお客さんはグーグルで検索して、僕らの個展をみつけて走って来てくれた女の子2人組みだった。なんか嬉しかった。結局、日曜日に来ると言った紳士は現れなかった。そんなもんだ。
 結局売上げは全くなかった。逆に清清しい。この結果を忘れたくない。だが全く通用しなかったのではない。売る為の手順と方法が間違っていただけだ。僕らの力だけで何とかしようと思ったのが敗因だ。しかし、これは僕ら仏壇職人の挑戦だった。作り手の意地もあった。良いものは語ってくれるという神話を心のどこかで信じていた。僕らは必死に頑張った。残念ながら、気持ちだけでは相手に伝わらなかったのだ。
 僕らは300年続く伝統を守りたいと思って頑張って来た。僕らが頑張れば守っていけると思っていた。しかし、逆だった。守られて来ただけだった。伝統は常に買ってくれる人がいたから、無くならずに300年続いて来た。伝統を無くすも残すも決定権を持っているのは僕ら以外の人達なのだ。賛美の言葉だけでは伝統は守ってはいけない。このままならば、僕達はきっと消えて行くだろう。誰も買わない伝統工芸品が生き抜ける程甘くはない。僕はそれでもいいと思っている。今まで多くの伝統は無くなって来た。必要無いものは消えていく、それは自然の摂理だ。ただ、このまま黙っていても未来がなかった。どうせだからと最後のあがきを見せているだけの活動だったのかもしれない。今はまだ答えを出せない。でもこの結果は踏まえて前に進んで行くしかない。

嫁と小さな祝杯をあげた。全力を尽くしてやってきた。ただ1つの区切りがついた。正直、肩の荷をやっと下ろせて安堵していた。人に負け犬と呼ばれても良い、言いたいヤツには言わせておけば良い。いつもそのスタンスで来たから続けられて来た。誰かに物を言われて進む道を変えるような事はしてこなかった。ただ1つ言える事がある。僕が進んでいる道は誰も歩んでいない道。自分で切り開かなければ先には進めない。僕はやっと一歩海外へ足を踏み出しただけだ。決して最後の挑戦ではない。嫁も納得しているようだ。嫁に言われた「ご苦労様」が何だか胸にジンときた。「がんばったもんな」僕は独り言のように呟いた。店の奥で皿を落す音が聞こえた。まるで戦いの終わりを告げるゴングのようだった。

次の日は朝から嫁と2人で梱包作業。何時からやってもいいよという五十川さんに鍵を貸してもらい。10時から作業を開始した。なるべく急いでやったのだが、終わったのは全て完了したのは3時半。昼飯も食べずにぶっ通しの5時間半の作業でした。梱包してしまうと個展会場は閑散とした雰囲気。本当に終わってしまったと再認識すると少し寂しくなった。掃除や梱包のような仕事は気持ちを切り替えるにはぴったりな作業だった。朝一は塞ぎ気味だった気持ちが作業が終わるとすっきりと晴れやかになっていた。
 こちらに来てほとんど毎日一緒に過ごした五十川さんともお別れの時がやってきた。「また挑戦しに来ます」と右手を差し出して堅い握手をして分かれた。嫁は五十川さんにハグされていた。五十川さんは僕らの姿がクロスビーから見えなくなるまで見送ってくれた。個展会場がここで良かった。次に会う時はもっとビックになって帰って来よう、そう思った。

明日の昼の飛行機で僕らは日本へ戻る。余裕があれば1日くらいのんびりしたかった所だが、そんなわけにもいかない。梱包作業を急いだおかげで少しニューヨークの街を歩く時間ができた。僕達は何処へ行くあてもなく街を散策して歩いた。ユニオン・スクエアでダンス・パフォーマンスを見たり、ウインドウショッピングをしたりした。昼飯を抜いている事に気がつくと急にお腹が減って来た。偶然、行きたかった店の近くを歩いている事に気がついたので、その店に行く事にした。最後の食事に選んだのはハンバーガー。ユニオン・スクエアの近くにあるスタンドというお店。個展に来た人がここのハンバーガーが一番美味しかったと言っていたので、いつか食べたいと思っていた。少々値段ははったが本当に美味しかった。肉汁たっぷりのハンバーグは最高。ビールとよく合うバーガーだ。
 ニューヨークの食事は食べるもの全てが美味しかった。おかげで体調もよく、毎日快調にすごせた。ハンバーガーで始まり、ハンバーガーで閉めたのもアメリカらしくて良かったかもしれない。

まだ帰りの荷造りが出来ていなかったので宿には早めに戻る事にした。地下鉄でつかったメトロカードがまだ少し残っていたので、地下鉄に乗る事にした。まだお金が少しチャージされていた。払い戻しは出来ないと聞いていたのでどうしようかと言う事となった。「必ずもう一度来るから持っていよう」それでは記念で持っているようで僕は何だか嫌だった。だから思いきって20ドルをさらにチャージした。「これで一年以内に必ずニューヨークに帰って来なきゃいけなくなる」僕の小さな願掛けを嫁は不思議な顔で見ていた。僕らのニューヨークはこれで終わっては行けない。次には倍返ししてやる。本来の僕らしさが何となく戻って来た。

最後の朝食をいつものグラム・スタンドでとりながら僕らが13日間くらしたボロアパートを眺めた。後数時間でニューヨークともおさらばだと思うと何だか愛おしく思えてしまうのが不思議だ。何だかボロさがお洒落にさえ見えて来てしまった。いつものクリームチーズたっぷりのベーグルを食べ終え、タクシーで空港へ向った。飛行機は順調に成田へ、そして中部国際空港へ僕らを連れて行ってくれた。

空港では沢山の人が出迎えてくれて驚いた。母親、兄、甥と姪、そしてアートマンのメンバー全員。皆がお疲れ様なんて言うから、ニューヨークの結果が言いにくかった。結果には誰もがっかりしていなかった。

僕らは仏壇を作る為に生まれ、仏壇だけを作って死ぬはずだった。それを許してくれない時代が到来してしまっただけだ。仏壇がニューヨークへ行かなくてはいけない時代なのだ。僕達が作っているのは伝統工芸品ではなく、伝統的工芸品。時代に合わせて少しずつ変化して今日に残って来ている。この時代は職人にとって受難の時代。しかし、300年間の間にもっと大変だった時代を多くの先代達は過ごして来ているはずだ。僕らは生き残る為にいろいろな可能性に挑戦している。仏壇の形を逸脱してしまったとしても。
 たった2週間のニューヨークだったが僕にとっては大きなステップとなった。ニューヨーク個展までの道のりに何度も障害が現れては取り除いてきた。諦めなければ、道はちゃんと用意されているのだ。仏壇ニューヨークへ行く。振り返ってみれば意外と簡単にできてしまったのかもしれない。挑戦とは小さな努力のくり返し、自分にさえ負けなければ必ず前に進める物だと思う。

最後にこれを読んでくれている人達へ。日本には多くの伝統がある。その殆どは地味だったり目立たなかったりして風前の灯です。真新しい物へ目がいきがちですが、数百年変らずに来た物のすばらしさを理解しようとしてみてください。もし良さが伝わったら何でも良いので購入してあげてください。そして買った物を大切につかってあげて下さい。そんな小さな行動が職人の励みになります。伝統を守って行くのか消しさるかの選択権を持っているのは僕達作り手ではなく、皆さんの方なのですから。

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