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セルフラーニングコミュの本物の学力,テスト用の学力

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コミュ内全体


  岸本 裕史著「見える学力、見えない学力 」が以前だいぶ売れました。

  ぼくは,学力には,本物の学力とテスト用の学力があると思っています。

 本物の学力とは,そのことについて深く理解しているような学力です。

 テスト用の学力とは,テストで点数をかせぐことのできる学力です。

 もちろん,このふたつはまったく異なるものではありません。本物の学力があれば,テストでもいい点数を取ることができます。しかし,一概にそうともいえない。大学の数学教授が中学入試問題,もちろん数学が解けなかったというのも聞いた(読んだ)ことがあります。

 テストで点をかせぐにはテクニックがあります。

 ぼくも「塾家」です。生徒には点数をとらせなければいけません。定期テスト,そして入試で。これは,点数があがらなければ,保護者がうるさい,生徒が集まらないとかだけの問題ではありません。もちろん,それもあります。しかし,何よりも点数があがると,生徒のやる気が高くなるのです。
 だから,点数をとるテクニックも教える。入試,検定のときは,過去問題をさせて出題傾向を調べ,それを重点的にさせます。

 しかし,点数だけのために勉強させるのもおもしろくない。ふだんは,より深く理解する学習を心がけています。

 さて,みなさんはその辺りをどう考えていますか。
 

コメント(41)

ンチャさん

 同感です。

 学力テストの数値をあげるために,かなりの時間をテスト対策に当てていたのでは,本物の学力はつかないと思います。

 目の前だけのテストの点数を追うのではなく,将来も役に立つきちんとした学力をつけて欲しいですね。

 ただ,点数があがるとやる気にもつながるので,ある程度はテスト対策も必要だと思っています。
はじめまして。塾で非常勤講師をしている者です。

理科を教えているのですが、普段あまりやる気のない子が、実生活に関係のあるような余談では食いつくように話を聞いていたり、実験だけは集中して見ている、ということがよくあります。

まあ場合にもよるでしょうが、その子たちは「テストの役にだけ立つ(ように思える)勉強」というのを拒否しているのかな、と思ったりします。


私は、本物の学力とテスト用の学力が分離しているとしたら、それはテストのあり方に大きな問題があるように考えます。

点数を出して人と比べるためのテスト、オトナになってから役に立つと思えない(少なくともテストを受けている本人がそう思えない)問題。そのようなテストが、子どもが賢くなるために意味があると思えない点に大きな問題があると思います。

人と比べるためのテストをやめ、テストを解くことで子どもが賢くなったと実感できるような問題をつくる……それは難しいことだと思いますが、その方向に行かなければいつまでたっても「真の学力」と「テスト用の学力」は分離したままではないかと思います。
じゅんじゅんさん、
「テストのあり方に大きな問題がある」という考えに賛成です。

本来テストというものは、その機能がちゃんと働いているかどうかを調べるために行うものです。しかし、学校の定期テストというものは、成績をつけるために行われていることがほとんどで、中学、高校では、ほとんどがそうです。

「生徒が勉強したことをちゃんと理解し覚えているかどうかを調べるため」にテストをし、ちゃんと理解してなかったり覚えてなかったりした場合は、再度学習し直すことが必要不可欠だと思います。

現在の定期テストはそうではなく、単に成績をつけるため、席次をつけるために利用されていることがほとんどです。これでは、多くの生徒達がテスト嫌いになるし、テストが生徒達のためにあまり役立たないのも仕方のないことだと思います。「テスト用の学力」という変なものが発生してしまうということですね。
テストには,大きく分けて2種類あると思います。

 1つは,ふるいにかけるためのテストです。典型的なのが入試です。募集定員があり,それをこえる人が応募した場合,テストでふるいにかけます。

 これは,じゅんじゅんさん,ンチャさんのおっしゃるテストでしょうね。
 人と比べるのは,確かにおもしろいものではありません。

 しかし,そのようなテストをなくすことがいまできるか,です。

 それに関してぼくはまだ自分の考えをはっきりできません。

 例えば,入試をなくして,だれでもが高校に行けるようにする。それも高校のランクもなく,公立中学と同じように地域の高校に行く。

 そうなると,競争はなくなります。

 ただ,高校入試の指導をしていると,その間の子どもたちの伸びはすごいものがあります。やはり,やる気でしょうね。

 入試を突破するために集中して学習に取り組む。入試がなければこれだけ勉強しないだろうな,と思えます。

 ただ,では入試肯定かというと,入試の否定的な面も見えてくる。


 さて,もう一つのテストは,その子の力をはかるものです。典型的なものが英検や漢検などの検定試験ですね。

 ンチャさんの書かれているものを読むと,学校教育に検定のようなものを導入することが述べられていますね。


 検定試験は,他人との競争ではありません。ある一定の点をとれば合格するわけです。

 この場合,毎回同じような難易の問題を出題しなければいけなくなります。そうでないと,運によって合否が決まってきます。

 それで,似たような問題が毎年出題される。傾向がはっきりするわけです。すると,テストに合格するための勉強ということが行われます。実際,検定対策を行うと合格率が大きく上がります。

 これはテスト用の学力ですね。他人と競争でなくてもテスト用の学力が出てきます。

 テストを作るのは難しいなあと思います。
Yojiさん
ついうっかりここのトピックを見逃していました。

早速検定についてですが、現在すでに検定結果を入学の判定に採用するところが増えてきています。現在のところ部分的採用がほとんどですが、検定試験のレベルをもっと細分化(小学校から大学卒業レベルまで100くらいに)し、本格的に採用するようになれば、現在の入試制度よりも入学者の選別がやりやすくなるだけでなく、生徒の負担も軽くなると思います。


高校入試評価一覧
http://www.kanken.or.jp/nyushi/highschool.html

(大学入試評価一覧)九州地区
http://www.kanken.or.jp/nyushi/09kyushu.html


その場合、入試そのものを廃止しても、入学の判定に採用される検定は残すわけですから、緩やかな競争は残り、高校や大学のランクもなくなりません。

検定対策というテスト用の学力についてですが、現在の検定はあまりにも級間の難易度が大きすぎるのが問題なのだと思います。3級が中学卒業レベルなのに対し、2級はすぐ高校卒業レベルとなっています。
テスト範囲が広すぎると、出題傾向などが分析され試験用の学力というものが派生してしまいます。しかし、試験範囲が狭いと問題もまんべんなく出題することができ、出題傾向などというものはあまり意味をなさなくなります。さらに、習得度のチェックもより正確にできるようになり、未習得部分の補習にも役立てることができます。
中学・高校のテストについて説明しておきます。

定期テストは、生徒の成績をつけるために実施するものです。その場合、平均点が高すぎたり低すぎたりすると、生徒の優劣をつけるのが難しくなってしまうので、テストは平均点が60点くらいになるように作ります。
ただ近年中学校では、得点をあげて生徒のやる気を起こそうということで、平均点を70点くらいに持ってくる学校もあるようです。

私が高校で教えていたとき、同じ学年の同じ科目でも教える教師が違い試験問題も異なっていたときがありました。その時は、難易度を同じにするということで、すでに採点が終わった時点で、平均点がだいたい同じになるように記録に残す点数調整をしたりしていたものです。

さらに、授業態度や提出物という学力とは直接関係のないものまで点数化しその生徒の学力評価に加えていたものです。

現在の検定より細分化された検定では、そういったことが無くなるし、真の習熟度別指導もできるようになると思います。
現在の「習熟度別指導」というものは、どちらかといえば「成績別指導」にしかなっていません。
細分化された検定を利用した「習熟度別指導」では大幅な学力向上が見込まれるのに対し、現在の「成績別指導」では、生徒や教師が楽になるメリットはあるにしても、目立った学力向上は期待できるものではありません。
ンチャさん

 ぼくも,検定については評価しています。また,セルフラーニングとも相性がいいように感じます。

 つまり,それぞれが自分のペースで進んで,ある程度きたら検定を受けて合格すれば,次のステップへ行き,不合格なら再度学習するということもできると思われます。

 そうする場合は,ンチャさんが書かれているように,検定を細分化することがどうしても必要です。英検では,5級から3級までが学年ごとになっている,つまり1年ごと。これでは粗すぎます。

 ただ懸念される点もあります。

 いまぼくの塾では,進みのよい生徒は,基礎,発展,応用と進みます。しかし,悪い人は基礎だけでもということで進み,できるだけ学校で行っている進路に合わせます。

 だから,やっている内容は進んでいる生徒も遅い生徒も似たようなことをしているのです。例えば連立方程式を全員やっている。ただ,深みが異なるということです。

 検定にしたとき,どこを基準にするかです。基礎だけを目指すと学力のある生徒は深みのない学習をすることになる。

 逆に応用までとなると,学力の低い生徒はずっと足踏みをしてしまいそうな気がします。

 ぼくは,習熟度別の弊害を避けるためにもセルフラーニングがいいと思っています。それぞれが自分のペースで進みながらも,差別感がほとんどない。それがセルフラーニングでは可能です。
 それを検定で振り分けると,習熟度別以上の差別感が出てくるようになるのではないかと懸念されます。
Yojiさん
>進みのよい生徒は,基礎,発展,応用と進みます。しかし,悪い人は基礎だけでもということで進み,できるだけ学校で行っている進路に合わせます。

これは私の塾でも同じですし、別の塾もだいたいそんなものだと思います。これは、現在の教育制度の大きな欠点の一つで、「学習の進め方を生徒一人ひとりに合わせるではなく、生徒を学校に合わせようとすることから起こる弊害」なのですね。

現在行われている「習熟度別指導」と呼ばれているものも、結局は学年の枠に縛られているため、それほど効果を上げてないようです。

せめて英語と数学だけは学年の壁を取り払い、生徒の学力に応じた学習指導ができるように現在の教育制度を改革すべきだと思います。つまり学校にもセルフラーニングに近いシステムを導入すべきだと思うのです。

検定は、その習熟度をチェックするために利用したらよいのです。成績も、検定の結果をそのまま成績として評価すれば、わざわざ成績を付けるためのテストをする必要もありません。
ンチャさん,

 このあたりからは,もう価値観の相違になります。

 ぼくは,それぞれの力にあった学習,というのはとても大切だと思います。

 しかし,子どもの間で起こる差別感というのもできるだけ避けたい。

 だから,例えば,いま中学3年生は平方根,式の展開を終わって,因数分解に進みます。

 できる子は,式の展開のかなり複雑なものまでやってから,因数分解に進むことができます。

 しかし,できない子はそこまでやらなくてもいい。簡単な式の展開ができれば因数分解に進んでいいことにする。

 するとみんないっしょに因数分解をするので,それほど差別感がなくてもすみます。

 そして,それぞれにあった力を伸ばしているといえると思うのです。

 しかし,検定に合格した場合にのみ先に進むとすると,足踏みをする生徒が必ず出てきます。そこで,差別がおこり,劣等感コンプレックスが出てきます。

 ぼくはそこまでする必要はないと考えています。
差別・劣等感に関しまして・・・。

地域性があると思いますが、小5の息子のクラスでは、過半数が中学受験を控え、多くは集団授業の進学塾に通っています。
この確率ですが、うちは都内でも東寄りの下町ですので、まだ少ない方です。
港区や品川区などは、8割方受験すると思います。
わざわざ小学一年から、電車に乗って都心の公立小に進む子もいます。

受験生達は、すでに素因数分解、xを□に変えた方程式、四則混合の逆算など、学校とは別の次元で学習しているので、学校の勉強はお遊び程度にしかなりません。

理科社会も、5年次に中学の範囲まで終わらせておくので、万が一私立や一貫校に落ち、公立中に行ったとしても、スタート時にかなりの差がついています。

小学校の習熟度別クラス編成では、「レディネステスト」と称しまだ習っていない単元の知識を問い、できる子(ほぼ受験生だけ)のクラスと、そうでない子も理解度に応じて3クラス程度に分けて少人数で学習します。

私も公文式ではありませんが、公文と同様の、無学年方式という考え方で指導を行っています。理解できていない所を補うには、最適な方法だと考えています。

個別塾もそうですが、学校での進度はあまり考えていません。(学校の勉強でつまづいた時は別です。)
せっかくお金を払っているのですから、学校の先取り学習を心がけています。

差別というか、個別指導をいう観点から考えると、様々なやり方があって当然なのかな、とも考えます。
確実に理解させ、良い点を取る。
見た目にも、ある程度の結果を出していかないとならないのは辛い所かもしれませんが、教える側も遣り甲斐がありますよね。。。
首都圏でない地域での個別指導塾で教えてますが、動機付けってけっこう難しいと思います。なんというか、茫洋とした日常の中で暮らしてる気がしますよ、子どもたちは。
ちなみにフレネでも進度は個別ですが、子どもどうしで学習上の接点がある点が、公文式や個別指導塾との違いですね。ベースが個別だから、子どもどうしの接点をどう取るかも子どもどうしの話し合いに委ねられます。その点、一斉主体の教育での学級会や委員会のような、無理やり自治を作り出すような感じはないようです。
そもそも、中学より後もなぜ学校や大学に行くのかといえば、

世間が「高校くらいは出ておかないと」というふうになったから

まずはこれに尽きるでしょう。
「いや、高校程度の教養が必要になった」と見る向きもありますが、
そうおっしゃる方が論拠まで述べているケースは寡聞にして知りません。

で、大学へ行く人が増えたのも「就職や就職後に有利だから」でしょう。
これを各家庭の経済状況が許すようになったと。
最近は「行けるもんなら行こう」という人も増えたし。

だから、以前は問題にもならなかった
「大学を出て何が役に立ったか?」が、
今は当たり前に問われるようになった。
また、そうした風潮を、
金儲けや地域振興に利用する人も多くなった。

しかも、肝心の知的好奇心は、
どの教育課程でも置き去りにされたまま。

これで知的好奇心を持つ人のほうが多かったら奇跡でしょう。

行かなくてもいいはずの高校以降の入試に「努力」が平然と語られるのも
そう考えれば合点がいきます。
要は利益の道具である人のほうが多いんです。

もっとも、いちばんの問題は、学歴など表面的な部分でしか評価しない
企業の人事でしょう。
彼らがそういう安易な選考で楽をするぶん、
負担が多くの人々にかかるんですよ。
もっとも、今日では負担と思う人は少ないですし
この点に触れる人も殆どいませんが。
就職氷河期に若者だった人が40歳や50歳になってから
初めて慌てる泥縄社会なんでしょうね、日本は。
 いい議論だと思いますが,いろいろ錯綜しています。それぞれに大切なものだと思います。

 それで,整理したいと思います。ご了承ください。

 別トピをご覧ください。
10Yojiさん
>子どもの間で起こる差別感
というのは、確かに無くすべきものだと思います。
ただ、その無くす方向を間違えてはいけないと思います。

>検定に合格した場合にのみ先に進むとすると,足踏みをする生徒が必ず出てきます。そこで,差別がおこり,劣等感コンプレックスが出てきます

現在の学校では、すでに得点力によって席次を決め全ての生徒を序列化しています。また、高校入試や大学入試でも得点力によって選抜しているわけです。高校では学校間格差は現実にとても大きなものですし、同じ学校内でも、普通クラス、特進クラスと成績別にクラス分けがなされているところがたくさんあります。
また、小・中学校では、成績のとても悪い生徒については、特殊学級で勉強させたり、特別支援を受けさせたりもしています。
それらについても「差別」ととらえる人たちはいるし、劣等感コンプレックスを感じる人たちもいます。

ご存じのように数学と英語は積み重ねの教科で、基礎ができてないと先へ進むのがとても困難になる教科です。私の塾でも学力の低い生徒には応用問題は勉強させないで基礎的計算問題を中心に勉強させ、ある程度の得点はできるように指導していますが、このやり方には限界があります。小学校よりは中学校、中学校よりは高校にと、勉強に無理したしわ寄せが来るようになるのです。それが、「積み重ねの教科」の宿命なのですね。

長期的に見ると、他の生徒より進むのが遅いことを気にしないで自分のペースで勉強した方が遙かに高学力を獲得することができるものです。ですから、積み重ねの教科は基礎から徹底的に勉強させるべきだし、それが生徒達本人のためにも良いと考えるわけです。
私が学力の低い生徒達には基礎的な部分しか指導しないのは、現在の学校システムを無視できないので仕方なく妥協しているからです。

それから、勉強の仕方や検定の受け方は規制する必要はないと思います。「検定に合格した場合にのみ先に進む」と限定する必要はなく、合格して無くとも、先へ進める部分は先へ進んで勉強していいということです。それに、分かるところから勉強しいていけば、基礎が十分できてない状態で勉強するより何倍も学習がはかどるというのは、ご存じの通りです。
検定は、学力の目安としたり、定期テストや入試の代役として利用すれば良いと考えています。
>12 KIRIKOさん
>理科社会も、5年次に中学の範囲まで終わらせておく

というのは、ものすごい先取り学習ですね。
私の知っている範囲では、先取り学習をしている生徒の多くが授業中退屈し、教師から注意されたりする生徒も少なくありません。

KIRIKOさんのところでは、そういう問題は起こってないでしょうか。また、起こっている場合は、どう対処されているのでしょうか。


話は変わりますが、
沖縄の公立校では、習熟度別指導といっても、補習は別として学年を超えた指導はしていません。生徒が学習範囲を十分習得していても、学年を超えて指導をしないのは実に持ったいないと思います。

また、学力の低い生徒には、少人数で教師が手取り足取り指導しているため、わかりやすいと生徒からは評判がよいものですが、そういう生徒達の学力がそれほど向上したという結果は出てないようです。
あのように手取り足取りして問題を解かせても、あれは先生の頭で解いているのであって、生徒達の頭で解いているのではないので、仕方がないと思っています。
去年の全国学力検査の結果でも、習熟度別指導の効果は数字としては表れてなかったようです。
>Tommyさん
ご指摘ありがとうございます。確かに教える側の技能不足などの点もあると思いますが、学年の枠にとらわれていることも大きな原因の一つではないかと私は思うわけです。
ただ、沖縄県では、「成績上位者でも学年を超えた指導はしない」という教育委員会側の話でしたが、他府県ではどうなんでしょう。

ところで、>20 の「習熟度別指導の効果は数字としては表れてなかったようです。」というのは訂正します。数字としては表れているが、疑問視する専門家の声もあるというのが正しいです。


『習熟度別指導を実施している学校ほど、放課後や夏休みなどを利用した補習をしたり、授業の内容が分からない子供が少なかったりするという傾向もみられた。』
(つまり、成績が伸びたのは「習熟度別指導」のためだけでなく「補習が増えたこと」の影響も大きいのではないかと思います。)
【教育】学力テスト結果分析 「習熟度別」効果あり?
http://sankei.jp.msn.com/life/education/080416/edc0804160848004-n2.htm
ンチャさん

書き込み見逃していました。
すみません。。。

ご質問ありがとうございます。

先取り学習の件ですが、中学受験の子達は、塾で教わる勉強と学校での学習を、全く別次元として捉えているようです。

例えば理科で、塾の教材では生物の単元を行っているとします。塾では人体の消化器官や循環器系を詳しく教わり、試験で成績を出します。しかし全て机上の空論。
次の週は天体、次は水溶液・・・と、毎週異なった単元を、(すごいスピードで)集団授業で講師が説明をし、家庭学習で補います。
これは、受験の範囲を漏れなく学習する為には、仕方のない進め方だと思います。

学校では、植物の観察をしたり、実験をしたり、絵を書いて観察日記をつけたり・・・。

息子の話だと、学校での授業も、退屈しないで楽しんで行っているようです。

問題は算数ですね。
受験生は、ほとんど終了している単元なので、こちらはテストでクラス編成を行って、塾に行っていない子には丁寧に教え、できる子には自学をさせているようです。
6年生になると、受験組の子達は、中学受験の過去問を解いたりもするそうです。

中高一貫の私立中では、中学の勉強を2年で終わらせて、3年次には高校の勉強を。高校2年で全ての単元を終わらせて、大学受験を目指しますね。
公立小では、受験を目指す子だけが塾で先取りをします。

学校の先生でも、「学校は、補習と遊びに来る所。勉強が足りないならば、外で補って」と、きっぱりおっしゃる先生もいらっしゃいます。

個人的に、小学生の発達課題は勉強だけでは補えないので、学校の人間関係や体験もまた重要だと思います。
塾では毎回テストの成績順で席が決まり、点が悪ければクラスを下げられる、常に競争を意識したストレスフルな環境ですので・・・。

学校の指導要領も、「コミュニケーション重視」になっています。
塾では学べない事もたくさんあると思います。
息抜きできる環境も、必要なのかな、とも思います。

ただ、学校は休んでも塾は休まない日はあります。
学校を休んでも勉強が遅れる事はありませんが、塾を休んだらその単元が分からなくなってしまいますので。。。

まとまらなくてごめんなさい!
伝わりましたのでしょうか。。。?
>22 KIRIKOさん
お返事ありがとうございます。私の住んでいる読谷村には近くに私立中学が無く、中学受験する生徒もとても少ないので、KIRIKOさんのお話はとても勉強になりました。

中学受験をするために塾に通っている生徒達が、もしクラス編成をされてないクラスで他の生徒達と算数を勉強しないといけない状況でしたら、大変退屈したんじゃないかと思います。

しかし、学校と塾の両方で勉強しないといけない子供達は、本当に大変ですね。情報化社会の現在ですから、もう少し双方が情報交換し合い歩み寄って子供達の負担を減らす方向へ行けたらいいと思います。
Tommyさん

おっしゃる事、わかる気がします。
公立高校でも、レベルの高い学校は同じ進め方をするのだと思います。

また、小さい頃にどんなに良い点を取っても、自発的な学習でなければ価値を見出せない気がします。

高校〜20代にかけて、思春期の発達課題である、アイデンティティー=自己概念の確立ができないと、いつまでも自分を模索し人生を楽しめない大人になるでしょう。
「やる気」に火をつける事ができるかどうか。
自分は何をしたいのか、が重要なのではないかと考えます。

かくいう私は中学の時に、自分の進路を決めてまっしぐらに進み、現在も、思うままに生きています。
親からは、勉強の事を言われた記憶がありません。勉強した覚えもありません。。。塾にも行きませんでした。
今になって勉強の面白さに気づき、環境に恵まれた息子は羨ましい・・・と感じています。

ンチャさん

そうですね、退屈かもしれません。
しかし、学校公開などで判断するには、学校側もよく考えていて、授業中は他者に考え方を説明したり、自分達で資料を作成してプレゼンするような内容も取り入れています。
問題が解けるだけではなく、真の学力をつけるという意味で、学校で行う内容も必要な学習だと思います。

中学受験組の子達は、一種独特の団結力とプライドを持っています。
進学塾に通って、私立をめざしているという優越感のようなものがあるらしく・・・。
学校の勉強は、勉強とか辛いとはあまり感じていない?様子です。
塾での学習内容は高校受験レベルなので、学ぶ気のない子はついて行くのが難しいと思います。
高校とは違い、中学は、受験してもしなくても良いわけですから・・・。
受験を選んだ子達は、皆生き生きとして塾に通っています。
(これは保護者の目線から見ていますが)受験を選ばない子に、何もやる気のない、ゲームばかり、「どうせ・・・」が口癖の、目のくすんだ子が多いです。

新たな知識を得る事の面白さを味わう、という意味では、羨ましい位恵まれた環境にいる子ども達だと思います。
中学で苦労するか、小学で苦労して後で楽をするか・・・。

中学受験の人口は、年々増える一方なのだそうです。
KIRIKOさん
私の住んでいる地域では、中学受験の経験者が少ないので、学校側もその対策ができてないのかもしれません。私も中学受験の長所短所が、まだあまり分かりません。

公文などに通って、小学生のうちで中学の数学や英語をある程度終える子達もいるのですが、いざ中学に通い始めるとまたABCから勉強させられ、数学も分かり切ったところをしつこく説明され、授業中退屈してしまうケースが何例もあります。
そして、学校が終わると部活もやりながら塾にも通い、学校よりも先へ進んだ勉強をするわけです。
学校の授業中に息抜きするという器用なことをできない生徒の中には、反動で不登校になってしまう生徒さえいます。

私は以前県立の普通高校で数学を教えたことがあるのですが、生徒の一人が教科書は持ってこないし授業中はほとんど寝てばかりいてとても困ったことがありました。注意すると、「こんな事は既に分かり切ったことだ。何でいちいち聞かないといけないんだ」と反論されました。そして実際テストは、ほとんど満点でした。

それで「それでは他の生徒のじゃまにならないように寝ていろ」ということで、寝かせていたのですが、何とか生徒一人ひとりに合わせた指導ができないものかと、非常に考えさせられました。
ンチャさん

個レスばかりのトピになってしまってすみません。。。

ンチャさんの地域では、学校選択制 は導入されていますでしょうか?
こちらでは、小学も中学も選択制により、公立でも自由に選ぶ事ができます。

徒歩15分圏内に5つの小学校がありますが、少人数制の導入も、漢検、数検の実施も様々で、学校の色が強く出ています。

都立高も二極化が進んでいて、中堅の学校がなくなり、偏差値60を超えるか40以下か・・・。

小学で受験を目指す子は、たとえ公立中に行ったとしても入学時からトップクラスで難関高に挑むようです。

教える側から見ると、授業中に寝ているのは困るのかもしれません。
受ける側からすると、(きつい言葉かもしれませんが)つまらない授業だから寝るのでは?
なんて、どちらかと言うと寝てばかりいた私は、勝手な想像をしてしまうのですが。。。

さすがに小学校で寝る子はいないらしく、「出来る子は出来ない子を教える」とか「皆にわかるように説明する」という役割がある様で、それによって賞賛を得たりもしている様です。

ちなみに息子はあまり算数が得意ではないので、さらに出来る子に、休み時間に分配法則などの計算方法を教わったのがきっかけで、仲良くなったりもしています。
何より、休み時間と給食が楽しみで通っています。。。
不登校は、勉強や授業だけでは生じないのではないかと考えます。
「自分の居場所を見出せない」子が不登校になりますね。

個人的に思うのは・・・。
どんな状況でも、その中で自分なりに楽しむ事ができない人間は、どんな学校に行っても、どんな仕事をしても、遣り甲斐を見出したり人生を楽しむ事ができないのではないかと思います。

どんな子でも、未知なる可能性を秘めていて、何もしないうちから諦めるのは早すぎる。
そこに自分で気づき、頑張る子の手助けができれば本望だと思っています。

勉強って、させられるものではなくて、自分から学ぶもの・・・ですよね?
やりたきゃやればいいし、やりたくなきゃやらなくていい。
第三者が無理やりさせるものではないので・・・。
授業中寝るのも、大いに結構!なーんて思ってしまうのですが?
常に緊張していると、自律神経やられますから。。。
KIRIKOさん
私のところは、いじめられているとかやがて引っ越しするなど、特別な理由がない限り、入学できるのは小学校も中学校も村立の1校しかありません。
塾の生徒の一人は、私立中学に進学するということで、その学校の近くに家族で引っ越していきました。
徒歩15分圏内に5つの小学校があるというのは、さすが都会ですね。競争が激しくなるわけです。
田舎ではほとんどの子供達がのんびりです。のんびりにはのんびりの良さがあると思いますが、選択肢が少ないのが気になります。

塾で学校の受業範囲をとっくに習い終えている子にとっては、学校の受業で退屈するのは仕方がないと思います。その生徒にはその子にあったレベルのプリント学習をすることも提案したのですが、「学校が終わると忙しいので、授業中は寝ていた方が良い」というので、寝かせていました。
しかし、授業中に寝るといっても寝床で寝るより睡眠の質は悪いはずです。

学校でもなんとか個別指導はできないものかと提案もしたのですが、他の先生方からは相手にされませんでした。
Tommyさん
地域性の違いなのか、それとも先生の個人的な性格の違いなのか分からないのですが、沖縄ではその程度のことは大したことではないように思います。高校入試程度で学校を休むという生徒はいないし、万が一難関校を受験するために休むというのであれば「それじゃ、がんばれよ」などとこっそり励ますことはあるかもしれません。

また、一応建前上「特別な理由がないのであれば、休まないようにしなさい」とは言うかもしれませんが「もし学校に来なかったら、内申書は学校に送らない」などと脅迫じみたことはしないと思いますし、聞いたこともありません。ただいろんな先生がいますので、断定はできませんけど、、、。

沖縄というところは、本当にのんびりしたところなんです。話を聞いてびっくりと言うところです。

>>個レスばかりのトピになってしまってすみません。。。

 とありますが,気にせずに進めてください。興味深く読んでいます。

 ぼくは,学校のことはよく知らないので,コメントを控えているだけです。

 よろしく。
公立中では、ほとんどの生徒が都立高を受験します・・・。

それに比べて小学校では、中学受験する子の割合は限られるわけですが、受験前は1ヶ月休む子もいます。本人の希望により、当たり前のように休みます。
また、受験当日の欠席は欠席扱いにならないのだそうです。

学校側にしても、難関校の合格者が出れば評価に値するので、学校も総出で受験を応援しているような雰囲気です。
受験する子の内申だけが、異様に高かったという事実もあります。

ー義務教育の、公立小での話ですー

また、学校全体が受験色で、学年3クラス単位でも学力テストの成績を競います。
受験生の多いクラスは必然的に全体の平均点も良くなります。
区内や都内での学校平均と順位を出して公表しますので、選択制に関わって来るので学校側も必死、というか受験生様様なのかもしれません。

息子も含め、塾の日は帰宅が9時半を回る為、週に三日は学校の宿題を免除してもらっています。
6年になると、さらに集団塾と個別を併用する子が増え、学校の宿題は親がやる家庭もあるそうです。(私は、それは違うと思いますが。。。)

しかしこれはまだ序の口で、都心の学校はもっとすごい事になっていると思います。

学校で教わる事と、受験レベルの内容に格差がありすぎて、その差は年々加熱するばかり・・・。
中高一貫校も、どんどん増えています。

そして、首都圏の受験者が地方に進出して「お試し受験」をし、合格を総なめにする、というケースも問題になっています。
首都圏と地方の学力格差もまた然り。。。

私も地方で育ち、高校まで公立を出ましたので、ある意味別世界だとは思います。。。

大学に行きやすくする為に、小3から受験勉強をして良い中学に入るのか。
中学から死に物狂いで追いつこうとするのか。
高校のレベルによって、ある程度先が決まってしまうでしょう。

兄弟で、中学受験も高校受験も同時に経験されたお母さんは、小学生の方が良く自発的に勉強する、と言っていました。
中学生になると、親の言う事も聞かないし、なかなか勉強もしない、と。
これは個人差があるのだと思いますが・・・。

中学受験を選ぶ子は、いずれも内発的動機がある気がしています。
本人にやる気があり、環境も整っているのでしたら、そういう風に勉強に集中するのも悪くはないかと思います。
スポーツでしたら、アイススケートの浅田真央さん、卓球の福原愛さん、野球のイチローなど多くの一流選手は、幼少期からずっとそのスポーツずくめの日々を送ってきているようです。
スポーツ面だけでなく学問の分野でも、そういう風に将来の目標に向かって一つのことに生活の大半を費やす人生というのも、選択肢のうちの一つとしてあって良いのではないかと思います。
より良い指導者の下で訓練された子供達というのは、その可能性を大きく発揮するものだし、勉強でもスポーツでも、大きく伸びる時期というものがあるものです。

ただ、何の理念もなく、「周囲の人たちがやっているから」「みんながやっているから」とただ周囲に流されてやっているとしたら、問題だと思います。

また、成長期にある小学生の帰宅が9時半を回るというのも考えものです。
成長ホルモンは、午後10時くらいから午前5時くらいの間寝ているときに多く分泌されるようです。
http://www.kobekids.net/shincho/1/1-01.html

成長ホルモンの働きとしては、身長を伸ばす他に、免疫力を高めて病気やケガの治りを早くする、脂肪代謝の促進、筋肉の強化、新陳代謝を良くし、若さを保つ、バストアップなどの働きがあることが分かっています。
http://www.exabra.jp/hormone/

このように大切な働きをする成長ホルモンは、運動後3時間ほど体を休めているときも良く分泌されるようです。
http://www.kusamado.com/contents/sc_baio09.html
ですから、私たちもみんな適度な運動をすることがとても大切です。特に成長期の子供達には運動も大切な日課として欲しいものです。
私にとっては、首都圏の中学受験者って、なんだかブロイラーみたいにみえます。塾以外ろくに動かず、日常とあまりにかけ離れた感覚の所与の問題を体に流し込むだけ。
地方だと、そんな勉強しなくても大学受験でそこそこ結果を出しますからねえ。
成長ホルモンと睡眠時間は、塾の先生方もかなり心配しています。
なので、塾の日は学校の宿題を免除してもらったり、様々な策を考えているようです。

私も、国家資格を持つ医療従事者の端くれでして・・・。
乳幼児期からの、子どもの生活リズムや食生活、接し方講座などを行ったりしています。

宮本算数教室の宮本哲也先生も、睡眠時間は必ず8時間以上、とおっしゃっていますね。
どの家庭でも、気をつけているのではないかと思いますが・・・?

ところで。
クラスで過半数が受験を考えるようになると、成績の良い子はほぼ皆受験を考えます。

私も幼児さんからお預かりしていて感じますが、受験を目指すような子は、幼少期から何かと習い事が多いです。

息子も4歳からヴァイオリン、5歳から珠算、6歳から英会話を習っていて、途中公文にも行きました。
全て本人の意思で始め、珠算と公文以外は、現在も進学塾と平行して続けています。
その他、走る事も、サッカー、三角ベース、水泳も好きで、塾のない日は日が暮れるまで友達と公園で走り回っています。
ちなみにゲームはほとんどしません。

周囲の受験生を見ていると、大体ピアノや英会話など、幼少期から何らかの習い事をして、忍耐力のある子が多い様に感じます。
確かに親に無理やりやらされているのであれば、あの宿題量はこなせないと思います。

そして一方のクラス半数は、習い事もスポーツも何も興味がなく、勉強も嫌い、受験なんて絶対にしない、毎日ゲーム三昧 という子達も少なくないです。
こういう子達の多くは、公園でもどこでも、毎日ゲームをして過ごします。

受験しない子でも、スポーツなどに意欲的に取り組んでいる子もいると思いますが、そういう子は学校の成績も良く、受験を目指す子が多いです。
思考力がなければスポーツも大成しませんね。。。

私の方針として、毎日無駄に過ごしたくないと思っているので、その背中を見ている子どもも、色々楽しんで行う事ができるのではないかな、とも思います。

結果はどうあれ、少年期に忍耐力をつける事、経験した事の全てが、生涯決して無駄にはならないと思っています。

一方、ただゲームだけをして過ごした子の将来は。。。?
蛇足ながら、少し心配してしまいます。。。
難関国立大学合格実績の資料もありますので、ご参考までに。

平成19年度 全国主要公立高校の難関国立大学合格実績とその評価分析
http://homepage3.nifty.com/katu-kobayashi/hiroshima/meimonkou_2007.htm

都道府県別東大合格者数ランキングと公立高校占有率(2005年と1975年度の比較)
http://homepage3.nifty.com/katu-kobayashi/hiroshima/toudai_05.htm

平成19年度 都道府県別東大・京大合格者ランキングと公立高校占有率
http://homepage3.nifty.com/katu-kobayashi/hiroshima/toudai_07.htm
ンチャさん

ありがとうございます。

(何度も書きますが)私も地方出身なので、首都圏の現状はちょっと別世界のような気がしています。
地方にいる時は私立はすべり止めでしたので、私も受けませんでした。

近所の中学の1年次期末テストの問題は、?4×9 ?1/2+1/3 だったそうです。
かたや、入学直後の2月から土日に試験、宿泊でオリエンテーション、毎朝7時40分〜補習・・・

公立中と私立中のレベルがあまりにもかけ離れすぎていて。。。

甥が通っている地域では、公立中に行くのが当たり前ですので(私立に行く子は学年で一人程度)優秀な子も公立に残ると思います。

都内はどんどん公立一貫校が増えてしまって、ちょっと秀でている子は皆、狙います。
近隣の公立中は・・・優秀な子がいなくなってしまって、かなり悲惨な状況になっています。
公立中でも、都心はまた状況が違っている様ですが・・・。
都内でもはずれの近隣の質の悪さと言ったら。。。

Tommyさん

そうそう。
受験=中高一貫校ですが、公立の一貫校も含んでいます。
小石川あたりも、高校での外部募集はしませんので。。。
小学校の時に優秀な子は、どちらかを目指す事が多いです。

多分、本当は嫌なのに親に無理やりさせられているような子、やりたい事も我慢して勉強させられていたような子は、息切れして爆発するでしょうね。
向き、不向きを見極めなければならないし、無理をさせる事は辞めた方が良いですね。
それこそ、親を殺してしまいかねません。

同種の子ども達・・・受験生達は、むしろ、それを願っているのかもしれませんね。

(うちはガリ勉でもないし、異色のタイプかもしれませんが。。。)
近隣の、荒れている小学校のワル達とは接したくない様で。。。
どこに行きたいというわけではなく、近くの公立に行きたくないという理由で受験を選んでいる子も多いようです。

一貫校を除いた、純粋な公立中だけを比べたら、田舎の方が優秀な子が多いですよ、きっと。
KIRIKOさん
東京の様子などいろいろ教えていただいてどうもありがとうございます。
人はそれぞれいろんな生き方があって良いと思います。どんな生き方をしようと、ただ周囲に流されるのではなく、自分自身でよく考え自分で選んでいくのでしたら、とても素晴らしいことではないでしょうか。
どんな生き方にも長所短所はあるものですから、短所に気づいたら修正すれば良いだけのことです。そういう意味では、KIRIKOさんの場合、息子さんも積極的に勉強しているし、KIRIKOさんもよく研究されていらっしゃるのでとても良いと思います。

私の住んでいるところは、沖縄の中でも田舎の方になるので、とてものんびりしています。周囲がのんびりしているので、何も考えないで周囲にあわせて時間を無駄に過ごしてしまう子供達もとても多く、何とかしなければと考えています。

沖縄には「シメー ヤーイヌサチ (学問はヤリの先のようなものだ)」という言葉があります。直訳すると「勉強すると危ない」といった意味ですが、今でも「勉強はほどほどにしなさい」という大人達は少なくありません。

「学問を身につけた人たちは、支配者階級の手先となって人民を苦しめただけだ」とか「学問を身につけた人たちが村の伝統文化を破壊した」といったようなことを言っていたように思います。
最近はそんな極端な声はあまり聞かれなくなりましたが、「子供にそんなに勉強だけさせないで。かわいそうだよ。」という人たちはまだまだいます。「勉強だけさせないで」と言いますが、量はそれほど多くありません。

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