ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

ホーム > コミュニティ > 学問、研究 > PAPA流フリーハンドイラスト塾 > トピック一覧 > 明日のために「その3」〜漫画線...

PAPA流フリーハンドイラスト塾コミュの明日のために「その3」〜漫画線からお習字線へ〜

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コミュ内全体

今回は、以前にもチラッと触れた、
「先細、中太線」と「先太、中細線」の事です。
端的に言えば↑の画像の様な事です。

今、適切な例がなくてふと描いて見たのが、
楽奏の指揮でよくやる四拍子のタクトの振り順です。
右の絵の、向って左端の折り返しの辺りの緩急には、
図らずも軌跡の奥行の様に見える情報が入ってしまっている事がわかるでしょうか?
機械的に繰り返される「先細線」が、二次元に終始しがちなのに対し、
「先太線」に秘められた情報力の可能性が垣間見えるんじゃないでしょうか?

さて、漫画を志された方なら大体の講座において、
「先細の中太線」を、線の基本として学んだのじゃないかと思います。
例えば、
http://www.geocities.jp/kyosukemanga/teku05.htm
(さっき「ペン入れ」という様なキーワードでたまたま出て来たwebページです)
常識的にはこれが不文律ですよね。

ところが、今回知っていただきたいのは、その逆で、「先太の中細線」、
所謂書道で云うところの「一文字」です。

ただまあ、私の↓を見て頂くかぎり
http://homepage.mac.com/mitsunorin/.Pictures/figure/nakane.jpg
これも一般常識通りの線と云えなくもないんですが、
強いて違いを云えば、平仮名で云うところの画数、一画の長さの解釈が違うだけなのかもしれません。

しかし、今度は↓の例を見て頂けますか?
http://homepage.mac.com/mitsunorin/.Pictures/figure/takenaka.jpg
この場合、画数の違いだけとは言い難いです。

これはレッスンという事でもないかもしれない。
未だこれに則したトレーニング法は考えてません。
理解していただくだけでも良いのかもしれません。

ちょっと空中に、平仮名で良いから、書道の練習のつもりで、
軽く一文字「な」とでも画いて見て下さい。
(平仮名は完全に染みついた「デッサン」の一種です)
折り返しやカーブや止めの時に、
私の絵と同じ緩急、あるいは「先太、中細線」に、自然になっているのを発見できませんか?

私の場合、強いて云うなら、毛筆で手紙文なんかを書いてるうちに身に付けたと云えるかも知れません。
良かったら皆さんも、筆や筆ペンをもつ機会を、
生活中に見出していただけたらありがたいです。
年末なんか良い機会かもしれません。

あるいは、
町を歩く時にでも、簡単な空中デッサンを、
(大振りでやったら変人ですから、ぶら下がった手先で軽くで結構です)
さっきの「な」の様に描いて見る。
人は空中に描いてそらんじる時には、
必ず「先太の中細線」の呼吸で描いているのじゃないでしょうか?
それが本来なんだと云う事だと思います。

コメント(30)

日本式の総ての所作の基本がそうである様に、
丁寧に入って、途中は完全に身を流れの速さに委ねて、
再ご丁寧に我に返って終える。

はじめチョロチョロ中パッパ。

お茶を食卓の方にお出しする時の緩急。

その、中盤の早さの時に働く、自分の小智小才のはからいだけでない
「気転」があると思います。
筆で線描をする時の感覚には、わたしにも似たものがあります。
ぐんっ、と筆を打ち込んで、その反発を活かしながら、若干の滑走状態(水中翼船が半分浮き上がった感覚)で、終了地点へと向かう。
グン、スー、グン。のリズム。

これは実は書道から来ています。千年以上の時をかけて線を鍛え上げて来た書道ですから、やはり参考に出来る部分というのはありますね。

現在の書道の基本は、三折法(三過折)と言われてます。
筆を、トンと打ち込んで、スーと運び収筆や転折の部分でまたトンとアクセントが入ります。トンスートンのリズムです。
これのひとつ前にスタンダードになっていたのが二折法で、トンスーとか、スートンのリズムです。
この二折法のリズムがあるからこそ、かな文字や草書の連続した線を書けるようになったと言えます。ひとつの文字の終了したところにトンのリズムを持って来れば、次の文字へ筆を運ぶのは、スーで通常の文字を書くのと同じ感覚になりますからね。

そして、絵においてもひと筆でできるだけ長く表現力の豊かな線を描こうとすれば、このトンスーやトンスートンの感覚は非常に有効ではないかと考えます。
まぁ、問題点は実際に描いている時にこれをいちいち意識するのは難しいので。練習を積み重ねて意識することなく自然に出来るようになっておく必要がある。ってことじゃないかと思います。
これは昔あったシャンプーの商品デザインで、
ストレートヘア用から、ウェーブヘア用まで用途を
記号化したデザインです。
これ、面白いなあと思ってたのでここに載せます。

先述の先細線(以後マンガ線と呼ぶ)で描く間は、
線の長さがある程度限られており、
上図で云うと、「I」から、せいぜい「C」までで筆を継いでしまうと思うのです。

そこから進一歩あるためには是非
「S」から「E」までは筆を上げずに一画として描く余力が必要と思うわけです。

※実際のシャンプーでは"S"までの品揃えでした。
"E"は私の創作です。
何時か線の説明に使える記号だと思ったので...
これは、一般的でないと思うのでお勧めはしませんが、
私が漫画を描いていた頃はこれで描いて居ました。
http://homepage.mac.com/mitsunorin/.Pictures/manga/manga1.jpg

ブラウゼというドイツのメーカーのラウンドペンという
スチールペンで、元来はカリグラフィー用のものです。

これを、最近久し振りに仕事で使う機会があり、
その時描いたものの一つが、右の画像です。

ペンでもって、この緩急に対応できるペンが、これしかなかったのです。
最近廃盤になってしまって淋しいかぎりです。
(30年程前にも一旦廃盤になって、その後復活していたのでした)
ストックはまだ多少、伊東屋なんかにある様です。
うーん。ディズニーのマニュアルに描いてある
こととけっこうだぶります。

自分の中で未消化の部分が
考えとして動き出す感じの話。

興味深く聞かせていただいています。
え〜っ、これってペンで描いたんですかぁ、塾長?
すごいなぁ。筆で描いたのかと思った。
ブラウゼのラウンドペンは、世界堂に在庫があったから買って来て試してみようっと。
はまちゃん

これも、この固いスチールのペンで描いたのです。

このレッスン?の、「呼吸」が分れば、
筆、鉛筆、パステル、ペン、何を持っても、
生きた主線が、同じ感覚で描けます。

そう、世界堂には沢山ストックがあるでしょう。
30年前には何時も世界堂で買ってました。
>まぁ、問題点は実際に描いている時にこれを
>いちいち意識するのは難しいので。
>練習を積み重ねて意識することなく自然に出来るように
>なっておく必要がある。ってことじゃないかと思います。

はまちゃんの、このご指摘は正しいと思います。
しかし解決策においてもう一つ見落としがあります。
(ごめんね、私の理論なんだから見落としも何もないよね)

実際に描いている手一杯の時にこれを意識するのは困難、
と云うことですが、
手一杯と云う事態にならないように、
手に長い線の余力をもつのであり、
目に長い線の即時シミュレーション力を持つのです。

もう少し別の言い方をしますと、
もののリンカクを把握する時、
例えば、方から指先までを把握するとき、
これまでは「一画」と云う把握の仕方を云ってきましたが、
例えばサラサラと筆で書いた「さようなら」と云う様な、
言葉や、「ふみ」として把握できないでしょうか?
というか、美しい一行の仮名文字のリズムの様に、
全体把握出来ないでしょうか?
そうして、その味わいを、また、紙の上に線として再現するのです。
(これは、以前にも書いた、形の中に法則性やリズムを発見する、と云うことを、別な言い方で云っています)

上手く表現できませんが、その緩急のリズムを、
一行の筆文字の味わい、リズム、メロディー、のようなものとしてインプットして、
線として吐き出すのです。

その際にはきっと、「さようなら」を書くときに、
トンスートンを一々意識しない様に、
「意識がついてゆかない」と云う事態は来ないと思うのです。

難しく書いてしまったかもしれませんが、
これは、人工的なリズムを憶える作業ではなく、
習慣的、後天的リズムに気がついて手放したとき、
元々あった自然のリズムに身を委ねる作業なので、
必ず超えてゆけるはずです。
でないと、テンプレートをまた増やしただけになってしまいますよね。
塾長。多分わたしは「イメージ力」っつうか「記憶力」が足りないんだと思うです。
だから、一刻を争う(笑)現場でのスケッチでは、観察に力を取られて、線のリズムを意識する余裕がないんですね。きっと。
その証拠に、一刻を争わない状況(写真からとか、下絵から描き起こすなど)では、リズムや抑揚を意識する余裕が多少は増加するのです。

つまり、塾長の言う通りですね(笑)。
ひとつながりとして意識できる線が短い場合は、リズムを自分の慣れという反応に頼るしかない。
長い距離をイメージできる余裕がある場合には、リズムを自ら作って行くことが出来る。
結局、ひとつながりを抑揚を持って描けるようになる訓練と、イメージ力を強化してひとつながりを長く把握するという練習は「両輪」として、重要だ。っちゅうことですねぇ。
ガンバロっと!
> これは、人工的なリズムを憶える作業ではなく、
> 習慣的、後天的リズムに気がついて手放したとき、
> 元々あった自然のリズムに身を委ねる作業

これだけは、よく分かる気がします。

あとは、日常の作業の中で自分なりにいいといわれているものも
そうでないものもケースバイケースで使い分けているかなあ。
解釈は付帯状況によっても違うのですが、「長い線」という意識
を持つことが自分の絵をどうかえるか、やってみます。

う〜ん、楽しみです!
はまちゃん。

はまちゃんのスケッチをこの間見せていただいた時、
私が「これからはもう少し小さい紙に描く様にしては?」
と云ったでしょう。

それは、一枚の紙一杯のスケッチとは云えど、
広角の景色であっても、おそらくは一人の人物を描くのと同比率の、
ネックがあり、サブがあるんじゃないでしょうか。

子供が母親の顔を描くとき、顔の主だったところ以外は、
手もどうも足も顔の一部に小さくくっついてるだけだったりしますね。
実は大人だって、本屋さんで、目の前にあったのに見過ごす本と、
バッチリ目が合ってしまう本とがあります。
絵を描くとなれば大人は理性で、総ての画面を総てのディテールのために割いたりはしますが、
物を見る時の実感としては、上記の子供と大差ない視界分布で世界を見ているのです。

その、はまちゃんが、ふと立ち止まって、
「ア、ここ、描きたい」と思ったとき、
B4の紙一杯線を描くのに忙しいほどのディテールが、
はまちゃんを立ち止まらせたのではないでしょう?

そこで、「何がネックか」をよく再確認するのです。
紙をテーブルとしたなら、紙をバイキングのテーブルにしないで、
和食の心尽くしの一膳にするのです。

描き始める前のその一時がとても大切です。
長い線の、大切な韻律は、そのネックのために存分に使いましょう。
継ぎに、それを支える要素があれば、メインに添える様に、寄与する様に、分をわきまえさせてご登場願いましょう。
更にその余のものは、バックバンドのコード弾きの様に、コードだけシッカリ合わせてもらって気の利いたバッキングに徹してもらいましょう。

そうでないと、力のある主線は、全面にくると辟易とさせてしまいます。

一度小さい紙に、と云ったのは、理屈でなくその辺の操作が出来ている自分を通して知ってもらいたかったからです。
ためしにトレーニングようと割り切って、小振りのスケッチブックを手にしてみてください。

現状のはまちゃんの持ってる線の長さには、
現在の紙は若干大きいと思います。

手厳しくてご免なさい。
TETSUさん

自然画自然を描く様になったとき、
途中のカーブなんかに、
小智小才のはからいでないカーブが、
自然に依って(のみ描かれえた感じで)描かれてたりするんです。

それが奇異なことと取りあってる間も無いほど、
不思議なナイスプレーの連続で絵が描けたりする歓びも味わって欲しいものの一つです。

そう、その感じは、スローな時にミスってばっかり居たブロック崩しが、
スピードアップした時にドンピシャになったりするのにも似てるかな...
済みません、仕事中ゆえ読み返しもせず書きなぐってます。
後でまた読み返してみます。
...PAPA
なるほろ〜、そうだったんですか。塾長!
小さい紙に描くと、なんか狭っ苦しく感じていたりしたんですが。
実は、大きな紙の方が広すぎる場合の方が、現状では多いのだということですね。
ふむふむ、確かに目にとまったすべてのものが、いつもB4の紙を埋め尽くすだけの興味の対象とは限りませんものね。そこで、埋めるために汲々としてしまって、振り回されている。確かにそういった状況はけっこうありそうです(汗)。

納得を持って「今」わかりました。自分が一息に描ける線で不足がなくなる大きさの紙にチェンジしてみます。その上で、対象の強弱表現へと自分の注意力を向けられるように訓練してみるです。
ネックというのは、主役とか気になったメインのもの。サブというのは、脇役とかメインに付属するもの。という解釈でOKですよね?
チャレンジしてみるです。
ありがとうです。塾長!
はまちゃんへのコメントに補足。

発見と云うのは、その一点が輝いて見えて、
その他の、どうでも良かった物がが落ちてしまう事です。

そして、「分った」と云う事です。

TETSUさんへのコメントに補足。
この脳みその判断以外の(エイトマンの肩の電子頭脳みたい?)
判断によって描き進められるパートも、
一つの絵にはかなりあるんですよね。
> この脳みその判断以外の(エイトマンの肩の電子頭脳みたい?)
> 判断によって描き進められるパートも、
> 一つの絵にはかなりあるんですよね。

う〜〜ん、なるほど。
ブログで、若いイラストレーターさんに
手と脳をつなげ!って、よく言っているのですが、

じつは大学時代、手は第二の脳であると教わっていて
「手」という器官の持つ特殊性をこの仕事をやっていると
よく再認識する瞬間があるのです。

脳より速く手が判断することってある気がします。

ブロック崩しがスピードアップして、なのに、ドンピシャ
この比喩表現すごく分かる気がする!(気がするだけですが)

あと、補足なのですが、
ディズニーのマニュアルとかぶると言った件、
一の字のトン・スー・トンは直線ですが、
それを円にしてぐるぐる続ける感じのことが
線表現のマニュアルの最初のところにあるのです。
トン・スー・トンの最後のトンが最初に戻る
(円として繋がる)感じ。

塾長の「長く!」と言うアドバイスがあって、
「長い」というのは呼吸として自然に無理なく山あり、谷あり
スラーとどこまでもつなげていける感じとイメージし出した時に
何となく上記のことが頭に浮かんで気になり出しています。

上手く言葉にはならないのですが、
意識として薄めだったところに
大きなヒントをいくつかいただいた気がしています。

ありがとうございます。
私も元来言葉の領域(左脳)でない所のもの(右脳の領域=潜在意識)を
即興の言葉に置き換えながら書いておりますので、
つい抽象的な例えの多い長文になってしまいます。

汲み取る努力を強いてしまって居ると思うのですが、
皆様にはご容赦願いたいと、塾長は謝るばかりです。
TETSUさん、
TETSUさんのレスや、投げ掛けによる再コメントを
理解の助けとされる方も多いのじゃないかと思います。

ありがとうございます。

右脳と言う言葉が出ましたので....

ベティ・エドワース著の2冊
■内なる画家の眼
■脳の右側で描け

をご紹介しておきます。
私と共通の認識の著作だと思います。
昔これを、会社の近くの本屋さんで読んだ時、
絵に関して会社の誰とも通じる事は最早無いと思っていた言語が、
この本の中では同じお里の言葉を話す人に出会った見たく、
本と私との間で飛び交ったのを憶えています。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/search-handle-url/index=books-jp&field-author=%E3%82%A8%E3%83%89%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%BA%2C%E3%83%99%E3%83%86%E3%82%A3/249-9079487-1932361
これは今日描いた線です。
お習字線も何も、お習字線そのものなんですけどね。

http://ic9.mixi.jp/photo/diary/90/5/50509005_226.jpg

この場合情景まで描かれてあるけれど、
この入りと終わり(ターン)のリズムが、
描き込めど乱雑にならない秩序を全幅に与えているのが分るでしょうか?

あらゆる太さの可能性を絶えず抱えている毛筆は、
この秩序無しに描いたら五月蝿くて仕方無いものになります。
えへへ、秩序に欠ける線だらけのわたくしであります。
B5サイズのスケッチブック(ノート)、一冊終了です。
まだまだ、練習!
塾長、やっぱりこういったお習字線のトレーニングは、筆(筆ペン)じゃないと、効果が薄いですかねぇ?ここ数日は、クーピーペンシルで描いてみたりしてたのですが。やっぱ、筆ですね。

筆で描いた時に、細になる部分でよれてしまったり安定しないのは、やはりスピードの欠如でしょうか?
秩序を作り出すには、やはり「強弱」と「緩急」が重要だと思うんだけど。強弱よりも緩急の方が、実現がより困難ですね。
ちなみに、塾長は強弱と緩急のどちらに重きを置いて描くことが多いのでありましょうか?
筆である必要はないけど、クーピーペンシルの様に、
沢山の摩擦力を必要とする画材は、
「付く」ために、一定スピードを保たねばならないため、
緩急が生まれにくいのじゃないでしょうか?

強弱と緩急の比較は、
緩急については常時意識します。
強弱は絵全体を1曲の歌とすれば、その中の要所要所と言う感じでしょうか。
塾長、ありがとうです。了解です。
緩急について、気を抜くことなくもっと意識してみます。
「緩急については常時意識」についてはちょっと訂正、かもしれない。
通常の画材ならば「緩急」の「緩」に意識を置いて丁寧に筆を運ぶだろうし、
その事を「緩急を意識する」というんだけれど、

サンプルの、お習字紙に墨というケースでは、
緩急付けたくなくてすら瞬時にデッカイ●の滲みが出来てしまう訳で、
寧ろ、尻に火がついた様に筆を走らせざるを得ないからね。
この場合は「急」のパートを一層「急」にして表現しないと
「緩急」が出ません。

この場合は、「緩急が出来すぎない様に」心掛けて初めて適正の緩急になりますもんね。
これは、「意識」したり「心掛けたり」ではないと思います。

それこそTETSUさんのいう

>脳より速く手が判断することってある気がします。

に負う事かもしれないので、
その意味において「その3」が「その1,2」の続編である訳でしょう。

依って
「緩急を常時意識」というより「リズムを常時意識」と言う方が適正です。

4ビートが16ビートになったにしても、
意図するリズムを持って描く時、緩急は結果として出るものですね。
そのために一章節描ききる線の余力が必要なんでしょう。
たまたま仕事の合間にここを読み返して居て、
約一年経過したあとにコメントしています。

「9」のはまちゃんのコメントに関する話です。

>塾長。多分わたしは「イメージ力」っつうか「記憶力」が足りないんだと思うです。

去年の時点で充分な答えが出来ていませんでした。
はまちゃん、これはね、
記憶量の問題じゃないかもしれません。
だって、線なんてのは、スケールが変われば、1cmも100mも差がなくなってしまうわけで、
逐一記憶しようとすると際限が無いんですよね。

そこで、どこぞのラーメンの味を忘れないみたく、
覚えるだ描くだの前に、
波立たない心で先ずは味わう事じゃないでしょうか?

ああ、美味かった。
こんな風味や後味がする。

その味わったと同じ感覚を再現できる様にやってみる事が
「出来たか」「出来なかったか」の指針になるのです。

一つの音楽の曲でも一緒ですね。
初めて聞いて打たれたときの味の事は、
コピーしようとして辿るときのそれとは違う所で「味」を受け取ってるはずです。
記憶は、そこに使う時に、量的不足感は起こってこないと思います。
PAPA塾長、ありがとうございます。

「イメージ力」や「記憶力」が足りないというのは、本人としては量的なものよりも、むしろ明確さみたいな部分が足りなかった。という感覚です。
それが足りないからこそ、イメージがあやふやなままで描く。結果的にあやふやな線だらけになってしまうと。
それは、塾長の言うところの「味わい方」が足りないせいもあるのかもしれませんね。

最近はスケッチする前に、その風景なりシーンなりをじーっと眺めて観察している時間がグーンと増えて来ましたから。その部分は改善の方向に向かっているかも?

あと、一年間自分なりに鍛錬を続けてきて、『習慣』がとても大切ではないかと感じています。「長い線を描きなれる」「長い線を描くことが自分にとってあたりまえのものとする」。その繰り返しによって、最初意識しなくては出来なかったものが、自然に出来て行くものではないかなぁ。と。
子どもに苦さの感覚を覚えさせるために、
さんまのはらわたを食べさせる。

という話を聞いた事があるのですが、
「ただ、味わう」でなく、「深く味わう」ためには、
結局のところ、「経験値」といったものの過不足が
とても多く関係していると感じます。

デッサンを通じて学んだもっとも大きなものが、
「自分が今、目の前の対象から感じている以上の事を
常に目の前の対象は持っている。」
という、「観察に対する謙虚さ」であったのですが、
普段からの習慣で、より深くものを見るという
「執念」というか「粘り強さ」みたいなものを、
考え続け、観察する意識を持ち続ける事でしか、
その領域には達せないのであろうなあと感じます。

蛇足ですみません。
ここへの書き込みが何時も、間を置いてからのものになって申し訳ない。
記憶を、味の記憶の様なもので覚えておく、
と言う話でしたが、
私達が、「インスピレーションをキャッチする」、「降りてくる」とか言うその時にも、
絵その物として降りてくる訳では無いのです。
言語でも形でも無いニュアンスの塊、印象、で降りてくるので、
それを、良く彦麻呂が味をコトバに翻訳して語るようにして絵に翻訳する訳です。

記憶の、そう言う味やメロディーや雰囲気への「変換ストック」?
を、普段から心がける事は、
降りてくるインスピレーションのキャッチに馴れてくる効能があります。
丁度、英語脳が出来てくるのに近い気がします。
英語脳は脳の領域の問題かも知れませんが、
これは意識の階層の問題かも知れません。

別トピックで「絵と言うのはつまり、四次元経由なのかも」と言う話をしましたが、
そうした未解明な部分との関わりがあると言う事でなければ、
確かに絵を描くなんて言う、不可思議な、奇跡的な事は
あり得ないのかも知れませんね。
 すみません・・・
書き込み失礼します。
higashi.onと申します。

 皆様のレスを見ていて、色々な情景が浮かんできて、涙が出ました。
 絵というものに対して、真摯に向き合っている姿勢に感動です。
素晴らしいです。

 大学で教授にかけていただいた言葉一つ一つを思い出しながら、先輩方の言葉に置き換えて、対象を見る癖をつけて行きたいと、心から思いました。

 絵が上手くなりたい・・・・って、すごいスタートラインに立ってしまっているんだなぁって感じです。
逃げ出したくても、好きで好きでしょうがないから、向き合うみたいな・・・書いていて、よくわからない文になっていますけど、スポーツ的な、あるいは宗教敵な高みに、最終的に辿り着けそうな感じですね。

 高校の美術の先生が言っていた言葉を思い出します。
「線一本描いたら、その日の健康状態まで判る。」
 大学の教授が言っていた言葉を思い出します。
「石ころひとつに感情を移入するようにしなさい。
その存在意義を考えて、キャンバスに再現させてあげられるかどうか、あるいは省くかどうか。常に考えなさい。」

 当時は深すぎて判りませんでしたが、プロの現場で鍛えられてきた先輩たちは、何となく理解する能力を身に付けているというか、描きながら、あるいは考えながら描く事の繰り返しによって、「思考」と「視覚」と「記憶力」が鍛えられてきていると思うのです。

 「絵を描くという事の本質」を言葉に置き換えてくれる本とも出会えなかった私に、理解するには難しいですが、言語として語りかけてくださるプロの現場で活躍なさっている先輩たちの言葉が、助言になりうるだろうと思うと、物凄く嬉しいです。


 すみません、何を書いているのかちょっと理解しにくいかも知れませんが、このやり取りを読んで、感動いたしました。

感謝です!
これからも勉強させて頂きます。
Higashi.On さま
書き込み嬉しく読ませていただいてます。
この一年くらいは特に、私個人の身辺の事情もあって
塾の更新を怠ってしまっていて
塾生の素晴らしい皆さん方に申し訳なく思って居ます。
今年も終盤に入るころからは身辺の状況も変わり、
こちらに本腰入れて
可能なかぎり愛すべき後進(若い日の私)の為に渡してゆける物を渡したい、
ライフワークとしてのもう一つの役割、
そんな思いを形にして生きたく思って居ます。

亦、それを引き出して下さる塾生の皆様にも
この間の空いてしまった塾を見捨てず
今後とも宜しくとお願いするばかりです。

ご一緒にこの素晴らしい道を亦ともに歩きましょう。
ちゃんと、見てますよぉ〜。
よろしくお願いします。

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

PAPA流フリーハンドイラスト塾 更新情報

PAPA流フリーハンドイラスト塾のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング

mixiチケット決済