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小説家版 アートマンコミュの666(ミロク)dD 1月21日?

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 その中は劇場の舞台裏のように薄暗かった。いや、ここは葬儀場の倉庫だ。目の前に卵型のカプセルがいくつかあった。これはマスターの葬儀の時に使った棺桶だ。壁際にはスチール棚が据え付けられていて、いろいろな葬具が保管されていた。酸味が強い匂いが立ちこめているのは多量の焼香用のお香も保管されているからだろう。俺は六三四の姿を探して進むと大きな歯車とシャフトのある場所にでた。あの女神像の動力部の場所だと想像できた。部屋の中央部に大きなタンクがあり、俺の頭上の太い配管とつながっていた。きっと、溶葬に使っている遺体を処理する溶解液の為の装置だろう。配管を液体が通る音がしていた。さらに機械も動いている。今日も葬儀を執り行っているのだろう。そう考えていると機械が激しく動きだした。俺が見上げると卵型の棺桶がゆっくりと降りてくるのが見えた。その中には妊婦の遺体が入っていた。
「今日も妊婦の葬儀なのか」
 偶然にして奇妙だ。お腹に子供を宿して死ぬ人が連日葬儀をやるなんて事がよくあるとは思えない。それに俺が出席した葬儀では溶葬といって、遺体を溶かしていた。遺体が裏の倉庫へやってくる事自体が不自然だ。そして、遺体を入れたままの棺桶は俺の前で方向転換して奥へ移動を始めた。俺もその棺桶について行った。この先に俺の疑問を解く鍵があるような気がしていた。
 到着した先は眩い程に明るい場所だったので、薄暗い所にいた俺の目は一瞬視力を失った。一旦目を閉じて、ゆっくりと目蓋を開けていくとそこは卵の畑のようだった。卵型の棺桶が二メートル程間隔をあけて整然と並べられていた。卵の畑なんて表現は間違っていた。カプセル入りの玩具が並べられているのだ。中身が全て妊婦の遺体ばかりじゃなければの話しだが。産女だ。産女達がまるでコレクションの誰かのコレクションのように保管されていた。俺は熱病にかかったかのようにふらふらと棺桶の周りを歩き出した。先程の妊婦の遺体もある、マスターの娘さんの遺体もあった。どの遺体もまるで生きているようだったが、ワインセラーのように冷やりとする部屋の雰囲気も手伝って、俺には化け物にしか見えなかった。いや、逆だ。死んでいるように見えないから化け物に見えるのだ。いつ目が動き出す、いつ棺桶から這い出して来るなんて事を想像してしまう。逃げ出そうとする気持ちを押さえて六三四の姿を探した。あるカプセルの前で座っている六三四の後ろ姿を見つけた。その時だ。俺は理由もなく涙が流れて来た。そして頭の中で母が『鼠の婿選び』の話を語っている。

「またいじめられたの? そんなに泣かないの。光二郎君は優しいから、喧嘩できないのね」
「母さんは弱い子嫌い?」
「ぜんぜん嫌いじゃないわ。でも泣き虫は嫌い。男の子がいつも泣いていたら格好悪いでしょ」
「どうしたら、泣かなくなるの?」
「そうね。強い子になればいいんじゃないのかな」
「強いって?」
「そうね。強いっていつもお話してあげているでしょ。『鼠の婿選び』のお話。覚えている?」
「うん、鼠さんがお婿さんに一番強い人を選ぼうとするお話でしょ」
「そう。太陽さん、北風さん、壁さん、結局は鼠が一番強かったってお話。お母さんは強い人って信じる力を持っている人だと思うんだ。僕は太陽さんよりも北風さんよりも壁さんよりも強いって信じている人が強い人だと思うの。それを自信って言うんだけど、光二郎君には難しいかな?」
「自信、それがあれば強い人になれるんだね。僕、大きくなったら自信のある人になるね」
「そうね。光二郎君がそんな大人になってくれたら、お母さん、本当にうれしいな」

「母さん」
 俺は涙声でそう叫んでいた。六三四が見つめていたのは俺が五つの時に死んでしまった母だった。カプセルの中に亡くなった当時と同じ年齢の母がいた。俺は母に謝っていた。ちっとも母さんの望んだ大人になっていない。人を信じる事の出来ない弱い男ですと。そして、俺は六三四の横で崩れ落ちるように座り込んでしまった。
 俺は気を失っていたのかもしれない。どれだけ、ここで座っていたのか分らない。隣にいたはずの六三四がいつ居なくなったのかのさえ分らなかった。危うく何故俺が此処にいる事すら分らなくなりそうだった。冷静になれと自分に言い聞かせた。不可解な自殺に666と六三四が関係しているのは確定した。危険な状況こそ冷静にならなければならない。時間がかかったが客観的な目線に戻す事ができた。そうやって見ると母の遺体に不可解な事があるのに気がついた。それは母は既に妊婦ではなくなっていた。産女の話を聞きに行った時に住職が見せてくれた古文書の事を思い出した。死者の子供の事だ。もしかして、母は亡くなってから子供を出産させられたのではないだろうか? 出産した子供が……六三四って事なのか? それじゃあ、六三四は俺の弟って事か。あり得ない想像が頭を駆け巡った。しかし、絵空事だとは言い切れない。これだけの妊婦の遺体をただコレクションしているだけとは到底思えないのだ。
「白山さんの想像している通りです。この施設では極秘に死者から子供を出産させています。そして、六三四はその女性から誕生した子供です」
 振り返ると龍華が立っていた。俺が身構えると、彼は笑っていた。
「そんなに警戒しないでください。この秘密がばれたからと言ってあなたに危害を加えるつもりはありません。それに白山さんには遅かれ早かれお話しなくてはならない事でしたしね。詳しい説明は会長から話します。私について来て下さい」
「ついて来いと言われても、あんたを信じる事ができない。こんな非道徳な事をする会社の人間なんだろう」
「非道徳ですか。白山さんにとって正しい事って何なのですか? 正しい事の定義をもっているんですか?」
 正しい事……俺には分らない、いや答えられない。金田紫苑を呪い殺そうとした時には正しい事をやったつもりだった。しかし、誰も幸せになれなかった。俺には正しいなんて言葉を使う権利すらないのかもしれない。しかし、ひるんではいられない。
「人が不幸にならない事だ」
 苦し紛れの答えだ。龍華は微笑んでいた。
「白山さんの定義が『人を不幸にしない事』でしたら、666がやっている事は正しい事です。誰も不幸にはなっていないからです。子供を宿したまま亡くなった女性達の無念ははらされますし、生まれでようとした赤子の願いも叶えられる。どちらかといえば幸福にしている事をしているのですから」
「何を根拠にそんな事を言うんだ。俺には死者を痛めつけているだけにしか見えない」
「根拠ですか。私です。私が生まれて良かったと思っているだけでは不満でしょうかね」
 龍華から笑みが消えた。
「それじゃあ、あんたは……」
「そうです。ここで生まれた一人です」
 そう言うと龍華は自分の手首を俺に見せた。三桁の数字とバーコードが手首に入れ墨で描かれていた。手首に書かれている数字は三六九だった。
「御理解いただけましたか? 会長がお待ちです。私について来て下さい」
 そう言うと龍華は俺に背を向けて歩き出した。ここでじたばたしても始まらない。腹を決めて彼について行く事に決めた。モデルのように颯爽と歩く龍華の背中に悲しい宿命が取り付いているのが俺の目にはっきりと見えた。

 弥勒さんの部屋につくまで龍華は口数が少なかった。俺が質問する事に言葉少なに答えるだけだった。俺の質問も確認するような事ばかりだったので、彼の返答は大抵「そうです」だけで済んだ。本社の場所を嘘ついた理由も、葬儀を無料にしていた理由も全てが解決した。しかし、何の為と聞くと「直接快調に聞いて下さい」としか答えなかった。
 弥勒さんは会長室から外へ出て俺を待っていた。俺はいつもと変らないような態度で弥勒さんに挨拶した。そして、弥勒さんは俺を部屋に招き入れ、前回同様アール・ヌーボーのソファーに案内した。
「さすが白山さんは優秀ですな。こんな短期間で不可解な自殺の本質に気付かれるなんて」
 弥勒さんは俺の向いに腰掛けて、テーブルに置かれていた葉巻きを手にとり両端をはさみで切り取っていた。
「いったいどう言う事なのですか? 弥勒さんは何の目的で俺に依頼なんかしたのですか?」
「落ち着いて下さい。これには深い訳があるんですよ。不可解な自殺のメカニズムは分かっているのですが、それを止めるには白山さんの力が本当に必要だったのです」
 そう言うと弥勒さんは手に持っていた葉巻きに火をつけた。そして、ワインを口で転がすように煙を含んだ。
「どんな意味で俺が必要だったというんですか? 俺に不可解な自殺の解明を依頼しておいて、その自殺を引き起こす事をしていたんですよ。俺が一生懸命穴を掘っているのに、上から土をかけるような事をして何が面白いんですか?」
「それは誤解ですよ。私達は不可解な自殺を引き起こす事などやっておりません」
「この期に及んでまだ嘘をつくのですか? 俺はこの目で見たのですよ。六三四が自殺を引き起こさせている所を。その六三四はこの建物の中で産まれた。それも二〇年も前に死んだ俺の母のお腹から! 何故、そんな事を六三四にさせるのですか? あれは俺の弟だ」
「あなたも六三四が哀れだと思うのですね。それは私も同じです。あの子を救ってあげたかったのです。あの子を救えるのはあなただけなのです」
 弥勒さんは葉巻きを灰皿においた。柔和な顔が急に厳しくなったように見えた。
「これからお話する事は全て真実です。過去から未来永劫に続く真理なのです」
 葉巻きの灰が落ちた。その音が聞こえそうな程一瞬静かになった。
「カルマという言葉を御存知ですか?」
「カルマというと宿命みたいな事ですよね」
 俺も占師の端くれだ。それくらいの事は知っていた。
「そうです。詳しく言うとカルマとはヒンズー語で『行為』という意味です。人間の行ないによって宿命が決まる。それも生前の行ないによって。それをカルマといいます」
「そのカルマが何か」
「私はカルマとは罪を償う法則だと思っています。御存知でしたか? 宇宙の空間というのは有限で、その中を流れる時間というのは無限だという事を。私達が住んでいる地球も同じです。地球上の空間は有限だが、時間だけは無限に存在している。つまり何が言いたいかと言うと、地球上に物質は無限に存在はしていないので、物質が様々に作用しながら起こっている現象も有限だと言う事です。それはサイコロを振って出る目の組合せが有限だという事と同じなのです。しかし、時間だけは無限にある。どんなに沢山のサイコロを用意しても繰り返し振っている内に同じ目が必ず出てしまう。この事をニーチェという人が永遠回帰と呼びました。人間も沢山の人が死んでは産まれて来る。これも有限であるのです。最期の一人が産まれてしまったら、もう誰も産まれないなどという事は起こらない。時間がある限りサイコロの目が出るように誰かが産まれてきます。有限の中から産み出すという事は繰り返すという事になります。分りますか? 人は地上に回帰するのです。そしてその時に背負うのがカルマなのです」
 弥勒さんの言っている事は良く分かった。有限のものにはいつかは終わりが来る。しかし、無限の中に組み込まれた時、繰り返す事で有限な物は存在できるという事だ。生きると言う事に限りがあるのなら、流れ続ける時間の中では繰り返し生きる事ができるという事になる。宗教で言う所の輪廻転生という事だろう。
「白山さん、殺人事件をどう思われます?」
「殺人、それは悪い事だと思いますけど」
 急に話が変って戸惑った事もあり無難な意味のないような答えを口にした。
「私は人の尊厳を著しく傷つける最も許されない行為だと思います。殺人だけは決して許されないと思います」
「よくそんな事をいえますね。六三四を使って行なった事は殺人と同じだと思います。自分の手を汚さないだけで」
 俺が言い切る前に弥勒さんが口をはさんできた。
「誤解をされています。何度も言いますが、私達は何もしていないのです。私達が悪いかどうかは話の最期に決めて下さい」
 俺は初めて弥勒さんが声をあらげる所を見た。どうやら本気なのだろう。
「カルマは罪を償う法則だと教えましたよね。人の悪口を言ったり、いじめをしたり、人を騙したりしたとしても、相手が生きていれば償いができる。謝ったり、金を払ったりして解決できる。殺人だけは相手に償いはできない。償う気持ちがあっても相手がこの世に存在しないからです。しかし先程説明した通り、人間には次の人生があるのです。殺人を犯した者の次ぎの人生は償いの人生なのです。カルマは等価交換で償わなければなりません。殺人を犯した者は次の人生で命を差し出す必要があります。しかし、被害者が次の人生で加害者を殺してしまうと、次の人生では立場が逆転して永遠に殺し合いのカルマの輪から抜け出す事ができません」
 弥勒さんの話を聞いていて自分の夢の事を思い出した。人生が繰り返すというのならば、俺が見ていたのは夢ではなく、過去の記憶だ。という事は俺は殺されていた。そして、俺を殺した者達が不可解な自殺をとげていた。弥勒さんがその不可解な自殺の理由を説明するとするならば、俺を殺した事を償う為に彼等は自ら命を差し出したという事なのだろう。カルマで考えれば何も不可解ではなくなってきた。何となく弥勒さんの言いたい事が分かって来た気がした。
「そして、殺人の連鎖を阻止する為に死者の子供を使っているのです。死者から産まれた者は生きた死者です。あの子達は死者と生者の境にいます。その境にいると見えるのです。未来に起こる全ての事を。あの子達はカルマにかかわる殺人が発生する前に阻止をしようとしているのです。殺されるはずの人物が自らの命を断ち切らせる事によって」
 恐いと思った。六三四がいなければ俺は夢に出て来た人物を全て殺す宿命を背負っていたのだ。前世で殺された恨みをはらす為に大量殺人を……。考えただけで恐ろしい。俺の為に六三四が死刑執行人の役をやっているという事だ。でも、あの小さな子供が自らの判断で本当にそんな辛い事を決断しているのかは疑問だった。だから「そのカルマの輪を阻止する為に六三四が自ら判断してやっているのでしょうか?」と聞いてみた。弥勒さんは首を横に振っていた。
「六三四はあなたを守っているのです」小さな間があいた。葉巻きの煙りを吐き出すかのよういゆっくりと俺の周りで起きていた不可解な自殺事件の黒幕の正体を口にした。「気付いていなかったでしょうが、白山さんが指図しているのです」
 弥勒さんの言っている意味が分らなかった。夢に出て来た人達に死んで欲しいなどとは一度も思った事がないのだ。しかし、どこかで予想していた答えだったのかもしれない。だから「そんな事はありえない」と大きな声が出てしまった。彼らの死に自分は無関係だと信じたい。自分が黒幕だとは認めたくなかった。それだけの理由で頑に否定した。
「それがありえるのです。白山さんは生れ変わる前に彼らと約束をかわしていたのです。要するに殺人予告を彼らにしていたのですよ。例えば笑顔を見せるとか、おどけてみせる、謝罪するなんて日常の自然の行動で示していたのです。そして、彼らに自殺する猶予をあたえてから殺人を犯す予定だったのですよ。白山さんだって殺人を犯したくはないですからね。もし仮に人を殺したら、次の人生ではあなたが殺される順番ですからね」
 弥勒さんは灰皿に置いたままだった葉巻きを手に取ると口に加えた。深呼吸をするかのように大きく煙りを吸い込んでいた。俺は夢に出てきた人達が死ぬ前に確かに接触していた。金田紫苑が自殺する前は怯えていた。マスターの時は頭を拳で叩いた。ハジメの時は何故か笑っていた。みどりにはにこやかに手を振っていた。それが自殺への引き金だったのか? 自分では意識していなかった。一連の動作だったと思う。
「でも……、何故?」
 正直な疑問だ。俺は彼等の死を望んではいない。彼等が死んでくれて嬉しいとは思わない。しかし、彼等は自ら命を断ってしまっている。
「それがカルマなのですよ。世界の均等を維持するには必要な事なのです」
 まるでそれが宇宙の真理だと言いたいようだった。俺の何故には答えなどないのだ。それは方程式のように一つの答えしか導き出す事のできない人生の法則なのだと弥勒さんは言っていた。
「それじゃあ、彼らには生まれた時から自殺を促すように最初から組み込まれていたと言う事ですか?」
「そうです。何度も話をしています。白山さんを前世で殺した者の宿命なのです。命の償いこそが生まれて来た最大の理由なのです。しかし、彼等にも命を選択する事はできます。一つは前世の被害者に殺されて命の償いをする。もう一つが前世の被害者に命令されて自らの命を差し出す。前者は次ぎの人生で立場が逆転し、後者はカルマの輪から外れる事ができる。選択は命を手にしている者の自由です。しかし、宿命から逃げ出すような自殺をしてもカルマの輪からは外れません。自分の罪を償わなければ意味がないからです」
 俺の夢に出てきた者の中に生存者がいる事を思い出した。赤田剛と……静香だ。二人だけでも助けてあげたい。それが俺の運命のような気がした。
「それを止める方法はないのですか?」
 弥勒さんは方法を知っている様子だった。ただ口にするかどうか躊躇しているのだ。手に持っていた葉巻きの灰を落とすと、口元に持っていき煙りを吸い込んだ。葉巻きの先が赤く光っていた。
「お願いです。教えて下さい。助けてあげたいのです。命の償いから解放してあげたいんです。俺の夢に出て来た人達と六三四を」
 弥勒さんは溜め息と共に煙りを吐き出した。吐き出された煙りが無色に変わり始めた時弥勒さんが重そうに口を開いた。
「方法はあります。一つは命を償わなければならない人と出会わない事です。逃げ続けられる事ができれば人生を全うできます。しかし、次に生まれ変わった時にも逃げ続けなければなりません。もう一つが許される事です。殺された側が命の償いを拒否した時点でカルマの輪から外れる事ができます。もし、白山さんが不可解な自殺を止めたいと思うのならば寛大な心で許してあげる事です」
 解決する方法を話した弥勒さんは渋い顔をしていた。椅子を浅く座り直し、天井に向かって葉巻きをふかす仕草はどこか物悲しく見えた。まるで芸術作品を作り終えたアーティストのように見えた。
「何故、依頼した時に話をしてくれなかったのですか?」
 知っていれば夢に出てくる人間との出会いを避ける事ができたはずだ。出合っていたとしても許してあげられたかもしれない。
「それは仕方のない事なのです。死者の子供として産まれた者には掟があるのですよ」
 俺の質問に答えたのは会長室の入口に立っていた龍華だった。
「私達は未来を見る事ができる。見える未来を変える事を禁じているからです。現在、私達の身の回りに起きている事が現実なのです。会長が白山さんに事実を伝える事で未来が変わってしまったとしたら大きな問題が生じるからです。白山さんは起きた結果で物事をおっしゃるが、過去は決して変える事はできません。実は未来は確定しているのです。過去を変える事をしてはいけないのと同様に未来も変えてはいけないのです。でも……」
 龍華のその後の言葉を遮ったのは弥勒さんだった。
「未来は良い方にだったら変わってもいいのじゃないかな?」
「それでは会長が……」
「いいのだよ。前任の弥勒大蔵のように乞食坊主でもやればいいんだ。私は長く弥勒大蔵をやり過ぎたような気がする」
 弥勒さんは仏のように悟った、いや遠くを眺めているような目をしていた。葬儀場で見た弥勒菩薩の仏像と同じ瞳で俺を見ていた。
「俺に話した事で未来が変わる。それであなたに迷惑をかけてしまうのですか?」
 弥勒さんも龍華も何も言わなかった。
「大丈夫ですよ。白山さんに貸しを作っただけですから、いつか別の形で返していただければ結構です」
 そういって弥勒さんは満面の笑みを俺に見せた。
「それよりも白山さんに用事があって来たのです。実は六三四が何処かに出かけたようなのです」
 龍華の言葉に俺の鼓動が速まった。六三四が次のターゲットへ向かって行ったのだと伝えてくれているのだ。俺は立ち上がった。弥勒さんの気持ちを無駄にしてはいけない。六三四がターゲットと出会う前ならば救う事ができる。
「向かった先はわかりますか?」
 龍華は首を横に振った。向かう先は赤田と静香のどちらかだ。俺は弥勒さんと龍華に礼を言うと部屋を飛び出そうとした。
「出ていく前に渡しておかなくてはいけない物があります」龍華は俺にA4サイズの黒い封筒を手渡した。「今朝、メールで依頼された事件を調べてあります」
「ありがとう。すっかり忘れていたよ。向かう途中で目を通しておくよ」
 龍華から封筒を受け取り、弥勒さんに向き直り深々と頭を下げた。頭を上げると弥勒さんが手を差し出していた。
「頑張ってください」
 俺の手を握りしめる弥勒さんの手の少し上に数字の入れ墨があった。番号は六六六だった。
「こちらへどうぞ」
 龍華に案内されて場所は非常階段だった。ここから俺が侵入してきた場所に出られると教えてくれた。俺は階段を飛び下りるように下って行った。
 階段を降りながら六三四の向かう先を考えた。静香がいるはずの俺の事務所はここから遠くはない。もし六三四がそちらに向かったとしたら静香を遠くに逃がさなければならない。俺は携帯電話を取り出して、静香に連絡した。しかし、電話がかけられない。携帯を見ると圏外になっていた。この建物内では電話が使えないのだ。兎に角、建物から出る事が先決になった。

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