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小説家版 アートマンコミュの666(ミロク)dD 1月18日?

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 英さんに電話してマスターの通夜の会場を聞いた。マスターの自宅ではなく東別院近くにある『弥勒』という名の葬儀場だった。よく考えたら分る事だ。マスターが無理心中をおこした場所で通夜や葬儀はあげられるわけない。それにしても弥勒の名前には縁があるなと感じた。住所を聞くと自宅から比較的近かったので一旦戻って喪服に着替えようか迷ったが、案外地味目な色合いの服装だったのでこのまま会場に向かう事にした。タクシーをひろい、静香と乗り込んだ。俺は斎場の名前をドライバーに告げた。暖房のきいた車内に急に入ったせいで鼻の頭以外の顔が火照っているのが分かった。俺は冷たい鼻を触りながら静かに話しかけた。
「食事でもおごってあげられる時間でもあれば良かったんだがな」
「気にしないで。名城線の東別院駅で降ろしてくれれば地下鉄で帰るから。それにしてもあのマスターが自殺するなんてね。急だったね」
「俺も自殺だなんて信じられないよ。昨日会った時は自分の娘が結婚するんだってニコニコ顔で話してくれたんだぜ。考えられないよ」
「先生にも思い当たる節がないの? それじゃあ、突発的な自殺だったのかな?」
「そうかもしれないね」
 俺はマスターの死も東京の中学生連続自殺と同質の事件の気がしていた。マスターに自殺の命令を下した者がいる。そう考えないと理解ができない。例え突発的に自殺したとしても、娘と無理心中は計らないはずだ。なぜなら彼女の腹の中にはマスターの孫がいるのだ。昨日の話ではマスターは娘の彼の事も気に入っていたみたいだった。マスターの自殺はまさに人間の生み出す不可解な行為だった。
「静香は急に死にたくなる人の気持ちが分るか?」
「うん」
 静香は吐息のような声で返事した。
「それじゃあ、死にたいって思う事があるのか?」
「まあね。元気そうに見えても人間誰だって一つや二つは傷を抱えているんだよ。人間の脳って残酷なのよ。嫌な事は克明に記憶しちゃってるの。普段は無理矢理心の奥底に沈めておくのに、何の脈略もない時に映像になって浮んで来る。浮んで来た映像は自分で止めたりできないの」
 静香はそう言って窓の外へ目線をやった。視線の先には大型ショッピングセンターの駐車場で大量の買い物袋を車に詰め込んでいる幸せそうな家族がいた。
「なんてね。今のはみどりが私に言った言葉なの」
 急に振り向くと静香は俺に微笑みを見せた。熱田の森で見せた笑顔とはどことなく違っているように俺には見えた。タクシーが東別院駅へ続く地下道への入口の横に止まった。
「それじゃあ、また連絡しますね」
 静香はタクシーから降りると俺の方に向き直った。
「幸せか?」
 つい野暮な事を聞いてしまったと口にしてから後悔した。静香は「うん」とも「ううん」ともとれるような曖昧な答えをした。俺は聞き返す事が出来なかった。タクシーの自動ドアがゆっくりと閉まってきた。

 斎場に到着して驚いた。大理石で出来た立派な玄関口に六の数字が三つ並べたオブジェがあった。それを見てこの葬儀場を経営しているのが弥勒さんの会社なのだとピンときた。入口ロビーの天井は吹き抜け、シャンデリアの代わりに照明入りの黄金の仏天蓋が飾られていた。天蓋からのびる瓔珞が照明に当たりキラキラと光っていた。その天蓋の真下、ロビーの中央には美術用のケースにいれられた小振りな半跏思惟像の弥勒菩薩が安置されていた。ロダンの考える人のような格好で何を思い深けているのだろう。未来の世界に現れて俺のような凡夫を救う事を義務づけられた悲しい宿命に苦悩しているのかもしれない。そんな悲しい目をするなよと呟き受け付けへ向かって歩き出した。俺が近づいて来る姿を確認したのだろう、既に受付嬢は立ち上がって会釈していた。
「灰原家の通夜に参列しにきましたが、式場はどちらですか?」
「二階に上がっていただいて直ぐにある兜率天の間が式場となっております」
 若い受付嬢は微笑みもせずに、必要な事だけを簡潔に俺に伝えた。葬儀場では愛想笑いも無駄な会話も不謹慎だと考えているのだろう。
「ところでこちらの会社の経営者は弥勒大蔵さんという方ではないですか?」
「現在は会長職にかわられましたが、その通りでございます」
「そうですか。実は……」
 俺は名刺を取り出して彼女に差し出した。
「失礼しました。特別顧問に就任された白山さんでしたか」
 九〇℃まで腰を曲げて謝る受付嬢に驚いた。随分、しっかりとした教育がされている事に驚いたのだ。
「そんな事は気にしないでください。一昨日、顧問になったばかりなんだから。正直言うとこの会社の事をあまり良く知らないんだ。簡単な説明でかまわないから俺に教えてくれないかな?」
「はい、かしこまりました。当社を創業した弥勒という家は古くから続く墓守りを生業とする一族でした。弥勒家が担当していたのは多くの墓には怨念を宿した亡骸が眠っていたそうです。その怨念を鎮魂させるのも弥勒家のとても大切な仕事であったと聞かされております」
「怨念を宿した者の墓って平将門や楠木正成みたいな人達の墓?」
「どなたの墓守りをされていたのかは存じ上げておりませんのでお答えいたしかねます」
「ごめん。話をつづけてくれる?」
「かしこまりました。現在でも怨念を鎮める精神は当社の柱になっております。現在社会において残虐な事件が多数発生しております。被害にあわれた方々の霊魂を鎮めるのに形式的に行われる葬儀の形態では不可能だと思われます。現会長の弥勒大蔵が荒ぶる魂にやすらぎを与える為の葬儀システムを考案しております」
「新しいシステムって宗教を作ったって事なのか?」
「一度葬儀に参列なされば分りますが、新しい葬儀システムです。もう一度母親の胎内に戻す作業をいたします。時間を逆回転させる事で怨念を鎮めるシステムです」
「残念だが、どんな葬儀システムなんだかさっぱり分らないな。一度、拝見してみるよ」
「申し訳ございません」
「それよりも、何故葬儀屋さんが未来の予見って事業をはじめたんだい?」
 俺の新しい質問に小さく頭を下げた。当然質問されると予測していたようだ。
「怨念を鎮める事も大切ですが、怨念を発生させない事の方が極めて重要だと会長が気がついたからです。現在の予見は経済動向、政治情勢、天変地異などを中心に行っております。将来的には人間の行動を予見するまでに至りたいと思っております。人間の行動が把握できれば」
「犯罪が減らせるという訳か」
「そうです。犯罪が減りましたら怨念もなくなる筈です」
「その手伝いをするのが俺の仕事って事なんだね」
「その通りでございます」
 受付嬢は再び深々と頭を下げた。彼女の語る未来はアメリカのSF映画で見た事のあるような世界だった。犯罪が未然に防げる。素敵な未来だと思った。半跏思惟の姿で悩み続ける弥勒菩薩も彼女の話が耳に届いていれば口元が弛んでいるはずだ。
「ありがとう。式場は二階の兜率天の間だったね」
「はい」
 彼女は相変わらず笑顔もなく簡潔に答えた。俺は二階に上がる前に弥勒菩薩の顔を覗き込んだ。相変わらず寂し気な目をしていた。俺はエレベーターで二階にあがった。

 二階では既に読経がはじまっていた。新しいシステムと聞いていたが目の前にあるのは普通の白木の祭壇だった。変っている事といえば祭壇の左脇に卵のような銀色の丸いオブジェが二つ置かれている事だった。その卵型の物は手の平型の台座の上にのっていた。俺は写真の回りを白い菊に覆われているマスターと娘さんの写真を見た時に「本当に死んだのだ」と実感が涌いて来た。この場に来るまで気がつかなかった。マスターと娘さんは合同で葬儀を行われる事を。親と子だが、加害者と被害者だ。親族席で目頭を押さえているのがマスターの奥さんだろう。そして、親族席にいないが最前列で肩を震わせている茶髪の青年が娘さんの旦那になる筈だった人なのだろう。悲しみ、怒り、苦しみ、恥ずかしさ、そして情けなさ全てのネガティブな感情が会場を渦巻いていた。これが怨念なのかもしれない。弥勒さんはこれを見続けて来たのだ。
 壁にもたれ掛かるようにして立っていた英さんを見つけて隣に行った。英さんは小さく「おう」と答えた後は口を開こうとはしなかった。ちらりと英さんを横目で見た。唇が震えていた。英さんがぶつけていたのは怒りだった。俺は静かにニコリと微笑むマスターの遺影を見つめていた。粛々と葬儀は進んでいった。
 焼香のアナウンスがあった。親族、来賓の順に司会者が名前を呼び上げていった。焼香の煙が狼煙のようにあがると、参列者の啜り泣く声が聞こえてきた。一般参列者の案内があると俺は英さんと共に長い列の最後尾に並んだ。焼香を済ませて俺とすれ違う人の殆どがハンカチで口元を押さえていた。中には一人で歩く事もできずに運ばれるように式場を後にする人さえいた。希望をお腹に宿した者の未練の念が列が縮まる度に俺の心に伝わって来た。息苦しい。これが受付嬢の教えてくれた怨念なのだろう。
 焼香机が見えて来た。俺は息をのんだ。焼香机の先にあった卵のような二つのオブジェの中に入っていた物に驚いた。そこにあったのは人、いや遺体だった。それぞれの卵の中にマスターと娘さんが白い着物を纏って三角座りのような姿勢、いや胎児が母親の腹の中にいる時の姿勢で入っていた。何かの液体が入れられていて、その中を浮いているようだった。娘さんの方は何かを大切そうに抱きかかえていた。赤ん坊の人形だ。彼女が妊婦だった事を思い出した。彼女の未練を取り除こうとする心優しい演出だと思った。これが参列者を泣き崩していたのだ。焼香机はマスターの前と娘の前に別れていた。多くの参列者は娘さんの焼香しかしなかった。これが被害者と加害者の違いなのかもしれない。俺は眠っているようなマスターの顔を見ながら「しょうがないよな」と寂しく呟いて焼香を済ませ、手を合わせた。香を燻した香がいつまでも鼻に残った。
 通夜が終わり俺は英さんと出口へ向かって歩いた。
「あんな人の良かったマスターを皆悪く言うようになっちまった。最期にミスしちゃダメなんだな」
 始めて英さんが口を開いた。その通りだ。日頃どんなに真面目に暮らしていても人生の最期に一度取り替えしのつかないミスをしてしまえば、誰も弁解してあげられない。マスターにとってはたった一度ミスだっただけに知る人には辛いのだ。
「マスターも止むに止まれぬ事情があったのでしょうね。じゃなければ……」
 その後続く言葉がマスターの悪口になりそうな気がして、言葉が出なかった。その事情を俺は調べなくてはならない。そんな気がしていた。

 英さんと通夜の会場を後にしようとした時に誰かが俺を呼び止めた。振り向くと受付嬢が立っていた。
「会長に連絡しましたら、白山さんにお会いしたいと申していまして」
 俺は彼女の言葉に困惑した。マスターを偲んで英さんと一杯やるつもりでいたのだ。まだ誘ってはいなかったが、口に出さずとも互いが同じ気持ちだと言う事は直ぐにわかった。しかし、弥勒さんの誘いを無碍に断る事はできない。返事に困惑している俺を見兼ねた英さんがニコリと笑った。
「上前津の春日神社の裏の飲み屋にいるから、用事が終わったら顔出せよ」
 それだけ言うと英さんは俺の肩を軽く叩き式場を後にした。
「後で必ず行きます」
 英さんは右手を上げて答えた。背中が寂し気だった
「車を御用意させていただいております。どうぞ、こちらへ」
 英さんが玄関から出ていくのを見計らって受付嬢は俺を促した。そして彼女の案内で玄関へ向かった。大理石で作られた666のオブジェの横に中型のマイクロバス程の車長のある真っ黒なリムジンがとまっていた。俺の姿を見た運転手が車の中から出て来て後ろの座席のドアを開けた。「どうぞ」と言われて車内をキョロキョロしながら一番奥の座席に腰を降ろした。車内はL字型に座席が作られていた。まるで使い古したキャッチャーミットのように軟らかい黒い皮のシートに包み込まれているようだった。俺に続いて受付嬢が側面のシートに横向きに座った。彼女も一緒に行ってくれるようで少しホッとした。軽やかにサイドのドアが閉まった。
「それじゃあ、お願いします」
 受付嬢が運転手に声をかけると運転席と後ろの座席の間に真っ黒のスモークを貼ったガラスの間仕切が上昇した。後部座席は個室のような状態になった。
「それでは発車いたします」
 車がゆっくりと進みだしたような気がした。確信が持てないのは車の窓からは全く景色が見えない事と車の性能が良すぎる事だろう。まるでエンジンさえかかっていないような乗り心地だった。
「まるで拉致でもされるようだな」
 俺のつぶやきに受付嬢は微笑んだ。
「そういえば君の名前を聞いてなかったね」
「失礼しました。私は山吹梓と申します」
 微笑みを崩さないままで彼女は答えた。
「ところで何処に向かっているのかな? 外の景色が全く分らないからね」
 本社に向かっているのは分かったが、本社が何処にあるかは知らなかった。これだけ大きな会社なのだから名古屋駅のツインビルの中にオフィスを構えているかもしれない。俺の予想とは別の場所だった。
「納屋橋です」
「へぇ、納屋橋。変っている場所に本社があるんだ」
「創業以来、本社は変らずに納屋橋にあるものですから」
 確かに名古屋駅からも近いし、目の前に堀川が流れている。環境的には申し分ない所だ。昔は領事館もあったという土地だし、品位もあった。しかし、最近は随分様変わりしてしまっていた。ネオン系の店が目立つの場所になってしまっていた。多少いかがわしい感じのする土地というのも否めないのである。車を走らせる事一五分程、坂を下り出した感じがしてきた。そしてカーブを切るタイヤの音。
「多分、本社に到着しました。地下の駐車場に向かっていると思います」
 山吹という受付嬢が丁寧に教えてくれた。到着という言葉で何となく背筋が伸びるような気がした。小さなタイヤの摩擦音の後、後部座席のドアが開いた。
山吹の後に続くように車から降りると、俺と同年代風の若い男が上品な笑顔で俺を迎えていた。山吹といい、この男といい、全く同じ笑顔をしていた。
「お待ちしておりました」
 風貌通りの爽やかな声だった。オーダーメイドで作ったかのように身体にフィットするストライプのスーツが良く似合っていた。
「こちらがDプランニング局の局長をしている龍華です。本社の案内はこの龍華が担当いたします」
 山吹の紹介で龍華という男は俺に頭を下げて名刺を渡した。俺は両手で受け取った。名刺には確かにDプランニング局局長と書かれてあった。
「若いのに局長とは凄いですね」
 俺の褒め言葉に一応謙遜してみせる素振りをした。俺と同世代で局長を任されるなんて、きっと弥勒さんの親族に違いないだろう。エリート特有の匂いがしていた。
「それでは社内を御案内させていただきます」
 龍華はくるりと背を向けて歩き出した。まるでファッションショーのステージを歩くように背筋を伸ばしてゆっくりと歩き出した。歩くだけで見とれてしまいそうなった。俺が車の方へ振り向くと山吹と運転手が深々と頭を下げていた。宗教の教祖にでもなった気分だった。
 駐車場と会社を仕切っている扉は重厚な造りだった。巨大な欅の板に彫刻が彫られていた。虎が人を襲っているのが印象的だった。俺が関心しているのを見て龍華は説明してくれた。
「この彫刻は『捨身飼虎』という物語の一場面を彫り込んであります。空腹で今にも自分の子を食べてしまいそうな母虎を見兼ねて我が身を捨て与えたという聖者の姿を彫刻してあります。会長の好きな物語でしてね」
 俺が彫刻から目を外すのを待ってから、龍華は胸のポケットから一枚のカードを取り出した。そして木製の扉の横に取り付けられていたスリットにカードをスキャンさせた。扉の真正面に立ち龍華は軽く両手を差し出した。
「少し下がって下さい」
 龍華の後ろに立った。するとゆっくりと重厚な扉が開きだした。迫って来る扉の裏側に一mくらいの高さに何か金属製の装置が取り付けられているのに気がついた。
「これは?」
「もう一つのセキュリティー装置です。先程私が扉に向かって手をかざした時に指紋をスキャンしたのです」
「指紋を登録した者しかこの先に進めない事になっているという事ですね。厳重にしてあるんですね」
「情報を商売にしていますとどうしてもセキュリティーだけは厳重にしておかないと不安でしてね。情報が漏えいしてしまいますと多大な迷惑をかけてしまう場合が多いのですよ。特に情報源の方々には」
 そう言うと龍華は扉の中に一歩を踏み出した。龍華の歩く度に靴の音が廊下に響いていた。靴の底が木でできているのかもしれない。俺はそんなつまらない事を考えながら龍華の後ろを黙ってついていった。
 扉の奥は明るかった。しかし、何処からも光源が見つからない。大きな照明のトンネルを通っているようだ。良く見ると壁は白いアクリル樹脂のような物でできていて、その奥に照明があるようだ。感覚がおかしくならないように床は赤い絨毯が敷かれていた。ほんの二m程の通路だったが永遠に続いているような不思議な感覚にさせた。龍華は突き当たりにあるエレベーターの前まで行くと上昇を示す三角のボタンを押した。すでにエレベーターが来ていたようでボタンを押すと直ぐに扉が開いた。「どうぞ」と言われ俺が先にのりこんだ。エレベーターの内部も通路と同じように全体が白光りしていた。龍華が三階のボタンを押した。それ以上の階を示すボタンがなかったので三階が最上階なのだろう。エレベーターはゆっくりと進んだ。俺はエレベーターの上部に取り付けてある階を示すランプをボーっと眺めていた。駐車場から一階までは時間がかかったが、一階から三階まで比較的速く到着した。ゆっくりと扉が開いた。そこにはエレベーター待ちをしている人が数名いた。その中の一人を俺は知っていた。テレビで良く見る政治家だ。確か現在の官房長官をしている人物だ。俺はその人物に軽く会釈をしてエレベーターを譲るように外へ出た。龍華は顔見知りのようで二言、三言笑顔で会話をしていた。扉が閉まるのを待ってから龍華に声をかけた。
「今のって……」
「現在の官房長官ですよ。選挙の時にプランニングのお手伝いをした事がありまして、顔を存じ上げているのです。いろいろと国家レベルの仕事のプランニングもさせてもらっていますので、その打ち合わせをされに来られたのでしょうね」
 龍華はさらりと答えた。まるで当然の仕事のように。
「プランニングというと」
「シュミレーションです。当社のコンピューターに保存されている情報を使って現在進行している運命を導きだします。その運命に満足されればプランニングはそこで終了いたしますが、多くの場合は納得していただけません。その場合は運命を変えるプランを提案します」
「すごい簡単そうに話すけど……、運命を変える。そんな事ができるのですね」
 俺は龍華の自信に満ちた顔を見て質問する事が愚かな事のように思えた。
「簡単ではありませんが、可能です。未来に起こる事が分かっていれば、それに向かわせる原因や要因がある筈です。その因子を全て取り除ける事ができれば運命を変化させる事は可能です」
「理論上はね。未来から見れば現在は過去。現在の行いを変えれば未来を変える事は可能って事だろう」
 俺の補足に満足そうに笑った。
「その通りです。ただし運命を変更させたとしてもその後の人生がバラ色になるとは限らないですけどね。呪いもそう言う意味では同じ事かもしれませんね」
 俺が言葉に詰まると龍華は頭を下げた。
「失礼だったかもしれませんが、白山さんにお会いする前にいろいろと経歴を調べさせていただきました。情報を商売にしている物ですから、調べものをする時は便利です」
「それでは金田紫苑の事も……」
「白山さんが呪い殺してしまったと思っている方の事ですね」
 とても意味深な言い方をした。俺が勘違いをしているとでも言いたげだった。
「金田紫苑が死んだ原因が分かっているとでも」
「私が調べてみた結果、白山さんの呪いは成功してはいなかった筈です。それは御自身も御存知ですよね。金田紫苑の死には呪いに因果関係があるとは思えません。しかし、これといった自殺理由もない。我々は彼の死を『不可解な死』として位置付ける事にしました。白山さんに調べていただいている中学生の連続自殺と一緒です」
 俺は龍華に慰められているような気になった。
「そう言ってもらえると少し心が楽になるよ」
「同情で話しているのではありません。情報を商売しているプロが分析した結果をお話しているのです」
 俺は心で「ありがとう」と呟いた。口に出してしまうと龍華の顔を潰してしまいそうだった。彼の話が本当か嘘なのかはどうでも良かった。俺にかかわって金田は死んだ。その結果だけは変更はきかないのだ。彼の死を呪いに傾かない為の楔として心に打ち付けておきたいのだ。
「ところで、こちらがDプランニング局です」
 黒い半透明の扉の横に金のプレートでDプランニング局の名前が記されていた。プレートの下、床から一m程の所に金属板があった。きっと指紋照合装置だろう。
「ここを見学する事はできないかな」
 占師として未来を予見する所を見てみたい。そんなスパイのような嫌らしい気持ちがわいてきた。
「申し訳ありません。こちらの部屋にはお通しできないのです。我が社の心臓部ですから」
 まるで俺の本心を見透かされたようで恥ずかしかった。特別顧問という肩書きをもらったといえ、最近雇われただけの部外者に全てを包隠さず見せる事ができるはずもない。それに取り扱っている商品が情報ならばなおさらだ。「信用してないという訳ではありませんが」という龍華のフォローに俺を「気にしないで」と肩をたたいた。俺達はDプランニング局を通り過ぎ、廊下の突き当たりにある会長室へ向かって歩き出した。もう目的の部屋は見えていた。すると会長室のドアが開いて中から誰かが出てきた。あの子供だ。黒いパーカーを着た少年だ。
「ムサシ。また会長の所に行っていたのか」
 龍華は優しく微笑んでいたが口調は厳しかった。
「久しぶりだね。ムサシ君っていうのか」
 相変わらず厳しい目つきで俺を睨み付けていた。頭を撫でようとする手を払いのけて俺の脇を走り抜けていった。
「すいませんね。しつけが悪くて。ムサシ止まりなさい」
 龍華の言葉に反応してムサシは足を止めて振り返った。そして深々と頭を下げた。顔は全く笑っていなかった。
「誰かいるのか?」
 会長室の中から声がした。弥勒さんだ。
「龍華です。白山さんをお連れしました」
「そうか、ご苦労様。中に入ってもらいなさい」
 龍華に促されて会長室に向かった。振り返るとムサシの姿はなかった。その代わりにDプランニングの扉が閉まりかけていた。あの部屋に入ったのかなと考えながら俺は会長室に入っていった。

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