ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

ホーム > コミュニティ > 学問、研究 > PAPA流フリーハンドイラスト塾 > トピック一覧 > 生きた線(1)

PAPA流フリーハンドイラスト塾コミュの生きた線(1)

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コミュ内全体

今日の格言

■絵の上手下手は、線の長さにある

■線の呼吸って、身に付いてみれば筆で書く「いろはにほへと」

セツ・モードセミナーの長沢節って御存知でしょうか?
ペーター佐藤なんかもあそこで試行錯誤した時期があるんですよね。

一般的な見方がどうかは知りませんが、長沢節の影響を受ける事の一番のメリットは、
「一本の線の長さ」を得る事にある様に観えます。

この逆なのが「継ぎ継ぎ線」ですね。
3cm先までしか予定のたっていない状況で、例えば立ち姿の人の心や体調の、
弛緩加減、緊張加減、どこが力無く、どこに持たれて、という姿勢が意味する感情が
描かれるはずはありませんね。
彼の絵は、まだ好くて「楷書」、悪くて当用漢字の域にあると言えるかな?

格言に「ひらがな」の事が出て来ましたが、それはこの「楷書」に相対した言い方です。
この感じは、冬期オリンピックの滑降種目で
まさにスタートせんとする選手が手でコースの緩急をシミュレーションしているのを
視た事のある方は多いと思いますが、
あれが「3cm」の対極にある姿じゃないでしょうか?

一本の線が長いという事は、ホンの一秒の間に辿る線の連続した一々の部分に
命や意味を与える資質を得ると言う事なんです。

それをどうやって獲得するかについてはまた次のトピックに譲ります。
一つ一つ質疑を受けながら、こま切れで進めようかなと、
当面思っています。

コメント(7)

ここでは「線の緩急」について触れていますが、
それが観えて来た時に、
「面」と云うのもまた連続する「面の緩急」と言う、
同質のものとして把握されるべきものだという事が観えてきます。

「線」にしても「面」にしても、
結構な長距離で把握する習慣、描く習慣がだいじなんです。
PAPAさん こんにちは(^^

以前予備校で指摘されたことがあるのですが
クロッキーで裸婦を描いた時に講師から
「あなたは 線と面を同時に描こうとしてるけど
それはあり得ない事なので、どちらかにしなさい」
と言われました。

線と面 同時に表現デキナイってほんとなんでしょうか??

ちょっとトピから外れてしまってゴメンナサイm(_ _)m
RIONAさん
こんばんは。

講師はおそらく「クロッキー」という科目の意義を言われたんだろうと思います。

クロッキーは「線」だけで短時間に全体把握する練習で、
クロッキーとデッサンは別種の学びだと云う意味でおっしゃったのでしょう。

確かに言い換えればクロッキーは(あまり)「描かない」練習と言えなくはありません。

しかしながら、私自身は、
人が絵を描くという一個の機能にとっては
「デッサン」と「クロッキー」という分け方の二科目は要らないと思っています。
(講師は二科目別途に必ず必要という考えだと思います)

むしろ全然別な分け方で、
仮に「心象力」と「再現力」とでも呼ぶ様なものが必要と感じています。

次にあげるトピックが
RIONAさんの疑問の答えになっているかどうかは後で分ってくると思いますが、
その疑問に「応えて」、
デッサンとクロッキーに替わる、
ある「練習法」について書きたいと思います。

あしたのジョー風にいえば
「明日のために その1と2」です。
私の教えの中の「鉄砲すり足」みたいなものでしょうかね。
「鉄砲すり足」なのだけれど、
それさえお伝えすれば、後は放って置いても
皆様勝手に延びてゆかれるでしょう。
そういう「基礎編」です。

どうぞお楽しみに。
PAPAさん ありがとうございます。

>むしろ全然別な分け方で、
>仮に「心象力」と「再現力」とでも呼ぶ様なものが
>必要と感じています。

私もPAPAさんのご意見に同感致します。

絵に描き方はない と言われてますが 何下に
目的によっては(例えば受験)描き方が存在するのだなあ
と 当時思ってました。
クロッキーという科目では 線は線 面は面と
把握が必要なんでしょうね(^^;)

次のトピックが楽しみです(^^
スキーのジャンプで、ランディングしてしまいたいところを
我慢して我慢して滑るように降り立つ、美しい試技を観る事がありますね。

長い線というのも、もう筆(ペン)を上げてしまいたい、もう無理だ、
と思う瞬間があります。
線をそれ以上キープするために、
次に筆の走るべき先を、私はもう用意も予定もしていない。

と言うまさにその時に、
はたらく「えかきのちから」があります。
私が思う私以上のそのちからが働くとき、
今予定が立ち続けて、それに追随する筆との間に、
タイムラグがはさまれない、
起きると描かれるが同時の、
無時間のゾーンを垣間見るという経験をされる日があると思います。

それは一つの、絵の道の「奥の間」の予感です。
私は、これからお伝えする幾つかの絵に対するアプローチの中から、
皆さんがそこを垣間見て下さる事を願っております。

そこに「絵描きという人生の歓び」があり、
人生百般に通ずる言葉を超えた学びがあると、確信をもって言う事が出来ます。

ゆっくり、一緒に参りましょう。
線の長さが生きた線の基本だ。というのは、自分の感覚としても非常にフィットするところがあります。ちなみに、長沢セツさんの「ファッション・ド・モード」は愛読書です。
身体の側面のラインをポイントポイントで屈曲させながら一気に描いているのがよくわかりますものね。

筆でドローイングし始めてから、線描は文字を描くのと同じだな。という感覚もすこしわかりかけています。開始点でグッと力を入れて、次の屈曲点までほんのわずか力を抜きつつ、宙を走るように運筆する。次のポイントが定まらないままに走らせようとしても、筆先はウロウロするばかりでなかなか活き活きしてはくれないものですね。

わたしは、スキーの競技をやってました。だからスタートする前のインスペクションをイメージで追うのは、とてもよくわかる例えでした。
マイミクのチェブちゃんの日記に面白い動画がアップされてたので
拝借してきました。
http://www.youtube.com/watch?v=_LHoyB81LnE


これは何度も芸として仕込まれてるのかも知れないにせよ、
このトピの「線の長さ」の意味において
何か示唆するものがあるように感じられました。
すごく堂々とした筆運びの呼吸ですよね。

面白い。

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

PAPA流フリーハンドイラスト塾 更新情報

PAPA流フリーハンドイラスト塾のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング

mixiチケット決済