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【ジェンダーフリー】ブッタギリコミュの宗教を利用する左翼団体

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すでに、明確になってきた

マスコミ
法曹界
教育界
国連NGO

の左翼ネットワークと彼らの輪の中に入る日本宗教界の実態について検証するトビ

コメント(176)

クリメント氏、


 私は別に他人を小ばかにしてるつもりはないんですけどね。ただ、自分が問題だと思う部分に突っ込んでいるだけです。


>「理由」がある戒めばかりではないんです宗教は。

 それはそうです。しかし私が前回聞いたのは、クリメント氏が男性司祭を「当たり前」だと思うなら、その「当たり前」の理由を言ってくれ、ということであって、キリスト教の教えのすべてに理由がなきゃいけないということではないです。逆に言えば、自分が理由も言えないことに、安易に「当たり前」などと言うべきではない、ということですね。

 
>そもそも「全体」と判断されているのが粗雑に過ぎますね。
 
 全体といったのは全員という意味ではありません。私が言いたいのは、このコミュには、コミュの説明にさえ、左翼という言葉が散見されるのですが、何をもって左翼とするのかについて、とくにコミュ内で大きな議論になっているようには思えないからです。自明な言葉ならともかく、今日、新書で『右翼と左翼』が出るほど、左右の意味が自明でないのに、暫定的な定義も与えずに使うのは不用意だと思うのです。


と私が言ってるそばから、

>ああ、後、「サヨクは嫌い」と申しましたが「左翼」の友人はおりますし

とおっしゃっておられるからには、クリメント氏なりの左翼概念をはっきりお持ちなのでしょう。クリメント氏にとってどういう人たちが「左翼」ですか。



>保守左派

まあ、コミュニタリアンの一種でしょうね。
>私は別に他人を小ばかにしてるつもりはないんですけどね。

言葉の用い方をもう少し勉強された方が宜しいかと思います…

>逆に言えば、自分が理由も言えないことに、安易に「当たり前」などと言うべきではない、ということですね。

よくわかりませんね。理由など無いからこそ「当たり前」という場面の方が多くないですか?貴方の弁ですと「人を殺していけないのは当たり前」というのは、「なぜ人を殺してはいけないのかを説明出来る親以外は言ってはならない」という事になります。

ちょっと、世間知が無さすぎではありませんかね。ですから言葉の使い方を勉強された方が宜しいともう一度申します。

>クリメント氏にとってどういう人たちが「左翼」ですか。

マルクスを読みこなしている元左翼過激派や、日本共産党員は、自称他称ともに左翼でしょう。左翼と呼ばれて不服そうにした事は彼等はありませんので、何の問題も生じません。政治の話は極力避けていますので彼等の思想信条を深いところまで突っ込んだわけではないのですけどね(笑)。

そもそも「左翼」「サヨク」「ウヨク」「右翼」という術語は相対的な用語以上でも以下でも無いのですから、その定義づけに汲々とする事は無益だというのが私の考えです。話をしているお互いが、どのような意味でその語を使っているかを了解していれば、それでいいと思っていますので。
それから、司祭・祭司が男性だというのは、もう旧約時代から「当たり前」なんですよ。変える必要を認めません。

「当たり前」ではないのは"deacon"(正教会では輔祭・カトリックでは助祭)ですね。こちらは女性の前例は山ほどあります。これも聖書には記述が無いのですが、聖伝を探せばいくらでも出てきます。

逆に「聖書中心主義」からでは、こうした女性輔祭肯定論の意味づけは出来ません。

女性輔祭については正教会でも今復活させようという議論は出てきています。伝統に則った上で、現代社会の価値観に適合するところには、伝統のうち変わらない部分は変えないようにした上で、変わる部分は変えようというのが正教会の姿勢です。

「変わってきたのだからここも変えていいではないか」という極端に革新的な考えは拒絶されますし、「(実際は変わっているのに)変わってきていないのだから何も変えてはならない」という考えは誤りです。

おそらくイネムさんが思っているよりは、私は柔軟ですよ。

変わる部分と変わらない部分とがあるのです。そうした価値の序列付けも、伝統の中に含まれているのです。何でもかんでも変えて良いとする価値観は、正教会においては間違いですし、私の政治的価値観から言っても間違いですね。何でもかんでも変えなければ良いとする価値観が間違いであるのと同様に。

今のところ女性司祭には私は絶対反対ですが、女性輔祭については前向きですね。全世界の正教会の議論の動向によりますが。
>>イネムさん
>保守左派
>まあ、コミュニタリアンの一種でしょうね。

私はまだ勉強中なのでコミュニタリアンの内実について分かり切っている訳では御座いませんが、否定は致しません。

ですがポリティカルコンパスを適用してみるとおそらく「リベラル左派」に属する判定が出るであろう(つまり私の思想とはかなり異なるのですが、仲良くさせて頂いております・笑)私のゼミの指導教授は、コミュニタリアンとしての自覚を否定されませんので、私と同じように看做される事は間違った評価ではないかと仰るでしょう。
>>135: フェンリルさん
「現代の解釈で解釈する」まではアリかもしれませんが、その結果だけを以って教会の在り様を評価し改変していこうとするのは間違いだという事は言えると思います。

>>136: ギター侍さん
ええ、ストライクですね(苦笑)

辺野古への移転については私も懐疑的ではありますし、辺野古で牧師をやっていらっしゃる方が、ローカルな問題として地元の政治活動に身を投じてしまう事は、私は全否定致しません。

ですがそこから「子どもと教科書全国ネット21」へのリンクがあるのが痛すぎますね…

どうしてサヨクというのはこういった、「左右横断」的な運動を編成するのが下手なのでしょう…近頃ではいっぱしの左翼は、左右横断的な運動の編成の仕方を心得ているのですけど…

※ここで「サヨク」「左翼」とは何ぞや?っていう不毛な質問には答えたくありませんね(苦笑)。あくまで「私からみたサヨク・左翼イメージが、ギター侍さんとの間でおそらく共有されているであろうという想定で使っている用語ですので。

あと、この教会に政治的右派が集えるのかどうかは、疑問です。教会には思想を問わず、様々な人が来る事が前提なのですから。…まあプロテスタントの方ですから、正教徒の私からすれば終極的には関わりのないことなのですが…
クリメント氏、

>理由など無いからこそ「当たり前」という場面の方が多くないですか?貴方の弁ですと「人を殺していけないのは当たり前」というのは、「なぜ人を殺してはいけないのかを説明出来る親以外は言ってはならない」という事になります。


 理由がないときに「当たり前」などと私は言いませんね。それはちょっと日本語がおかしいです。

 また、子供をしつける場合と、こうやって相手のことがよくわからない相手と対等に議論し合う場合とは、まったく状況がちがうでしょう。前者の場合では、必ずしも子供に理由をことこまかに説明したりしないことも多いですよね。「だめだからだめなんだ」とか「それが決まりなんだ」とか「それが当たり前なんだ」とか言ったりします。でも、後者の場合、人に理由きかれて、理由はないけど当たり前だ、なんていうのはおかしいでしょう。

 よくネット上の議論などをみていて、他人に突っ込まれやすい人がいますが、そういう人たちにはパターンがありましす。日常会話のくだけた比ゆ的表現(「誰でも・・・」とか「普通は・・・」とか「そんなの当たり前」とかね)を、議論の場でそのまま使ってつっこまれるんですね(「勝手に一般化するな」とか「そんなのおまえがそうしてるってだけで普通でも当たり前でもないだろ」とか)。反論がくることが想定されるこういう場では、そういう砕けた比ゆ表現をなるべく避けて話すのが、対話を進める上でで合理的かつ有意義な話し方でしょう。クリメント氏も、他人に「世間知」がどうのと言うなら、せめてそういう状況の違いに応じた話し方というものにもう少し気をつけられてはいかがかな。まあ、「世間知」を自分は知っているかのように他人に説教する人間ほどなんとやら、ってことですね。



>伝統に則った上で、現代社会の価値観に適合するところには、伝統のうち変わらない部分は変えないようにした上で、変わる部分は変えようというのが正教会の姿勢です。

 それは私も賛同できる姿勢です。そもそも私は、「変わってきたのだからここも変えていいではないか」というだけのことで言っているんではありません。司祭が男性でなければならないということが神学上重要な規定として存在するわけでもないのなら、司祭が女性でも、「伝統に則っ」ていると言えるだろうということですね。
 聖伝と言えども、もともとはさしたる根拠もなく誰かがなにげなく始めただけこともまじっているだろうし、いろいろと柔軟に対応できる余地はあるでしょうね。
 

 
>マルクスを読みこなしている元左翼過激派や、日本共産党員は、自称他称ともに左翼でしょう。左翼と呼ばれて不服そうにした事は彼等はありませんので、何の問題も生じません。

 それはそれでわからなくはないですが、しかし共産党員でもなくて共産主義者でもない人たちが、左翼扱いされたりしますねえ。例えば、中国や韓国の側の批判に謙虚な人とか君が代や日の丸がきらいな人とか。これらは左翼思想と必ずしも関係があるとは思えませんが。
 
 
142: イネムさん

横から失礼します。
興味深い事を語られているのでお伺いしますが。

>例えば、中国や韓国の側の批判に謙虚な人とか

普通、中国と韓国の側の批判は、歴史問題である「南京大虐殺」とか「従軍慰安婦」の問題とセットの批判が殆どですけど。その批判に謙虚な人という事ですね。例えば、「従軍慰安婦」の捏造があからさまになり、「なんだ嘘だったのか」と意見を変えた人は、謙虚でなくなった。傲慢になったという事でしょうか?

>君が代や日の丸がきらいな人とか。これらは左翼思想と必ずしも関係があるとは思えませんが。

君が代や日の丸が嫌いな人をあげていますが、私の周りには、君が代や日の丸が嫌いな人は思考が左翼的である事が多いのですが、それ以外の理由で君が代や日の丸が嫌いな理由は何なんでしょうかね。「君が代は、もっとUPテンポな方がいい」とか、「日の丸は、デザインがシンプルすぎる」とかですか?
>>イネムさん
>理由がないときに「当たり前」などと私は言いませんね。それはちょっと日本語がおかしいです。

いや、あなたの方がおかしいですよ…ー_ー;

>子供をしつける場合と、こうやって相手のことがよくわからない相手と対等に議論し合う場合とは、まったく状況がちがうでしょう。

大人相手に対しても、「人をなぜ殺してはならないんですか?」などという大人がいたら「殺人がいけないなんて当たり前だろ!」って言います、私は…。そこで「なぜなんでしょうね」なんて議論で【ネット上で】盛り上がっている人達がいたら

痛すぎます…

>まあ、「世間知」を自分は知っているかのように他人に説教する人間ほどなんとやら、ってことですね。

御自分の事ですか?^^;↓

>まあ、せっかく人前に出すのですから、あまりくだらない突込みを受けない程度に頭を使って書きましょうよ。頭の体操にもなりますよ?ヾ(〃゚∇゚)ノニパッ


>それはそれでわからなくはないですが、しかし共産党員でもなくて共産主義者でもない人たちが、左翼扱いされたりしますねえ。

あくまで相対的な用語ですからね「左翼」「サヨク」「ウヨク」「右翼」。使う人によって、使われている場によって、意図も意味も違って来るでしょうね。そうした「違い」を理由にしてその術語を用いる事に疑義を提出しようとは、私は思いません。

ちなみに私はクリスチャンであるという理由で、熱心な神道を自認する愛国主義者から「サヨク」と称された事がありますが、別に反発しておりません。彼からすればサヨクでしょうね…絶対的サヨクなどというものは居ませんし、絶対的ウヨクというものもいません。これは、左翼、右翼ともに同様です。他人に対して相対的な評価を下している以上、自分が相対的な評価を受けても否定しない。これが私のスタンスです。

なぜかはよく存じませんが、相対的に左翼・サヨクと目されるケースが多い方々が、「サヨク」と言われた際に「自分はサヨクではない」だの「サヨクとは何ぞや」と拘る事が多いように思います(イネムさんがサヨクだとは申しませんよ、念の為)。右翼・ウヨクはそうした用語の相対性を弁えていますから、人から言われても気にしていないケースが多い。

そもそもそんな相対的な評価に関わる言葉にそこまで拘るメリットが全く分かりませんね。

多分、ギター侍さんからみたら、私は相対的にサヨクですよ(苦笑・そうですよね?>>ギター侍さん)。でも私は気にしません。左翼過激派からウヨクと言われても気にしないのと同様に。

>例えば、中国や韓国の側の批判に謙虚な人とか君が代や日の丸がきらいな人とか。これらは左翼思想と必ずしも関係があるとは思えませんが。

親韓が左翼思想と関係無いというのは論理としては分からなくもないですが(然しながら我が国の思想界・政界の現状はなぜか親韓と左派が近似していますね…)、親中が左翼思想と関係ないというのは言い過ぎでしょう。内実は兎も角、一応中華人民共和国は共産主義を名乗っているのですから。
>多分、ギター侍さんからみたら、私は相対的にサヨクですよ(苦笑・そうですよね?>>ギター侍さん)。でも私は気にしません。左翼過激派からウヨクと言われても気にしないのと同様に。

断定はいけませんよ。最後の同様にというのは、私が右翼過激派のように聞こえるのですが。(笑)私は、共産主義が間違いであると主張しているだけで中道ですよ。
>>146: ギター侍さん
>私が右翼過激派のように聞こえるのですが。

いやいや、そういう意図ではありません^^;
段落を分ければ良かったですかね…最後の一行は、一般論としてです。実際、元左翼過激派の知り合いには言われましたが「ウヨク」と(笑)。

ただ、私は「中道」というのも相対的な概念だと思っております…「中道」も絶対的だとは思っていないんですよね…でもなぜか「サヨク」「左翼」と言った語に拘る方々は、「中道」という用語は問題にしないんですよね…^^;
日本キリスト教協議会
http://ncc-j.org/

こちらもかなり偏っているようで。
日本キリスト教協議会
http://ncc-j.org/

の右側の真ん中辺にある

※NCCの定期刊行物の
※キリスト者女性ネットニュース86号ア ップ07/5/7

を見ると、http://ncc-j.org/diarypro/archives/218.html

女性ネットニュースNo.86

キリスト者女性のネットワーク 情報No.86

■■■■■■■■■■■■■■■■■■
「すべての暴力を克服する10年」関連
■■■■■■■■■■■■■■■■■■

★これでもか!?笑って読み解く共謀集会
「冗談も言えない」共謀罪、笑いと怒りで吹き飛ばそう!
日時:5月13日(日)13:15〜16:15
会場:星陵会ホール
【交通】地下鉄有楽町線・半蔵門線・南北線「永田町」駅6番出口3分
参加費:1,000円
プログラム:
◆基調講演「国民投票法案と共謀罪」
     渡辺治さん(一橋大学教授)
◆映画上映「共謀罪の風景2007」
◆爆笑!共謀罪 
 ザ・ニュースペーパー with 劇団キョウボウ
◆発言 NGO活動をテロと呼ばせない!!
主催:5・13大共謀集会実行委員会
問合先:アムネスティ・インターナショナル日本
    Tel:03-3518-6777
    反差別国際運動日本委員会(IMADR-JC)
    Tel:03-3568-7709
    日本消費者連盟
    Tel:03-5155-4765

===========================================================

これで、「家族の絆を守る会」トビの反日NGO団体ネタと、この「左翼と宗教」トビで見てきた反日キリスト教ネタが、つながりましたね。

要するに皆さんお仲間という事で。
>◆発言 NGO活動をテロと呼ばせない!!

もう充分でしょう。(笑)
>>150: ギター侍さん
繰り返し申し上げますが、そのような活動に嫌気がさしている、もしくは関わっていない信徒が大多数であるという事は、ご記憶下さい。

もちろん、政治に関わるクリスチャンの多くが、なぜかサヨク的な言動に傾くのは嘆かわしい現状です…
混合しないように団体名を具体的にあげていますが。

大半の国民は忙しくて、メディアのみの情報を頼るしかないわけです。マスコミのレッテル張りの為に、「保守支持の新興宗教叩き」の裏側で、こういう現実が存在するという事を明らかにする事は、国民側の判断材料に関しては必要だと思いますが。

既存の宗教を守る意味でも、蓋を閉めるのではなく早めに、メスを入れる必要があるのではないかと思いますが。如何でしょうか。
>>153: ギター侍さん
意図は分かります。そして今ご指摘の内容と、その意図には反対致しません。

ただ、私が守りたいのは我が国であると同時に、教会内でそうした活動に嫌悪感を覚えているノンポリ&保守派の信徒でもあります。ですのでギター侍さんの言説を補完するものとして、私の意見を捉えて頂ければ幸いです。
正しいキリスト教徒のあり方がどういうものか
イメージが流布すれば
一般国民も左寄りな宗派の胡散臭さが
すぐわかるようになるでしょう。
>>155: むらさぎさん
「個人として」クリスチャンが世俗の団体とともに政治活動する事までは否定しません(聖職者が政治活動をするのは如何なものかと思いますが…)。

但し、「キリスト」の名を冠し、教会を拠点に活動する事は、これはむしろ私からすれば「冒瀆」の域に入っていると言っても過言ではないですね。旗印にしていい名・特定の政治拠点にして良い組織ではないと思いますので…
私は、個人的には、学校教育で「宗教」という授業をやったらいいんじゃないかなと思っています。お坊さん、牧師さん、神父さん、神主さんとかいろいろゲストに呼んでね。この辺は、「宗教教育」と「宗教的教育」との違いで、わかったようなわからないような議論が長年、継続しているみたいですが。
「宗教的情操の涵養」絶対必要だろみたいな。
>>158: ギター侍さん
あまり賛成出来ません…

例えば私の父はプロテスタントの牧師ですが、正教会について「ここは東地中海に土着する過程で出来上がった、独特のキリスト教だ」と説明していました。勿論教会史的にみて大間違いです(苦笑)。

正教会の儀礼で大きな役割を果たした人物にはローマの教皇:聖大グレゴリオスがいますし。父の言い方を東方教会に適用してしまうのであれば、「西方教会は西欧に土着する過程で出来上がった、独特のキリスト教」という言い方も成立してしまうでしょう(笑)。

それでも父は英語はペラペラ、ギリシャ語も解するという、その地方においては一端の知識人牧師として認知されている人間でした。

お坊さんの知識にしても疑わしいんですよね。以下のサイトにもありますが

http://iwatam-server.dyndns.org/column/47/index.htmlより引用
>宗教的な知識を、一般人はおろか宗教人でさえ知らない。どこかの葬式(仏教) で、「(故人は)草葉の陰からいつまでも私たちを見守っていることでしょう」なんて言っていた。おいおい、そんなところで見守ってないで早く成仏してくれよ。仏教で「いつまでも」なんて言うはずがない。宗教の芯にある深い哲学を理解していないせいである。

このサイトの管理人さんは宗教教育に賛成のようですが、私にはちょっと懐疑的ですね。

その程度なんですよ、知識人と目される聖職者というのは。総合的な知識など持ち合わせていません。で、それでいいんです。葬儀屋とカウンセリングと儀式が聖職者の本分なんですから。でも「葬儀屋」「カウンセリング」「儀式」がどの宗教にも共通する聖職者の本分であるというアイデンティティの、近代社会における軽さに耐え切れないのか、「知識」「葬儀屋」のいずれにも中途半端な聖職者が多いように思います。

だからこそそのアイデンティティ補完のために「政治活動」に走ってしまう聖職者もいるのではないか、と私はみていますが…

いずれにしても、宗教教育と言っても、町や村の坊さん・牧師さんに、どこまで総合的なお話が出来るものか、かなり懐疑的ですし、総合的なお話が出来るような知識人というのは、得てして町や村の聖職者には不向きだというのが現実です。

あまりここまでドライな言い方をするクリスチャンは居ませんけど^^;
わかりますよ。クリメント@銭湯さんは、熱心なクリスチャンなので。

でもね、基本的な理解もなければ何も始まらないのですよ。「宗教の自由」だとか「カルト宗教」だとか二方向から一方的に情報が流れてきても、判断付かないですからね。いいじゃないですか、基本的な仏教、キリスト教、神道などいろいろな事を学べば。もう少し寛容さが必要ですよ。他の宗教も受け入れてみる。いい所はいいと評価する。それでこそ、子供は、宗教の自由と言うものに目覚めていくのではないでしょうかね。

現実問題としては、日教組の解散の方が先になると思いますがね。
>>161: ギター侍さん
>熱心なクリスチャンなので

それは、ちょっと…^^;
私はと謂えば、単なる酒好きで女好きと言われる…本当に正教徒なんでしょうかね(自爆

>でもね、基本的な理解もなければ何も始まらないのですよ。「宗教の自由」だとか「カルト宗教」だとか二方向から一方的に情報が流れてきても、判断付かないですからね。

それは、そうかもしれません。確かに今の多くの教員よりは、町の坊さんを呼んだ方がいいかもしれないとは思います。

私が危惧しておりますのは、坊さんが仏教の話しかしないとか、牧師がキリスト教の話しかしないとかいうレベルではありません(むしろ坊さんには仏教の話だけをして欲しいですし、牧師さんにはプロテスタントの話だけをして欲しいです…自分の信じている内容を語って欲しいですね)。

そうではなくて、坊さんも牧師さんも、ロクな事が教えられないのではないかという危惧です。

あまりに悲観的に過ぎますかね^^;
勿論、人格は良い方も多いと思います。

でも西方教会の牧師や神父で、正教会に対して偏見抜きに語る人を、私は見た事が殆ど無いんですよ。全世界のキリスト教の1割までも占めているというのに。

むしろ私は、「宗教教育」を「宗教家」に委ねるよりは、「平家物語」「徒然草」「古事記」を読ませ、さらにギルバート・ケイス・チェスタートン(英国国教会からカトリックへ改宗)と、ドストエフスキー(ロシア正教)を読ませた方がずっと良いと思います。

高校くらいであれば要求されて然るべき水準の本だと思いますし、徒然草を覗けば物語・小説形式ですから、読みやすいと思います。「知識」としての宗教ではなく、「生活の一面」としての宗教を知るためにも、このような「物語・小説」というかたちは有効だと考えます。
>>162番を訂正させて頂きます…
誤)徒然草を覗けば

正)徒然草を除けば
>私が危惧しておりますのは、坊さんが仏教の話しかしないとか、牧師がキリスト教の話しかしないとかいうレベルではありません(むしろ坊さんには仏教の話だけをして欲しいですし、牧師さんにはプロテスタントの話だけをして欲しいです…自分の信じている内容を語って欲しいですね)。

>そうではなくて、坊さんも牧師さんも、ロクな事が教えられないのではないかという危惧です。

そこまで断定しますか?私は、個人的には、日本の既存宗教は左翼に利用される可能性があるので気を付けなければならない。また、既に、そういう動きがあるという事でリストアップはしていますが、真面目にやっておられる宗教者を馬鹿にしたりしていませんよ。
日本キリスト教協議会(NCC)
http://ncc-j.org/

で検索すると今度は、北絡みの記事が出てきましたねぇ。北朝鮮の食糧関係は、反日アムネスティの得意とするところでしたね、確か。痛すぎますね、この連携は。

>親北のキリスト教関係者

>「月曜評論」最新号によると、日本人を拉致した北朝鮮工作員を組織を上げて支持するキリスト教「要職者」らの“媚朝”ぶりは呆れるばかりという。

>平成9年には日本のキリスト教関係者による「謝罪使節団」が訪朝、最高人民会議常任委員らにコメその他の支援を申し出ると共に現金1000万円を手渡し、その場で実際に土下座までした。

>日本側の親北キリスト教関係者の頭目は木邨健三きむら けんぞう「日本カトリック正義と平和協議会」事務局長で、左翼運動家としてプロテスタントとも共闘、日本キリスト教協議会(NCC)靖国神社問題委員でもある。

>また、北朝鮮側の頭目は、張在彦チャン・ジェオン 朝鮮カトリック教徒協会 中央委員会委員長だ。張は朝鮮宗教者協議会議長の肩書きと共に朝鮮労働党工作機関「統一戦線部」のダミー組織、朝鮮赤十字の中央委員長でもある。

>94年から95年に掛けて来日、カトリックの肩書きで「宗教団体指導者層」への“工作”を行っている。一方、NCCの言動、活動には、朝鮮基督教徒連盟(KCF)が度々、登場する。

>その代表者、康永燮カン・ヨンソプは牧師の顔とは別に共和国最高人民会議 常任委員会委員の顔を持つ。また故金日成主席の母、康盤石の家系だ。KCFは、NCCを日本側窓口として食糧等の援助を引出してきた。

>北朝鮮では宗教者は本来「敵対階層」に属するが、KCFは
朝鮮カトリック教徒協会と共に、統一戦線部第6課が国策組織として管轄された特別扱いされている。

http://www5f.biglobe.ne.jp/~kokumin-shinbun/H15/1509/1509007familiar.html
いろいろ出てくるもので。

カトリックと朝総連の相互乗入
http://www.nomusan.com/~essay/essay_16_chuche10.html
>>164: ギター侍さん
別に聖職者の「聖職者としての」力量や、人格に疑義を提出しているのではありません。

「自分の教派の見方」しか知らない聖職者って多いんです、カトリック、プロテスタント、正教会、それぞれにおいて。勿論それでいいんです、信者にとっては自分の教派の事が大事なんですから。

ただ多くの日本人が知らない事なので知っておいて頂きたいんですが、正教会とプロテスタントは、おそらくチベット仏教と浄土真宗ほどの違いがあると思います。見た目も、教えの内容も。

約1000年前に分かれた正教会とカトリック、そのカトリックからさらに分かれたプロテスタント…距離があって当たり前です。

ですから、プロテスタントの牧師さんを呼んで「キリスト教が分かった」とは絶対に言われたくない。あくまで「プロテスタントが分かった」と言って欲しいのです。誰もチベット仏教のお坊さんの話を聞いて「仏教が分かった」とは言わないでしょう…

日本でこのテの「宗教教育」をやってしまうと、どうしても東アジア系の大乗仏教と、西欧式のキリスト教しか教える人間が全国にいない。ますます「極東アジア」か「欧米」か…という、二元的な海外への視点が助長される結果に繋がりかねません。

大体からして我が国の西方教会の聖職者は、欧米かぶれが多いのです(父もそうでした)。東欧・東方の正教会、イスラームについては、偏見を持つ聖職者も少なくありません。

歪んだ世界観をもたらしかねないと危惧します。これが、反対する一番の理由です。

チベット仏教は難しいにしても、タイのお坊さん、ムスリム、ヒンズーの僧侶、シーク教徒、正教会の神父達まで呼ぶのならば、大体世界中の主要な宗教は押さえる事にはなると思うのですが…公立教育では日程・人員ともに無理でしょう。

よく「全ての宗教を教えれば良い」という文言を目にしますが、これまで申した通り、物理的に無理な話なのです。

禅寺の坊さん・カトリックの神父・近所の神社の神主、この組み合わせで「全ての宗教教育をやった」などという風に言われたら、詐欺もいいところです。世界レベルで見れば全然「全ての」ではありませんし、日本レベルでも疑義が当然出てきます。

この辺、小林よしのり先生が昔、旧「ゴー宣」で、鈴木邦男氏の宗教教育論に疑義を提出していらした事に賛成です。私とは理由が違いましたが(小林先生は「宗教の持つ狂気について無神経過ぎる」といったような事を述べておいででしたが、これについても大体同意します、宗教というのはそれほど生易しいものではありません…)、公立学校で宗教教育をやるというのは、今の我が国では上述の理由から不可能だと考えます。


最後に申し上げますが、現実問題、800万人の公称信徒数を誇る創価学会が、「池田大作の著作の教育」もしくは「日蓮宗」を盛り込むように政治的方策も用いて要求してきたら、右派が意図する「宗教的情操教育」とは全く違う結果を招来しかねないのではないでしょうか?
以下のサイトを紹介します。正平協に対抗するカトリック信徒のページです。

『日本カトリック正義と平和協議会(正平協)』の言動につまずいた方へ
http://www17.ocn.ne.jp/~antijpj/index.html

これはギター侍さんの仰る内容や危惧を否定するものではなく(繰り返し申し上げますが、私も我が国の教会が特定の政治目的に使われている事を大きく危惧しております)、あくまで「補完」するものとしてお考え下さい。

このページは非常に便利でして、以下のページのようにノンポリ・保守派の一般信徒が教皇の来日の際に日の丸を打ち振っている情景とその裏づけとなる資料と、併記するかたちで正平協の主張を掲載するなど…非常に比較検討がし易いページ構成になっています。

http://www17.ocn.ne.jp/~antijpj/comparison/kokka-kokki.html

ちなみに上のページには「正論」などでもおなじみの曽野綾子氏の論文も掲載されていますが、彼女はカトリックです。

正平協の異様さが一目瞭然です。
ただ、上記ページ、郵政民営化については事実誤認がありますね…
>今なお明確に反対しているのは共産党と社民党だけになりました。
と、
http://www17.ocn.ne.jp/~antijpj/comment-jpjsite/index-comjpjsite.html
にあるのですが、国民新党をすっかり忘れています。
このページの主張の全てに私は賛成するものではありません。
ただ、正平協へ反発する動きが起こっている事は、ある意味明るい材料かもしれないと思い、紹介をさせて頂く次第です。
雑誌「正論」6月号に、斉藤吉久氏による

「ふたたびキリスト者への手紙 東京大司教様、なぜ日本の暗部ばかりをフレームアップするのでしょう」が掲載されています。

>岡田武夫東京大司教様、前号の手紙はお読みいただけたでしょうか。近年の教会指導者の政治的行動には見過ごせない疑問点が多々あり、杞憂であればと願いつつ書簡をしたためた次第です。けれども懸念はけっして私だけではないようで、ある信者の方から届いたお便りにはこう書かれていました。

>「拉致被害者の家族を支援するならまだしも、主権を侵している北朝鮮の側に立った発言を繰り返す司教様もおられます。責任あるお立場の宗教者の発言とは思えません」

>なるほど「教会に『憲法九条を世界に』の幟が立ち、信者の大学教授は拉致実行犯とつながっている」「共産党員の司祭が誕生した」「毛沢東礼賛の講演が行われる」などの噂を聞けば、「受洗するんじゃなかった」と信者が怒り出すのも不思議ではありません。ましてカトリックの教義では、政治に直接介入することは聖職者ではなく、信徒の任務である(『教会のカテキズム』)とされていますから、司教様方の政治運動は教義に反することになります。なぜ政治に走るのかという疑問は当然です。

>一、東京教区から始まった

>教会指導者の左傾化は、昭和四十年代に東京大司教区が靖国神社国家護持反対を大会決議したのが最初でしょう。戦前から東京教区長の地位にあった日本初の枢機卿・土井辰夫師が四十五(一九七〇)年に亡くなり、後任に昭和生まれの白柳誠一大司教(現枢機卿)が就任します。そして翌四十六年暮れ、第一回東京教区大会が開かれ、靖国法案について論議されたのでした。

>靖国神社を宗教団体から国の管理に移す靖国法案は、この年、国会に三度目の提出が行われたものの、初夏には廃案となっていましたが、教区大会の代議員会は「法案は憲法に違反」とする反対決議案を採択します。憲法を盾に靖国反対を訴える政治運動は新世代の大司教のもとで始まりました。

>四十八年春には衆参両院に反対署名が提出されました。五度目となる法案提出のあと、教区内に靖国問題委員会が設けられ、白柳大司教は自民党総裁に法案反対の文書を送付しました。翌年には東京カテドラルで教区公認の反対集会が開かれます。わずか数年で教会は圧力団体と化したのです。

この白柳誠一大司教は、バチカンにより、1994年、日本人4人目の枢機卿に親任され、現在は、世界宗教者平和会議の日本代表でもある。

>女性のためのアジア平和国民基金には、国家が犯した罪は国家が償うべきと反対した。拉致事件で北朝鮮を非難はしたが、同師の反戦・反日・平和キャンペーンに比べると歯切れが悪い。拉致被害者5人の子供の引き渡しを交渉の条件とせず、日朝国交交渉の無条件再開を求めていた。

という人物であり、

世界宗教者平和会議
http://www.wcrp.or.jp/

の国際委員長団の一人でもある。因みに、もう一人の日本人は、自虐史観的靖国解釈で注目を浴びた立正佼成会の庭野日鑛氏である。

Mixiでもしっかり、その出先機関があるようで、
http://mixi.jp/view_community.pl?id=442300

日本では、人権の解釈をめぐり、、北ルートや部落解放同盟などで、しっかり浸食されている既成宗教団体も多く、国際会議では、宗教の名を使い、しっかり、独特の人権論をぶち上げる国際NGOも多いようで。

まあ、日本のマスコミが無条件で、絶賛する国際団体は、要チェックですな。
> 日本のマスコミが無条件で、絶賛する国際団体

筆頭はUnited Nationsでしょうね。
上の状況でも既に明白なように、家庭観を曖昧にする既存宗教宗派は、今後も、人権軸で、片っぱしに回されていくでしょうね。

伊藤純子さんの立てられたトビ
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=17586838&comm_id=165104

の中で、「家族の絆を守る会」が紹介されていますが、宗教の枠を超えた保守派の「世界家族会議」に参加されたそうです。以前から、日記で触れてきた事ですが、宗教だけでなく、しっかりした家庭観をもたない民主主義国家は、今後、人権問題で左翼陣営にかなり、振り回されるでしょうね。
>岡田武夫東京大司教

orz
サヨク傾向で有名な大司教です…
■宗教界にもはびこる共産主義者たち

ここでは、字数制限があるために、日記にリンクしておきます。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=510388746&owner_id=584459
同性愛結婚と宗教的自由の問題をヘリテージ財団(別コミュ)にUPしておきました。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=21394268&comm_id=2201614
コミュ「戦争反対」の「ちゅら海を守れ」のトビで
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=20166036&comment_count=262&comm_id=14723
話題の左翼牧師平良夏芽牧師のホームページです
http://www.asahi-net.or.jp/~qg2n-tir/frame5397.html
日記でも社民党支持を表明しています。
http://diary3.cgiboy.com/0/natsume/
社民党の北朝鮮支持は有名ですが、キリスト教を使っていますが、実は、北朝鮮は、主体キリスト論というキリスト教神学を構築しています。この辺りが非常に危ない部分です。
http://www.pyongyangology.com/index.php?option=com_content&task=view&id=68&Itemid=31
男性は「釈○○」、女性は「釈尼○○」というのが
浄土真宗本願寺派の法名(戒名)の様式でしたが
近年になって、男女ともに「釈○○」として
尼の字をつけないことが多くなっています。

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