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小説を書いてみよう!コミュの短編小説「幸せの距離感」

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 夕方の居酒屋は、仕事帰りのサラリーマンや、くたびれた学生たちでごった返していた。僕と美咲もその一角に陣取って、酒のグラスを片手に歓談にふけっていた。美咲は高校時代の後輩で、今はこうしてたまに酒を飲む仲になっている。二人とも付き合っている相手は別にいるので恋人同士というわけではない。今のところは気の合う親友、というところだろうか。
「先輩、最近彼女とはどうなの?」
 焼き鳥の串を片手に、美咲が唐突にそんなことを聞いてきた。昔からの名残で、彼女は僕を先輩と呼ぶ。
「どうって?」
質問の意図がイマイチつかめず、僕は首を傾げて見せた。
「ラブラブ?」
「んー、少なくともラブラブではないな。美咲は?」
反対に僕が聞き返した。美咲は考えながら手に持った串に刺さった肉を全部口の中に入れ、たっぷり噛締めてから飲み込んで、それから美咲は口を開いた。
「まあ、喧嘩はしてないね。ラブラブでもないけど」
「ふーん」
僕は適当に相槌を打ちながら、ビールの入ったグラスを口元に持っていって傾けた。爽やかな炭酸の刺激と、後から来る苦味。たまに飲むと美味いと思う。
「私も先輩も、お互い誘えばこうして出てきちゃうんだから、お相手ともそんなにベタベタってわけじゃないよね」
言いながらクスクスと美咲が笑った。美咲のこういうカラッとしたところは、彼女の魅力の一つだと思う。
「・・・そうだなぁ」
「何?考え事?」
僕の含みのある返事に、ちょっと眉をひそめる美咲。
「いや、昔からこうだったかなと思ってさ」
「あー、言われてみればそうよね。付き合いだした頃はアイツとずっと一緒にいたいとか思ってたかも」
そうなのだ。僕も彼女が出来たときには、彼女だけを見つめて歩いていけると信じていた。結果、それが駄目だったことはこの状況を見るからに明白だ。
「こう、なんと言うかな・・・。会えるだけで幸せって時期があったよな」
「うん、あったね。先輩には悪いけど、もうご飯は食べにいけないと思った」
遠い記憶を探るような顔で、美咲はそういった。美咲と今の彼氏は随分長い。
「美咲は何年目?俺が大学にいた頃には付き合ってたから、結構長いよな」
「うん、えーと、八年目?」
凄く長持ちしている。
「結婚とかしないの?」
「うーん、そんな雰囲気にはならないのよね。どっちかといえば、昔のほうがそんな話をしてたと思う」
「ふーん」
僕は焼き鳥の串を一本皿から取った。大好きな砂擦りだ。噛んだ時の独特の食感がたまらない。
「先輩のところは?」
「えーと、三年目か?」
「結婚は?」
「ないな」
悩むまでも無い。全然そんな気は無かった。そもそも、結婚自体まだ考えたくも無い。
「初めて電話をかけたときとか、凄いドキドキしたのにね。今は電話をめんどくさがる時もあるわね」
「本当だなぁ」
僕はそういいながら昔を思い出してみた。まだ三年目だというのに、もうずっと昔のように思えて仕方が無い。
「何かね。愛が冷めちゃったのかな」
「かもなぁ」
僕は適当に相槌を打ちながらメニューを開いた。
「酒、何飲む?」
向かいを見ると美咲のグラスも空だったので、僕は声を掛けた。
「ん、じゃあ紫蘇焼酎。お湯割で」
「親父くせぇな」
僕はもう一杯ビールを頼むことにした。僕は店員を呼びつけ、注文を伝えた。
「あ、ついでに冷奴とホッケ」
横から美咲が店員に付け足した。本当に彼女の酒の趣味はおっさん臭い。

「あーあ」
焼酎の入った陶製のコップを片手にほっけを突いていた美咲が突然ため息混じりに呻いた。
「最近、こうして先輩とお酒を飲んでるときが一番楽しいかも」
「な、何だ急に」
 すっかり油断していた僕は、ちょっと内心ドキドキしてしまった。
「あ、今、ドキッとした?」
 いたずらっこのような美咲の笑み。一杯食わされたようだ。
「年上をからかうんじゃないの。まあ、確かに俺も楽しいけどな」
「ほんとに?私も嘘じゃないよ」
 今度は満面の笑顔を浮かべて美咲はそういった。何を言っているのやら。
「・・・彼とは飲みに行かないのか?」
「うーん、行かなくはないけど、詰まんないのよね。なんかお洒落なバーとか行きたがるし。私が焼酎のお湯割を飲もうとすると、ちょっと嫌そうにするし」
 美咲の彼氏は僕も顔見知りだ。美咲と同じく、高校のときに知り合った。まあ、昔からお洒落な青年だから、恋人の酒の趣味が親父臭いのは引っかかるところなのだろう。逆に美咲はそういう気張ったところは苦手で、居酒屋で焼き鳥を片手に焼酎でチビチビやりたい派なのだ。
「そうなのか。・・・まあ、確かにしんどいかもな」
「先輩のところは?彼女ちゃんと一緒にお酒飲まないの?」
「アイツ、酒は飲まないんだ。だからアイツと居酒屋とかいったこと無い」
美咲は「彼女ちゃん」という妙な呼び方をする。今の彼女は僕と同い年なので、当然美咲よりは年上である。
「えー、もったいないね。先輩は酒の席でのトークが面白いのに」
 美咲が心底残念そうな顔をした。その中に一瞬、優越感のようなものが見えたのは気のせいか。
「こら、それじゃあ俺が普段は詰まらないみたいじゃないか」
「そんなことは無いけどね。饒舌になったところも魅力の一つってことかな」
 なかなか上手いフォローをするじゃないか。ちょっと嬉しかったりして。
「ねえ、別れようとか考えたことある?」
 焼酎を一口のみ、冷奴を口に入れながら美咲が突然に話題を変えた。
「・・・ないなぁ。別れても次のあてがあるわけじゃ無いし」
「ふーん、そっか」
「美咲はあるのか?」
 少し、美咲が黙り込んだ。表情も少し影が入ったように見える。
「ある。凄く窮屈に思えた時期があって。あれで結構、独占欲が強いみたい」
 まあ、自分の彼女となれば、多少の独占欲が出てくるのは当たり前だ。今の状況を見たら、幸助君も明美も良い顔はしないだろう。
「付き合い始めてすぐの恋人同士の距離感って、ゼロに近いじゃない。凄く一緒に居たくて、近づきたくて」
「うん」
「でも、それはずっと続くわけじゃないみたいなの。でも、離れたくなる速度って言うのは人それぞれで、少し間隔が欲しいのに、くっつかれるとしんどいよね」
 美咲は割りとはっきりとした考え方を持っているようだ。長年知り合いを続けているが、こういう場面に出くわすのは珍しい。
「でも、間隔が欲しいからって、嫌いになったわけじゃないのよ。ただ、冷静になっただけ。冷めたってさっきは言ったけど、慣れたって言うほうが良いかもしれないね」
 言葉と一緒に何かを吐き出すように、美咲の独白は続いた。きっと、別れたいと思ったのは最近のことなのだろう。僕は相槌を差し込むにとどめ、彼女に自由に語って貰う事にした。
「私はもうすっかり慣れちゃったの。好きには違いないんだけど、でも、少し間隔が欲しいの。彼の望む距離では私には近すぎて・・・」
 酒の勢いもあるだろう。それ以上に結構我慢が限界に来ていたようである。コップを両手で包み込むように握り締め、少しうつむき加減の美咲。さっきまでの天真爛漫な気配は消え、頼りなく儚げな女の子がそこに居た。
「いつも、同じ感覚を持てれば良いのに。そうしたら、きっと辛くならなくて済むよね」
そう締めくくり、それから大きなため息を一つついた。美咲の言いたいことは良くわかる。けどそれは、あまりに理想過ぎる。
「ふう、ちょっとすっきりした。ごめんね、変な話をしちゃって」
そう言って、美咲は少し弱々しく笑った。
僕は静かに首を横に振った。
「いいんだ。・・・お疲れ様。頑張ってるな」
「うん・・・。先輩もね」
 少し照れたようにそう言って、美咲は目を伏せた。
それから、美咲はコップに残った焼酎を一気に飲み干した。
「よし、もう一杯飲むよ。先輩、店員さん呼んで」
 そういった美咲の口調は、もういつも通りに戻っていた。本当に強い子だ。

 それからしばらく、他愛の無い話をして僕と美咲は店を出た。外はもうすっかり暗くなっており、帰途に着く人の影も少なくなっていた。
 僕と美咲は駅に向かって、何となく歩き出した。
「ねえ」
「うん?」
「先輩って優しいよね」
 なんと答えればいいものか、僕は言葉に詰まってしまった。
「なんか、先輩と居ると居心地が良いって言うか。安心する」
 そう言って僕を見上げて美咲はにっこりと笑った。普段なら皮肉の一つでも返してやるところだが、今はそんな気分になれなかった。
 そのまま、少し黙って歩き続けた。そして、駅の構内に向かう階段に差し掛かったところで、美咲が再び口を開いた。
「このまま、先輩に乗り換えようかな?」
そんなことを言い出した美咲。僕はその頭を軽く小突いてやった。
「駄目?」
「お前が幸助君に惨めに捨てられたら考えてやる」
美咲は少し残念そうに、「やっぱりね」といって笑った。

 今はまだ、これぐらいの距離が僕たちにとっては幸せなんだろう。
                                   了

コメント(1)

 居酒屋にて、歓談にふける人達を見ながら、ふと思いついた小説です。

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