ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

ホーム > コミュニティ > 旅行 > お城めぐりしよう! > トピック一覧 > いまさら聞けないお城用語質問箱

お城めぐりしよう!コミュのいまさら聞けないお城用語質問箱

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コミュ内全体

・「犬走り」って何?
・「横矢」って何?
・「枡形門」って何?
・「堀」と「堀切」って何が違うの?

などなど。お城は好きだけど、いまさら聞けない用語の数々。
この際、このトピの中で長年の(?)疑問を晴らしてみませんか?

【ルール】
・お城の用語についてのあらゆる疑問に、コミュ内の知識を結集して答えていきます。
・コミュ内の誰が質問し、誰が回答してもOKです。
・過去に話題になったとか、そういうことは関係なく質問してもOKです。
・回答は、なるべく実在のお城を交えて回答するように努めます。
・「このお城の見所を教えてください」というような質問は、なるべく別トピ「知ってる方、教えて。」にお願いします。

【補足】
当然ですが、得られる回答の全てが正しいという保証はありません。また、必ず何らかの回答が得られる保証もありません。回答する方も、「間違っているかもしれない」と臆することなく、活発にご回答下さい。ただし、あまりにも本論から外れていたり、他者を批判・中傷するような表現が見られた場合には、管理人もしくは当トピ管理者によって削除の対象となる可能性があります。
お城の用語には統一見解が確立されたものばかりでなく、研究者によって見方が様々なものもあります。議論も白熱しやすい分野ですので、ひとつの意見に固執せず、他の方の意見も参考にしつつ、冷静に意見のやりとりをするようにしましょう。

コメント(179)

「違積」ですね。

ググってみました。

http://homepage3.nifty.com/haruslife/sirotanken5.htm

打込ハギは櫓を支えるってことで強度を、切込ハギは進路正面で見た目を追求したためこのようになったと言われると書かれていますね。

参考までに。
> 「違積」
城下からの景観や入城者の進路を考慮して、石垣の設置場所や積み方、装飾(鏡石(巨石)の設置など)を替えることは、各地のお城でもよくありますね。

ただ、
> 打込ハギは櫓を支えるってことで強度を、切込ハギは..
単純に「打込ハキは切込ハギより、石積の強度が高い」と考えてよいのか、疑問があります。

石材の加工技術で考えれば、切込ハギの方が高レベルですから..。
技術的な解説があれば、お願いいたします > ドナタか、プリーズ

# 金沢城の事例を推測すれば、
技術的・美観的に優れる「打込ハギ」を採用したかったが、人工・工期・費用に制約がある。よって、入城者にインパクトを与える 枡形正面を優先して適用した。
..こんな感じかなぁと思います。
>鮎さん
ありがとうございます。
そうなんですよね。意味がありそうですが、案外このことについての記述が見つからないんです。

>u1さん
おー、ありがとうございます。
これを見ると「なるほど」という気もしますね。
ただ、うーん…。

>こっきぃさん
そうそう、切込みハギの方が「完成度(強度)が高い」ように思えるんですよね。
となると、やはり最後に示していただいた感じでしょうか。
ありがとうございます。


しかし、お歴々をも悩ますとは、単純そうで奥深い何かがあるんでしょうかね。
ほかにご意見などありましたら、ぜひお願いします!
久々の質問です。

先日行きました、吉川元春館の石垣なのですが・・・
写真 左(資料館の説明書き)のような構造になっているのです。
特殊な石垣かと思うのですが、どのような意味があるのでしょうか?石垣の強度が違うとか?崩れにくいとか?
◇のりぞ〜さん
ご質問ありがとうございます。吉川元春館の石垣写真を拝見しましたが、確かに特徴的な石積みですね。厳島神社の石垣職人たちの手によるもの・・・とありますから、近世城郭を一斉に築き上げた「穴太衆」とは全く違う職人集団による石垣なのでしょう。

この石垣と穴太衆による野面、打ち込みハギなどの石垣と、どちらがどう・・という比較論は聞いたことがないのですが、吉川館の石垣は、縦方向の重力を支える石と、横方向の土圧を支える石とで役割分担をしていると考えられるので、石の積み方としては大変合理的なように思われます。

が、なにぶん想像でしかないので、どなたかご存知の方がいらっしゃいましたらご教示頂ければ有難く思います。
縦方向と横方向・・・なるほど。
言われてみると、平たい石が縦方向の圧力を支え、大きい石が横方向の圧力を支える。
なるほどなるほど。

あと、写真の図の『c』の石が長いのも気になったのですけど。

全国的にみて、このような石の積み方はここだけなのでしょうか?
> 143 のりぞ〜 さん
> 吉川元春館の石垣
織豊系城郭の伝播によって、石垣文化が各地に広まるわけですが、それ以前には独特の石垣(石積)文化も各地にありました。吉川元春館周辺の石垣もそのひとつでしょう。

143図のポイントは「A」石です。石のもっとも大きい面を見せることにより、石垣の存在感(偉大さ)が増す効果があります。近世城郭でも、同様の手法が見られます(例えば、大阪城の蛸石)。

ただ、石の大きな面を見せることは、その周りの石との接点が少なくなるため、石垣の構造は弱くなります。この構造の低下をいかに防ぐか、吉川館の場合、143図のB.C石の組み方で工夫しているのでしょう。
こっきぃさん
ありがとうございます。
大阪城の蛸石、検索して見てみました。
こんなに大きな石があるのですね。

大きな石が入っていると、威圧感はありますね。
パッと見て、「デカイぞ!」みたいな(笑)

>石の大きな面を見せることは、その周りの石との接点が少なくなるため、石垣の構造は弱くなります。この構造の低下をいかに防ぐか、吉川館の場合、143図のB.C石の組み方で工夫しているのでしょう。

なるほど。
石同士の接点を増やし、かつ力を分散させるために『B・C』のような平らな石をに積んだ。と解釈してもよろしいのでしょうか?
石垣にもイロイロあって面白いですね☆
城址も好きでよく行きますが、初めて見るものなど分からないことだらけです。
まさに”いまさら聞けない”ですがよろしくお願いします(汗)。

「冠木門」とはどういった位置づけ、目的の門なのでしょうか?。

川尻城址(新城市作手)に復元されたという冠木門と書かれた門がありました。
http://blogs.dion.ne.jp/damp/archives/5948459.html
近くの甘泉寺の参道入り口にも同じ形の門?(こちらは石柱でした)がありました。

このトピの42:涼月さんの写真にも同じような形の門が写っています。

よろしくお願いいたします。
◇ダンプさん
ご質問ありがとうございます。
冠木門は、「木」を「冠」にしている「門」、すなわち写真にあるような、二本の木に「梁」のような横木を渡しただけの門の一般名称ですね。門扉も何もないのが普通ですから、「門」というよりは「境界線」といった位置づけの方がより正しいのではないかと思います。冠木門の内側が「お城」とか「関所」とか。無防備なようですが、門番を立てておけば、十分な威嚇効果はあったことでしょう。実際、江戸期の関所はみんな冠木門だったのではないかと思います。

お城にどの程度用いられていたかは鮎さんにも知識がありませんが、近世城郭でも冠木門と柵で囲まれただけの曲輪が絵図面に残っていたりします(例:浜松城の「作佐曲輪」)ので、意外と多く用いられていたかもしれません。

鮎さんの知っているところとしてはこんな感じです。他にご意見のある方、ぜひどしどしご投稿下さい♪
ダンプさん

詳しくないのでWEBで調べてみましたが、
ずばり解説しているものはなく、

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Forest/1823/framepage2.htm

このサイトによると
"二本の門柱の上の方に冠木とよぶ横木を貫いてわたした形式の簡単な門屋根がないため坊主門ともいわれる。"
また"検断門""衛門"ともよばれているそうです。

衛門で以下のサイトがヒットしました
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E8%A1%A1&dtype=0&stype=0&dname=0na&pagenum=1&index=06495906235800

>どういった位置づけ、目的の門なのでしょうか?

位置づけとしては、高いものではないようです。

戦が続いた中世の城郭においては、費用・技術・手間がかからないこのような簡単なつくりの門が主なものでしょう。

近世の城郭においては、単に仕切り的・実用的な扱いで使われていたのかもしれません。

時代劇で見る関所や処刑場の門として出ていますが、あれは考証的に誤りではないと思います。

現場につくる必要性があり実用一辺倒という感じではないでしょうか?

ただ江戸時代になると身分によってその位置づけは異なるようです。
門を作る場合には格式によってその様式が決まってきます。
また武士以外で門を持つには、統治者からの許しが必要になります。

豪商豪農で武家と同じ様式の門を許された者もいます。
高い格式の門は許されず、冠木門は許されたという者もあるようです。
冠木門しか許されなかったが、己の力を誇示するため装飾を施すという物もいくつか見受けられるようです。

私の推測がはいりましたが、WEBで調べた限りではこのような感じです。
「冠木門」
なるほど。

私は今まで、気にもしませんでした。
言われてみると、防御効果はなさそうですし・・・「意味あるの?」といった感じの門ですね。

このような簡易な門でも、攻城軍から見れば「あそこから攻めれる!」と目印のように殺到するかもしれませんね。

私もお城めぐりをしていて、このような門があると「あぁ〜着いた〜」と思うこともあります。
冠木門、見るだけで無意識に「そこから城内」「ここが出入り口(虎口)」みたいな境界を思わせる効果もありそうですね。
>鮎さん
あっありがとうございます。
お城用語でなく一般名称とのこと(汗)。
門についてよく分かりました。
甘泉寺にあったのは境内との「境界線」を示す冠木門。
川尻城址のは城の威嚇効果「関所」的?な冠木門。(この門をくぐった先に防御用の城門があったと思われる土塁などがありました。)・・と自分なりに納得できました。

浜松城の絵図面にも残っているんですね、仰るように近世までお城でも多く使われていたのでしょうね。

ご親切なご意見ありがとうございます。
>お奉行さん
ありがとうございます。

教えていただいたWEBで見ますと・・お城用語ではなく門の一般的名称ということがさらによく分かりました(汗)。

「冠木門」は神社仏閣、民家まで広く使われているんですね。
これが「衛門」と呼ばれると“貧しい者または隠者の住居をいう”とさらに庶民的?な感じがしますが・・とは言え・・。

仰るように門は、武家社会においては身分、格式によって作る制約が厳しかったのでしょうね。

いままで気が付かなかったですが、時代劇の関所や処刑場の門もそうだったんですね。

ご丁寧な考察ありがとうございます。
>のりぞ〜さん
ありがとうございます。

私も今までどこかのお城で見たかもしれませんが、気にもしていませんでした。
今回は登城途中に「川尻城冠木門」の表札のかかった門がぽつんとありましたので「いまさら聞けない」したわけです。

仰るように防御効果よりも城の威嚇効果「関所」的?な門で、この門をくぐった先に防御用の城門があったと思われる土塁などがありました。

楽しいご意見ありがとうございます。
◇うほっちゃさん
ご質問ありがとうございます。以下、鮎さんなりの回答です。異論もあるかと想いますので、どしどしご意見下さい。

堀切と掘割の二つの用語に対する区別は、恐らく厳密には定義付けられていないのではないかと思います。石垣と石塁と石積みのように、なんとなく意味は違っても、混同されているケースと近いのではないかと。従って、イメージ的には「堀切」であっても「掘割」と書かれているケースや、その逆のケースは多々あろうかと思います。

その上で、敢えて個人的見解を加えると、

【堀切】
山城に多く見られる、尾根を尾根方向に対して垂直に断ち切ることにより、尾根伝いの通行を阻害することを主目的とする堀

【掘割】
お城と城下町を区分する、あるいは本丸と二の丸を区分するといったように、ある一定の区画を区分する(割る)ための用途が強く意識されている堀

・・・のような気がするのですが、いかがでしょう?
うほっちゃさん

・堀切
歴史群像シリーズ“「城造り」のすべて”学研 
以下引用
『中世城郭に見られる堀切は、曲輪間を独立させるためや、尾根筋を遮断する目的があった。城域を区切る場合には、二本、三本と連続して配置し、防御機能を高めていた。また、堀の機能をより充実させ、敵方の取り付きをを不可能にするために斜面は人工的に削りこんで急斜面とした切岸としている。』

場所を分断(場所と場所を切る)する意味で作られた構造物と考えればいいですね(^^)

土地を分断して切った場所の底地を通路として利用したものや、虎口として利用された堀切もありますね。

・掘割
“「城造り」のすべて”には掘割についての説明はなく、また同シリーズの他の本をざっと見た限り「掘割
」という単語は見かけなかったです。

三省堂の辞書“広辞林”第五版をみると、
以下引用
『ほりーわり【掘(り)割り、(掘割り】地を掘って水を通したところ。ほり』

WEBで調べると
http://www.eonet.ne.jp/~lsrl-kobe85/farm0005.html
たしかに農業用語では用水路のことで使われているようです。

また
道路用語の用語集
http://www.ktr.mlit.go.jp/gaikan/yougo/keyword_01.html
鉄道の用語解説
http://jr211k.hp.infoseek.co.jp/yougokaisetu.htm
道路や鉄道を通すために、その場所から一段低く掘り下げ、棒状の溝を通すことだそうです。

興味深いのは、以下のサイトに
中世城郭に関する用語
http://gfi401.fc2web.com/nokimaru002.htm
以下引用
『空掘 水がない堀の総称。場所や構造などによって堀切、横堀などの呼び名がある。文化財関係の調査報告書などでは掘割(ほりわり)と書かれることが多い。』


これらから考えると、城関係でお役所などに提出するときに、空掘り=掘割として使われる場合がある。
また「掘割」とは土木工事用語でつかわれる、地面を掘り下げ作られる棒状の構造物(人工的な溝)なりますね。
どうやら「掘割」とは使われるカテゴリーにおいて若干意味が変わっているようですが、一般的には掘割=掘の総称、として使われているようだと考えておくのがいいのではないでしょうか?

何が割ったかというと、地面を掘って割った構造物という感じではどうかな?^_^;

普段使い慣れて何気なくつかっている言葉ですが、改めてその違いを考え調べましたところ、いろいろ勉強になりました(^^)
157を調べ打っているうちに鮎さんのコメントがあったのですね、冠木門の時と同じパターンだ^_^;
鮎さんに対しての異論反論オブジェクションではないですよ(笑)

>恐らく厳密には定義付けられていないのではないかと思います。
同様に思います。
とくに調べていて、それを強く感じました。

>ある一定の区画を区分する(割る)ための用途が強く意識されている堀
なるほどです。
「街割り」という言葉があるので、郭などの区画を表すためにも「掘割り」とつかっている事もあるのでしょうね。


うほっちゃさんの疑問ですが、
>左写真の「堀切状通路1」を中から撮影したものです。
>通路と書いてありますし、実際通路状ではありますが、
>ここを通らなくても尾根を歩くにはまったく問題がないので、
>何のために作られたのかよくわかりません。

これは尾根上の通行の分断の為の障害を設けるというよりも、尾根を挟んだ両側の通行のため、尾根を切り通路(虎口)とするのが目的ではないでしょうか?
うほっちゃさん

お調べになってすっきりしましたね(^.^)
おかげで鎌倉関係の資料を読むときに、気をつける必要があることもわかりました。
コメントありがとうございます
なーるほど。「掘割道」といわれると、そんな言葉もあったかなという気がしてきました。

私もすっきりしました。うほっちゃさん、お奉行さん、いろいろありがとうございました!(^^)
質問です。
写真は武者窓を内側から撮影したものですが、真ん中の外側に突き出ている鉄の棒のような物が何か解る方いらっしゃいませんか。
場所は彦根城西の丸三重櫓です。
なるほど、わかりやすい図説入りでありがとうございました。
うまいこと考えてあるものなんですね。
古いトピをほじくり返してみます。

自己紹介をはじめとしてよく見かける「城」と「城跡」と云う表現、皆さんはもしかして模擬を含めて建造物の残る城を「城」、それ以外を「城跡」と考えていらっしゃるのでしょうか。

私は、世界遺産の姫路城であろうとも、現在、本来の城としての機能を持っていないのであれば、城跡ではないかと考える次第です。どんなに精力的に復元を行っても熊本城は城跡ですよね。日本国王たる天皇が現在でも住まう江戸城とか、自衛隊が駐屯して軍事施設といえそうな新発田城は現在でも「城」と言えそうですが。

私が主張したいことは、「城」と「城跡」という言葉を敢えて使い分ける必要はなく、山城だろうが、土塁だけの城だろうが、このコミュに於いては普通に「城」と言って差し支えないのではないかと言うことなのです。
>168
私も、城は『城』です。
ただ、城巡りをしていない人と話をする時は、天守閣のある城を「お城」、そうでない城を「城跡」と使い分けるようにしています。
 文化庁が指定する史跡は建造物の有無に関わらず全て「城跡」の表現になってますね。姫路城も「特別史跡;姫路城跡」です。
 但し、建造物は「国宝;姫路城大天守」のような表現になっています。
すみません・・・。このコミュに入ったばかりの者です。

用語がよくわからないので、質問させてください。

「城跡」と「城址」の違いは何ですか?

>すみれさん
「城跡」は訓読みで「城址」は音読み。そのくらいの違いしかないのではないでしょうか。意味は同じだと私は思っています。「址」の訓読みも「あと」ですからね。
わし、「城跡」より「城址」の方が言いやすいので、どれにでもソッチを当て嵌めてますウッシッシ
>todoさん
音読みと訓読みの違いで、意味は同じ・・・。
確かにそうですね。
ありがとうございます。

>ケイ・ディ・エムさん
「城址」の方が、私にも馴染んでいるような気がします。
ありがとうございます。
こちらに用語のトピがありますので、あげておきます。

個人的に気になっているのは、天守と天守閣という言い回しの違いです。

どちらも同じ意味ですが、何かの本に明治頃から使われ始めたと詠んだ記憶があります。

また現存天守閣、模擬天守閣と表記されることって目にしたことがないです。

個人的な感想ですが、なんとなく天守閣っていいまわし、楼閣とか連想してきらびやかなイメージになっちゃいます(^_^;)ので、天守といいきってます。
(きらびやかってことでは、太閤の大坂城は天守閣といっても違和感がないかな・・・)

皆様使い分けとかされています?
> お奉行さん


あくまでも「天守」が正式な用語であり、「天守閣」は俗語というか誤用なのですが、ご指摘の通り明治頃より天守閣と呼ばれる例が増え始め、あまつさえ大阪城のあの模擬天守の正式名称は「大阪城天守閣」です。


「閣」がつくものだと金閣寺や銀閣寺(これも通称)や飛雲閣が有名ですが、本来「閣」は中国由来で高楼を伴った邸宅など、居住性をもった重層の建築物につけるちょっとしゃちほこばった名称です。
その意味では信長の安土城天主や、秀吉の聚楽第なんかは天守閣ともいえなくはないですが、その後の天守は軍事的要素のみ残し発達したため、永続的な居住性という機能はもっていません。そのため住宅につけるべき「閣」をつけて呼ぶのは明らかな間違いです。

また、戦国から江戸期を通じて「天守」と呼び習わすのが常であり、「天守閣」との使用例はほとんどありません。しかし、明治期に入りツーリズムが盛んになってくると、お土産用に流通した絵葉書に「〜城天守閣」との記述が見られ、一般に普及していったのではと思います。


某城番組では、ナビゲーターが「天守」と「天守閣」とごちゃ混ぜに使っていてがっかりしましたがく〜(落胆した顔)
今年からミクシイをはじめた 「絵好くおやじ」 です。
過去ログを読んでいて少々気になるところがありまして遅ればせながら書き込ませていただきます。

56・60 豊後府内城の犬走りについてですが・・・。

私は以前、大分市中心部から車で小一時間の山の中に住んでいまして、昔からここ 「城址公園」 には良く行ったのですが、中学生くらいのころここのお濠の水が淀んだので一旦水を抜いて入れ替えたことがあったのですよ。

犬走りはそのときできた、いわば最近の構築物だったと思っていました。どなたか正確な情報をお持ちの方いらっしゃいませんでしょうか?

・・・すみません、スレ違いでしたら削除してください。

ログインすると、残り147件のコメントが見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

お城めぐりしよう! 更新情報

お城めぐりしよう!のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング

mixiチケット決済