ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

ホーム > コミュニティ > 学問、研究 > 原始仏典 > トピック一覧 > 中部経典 第120経 行生経 ...

原始仏典コミュの中部経典 第120経 行生経  全訳

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コミュ内全体

(『南伝大蔵経11下 中部経典4』大蔵出版 P112−118  に相当)





  中部経典 第120経 行生経[サンカールパパッティ・スッタ] 全訳

「   第十 行による転生の経

160.このように私は聞いた。
 あるとき先生はサーヴァッティのジェータ林、アナータピンディカの園に住んでいた。
 ときに先生は比丘たちに「比丘たちよ」と呼びかけた。その比丘たちは「先生」と先生に応えた。先生はこう言った。
 「比丘たちよ、あなたたちに行によって転生することを教えよう。それを聞いてよく考えなさい。説こう」
 「はい先生」とその比丘たちは先生に応えた。先生はこう言った。
161.比丘たちよ、ここに比丘は信を成就しており、戒を成就しており、聞を成就しており、施捨を成就しており、智慧を成就している。
 彼はこう思う。「ああ実に身体が破れて死して後に、カッティヤ(貴族階級)の大家の仲間に転生しよう」と。
 彼はその心を定め、その心を依拠とし、その心を修習する。
 彼がその行と住をこのように修習し、このように多く為せば、そこに転生することに転じる。
 比丘たちよ、この道この道跡がそこに転生することに転じるのだ。
162.また比丘たちよ、ここに比丘は信を成就しており、戒を成就しており、聞を成就しており、施捨を成就しており、智慧を成就している。
 彼はこう思う。「ああ実に身体が破れて死して後に、バラモン(祭祀階級)の大家の仲間に転生しよう」と。
 彼はその心を定め、その心を依拠とし、その心を修習する。
 彼がその行と住をこのように修習し、このように多く為せば、そこに転生することに転じる。
 比丘たちよ、この道この道跡がそこに転生することに転じるのだ。
 また比丘たちよ、ここに比丘は信を成就しており、戒を成就しており、聞を成就しており、施捨を成就しており、智慧を成就している。
 彼はこう思う。「ああ実に身体が破れて死して後に、居士(市民階級)の大家の仲間に転生しよう」と。
 彼はその心を定め、その心を依拠とし、その心を修習する。
 彼がその行と住をこのように修習し、このように多く為せば、そこに転生することに転じる。
 比丘たちよ、この道この道跡がそこに転生することに転じるのだ。
163.また比丘たちよ、ここに比丘は信を成就しており、戒を成就しており、聞を成就しており、施捨を成就しており、智慧を成就している。
 彼は聞く。「四大王の神々は寿命が長く、容姿が美しく、楽しみが多い」と。
 彼はこう思う。「ああ実に身体が破れて死して後に、四大王の神々の仲間に転生しよう」と。
 彼はその心を定め、その心を依拠とし、その心を修習する。
 彼がその行と住をこのように修習し、このように多く為せば、そこに転生することに転じる。
 比丘たちよ、この道この道跡がそこに転生することに転じるのだ。
164.また比丘たちよ、ここに比丘は信を成就しており、戒を成就しており、聞を成就しており、施捨を成就しており、智慧を成就している。
 彼は聞く。「三十三天の神々は・・・・・・
 彼は聞く。「ヤーマ(夜摩)の神々は・・・・・・
 彼は聞く。「トゥシタ(都卒)の神々は・・・・・・
 彼は聞く。「ニンマーナラティ(化楽)の神々は・・・・・・
 彼は聞く。「パラニンミタ・ヴァサヴァッティ(他化自在)の神々は寿命が長く、容姿が美しく、楽しみが多い」と。
 彼はこう思う。「ああ実に身体が破れて死して後に、パラニンミタ・ヴァサヴァッティの神々の仲間に転生しよう」と。
 彼はその心を定め、その心を依拠とし、その心を修習する。
 彼がその行と住をこのように修習し、このように多く為せば、そこに転生することに転じる。
 比丘たちよ、この道この道跡がそこに転生することに転じるのだ。
165.また比丘たちよ、ここに比丘は信を成就しており、戒を成就しており、聞を成就しており、施捨を成就しており、智慧を成就している。
 彼は聞く。「千ブラフマーは寿命が長く、容姿が美しく、楽しみが多い」と。
 比丘たちよ、千ブラフマーは千の世界の領域を遍満して勝解して住する。
 そこに転生した生ける者たちも遍満して勝解して住する。
 比丘たちよ、たとえば、眼ある人が一つの円形を手に作して観察する。
 比丘たちよ、このように千ブラフマーは千の世界の領域を遍満して勝解して住する。
 そこに転生した生ける者たちも遍満して勝解して住する。
 彼はこう思う。「ああ実に身体が破れて死して後に、千ブラフマーの仲間に転生しよう」と。
 彼はその心を定め、その心を依拠とし、その心を修習する。
 彼がその行と住をこのように修習し、このように多く為せば、そこに転生することに転じる。
 比丘たちよ、この道この道跡がそこに転生することに転じるのだ。
166.また比丘たちよ、ここに比丘は信を成就しており、戒を成就しており、聞を成就しており、施捨を成就しており、智慧を成就している。
 彼は聞く。「二千ブラフマーは・・・・・・
 彼は聞く。「三千ブラフマーは・・・・・・
 彼は聞く。「四千ブラフマーは・・・・・・
 彼は聞く。「五千ブラフマーは寿命が長く、容姿が美しく、楽しみが多い」と。
 比丘たちよ、五千ブラフマーは五千の世界の領域を遍満して勝解して住する。
 そこに転生した生ける者たちも遍満して勝解して住する。
 比丘たちよ、たとえば、眼ある人が五つの円形を手に作して観察する。
 比丘たちよ、このように五千ブラフマーは五千の世界の領域を遍満して勝解して住する。
 そこに転生した生ける者たちも遍満して勝解して住する。
 彼はこう思う。「ああ実に身体が破れて死して後に、五千ブラフマーの仲間に転生しよう」と。
 彼はその心を定め、その心を依拠とし、その心を修習する。
 彼がその行と住をこのように修習し、このように多く為せば、そこに転生することに転じる。
 比丘たちよ、この道この道跡がそこに転生することに転じるのだ。
167.また比丘たちよ、ここに比丘は信を成就しており、戒を成就しており、聞を成就しており、施捨を成就しており、智慧を成就している。
 彼は聞く。「一万ブラフマーは寿命が長く、容姿が美しく、楽しみが多い」と。
 比丘たちよ、一万ブラフマーは一万の世界の領域を遍満して勝解して住する。
 そこに転生した生ける者たちも遍満して勝解して住する。
 比丘たちよ、たとえば美しく純粋で八角によく磨かれた瑠璃の宝石が、黄色の毛氈に置かれると光り輝き照らす。
 比丘たちよ、このように一万ブラフマーは一万の世界の領域を遍満して勝解して住する。
 そこに転生した生ける者たちも遍満して勝解して住する。
 彼はこう思う。「ああ実に身体が破れて死して後に、一万ブラフマーの仲間に転生しよう」と。
 彼はその心を定め、その心を依拠とし、その心を修習する。
 彼がその行と住をこのように修習し、このように多く為せば、そこに転生することに転じる。
 比丘たちよ、この道この道跡がそこに転生することに転じるのだ。
168.また比丘たちよ、ここに比丘は信を成就しており、戒を成就しており、聞を成就しており、施捨を成就しており、智慧を成就している。
 彼は聞く。「十万ブラフマーは寿命が長く、容姿が美しく、楽しみが多い」と。
 比丘たちよ、十万ブラフマーは十万の世界の領域を遍満して勝解して住する。
 そこに転生した生ける者たちも遍満して勝解して住する。
 比丘たちよ、たとえば有能な職人によって溶炉で善く精錬されたジャンボーナダ(産)の金環が、黄色の毛氈に置かれると光り輝き照らす。
 比丘たちよ、このように十万ブラフマーは十万の世界の領域を遍満して勝解して住する。
 そこに転生した生ける者たちも遍満して勝解して住する。
 彼はこう思う。「ああ実に身体が破れて死して後に、十万ブラフマーの仲間に転生しよう」と。
 彼はその心を定め、その心を依拠とし、その心を修習する。
 彼がその行と住をこのように修習し、このように多く為せば、そこに転生することに転じる。
 比丘たちよ、この道この道跡がそこに転生することに転じるのだ。
169.また比丘たちよ、ここに比丘は信を成就しており、戒を成就しており、聞を成就しており、施捨を成就しており、智慧を成就している。
 彼は聞く。「アーバの神々(輝く神々[光天])は・・・・・・
 彼は聞く。「パリッタ・アーバの神々(少なく輝く神々[少光天])は・・・・・・
 彼は聞く。「アッパマーナ・アーバの神々(無量に輝く神々[無量光天])は・・・・・・
 彼は聞く。「アーバッサラの神々(極めて輝く神々[極光天])は寿命が長く、容姿が美しく、楽しみが多い」と。
 彼はこう思う。「ああ実に身体が破れて死して後に、アーバッサラの神々の仲間に転生しよう」と。
 彼はその心を定め、その心を依拠とし、その心を修習する。
 彼がその行と住をこのように修習し、このように多く為せば、そこに転生することに転じる。
 比丘たちよ、この道この道跡がそこに転生することに転じるのだ。
170.また比丘たちよ、ここに比丘は信を成就しており、戒を成就しており、聞を成就しており、施捨を成就しており、智慧を成就している。
 彼は聞く。「スバの神々(清浄な神々[浄天])は・・・・・・
 彼は聞く。「パリッタ・スバの神々(少なく清浄な神々[少浄天])は・・・・・・
 彼は聞く。「アッパマーナ・スバの神々(無量に清浄な神々[無量浄天])は・・・・・・
 彼は聞く。「スバキンナの神々(極めて清浄な神々[遍浄天])は寿命が長く、容姿が美しく、楽しみが多い」と。
 彼はこう思う。「ああ実に身体が破れて死して後に、スバキンナの神々の仲間に転生しよう」と。
 彼はその心を定め、その心を依拠とし、その心を修習する。
 彼がその行と住をこのように修習し、このように多く為せば、そこに転生することに転じる。
 比丘たちよ、この道この道跡がそこに転生することに転じるのだ。
171.また比丘たちよ、ここに比丘は信を成就しており、戒を成就しており、聞を成就しており、施捨を成就しており、智慧を成就している。
 彼は聞く。「ヴェーハッパラの神々(広い果の神々[広果天])は・・・・・・
 彼は聞く。「アヴィハの神々(害さない神々[無害天])は・・・・・・
 彼は聞く。「アタッパの神々(悩みなき神々[無悩天])は・・・・・・
 彼は聞く。「スダッサの神々(善く見る神々[善見天])は・・・・・・
 彼は聞く。「スダッシンの神々(善く見た神々[善解天])は・・・・・・
 彼は聞く。「アカニッタの神々(最も古き神々[最古天])は寿命が長く、容姿が美しく、楽しみが多い」と。
 彼はこう思う。「ああ実に身体が破れて死して後に、アカニッタの神々の仲間に転生しよう」と。
 彼はその心を定め、その心を依拠とし、その心を修習する。
 彼がその行と住をこのように修習し、このように多く為せば、そこに転生することに転じる。
 比丘たちよ、この道この道跡がそこに転生することに転じるのだ。
172.また比丘たちよ、ここに比丘は信を成就しており、戒を成就しており、聞を成就しており、施捨を成就しており、智慧を成就している。
 彼は聞く。「空無辺処に達した神々は寿命が長く、久しく住し、楽しみが多い」と聞く。
 彼はこう思う。「ああ実に身体が破れて死して後に、空無辺処に達した神々の仲間に転生しよう」と。
 彼はその心を定め、その心を依拠とし、その心を修習する。
 彼がその行と住をこのように修習し、このように多く為せば、そこに転生することに転じる。
 比丘たちよ、この道この道跡がそこに転生することに転じるのだ。
173.また比丘たちよ、ここに比丘は信を成就しており、戒を成就しており、聞を成就しており、施捨を成就しており、智慧を成就している。
 彼は聞く。「識無辺処に達した神々は寿命が長く、久しく住し、楽しみが多い」と聞く。
 彼はこう思う。「ああ実に身体が破れて死して後に、識無辺処に達した神々の仲間に転生しよう」と。
 彼はその心を定め、その心を依拠とし、その心を修習する。
 彼がその行と住をこのように修習し、このように多く為せば、そこに転生することに転じる。
 比丘たちよ、この道この道跡がそこに転生することに転じるのだ。
174.また比丘たちよ、ここに比丘は信を成就しており、戒を成就しており、聞を成就しており、施捨を成就しており、智慧を成就している。
 彼は聞く。「無所有処に達した神々は・・・・・・
 彼は聞く。「非想非非想処に達した神々は寿命が長く、久しく住し、楽しみが多い」と聞く。
 彼はこう思う。「ああ実に身体が破れて死して後に、識無辺処に達した神々の仲間に転生しよう」と。
 彼はその心を定め、その心を依拠とし、その心を修習する。
 彼がその行と住をこのように修習し、このように多く為せば、そこに転生することに転じる。
 比丘たちよ、この道この道跡がそこに転生することに転じるのだ。
175.また比丘たちよ、ここに比丘は信を成就しており、戒を成就しており、聞を成就しており、施捨を成就しており、智慧を成就している。
 彼はこう思う。「ああ実に私は漏を尽くして無漏の心解脱・慧解脱を現世において自ら超知し実証し具足して住そう」。
 彼は漏を尽くして無漏の心解脱・慧解脱を現世において自ら超知し実証し具足して住する。
 比丘たちよ、この比丘はどこにも転生しない。

 このように先生は言った。意を得たその比丘たちは先生が説いたことを喜んだ。

               第十 行生経  終

          第二 不断品  終」

   『南伝大蔵経11下 中部経典4』大蔵出版 P112−118  に相当













[行による転生 saṅkhārupapatti]
  
1.五財
 比丘たちよ、ここに比丘は
 信を成就しており、(信財:如来の覚りを信じる)
 戒を成就しており、(戒財:五戒を守る)
 聞を成就しており、(聞財:教えを聞いている)
 施を成就しており、(施財:布施をしている)
 慧を成就している。(慧財:生滅知がある。あるいは五蓋を断つ)
 ‘‘Idha, bhikkhave, bhikkhu
 saddhāya samannāgato hoti,
 sīlena samannāgato hoti,
 sutena samannāgato hoti,
 cāgena samannāgato hoti,
 paññāya samannāgato hoti.


2.転生希望[修習内容]
 彼はこう思う。
 「ああ実に身体が破れて死して後に、
 カッティヤ(貴族階級)の大家の仲間に転生しよう」と。
 Tassa evaṃ hoti –
 ‘aho vatāhaṃ kāyassa bhedā paraṃ maraṇā
 khattiyamahāsālānaṃ sahabyataṃ upapajjeyya’nti.


3.修習と多修
 彼はその心を定め、その心を依拠とし、その心を修習する。
 彼はその行[サンカーラ]と住[ヴィハーラ]をこのように修習し、
 このように多く為せば、そこに転生することに転じる。
 So taṃ cittaṃ dahati, taṃ cittaṃ adhiṭṭhāti, taṃ cittaṃ bhāveti .
 Tassa te saṅkhārā ca vihārā ca evaṃ bhāvitā
 evaṃ bahulīkatā tatrupapattiyā saṃvattanti.
  → 「あの仲間に転生しよう」という思いを繰り返し繰り返し修習し住する。


4.結果
 比丘たちよ、この道この道跡がそこに再生することに転じるのだ。
 Ayaṃ, bhikkhave, maggo ayaṃ paṭipadā tatrupapattiyā saṃvattati.








【転生先リスト】

1.カッティヤ大家(大貴族の家) khattiyamahāsālānaṃ
2.バラモン大家(大宗教家の家) brāhmaṇamahāsālānaṃ
3.居士大家(大富豪の家) gahapatimahāsālānaṃ
4.四大王の神々 cātumahārājikā  寿命が長く、容姿が美しく、楽しみが多い。
5.三十三の神々 tāvatiṃsā devā 同上
6.ヤーマの神々 yāmā devā  禁戒ある神々
7.トゥシタの神々 tusitā devā 喜ぶ神々
8.ニンマーナラティの神々 nimmānaratī devā 楽しみを化作する神々
9.パラニンミタ・ヴァサヴァッティの神々 paranimmitavasavattī devā 
            他者に対して自在に化作する神々
10.サハッサ・ブラフマー sahasso brahmā 千梵  手の平に円一つ
11.ドヴィサハッサ・ブラフマー dvisahasso brahmā 二千梵 円二つ
12.ティサハッサ・ブラフマー tisahasso brahmā 三千梵 円三つ
13.チャトゥサハッサ・ブラフマー catusahasso brahmā 四千梵 円四つ
14.パンチャサハッサ・ブラフマー pañcasahasso brahmā 五千梵 円五つ
15.ダササハッサ・ブラフマー dasasahasso brahmā 一万梵 八面体の瑠璃
16.サタサハッサ・ブラフマー satasahasso brahmā 十万梵 金環細工
17.アーバの神々 ābhā devā 光天
18.パリッタ・アーバの神々 parittābhā devā 少光天
19.アッパマーナ・アーバの神々 appamāṇābhā devā 無量光天 
20.アーバッサラの神々 ābhassarā devā 極光天 
21.スバの神々 subhā devā 浄天
22.パリッタ・スバの神々 parittasubhā devā 少浄天 
23.アッパマーナ・スバの神々 appamāṇasubhā devā 無量浄天 
24.スバキンナの神々 subhakiṇnā devā 遍浄天 
25.ヴェーハッパラの神々 vehapphalā devā 広果天 
26.アヴィハの神々 avihā devā 無害天[伝統的には無煩天]
27.アタッパの神々 atappā devā 無悩天[伝統的には無熱天]
28.スダッサの神々 sudassā devā 善見天
29.スダッシンの神々 sudassin devā 善解天[伝統的には善現天]
30.アカニッタの神々 akaniṭṭhā devā 最古天
31.空無辺処に達した神々 ākāsānañcāyatanūpagā devā 
              寿命が長く、久しく住し、楽しみが多い
32.識無辺処に達した神々 viññāṇañcāyatanūpagā devā 同上
33.無所有処に達した神々 ākiñcaññāyatanūpagā devā
34.非想非非想処に達した神々 nevasaññānāsaññāyatanūpagā devā
35.漏尽・倶分解脱した阿羅漢   転生せず・最高善趣
 「彼は漏を尽くして無漏の心解脱・慧解脱を現実に自ら勝智し実証し具足して住する」
 So āsavānaṃ khayā anāsavaṃ cetovimuttiṃ paññāvimuttiṃ diṭṭheva dhamme sayaṃ abhiññā sacchikatvā upasampajja viharati.







すでにこの経は訳していましたが、現在の翻訳スタイルで訳し直しました。

信戒聞施慧の五財がある者が「こうなりたい」と繰り返し繰り返し望めば、いずれはそうなるという教えです。もし不信・破戒・無聞・無施・無慧ならば「こうなりたい」と繰り返し修習することは困難であり、有信・具戒・具聞・具施・具慧ならば十分に繰り返し修習することが可能だということだと思います。

コメント(1)

(以下のコメントを完成版でない行生経の古い翻訳トピックに書き込んでしまいましたので、再度こちらの完成版のほうに書き込んで古いほうのトピックは削除します。二つあると紛らわしいので)


今日、虫歯の治療に行ったのですが、神経を抜く抜随をしました。色々と前後の事情があるのですが、結論だけ言うとそうです。


僕も平均寿命の三分の一は過ぎているので身体に問題も生じます。平均寿命まで生きられるかはわかりませんが。最近は身内が亡くなったりして、色々と考えさせられます。僕もまだまだ修行が足りないです。それに気合いも。

それで思ったのはこの身体は車みたいなものなのかなということです。生まれた当初は新車ですが、その新車も過去の業に対応した身体しか獲得できません。稼いだ力と福に応じて肉体を獲得します。所持金が許す範囲でしか新車は買えないのと同じだと思います。人種や性別は一応自分で選んでいるのではないかと思います。車を買った後で色々と後悔することはあるかも知れませんが。

生きているうちに車も中古車になっていくように、身体も色々と傷がついてきて専門のところで修復したりします。確かに新車に傷がつかないように気をつけて運転するのも大事ですが、同様に身体が事故や病気にならないように気をつけて生活するのも大事ですが、しかし避け切れないことも多いと思います。自分の実力や外の状況も色々ありますから。

そのとき思ったのは、手堅いのは「次はいい新車が買えるように修行して力と福を蓄積すること」だということです。車はいずれ全て駄目になります。身体はどんな容姿のいい男女でもいずれ駄目になります。大切なことは次に獲得する身体、それがどういう身体かはわかりませんが、その身体をできるかぎり良いものを獲得するために今から事前に頑張るということです。数年後に出される最新の車がどういう車か事前にはわかりづらいのと一緒だと思います。どういう新車が出るかはわかりませんが、お金を貯めることはできます。同様に、どういう転生先と身体が待っているかわかりませんが、力と福は貯めることができます。

今の身体も前世やさらに前の前世に為した業から形成されています。「この身は過去の諸行と見られるべきである」という主旨のことが書いてあったと思います。病んで老いて損傷していく身体をある程度守りながらも、損傷分は諦めて来世に希望を託して前向きに修行していくことがいたずらにショックを受け続けているよりも結果として利益を生じると思います。今あるボコボコの中古車に乗りながらも、未来の新車のために努力を継続していくという普通の発想です。ただ転生による身体の脱ぎ着は時間のスパンが長く感じるので、車の買い替えよりも忍耐力他の能力が必要です。

「身体の精髄(ラサ)を得る」と書いてあったと思いますが、それは阿羅漢のことだと思いますが、基本的には一切の身体、五取蘊への執着は全て捨てたほうがいいので、「次はもっといい身体を手に入れよう」という思いもまた転生に引き戻す渇愛行為です。しかし漏尽のための修行もせず、善き転生への修行もせずでは、現世の快楽を求める努力ぐらいしかできません。それでは老い自体が苦以外の何物でもなくなり、老いの苦から利益ある努力を引き出す発想が皆無となります。

阿羅漢を目指すのは最上、しかし阿羅漢を目指さなくとも前向きに新しい身体の獲得のために修行をすれば、気が変わって自らの身体の消滅を目指すときにもその五力は有用なものとして転用できると思います。

自分の身体が自分の意に沿わない現状であっても、次の身体は少しでも意にかなう身体を獲得するためにも五財他の善法を蓄積していけば希望につながると思います。五財の分に応じてより良い身体が買えるというわけです。複数の転生をまたぐ長期的視野をもって今の状況を確認すれば、必ず未来につながる希望と努力の余地を見いだすことができるはずです。この一生だけで万事OKのハッピーエンドを期待できるのは、過去によほどの福業を積んできた人だけであり、一般の人が幸せな一生を今生に期待するのはいささか現実にそぐわないと思います。原因を欠いていると思うからです。


僕は新車を買うためにも修行を継続していきたいと思います。できれば車なしでどこにでも行ける力、漏尽をも求めつつ。

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

原始仏典 更新情報

原始仏典のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。