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原始仏典コミュの相応部経典 大篇  第一  道相応1 「八正道1」

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コミュ内全体

(『南伝大蔵経16上 相応部経典5』大蔵出版 P139から)




「     大篇 (マハーヴァッガ)


  [四五] 第一 道相応(マッガ・サンユッタ)


     第一 無明品

   [一] 第一 無明

一 このように私は聞いた。あるとき、世尊はサーヴァッティのジェータ林のアナータピンディカの園に住していた。
二 ここに世尊は比丘たちに告げた。
 比丘たちよ。
 大徳。
と比丘たちは世尊に応えた。世尊は説いた。
三 比丘たちよ、無明が先行して不善法に入り、従って無慚・無愧が生じる。比丘たちよ、無明に行く無智者において邪見が生じる。邪見があれば邪思惟が生じる。邪思惟があれば邪語が生じる。邪語があれば邪業が生じる。邪業があれば邪命が生じる。邪命があれば邪精進が生じる。邪精進があれば邪念が生じる。邪念があれば邪定が生じる。
四 比丘たちよ、明が先行して善法に入り、従って慚愧が生じる。比丘たちよ、明に行く有智者において正見があれば正思惟が生じる。正思惟があれば正語が生じる。正語があれば正業が生じる。正業があれば正命が生じる。正命があれば正精進が生じる。正精進があれば正念が生じる。正念があれば正定が生じる。


   [二] 第二 半

一 このように私は聞いた。あるとき、世尊はサキャ国のサッカラという名の村に住していた。
二 ときに具寿アーナンダは世尊のいるところに行って世尊を敬礼して一方に座った。一方に座って具寿アーナンダは世尊に言った。
 大徳、善き友、善き伴侶、善き仲間は梵行の半分です。
三 アーナンダ、そのように言ってはならない。アーナンダ、そのように言ってはならない。アーナンダ、善き友、善き伴侶、善き仲間は梵行の全てである。アーナンダ、善き友、善き伴侶、善き仲間がいる比丘は聖八支道を多修することが期待されるべきである。
四 アーナンダ、どのように善き友、善き伴侶、善き仲間がいる比丘は聖八支道を修習し、聖八支道を多修するのか。
 アーナンダ、ここに比丘がいて、遠離に依り、離貪に依り、滅尽に依り、放棄に変化する正見を修習する。遠離に依り、離貪に依り、滅尽に依り、放棄に変化する正思惟を修習する。遠離に依り、離貪に依り、滅尽に依り、放棄に変化する正語を修習する。遠離に依り、離貪に依り、滅尽に依り、放棄に変化する正業を修習する。遠離に依り、離貪に依り、滅尽に依り、放棄に変化する正命を修習する。遠離に依り、離貪に依り、滅尽に依り、放棄に変化する正精進を修習する。遠離に依り、離貪に依り、滅尽に依り、放棄に変化する正念を修習する。遠離に依り、離貪に依り、滅尽に依り、放棄に変化する正定を修習する。アーナンダ、このように善き友、善き伴侶、善き仲間がいる比丘は聖八支道を修習し、聖八支道を多修する。
五 アーナンダ、この理によって知るべきである。善き友、善き伴侶、善き仲間は、梵行の全てであると。アーナンダ、私を善き友とするがゆえに生法がある有情は生を解脱し、老法がある有情は老いを解脱し、死法がある有情は死を解脱し、愁悲苦憂悩法がある有情は愁悲苦憂悩から解脱する。アーナンダ、この理によって知るべきである。善き友、善き伴侶、善き仲間は、梵行の全てであると。


   [三] 第三 サーリプッタ

一 舍衛城因縁
二 ときに、具寿サーリプッタは世尊のいるところに行って世尊を敬礼して一方に座った。一方に座って具寿サーリプッタは世尊に言った。
 大徳、善き友、善き伴侶、善き仲間は梵行の全てです。
三 善いかな、善いかな、サーリプッタ。サーリプッタ、善き友、善き伴侶、善き仲間は梵行の全てである。サーリプッタ、善き友、善き伴侶、善き仲間がいる比丘は聖八支道を多修することが期待されるべきである。
四 サーリプッタ、どのように善き友、善き伴侶、善き仲間がいる比丘は聖八支道を修習し、聖八支道を多修するのか。
 サーリプッタ、ここに比丘がいて、遠離に依り、離貪に依り、滅尽に依り、放棄に変化する正見を修習する。遠離に依り、離貪に依り、滅尽に依り、放棄に変化する正思惟を修習する。遠離に依り、離貪に依り、滅尽に依り、放棄に変化する正語を修習する。遠離に依り、離貪に依り、滅尽に依り、放棄に変化する正業を修習する。遠離に依り、離貪に依り、滅尽に依り、放棄に変化する正命を修習する。遠離に依り、離貪に依り、滅尽に依り、放棄に変化する正精進を修習する。遠離に依り、離貪に依り、滅尽に依り、放棄に変化する正念を修習する。遠離に依り、離貪に依り、滅尽に依り、放棄に変化する正定を修習する。サーリプッタ、このように善き友、善き伴侶、善き仲間がいる比丘は聖八支道を修習し、聖八支道を多修する。
五 サーリプッタ、この理によって知るべきである。善き友、善き伴侶、善き仲間は、梵行の全てであると。サーリプッタ、私を善き友とするがゆえに生法がある有情は生を解脱し、老法がある有情は老いを解脱し、死法がある有情は死を解脱し、愁悲苦憂悩法がある有情は愁悲苦憂悩から解脱する。サーリプッタ、この理によって知るべきである。善き友、善き伴侶、善き仲間は、梵行の全てであると。


   [四] 第四 婆羅門

一 舍衛城因縁
二 ときに具寿アーナンダは明け方に下衣を着て衣鉢を持って、サーヴァッティに入って乞食した。
三 ときに具寿アーナンダは、ジャーヌソーニ婆羅門が全てが白い馬車でサーヴァッティを出るのを見た。白馬を繋ぎ、白い飾り、白い車、白い従者、白い絆、白い刺し棒、白い傘蓋、白い幌、白い服、白い履物、白い扇子をもって扇いでいた。人々はこれを見て言った。「ああ、梵の乗り物だ。梵乗色だ」と。
四 ときに具寿アーナンダは、サーヴァッティで乞食に行き、食後に乞食から帰って世尊のいるところに行って世尊を敬礼して一方に座った。一方に座って具寿アーナンダは世尊に言った。
 大徳、ここに私は明け方に下衣を着て衣鉢を持って、サーヴァッティに入って乞食しました。大徳、私はジャーヌソーニ婆羅門が全てが白い馬車でサーヴァッティを出るのを見ました。白馬を繋ぎ、白い飾り、白い車、白い従者、白い絆、白い刺し棒、白い傘蓋、白い幌、白い服、白い履物、白い扇子をもって扇いでいました。人々はこれを見て言いました。「ああ、梵の乗り物だ。梵乗色だ」と。大徳、この法律においてよく梵乗を設定できますか。
 世尊は説いた。
 アーナンダ、できるだろう。アーナンダ、この聖八支道の増上語(別名)を梵乗とも法乗とも無上の戦勝ともいう。
五 アーナンダ、正見を修習し多修することは貪の調伏の完結であり、瞋の調伏の完結であり、癡の調伏の完結である。アーナンダ、正思惟を修習し多修することは貪の調伏の完結であり、瞋の調伏の完結であり、癡の調伏の完結である。アーナンダ、正語を修習し多修することは貪の調伏の完結であり、瞋の調伏の完結であり、癡の調伏の完結である。アーナンダ、正業を修習し多修することは貪の調伏の完結であり、瞋の調伏の完結であり、癡の調伏の完結である。アーナンダ、正命を修習し多修することは貪の調伏の完結であり、瞋の調伏の完結であり、癡の調伏の完結である。アーナンダ、正精進を修習し多修することは貪の調伏の完結であり、瞋の調伏の完結であり、癡の調伏の完結である。アーナンダ、正念を修習し多修することは貪の調伏の完結であり、瞋の調伏の完結であり、癡の調伏の完結である。アーナンダ、正定を修習し多修することは貪の調伏の完結であり、瞋の調伏の完結であり、癡の調伏の完結である。
 アーナンダ、この理によって知るべきである。この聖八支道の増上語を梵乗とも、法乗とも、無上の戦勝ともいう、と。
 世尊はこのように説いた。このように説いて善逝である師は、さらにこのように説いた。

   信と慧の法を軛して
   常に轅となし
   慚を軸とし意を綱とし
   念を護持の御者となし
   戒の資具を車となし
   禅那を眼とし精進を車軸とし
   捨の三昧を軛となし
   無欲を覆いとなし
   無瞋、無害、遠離を
   その兵器となし
   忍辱を鎧となして
   安穏に趣く
   これを具足するを
   無上の梵乗となす
   智者は世間を出離して
   一方的に征服する


   [五] 第五 何義

一 舍衛城因縁
二 ときに多くの比丘がいて、世尊のいるところに行って世尊を敬礼して一方に座った。
三 一方に座ってその比丘たちは世尊に言った。
 大徳、ここに異学(外道)の遍歴者がわたしたちにこのように問うに、「友よ、何のために沙門ゴータマのもとで梵行を修めるのか」と。大徳、このように問われてわたしたちはその異学の遍歴者に答えて言います。「友よ、苦を遍知するために世尊のもとで梵行を修める」と。大徳、このように問われてわたしたちがこのように答えるならば、世尊の所説を説いているのでしょうか。不実によって世尊を誹謗することにはならないでしょうか。法を随法に説いているでしょうか。同法の論随論を呵責処に堕とすことはないでしょうか。
四 比丘たちよ、このように問われてこのように答えるならば、私の所説を説いている。不実によって私を誹謗することなく、法を随法に説き、同法の論随論をして呵責処に堕とすことはない。比丘たちよ、苦を遍知するために私のもとで梵行を修するのである。
 比丘たちよ、もし異学の遍歴者があなたたちにこのように問うに、「友よ、またこの苦を遍知する道があるのか。道迹があるのか」と。比丘たちよ、このように問わればあなたたちはその異学の遍歴者にこのように答えなさい。「友よ、この苦を遍知する道がある。道迹がある」と。
五 比丘たちよ、この苦を遍知するどのような道、どのような道迹があるのか。すなわち、聖八支道である。すなわち、正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念、正定である。比丘たちよ、この苦を遍知するこの道がある。この道迹がある。
六 比丘たちよ、このように問われたならばあなたたちはその異学の遍歴者にこのように答えなさい。


   [六] 第六 一比丘(一)

一 舍衛城因縁
二 ときに、一人の比丘がいて、世尊のいるところに行って世尊を敬礼して一方に座った。
三 一方に座ってその比丘は世尊に言った。
 大徳、梵行、梵行と言います。大徳、何を梵行となし、何を梵行の完結となすのですか。
 比丘よ、この聖八支道は梵行である。すなわち、正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念、正定である。比丘よ、貪尽、瞋尽、癡尽は、梵行の完結である。


   [七] 第七 一比丘(二)

一 舍衛城因縁
二 ときに、一人の比丘がいて、世尊のいるところに行って世尊を敬礼して一方に座った。
三 一方に座ってその比丘は世尊に言った。
 大徳、貪調伏、瞋調伏、癡調伏と言います。大徳、貪調伏、瞋調伏、癡調伏とは何の増上語ですか。
 比丘よ、貪調伏、瞋調伏、癡調伏とは、涅槃界の増上語である。これをもって諸漏の尽を説く。
四 このように説かれてその比丘は世尊に言った。
 大徳、不死、不死と言います。大徳、何が不死ですか。何が不死に行く道ですか。
 比丘よ、貪尽、瞋尽、癡尽を名付けて不死となす。聖八支道を不死に行く道となす。すなわち、正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念、正定である。


   [八] 第八 分別
 
一 舍衛城因縁
二 比丘たちよ、私はあなたたちに聖八支道を説示し分別しよう。聞きなさい。善く作意しなさい。説こう。
 はい、大徳。
とその比丘たちは世尊に応えた。
 世尊は説いた。
三 比丘たちよ、何を聖八支道となすのか。すなわち、正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念、正定である。
四 比丘たちよ、何を正見となすのか。比丘たちよ、苦の智、苦集の智、苦滅の智、苦滅に行く道迹の智である。比丘たちよ、これを名付けて正見となす。
五 比丘たちよ、何を正思惟となすのか。比丘たちよ、出離思惟、無恚思惟、無害思惟である。これを名付けて正思惟となす。
六 比丘たちよ、何を正語となすのか。比丘たちよ、虚誑語を離れ、離間語を離れ、粗悪語を離れ、雑穢語を離れる。これを名付けて正語となす。
七 比丘たちよ、何を正業となすのか。比丘たちよ、殺生を離れ、不与取と離れ、非梵行を離れる。比丘たちよ、これを名付けて正業となす。
八 比丘たちよ、何を正命となすのか。比丘たちよ、ここに聖弟子がいて、邪命を断って正命によって活命する。比丘たちよ、これを名付けて正命となす。
九 比丘たちよ、何を正精進となすのか。比丘たちよ、ここに比丘がいて、いまだ生じていない悪不善法を生じさせないために、意欲を生じさせ、励み、精進を起こし、心を策励し、精勤する。すでに生じた悪不善法を断つために、意欲を生じさせ、励み、精進を起こし、心を策励し、精勤する。いまだ生じていない善法を生じさせるために、意欲を生じさせ、励み、精進を起こし、心を策励し、精勤する。すでに生じた善法を住させるために、愚かにならないために、さらに多くするために、広大にするために、修習するために、完全にするために、意欲を生じさせ、励み、精進を起こし、心を策励し、精勤する。比丘たちよ、これを名付けて正精進となす。
一〇 比丘たちよ、何を正念となすのか。比丘たちよ、ここに比丘がいて、身において身を見て住し、熱心に正知し念じて、世間の貪求と憂いを調伏する。受において受を見て住し、熱心に正知し念じて、世間の貪求と憂いを調伏する。心において心を見て住し、熱心に正知し念じて、世間の貪求と憂いを調伏する。法において法を見て住し、熱心に正知し念じて、世間の貪求と憂いを調伏する。比丘たちよ、これを名付けて正念となす。
一一 比丘たちよ、何を正定となすのか。比丘たちよ、ここに比丘がいて、欲を遠離し、不善法を遠離し、有尋有伺にして、遠離によって生じた喜楽ある第一の禅那を具足して住する。離尋離伺にして寂静、内に明浄となり、心は一境性となり、無尋無伺の三摩地によって生じる喜楽がある第二の禅那を具足して住する。喜を離貪し捨てることによって念と正知に住し、身に楽を受け、聖者が宣説するように捨あり念ある楽住の第三の禅那を具足して住する。楽を断ち、苦を断ち、先に喜憂を滅したゆえに不苦不楽にして捨念遍浄の第四の禅那を具足して住する。比丘たちよ、これを名付けて清浄となす。


   [九] 第九 芒(のぎ)

一 舍衛城因縁
二 比丘たちよ、たとえば稲の芒、麦の芒を邪に向けて手足で踏むと手足を切って血を出すというこの処はない。なぜか。比丘たちよ、芒を邪に向けるがゆえである。
  比丘たちよ、このように比丘が見を邪に向け、道の修習を邪に向けて無明を破り、明を生じ、涅槃を現証するというこの処はない。なぜか。比丘たちよ、見を邪に向けるがゆえである。
三 比丘たちよ、たとえば稲の芒、麦の芒を正しく向けて手足で踏むと手足を切って血を出すというこの処はある。なぜか。比丘たちよ、芒を正しく向けるがゆえである。
 比丘たちよ、このように比丘が見を正しく向け、道の修習を正しく向けて無明を破り、明を生じ、涅槃を現証するというこの処はある。なぜか。比丘たちよ、見を正しく向けるがゆえである。
 比丘たちよ、何をもって比丘が見を正しく向け、道の修習を正しく向けて無明を破り、明を生じ、涅槃を現証するとなすのか。
四 比丘たちよ、ここに比丘がいて、遠離に依り、離貪に依り、滅尽に依り、放棄に変化する正見を修習する。遠離に依り、離貪に依り、滅尽に依り、放棄に変化する正思惟を修習する。遠離に依り、離貪に依り、滅尽に依り、放棄に変化する正語を修習する。遠離に依り、離貪に依り、滅尽に依り、放棄に変化する正業を修習する。遠離に依り、離貪に依り、滅尽に依り、放棄に変化する正命を修習する。遠離に依り、離貪に依り、滅尽に依り、放棄に変化する正精進を修習する。遠離に依り、離貪に依り、滅尽に依り、放棄に変化する正念を修習する。遠離に依り、離貪に依り、滅尽に依り、放棄に変化する正定を修習する。比丘たちよ、このようにして比丘は見を正しく向け、道の修習を正しく向けて無明を破り、明を生じ、涅槃を現証する。


   [一〇] 第十 ナンディヤ

一 舍衛城因縁
二 ときに遍歴者ナンディヤがいて世尊のいるところに行った。行って世尊とともに挨拶し歓喜すべき印象深い談話を交わして一方に座った。
三 一方に座って遍歴者ナンディヤは世尊に言った。
 君、ゴータマ。いくつの法を修習し多修すれば、涅槃に行き、涅槃に彼岸し、涅槃に完結するのか。
四 ナンディヤ、八法を修習し多修すれば、涅槃に行き、涅槃に彼岸し、涅槃に完結する。何を八となすのか。すなわち、正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念、正定である。ナンディヤ、この八法を修習し多修すれば、涅槃に行き、涅槃に彼岸し、涅槃に完結する。
五 このように説いたとき、遍歴者ナンディヤは世尊に言った。
 素晴らしい、君、ゴータマ。素晴らしい、君、ゴータマ。君、ゴータマ、たとえば倒れた者を起こすように、覆われたものを顕わすように、迷う者に道を教えるように、暗闇に灯火を掲げて眼のある者に色を見せるように、このように尊いゴータマは様々な方法によって法を明らかにしました。私はここに尊いゴータマと法とサンガに帰依します。尊いゴータマ、私を優婆塞として受け入れてください。今日よりはじめて命終わるまで帰依します。

                    第一 無明品[畢]

 この摂頌に曰く
  (一)無明と、(二)半と、
  (三)サーリプッタと、(四)婆羅門と、
  (五)何義と、(六–七)二の比丘と、
  (八)分別と、(九)芒と、(一〇)ナンディヤと。」


      『南伝大蔵経16上 相応部経典5』大蔵出版 P139–157


明:vijjā
慚愧:hirottappa
無明:avijjā
無慚:ahirika
無愧:anottappa

邪見:micchādiṭṭhi
邪思惟:micchāsaṅkappa
邪語:micchāvācā
邪業:micchākammanta
邪命:micchāājīva
邪精進:micchāvāyāma
邪念:micchāsati
邪定:micchāsamādhi

正見:sammādiṭṭhi
正思惟:sammāsaṅkappa
正語:sammāvācā
正業:sammākammanta
正命:sammāājīva
正精進:sammāvāyāma
正念:sammāsati:
正定:sammāsamādhi

善き友:kalyāṇamittatā、善知識
善き伴侶:kalyāṇasahāyatā
善き仲間:kalyāṇasampavaṅkatā

遠離に依り:vivekanissita
離貪に依り:virāganissita
滅尽に依り:nirodhanissita
放棄に変化する:vossaggapariṇāmin

有情:satta、衆生
愁:soka
悲:parideva
苦:dukkha
憂:domanassa
悩:upāyāsa

善いかな:sādhu
梵の乗り物:brahmaṃ yāna
梵乗色:brahmayānarūpa
法律:dhammavinaya
梵乗:brahmayāna
法乗:dammmayāna
無上の戦勝:anuttara saṅgāmavijaya、戦いの勝利

貪の調伏の完結:rāgavinayapariyosāna
瞋の調伏の完結:dosavinayapariyosāna
癡の調伏の完結:mohavinayapariyosāna

遍知:pariññā
随法:cānudhamma
論随論:vādānuāda
梵行:brahmacariya
梵行の完結:burahmacariya pariyosāna
貪尽:rāgakkhaya
瞋尽:dosakkhaya
癡尽:mohakkhaya
貪調伏:rāgavinaya
瞋調伏:dosavinaya
癡調伏:mohavinaya
涅槃界:nibbānadhātu
諸漏の尽:āsavāna khaya
不死:amata
不死に行く道:amatagāmimagga

苦の智:dukkhe ñāṇaṃ
苦集の智:dukkhasamudaye ñāṇaṃ
苦滅の智:dukkhanirodhe ñāṇaṃ
苦滅に行く道迹の智:dukkhanirodhagāminiyā paṭipadāya ñāṇaṃ

出離思惟:nekkhammasaṅkappa
無恚思惟:abyāpādasaṅkappa、怒りのない
無害思惟:avihiṃsāsaṅkappa
虚誑語:musāvādā、嘘
離れ:veramaṇī
離間語:pisuṇā vācā、仲間割れさせる語
粗悪語:pharusā vācā、不快な語
雑穢語:samphappalāpa、無駄話
殺生:pāṇātipāta
不与取:adinnādāna
非梵行:abrahmacariya

涅槃に行き:nibbānaṅgama
涅槃に彼岸し:nibbānaparāyana
涅槃に完結する:nibbānapariyosāna

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