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よみがえる日本の城コミュの江戸城大手門が変!?

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コミュ内全体

江戸城大手門は関東大震災で破損し修復されましたが、惜しくも空襲により焼失。昭和43年の皇居東御苑開園に合わせて木造で復元されました。昨年の東日本大震災では大手渡櫓の漆喰が剥落するなどの被害が出ました。

先日所用があり久しぶりに東御苑を訪れたのですが、平川門から入り大手門から退出しようと思い、枡形から渡櫓を振り返ると外壁が修復されたらしく白く輝いていました。しかし、なにかおかしい・・・

写真を添付しますが、これを見て気が付いた人はかなり通な人だと思います。

コメント(10)

うわぁ〜!!!渡櫓の窓が無い! もしかして塗り込めちゃったのかな?

明治初期の古写真にはちゃんと窓が写っていますし
うーん。これは一体どういうことなのでしょうか?

2011年4月7日に撮った漆喰が剥がれた状態の写真と
明治初期の古写真を念のため載せておきます。

詳細をご存知の方はこちらの方に情報をお寄せ下さるようお願いします。
おーちゃんさん>
おはようございます
さすが気がつかれましたね!自分も窓が無くなっているのを見て愕然としましたげっそり

よ〜く見てみると、窓は塗り込められていますが、特徴的な窓の下の水抜き管が残されています。そして壁面の上部と隅部に何やら怪しい段差を発見!

何じゃこりゃexclamation & question
ということで調べてみました。

なんと、壁面は漆喰を塗りなおしたのではなく、コンパネ(耐水合板)を貼り付け白いペンキを塗っただけという驚きの事実が発覚しましたexclamation ×2


なんでこんな応急処置だけで済まされているかというと、民主党政権下で震災前から予算が削減されており、震災後においてもそれは変わらず修復予算でさえ認められない惨憺たる状態だったとのことです。
しかし、江戸城・東御苑の顔である大手門は、海外からの観光客も多くみっともないということで、大手枡形内の上下水配管工事に伴うアスファルトの全面にわたる舗装更新工事を断念し、その予算を流用して今回のハリボテ応急処置費用をようやく捻出したとのことです。

ほとんどの人は気がつかずスルーしてしまうかもしれませんが、渡櫓正面と裏の壁面全体にコンパネを張り付けています。上下の長押と水抜きのところは上手く処理してありますが、よく見ると壁の上部と隅部、窓周りには段差と隙間があります。また、妻側の壁は窓上部の漆喰が剥がれていますが、小さいためかそのまま放置されています。このままでは雨水が浸透してしまうので早急な処置が望ましいところです。
ちなみに、大手渡櫓内部は宮内庁書陵部からも近いということで内部は文書保管庫として利用されています。


なんとも情けないことですが、民主党政権の弊害がこんなところまで影響しているとは・・・

エントランスの門はハリボテ、舗装もボコボコ、なんとかその場をしのいでいますが、はたしてこの状態はいつまで続くのか?早急な修復工事が望まれます。

大佐さん
解説ありがとうございます。
震災にあったのはここだけではないとはいえ、皇居の顔のひつと考えれば、きちんとしてほしいですね。

アップしてくれました画像ですが、別のところに目が行きました。
軒下のはりの漆喰ですが、通常面に沿ってぬり、はりなどのでっぱりがあればその面にそって塗りこめ、はりや柱などの形がそのままでるようになります。
でも装飾的にわざと角をつくらず、凹凸を滑らかに塗りこめる技法がありますが、大手門の軒下にその技法をしていたのは、恥ずかしながら見逃していました。

お奉行さん>
おはようございます
さすがマニアックな所を見ていますね!
軒裏の垂木は「軒天」といいますが、防火や耐水性の向上、美観の為に大壁造りでは漆喰で塗り込められます。通常は垂木の形を生かし凸凹型になりますが、とても手間がかかるので簡略化した「波形軒天」が生み出されました。しかし本来は略式工法ながら意外と美観も良いということで関ヶ原以降から城郭建築に広まっていきました。
「波形軒天」は特に江戸城、名古屋城、大阪城、駿府城、二条城など幕府直営の城の共通意匠となっています。

波形軒天の様子がよくわかる富士見櫓の写真と大手門土塀、平川門土塀の写真も添付します。
注目点は、大手門土塀は波形軒天仕上げですが、平川門土塀では軒が全て塗り込まれたより簡略化された形式になっていることです。おそらく平川門土塀は昭和43年以前、おそらく関東大震災後の修復でこのような形になったと思われます。また土塀基部の石に掘り込まれた「石狭間」もここ江戸城と大阪城でしか見られない特徴です。大手門土塀の基部は昭和の復元時に新しく復元されたものですが、平川門の土塀基部はオリジナルのままだと思われます。
>大佐さん

そういうことだったんですね。大手渡櫓自体が改変をうけてしまったのかと
肝を冷やしましたが暫定的な処置ということで一安心しました。

東日本大震災から1年2ヶ月を過ぎた今でも江戸城は修復が追いついていない
城の一つなのだということを再認識させてもらいました。

一日も早い修復が望まれますし白石城の漆喰剥離や白河小峰城の石垣も
修復が待たれるところですね。
> 大佐さん
追加解説、資料提示ありがとうございます。

見逃していた場所ばかりです、まだまだみなくてはならない見所がありますね。

波形の漆喰は彦根城でしたか、壁にもありましたね。
> おーちゃんさん
窓が無くなるとはビックリしますよね冷や汗
東北諸城の修復もとても気になりますねexclamation
しかし、被災地の復興が遅々として進まないのは人災としか思えません。後藤新平をちょっとは見習って欲しいものです。


ちなみに大手門は宮内庁管轄ですが、桜田門などは環境省管轄で修復をしているそうです。
> お奉行さん
彦根城も櫓などは波形軒天で仕上げられていますよね!
いま修復工事中の姫路城大天守では漆喰で軒天を仕上げている所が生で見られるので、是非とも見に行きたいです。

面白いのは姫路城や彦根城では天守の軒天は凸凹を表出して格式を高めていますが、櫓や塀では略式の波形軒天を使用しています。本式と略式とで使用場所を変えており格式の違いが意識されていますが、その後名古屋城天守を始めに天守でも徐々に波形軒天が使用されるようになり、波形軒天の造形の美しさが認知され、旧来の格式を超えたという意識の変化が見受けられます。

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