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哲学が好きコミュの哲学パラドクス

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コミュ内全体


ミクシィで 自分には 哲学 なんて 関係ない だとか 哲学なんて どうでも良い という事を吐き捨てた者があっが

そもそも 哲学 とは 発言や表現をしている行為 なんだと 僕は 思っている

それでいて 哲学だけでなく 医学も 科学も 関係ない どうでも良いと よくわからない 理屈や理由が 出て来たんだ 

生きている限り 他人事じゃあないのに 他人事にするのは 自傷的 と言うか 自虐的なんだ


哲学をしていない人間は居ない

例え 考えなかったり 
例え 悩んでなくとも

知る事があるだろう
学ぶ事があるだろう
感じる事があるだろう

自分の哲学を
自分で否定するのも
また一種の哲学理論だ

つまり 哲学的とは 現実的って事であり

哲学からは 逃避ができない

現実からは 逃避ができない

挑戦し続けるしか進路なんてない

哲学否定は
自己否定だ

コメント(29)

森羅万象・三千世界の根源の存在論・原理論を

理性論によって

求めようとする学問

また

経験からつくりあげた人生観

その人生観に基づき理解が生まれる

 どうでもいいとは、哲学という科目や哲学書はどうでもいい、という意味だろう。どこかで価値判断や思考の前提の設定をする以上は、無意識であっても哲学しているものだ。
エンカリ撒かれるぞ!
またこんなトピ作って
http://www.tokyosalt.co.jp/site/touketuboushi/
e屑(役立たず)にはエンカリで応対。
※副管理人です。


>>[1] IORIさん


トピ立てありがとうございます。

このトピックの主題は、一体なんでしょうか?

読みにくい上に、脱字も見受けられます。

文章の整理を行うべきと考えますので、協力をお願いします。

問いをもっと明確にすれば、良トピになる可能性もあるので、検討をお願いします。

文案の提示をお願いします。



※コミュニティローカルルール※

◆トピックを立てる際は、重複トピックの無いようお願いいたします。
 ※トピック検索機能を使い、なるべく過去のトピックをお使い下さい。
 ※内容が重複したトピックについては、場合によっては管理部が改変か削除する場合もあります。

◆トピックを立てるとき注意事項、利用規約など様々なmixiルールがあるため、よくお読みください。
 ※注意事項、利用規約、ローカルルールなどに抵触する違反が見られた場合、管理部で削除する場合があります。
>>[5]


テーゼ(命題)を 文から 抜粋


そもそも 哲学 とは 発言や表現をしている行為 なんだと 僕は 思っている
読み手によって
読み難い可能性と危険性
それは誰にでもあるものである。
印象と解釈をどう読み手が
意味と価値を受け取るかで
全部が全部180℃変わる。
読み手の人生史や職務業界でも変わる。
脱字は一切全くないと思います。

学問としての哲学
宗教としての哲学

この2つが対峙する時、
パラドックスに陥る事があるね。
>>[8]

洗脳教育であるか?
洗脳道徳であるか?
>>[9]

懐疑追究にまで行っても未知の知の場合 それが神理 となるんだ

つまりは

全知全能のされている 神 とされる存在が 何故 世界樹木を楽園につくって 禁断の果実というものを アダムとイヴが 食べるような 言動で 仕向けたのか?

全知全能とは
無知無能と同等では?

>>[12]

普通や常識がわからない無知というよりも

ありとあらゆる すべての無知なんだろうと思う

勉強を極める事 なんて 無理難題であり

印象や解釈によって

真意や解釈が全然 違うので


あと 勉強は 賢者になる為に やるのでなくて 愚者になる為にやるもの

勉強したくない裏側には そこにある変身

浮世離れや現実離れが したくないからかも知れません









勉強の哲学〜 来たるべきバカのために 〜

一応 読破

意見、感想としては

この世には たくさんの業界があって 業界用語によって 一般常用の言葉が変わる

つまり言語学として 業界 業界にて 言語の意味や価値が 全然変わるものです

我々は 哲学をするには 言語 が必要不可欠であろうと思う

では 言語は 教わったのか? 知ったのか? 学んだのか? と言えば違う

現実世界の周囲からのモノマネに過ぎないから

言語として ちゃんとした 意味や価値になっているのか?

大半の部分で 自己解釈な 自己都合な 言語学に なっていると思いますね

つまるところ 言語学から 我々は 無知の知であると 知り 勉強をしなければならない

愚者になる覚悟をして
>>[15]

だとすると

マザーテレサ理論 のような 哲学 でしょうか?
宗教とすると退かれるけれど

哲学

思想

考え方
歩き方

とすれば

自己啓発

精神鍛錬

となるのかな?

とも思います
無矛盾律(むむじゅんりつ、英: Law of noncontradiction)は、論理学の法則であり、アリストテレスによれば「ある事物について同じ観点でかつ同時に、それを肯定しつつ否定することはできない」こと。

アヌがアリストテレスを論破します
無矛盾律(むむじゅんりつ、英: Law of noncontradiction)は、論理学の法則であり。

は対比したAとBのどうやったらそうなるのだ。という状態の混乱の状態を示してるのであり、アリストテレスが妥当と定義してるものは「解決策」を提示てきえてないという時点で誤りがあるのです。

従って対比AとB が解決をせず拮抗してるのが無矛盾性とするのは、いわばそれは非常に重要な事の無矛盾性を解決してない状態の事をひとまず無矛盾性としているのであり、実際にはこの事は決着がつく何かがある。

というのがアリストテレスの説明には足りない点があるという
アヌのアリストテレスに対する補填です。従ってアリストテレスの場合だとこれは全く意味がないのです(という事)意味がない事は公式にしない方が良いのです何故ならば公式とは結論に導くか?何処かおかしい事を書いてますね。

という事に気がつく方が有意義なのです。それ以外は無意味なのです。有意義と無意味は拮抗してません。有意義と無意味は論敵なのです。
で次はアヌがそう言い切った論拠を探して来た。即ちそれが法則の統制なのであるが、

アリストテレスが作ったものは、アリストテレス以前の賢者
(特にアリストテレスが模倣したモデル此処に1つの答えのサインがある)

と言うよりも、無数の答えがある。中でアリストテレスは其処に特化させた(させてしまった)ので誰もその事が解ける人がいなくなったので「解は答えが出ないのが妥当である」としてるのが、

アリストテレスなのだが
間違いなく間違いがある。
それはつまり無矛盾性というのは答えが出ない事が答えだというのを妥当にしてしまってる為である

「つまりこれはアリストテレスの導きに誤りがある」
アヌはそう解釈したのだ。で同時にアリストテレスが模倣した誰かを探り当ててみよう。

すると論理学の祖は、
「アリストテレスではなくて
エウクレイデス」であるという事に気がついた。従ってこの場合
エウクレイデスに答えがある
ではエウクレイデスがどんな事をやった人か見てみよう。

となる訳つまりこれが虚偽の法則なのだ。虚偽を見破る法則が此処にあるという事。
エウクレイデスでもなかった。
プロクロスである。だがしかし
分派派生の役割の一端を担ったという血脈の流れが賢者が行ってきた「論駁目的の流れ」の実態である。が単なる論駁なのでもなくて
確実にそれらが破綻する論拠を持ってる可能性があるとしてるものを「ひとまず真」として来たのが妥当な流れである。その場合逆もまた然りで「それゆえ埋もれてきた賢者らがいる」

この場合統一させないといけないのは「最初誰がそれを作ったか?」である。つまりそれは最終的にどの天才も神及び数学幾何学であるか精神であるか宇宙であるかのようなものの総体を「極限」としてる。

が此処に置いて重要なのは、最も最初に作った賢者が非常に分かりやすい論駁されない方法を編み出してるという事にあり、その場合アリストテレスを持っても解釈がねじ曲がってる点此処に着目した。

最近などではアインシュタインに対してホーキング博士などがある。(ホーキング博士はアインシュタインの誤りを見抜きそれが量子力学部門の派生となったということ)

つまりこれの哲学編も実はあったという事なのである。
例えば聖書が完全無欠なのは、元々書いた人が別物だし、人間の原理の根幹を解いているのもあるが、何より聖書の凄いのは
「それを誰がやるか?」を指定している点にある。

こうなると要するに人間の手では太刀打ち出来ない訳なのだが、
聖書も神も人間に求めてるものは、「悔い改めよ」のみである。
つまり悔い改めと誤認識を補てん換装させる事は真実を解くという意味では、最大の武器そして最大の配慮となる訳だ。

何故ならはアリストテレス以前の人の参考文献がない訳でもなくて
その人の活動によって解かれたという記述もその人の内容も存在はしてるからなのである。

そしてその事を怠って自己解釈に走るから、その意味がわからなくなってしまう訳で「参考文献」としておけば自動的に誤りは分かる訳である。というのがおそらく妥当な決着なのではなかろうか?
と思う。
例えば相当な偉人をもってしても最終的な真を捉えてるものに対しての見解は抽象的解釈をせざるを得ないという語句をよく、妥当なものとして垣間見る事ができる。

サンプル
https://ja.m.wikiquote.org/wiki/エウクレイデス

がしかしよくよく注視していくと「それは濁したもの」
「表現しようがないもの」の顕れとなるのだろうから従って無矛盾性というのは、「ひとまず記号として解けなくてそのどちらにも当てはまらなかった何か」という事を記号に置き換え、ひとまずそれを妥当としてるのが無矛盾性なのであり、

アリストテレスに置き換えれば
フォローをするならば、
「其処で解釈が詰まる立ちはだかる断層」が無矛盾性なのである。

これは最も分かりやすくすると
「神も必然つまり神が現れるは必須命題なのだが究極の美そして究極のひっくり返りはいつも神の手によって行われる」

これはどういうことか?というと
人間がひとまずこちらが正しいとすると神はそちらは正しくないというよりな揺さぶりを見せてくるのだが「その正体は単なる人間の勘違い」である。

という事で絶対真理というものは
「神以外には作れない」となり
それを奢るものは冒涜となる競技なのである。がではユダヤ人やクリスチャンらがでは正しいのか?と言えばそれはまた違い

「それらを勉学してるものよりは
個人解釈に勤しんだ人は遅れをとるだろう」というのが妥当なI.Qの公式図である。つまり要するにユダヤ人であるとか裏結社の成り立ちを知っておくと「早く習熟させる事が可能である」という事を
日本人は理解しようとしなかった為「それだけ遅れたこういう事なのである」
例えば福沢諭吉という人がいるが。アヌは福沢諭吉がどんな事をした人か知らなかった訳だが、

アヌがイルミナティを抑えるので非常に重要としてるワードが「複式簿記を生み出して実権を握ったもの」としてるのだが、

では福沢諭吉が鎖国当時に英国に言ってないを持ち帰ったか?は
「複式簿記」そして西洋人が今何をやってるか?も含めての「通訳をしてこい」として見事それを日本に持ち帰ったのが福沢諭吉

という事なので結局日本人はイエズス会にずっぽりはめられていて、でいてイエズス会から学び取った人をお札にしてる。なので複式簿記とは経済のカラクリを見破る中枢を担ってるのであり実際の経営の帳簿運営のキーも、複式簿記

それの初代を日本に輸入した人が「福沢諭吉」である。とこのように偉人は必ず「元の祖」そして代名詞となってるのが分かる。
だから日本経済日本イコール諭吉はのだ。
実際にがしかしこのような賢者をずーっと集めては裏で実権を操って棚が「3000年」も続きかつ天皇家と裏天皇家の争いもそれに比例するほど古いとすると歴史に残ってるものは必ずそのどちらかがメインなのだが大事な事は哲学の潮流を紐解く時「ソクラテスプラトンアリストテレスとされているが」実はそれより前の賢者に解答があるのだ。という事がアヌは言いたい訳だ。なのでアヌは世界の流浪真実の調査人であるが、
苦労した分「見つけるのは楽である」アリストテレスの矛盾も見抜けて答えを打ち出すのが早いアヌは尚更である。

因み福沢諭吉の絡みもそれが現世にどう繋がってるのかも、
「一夜にして大体把握はしました」それは言葉で言うと
流転三転であるこんなところであるが「日本国で1番重要な記録は」

天皇家の歴史である。
アヌが非常に「この世界の秩序」について彼から感銘を受けたのは下記の語句である。

エウクレイデスに関する引用 編集

公理(axiom)という術語はプロクロスによって使われた。エウクレイデスによってではない。エウクレイデスは、むしろ、「共通の考え」について語った。人類すべてにとって、あるいは学問全体にとって共通なものについて語ったのだ。--フロリアン・カジョリ
つまり先ほどの一文がどうして重要なのか?というと、
それを解き明かさずして哲学をしたところで無意味だからなのである。と言うことで無矛盾性というのは「はっきり言ってそれ答えになっていない」という点が気に食わなかったのである。

哲学の最終決着は、人間が何かに対しての最終決着なるものを見て見たいという「その何か?」である。これは時間が流れている以上必ず興味の好奇心はそれでなければならなかったのに、

近代はそれから大きく脱線してしまつた。もちろんこれは興味がない場合それはそれで構わな位のだが、問題なのはそれを真剣に取り組んだ奴をどうして自己弁論で反駁したのだ?という点に於いて

悔い改めよ

なのだろうと思う。
がしかし実はこの悔い改めよ
も非常に正統としては怪しいのです。この世の最大の悪魔はイエズス会として置きます。それは3000年続き多くの正統を滅ぼしてきました。を踏まえ下記の件をご覧ください。これはプラトン主義が、消えた滅びた理由が示されてますが、

これは近代のイエズス会が絡んで起こった一連の事項と全く変わりがありません。というのがアヌの公式見解でさ。つまりそこが「共通してる事項です」

アリストテレス以前が消えていった理由(哲学がギリシャで消滅した真の理由)
http://morfo.blog.so-net.ne.jp/2011-05-22

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