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スカパラ好きなら、スカ友だ!コミュのスカパラとの出会い

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野いちごさんの日記でスカパラとの始めての出会いを思い出したよ。
みなさんの出会いも聞きたい。

私はねー初期のスカパラさんとはなじみがなかった。
東京って付いてる時点で苦手っちゅうか、流行通信のコラムに載ってたり、当時のクラブブームとあいまってオサレバンドだと思っていたの。
いなかの子供だったので東京コンプレックスもあったよなー。
初めて見たのは夜のヒットスタジオ、黄色のスーツだったかな。
真理さんが青木くーんて呼んでいたような。
まだ会社勤めしてて、みんな副業ありとか言われてたっけ。
つかバンドの方が副業ぽかったかも。
当時の私はミュージシャン至上主義だったから、洒落を楽しむ余裕もなくてふざけてらと思っていた。
かっこいいけどちょっと認めたくないみたいな気持ちもあったかも。

それからずーっとたって1998年の8月、東京にいた私はピアソラ・タンゴ・モデルナというイベントでスカパラと再会したんだよ。全員じゃなかったけどな。目当てはアストロリコだったんだけど、スカパラとの組み合わせって面白いじゃんと思えたのは大人になっていたからですか。

翌1999年3月、今度は乗り換えの野洲駅でスカパラのポスターを見かけた。もう二週間をきっててその駅前のホールまでチケットを買いに走った。
まじであと5席しか残ってなかったんだよね。
その時点でもまだCDももってなくて、ファンとかじゃなかったのに。
始まったとたん、私はのみこまれてたよ。なんだか解からない熱い塊がどんってステージからとんできた。
ぎゃースカパラってすげえかっこいい!(すまんこんな表現しかできなくて)
そうして今の自分があるんだな。いささかお恥ずかしいスカ馬鹿です。
去り際の青木さんはいい笑顔で名残惜しそうにずーと手をふってくれていた。
後日、その舞台に上がってみることがあって客席がすごくよく見渡せることにびっくりした。
その時からライブ見てる自分も一所懸命にって思うようになった。
沢山ライブに行けるようになったけど、落ち込んでる時や体調の悪い時もあるけど、この一瞬を楽しみきってやるって思った。
短い間にいろんなことが嵐のようにおきた。
そう私は青木さんファンだったんだけど、その後の谷中さんの変わりっぷりは他人事とは思えません。
ライブに行くのを止めかけた私を引きとめたのは中村達也。
もしかしたら私の一番好きな曲は中達のたたくセンチメンタルムードかもしれん。

ついつい長々と書いてしまった。ごめんね。


コメント(27)

おっとうっかり。
みなさんはじめましてのところにスカパラとの出会いを書いてくださっているのですね。
ありゃどうしよう。
長めのエピソードとかあったらこちらへもどうぞとかでいい?
ぼーちゃんさん、ありがとうございます
最高のトピックです

メッセージを読んで、知らずうるうるっとしてしまいました

そう――ひとりひとり、全くちがうスカパラとの出会いがあるんですよね……
でも私はこんな素敵なトピックに書けるよーな出会いではなかったような?(笑)


ここではっきりいいます、

長いメッセージ大 歓 迎!!!!!!!
愛は、語ってなんぼ!!!!!!!!!

語ってもかたっても、ぜーんぜん足りないんですわたしも。
どうぞ長い文章大歓迎です。
存分に語ってください、むしろお願いしますくらいの勢いです(笑)
そういってもらえてうれしいです。
すぐ泣くぞオレ。
文章書いたりってたぶん好きなほうなんだけど、ついつい自分語りしちゃって長くなるんです。始末が悪いさね。

ほんと偶然の重なりなんだけど、スカパラに出会えてよかった。
大げさですけど、生きる喜びのひとつです。
これからもずっと見続けるからな。覚悟しろよ。油断するな。がんばれよ兄さんたち。
スカパラとの付き合いはデビュー当時からですが、
始めて知ったのは、ROCO’IN ON JAPANで
路上ライブをしていて、客が押しかけてもみくちゃになった時に当時の本間律子マネージャーが「私のスカパラを壊さないで!」とも身を張って守ったと言うレポートを読んで,早くライブを観てぇ!って思ったのがきっかけ。
まだ、青木さんが会社員だったので週末ライブだけだった。
地元のライブハウスのコケラ落としライブがAM1:00で
ホールはパンパンで、川上さんはアンコールで何故か上半身裸に大きく「川上」って書いて登場。ライブ後はメンバーと会話や写真を撮ったり、DJのかける曲で朝まで踊ったのが、いわゆるクラブの初体験でもあった。
こんなバンドは滅多に存在しない。
ONE AND ONLY WORLD WIDE
SKA BAND
昔のスカパラをリアルタイムで知らないのは残念だけど、ここで知ってる人からお話が聞けるのはうれしいね。
そして新しいファンだって堂々と同じようにファンなのさ。
初々しい言葉をきけば自分も初心を思い出すよ。

私にとってスカパラが稀有なのは、この年になって自分の好きだった音楽がすべてここに結実しているように感じられるから。
スカが内包する10人それぞれのルーツミュージック、際立つそれぞれのスタイル。
それをこれだけのパワーで魅せてくれる、大人のいい男たち。

うう、たまらんのう。
スカパラとあったのは・・・PIONEERSのときだから
もうだいぶ前。
なぜ、そのときはまらなかったのかなぁ。と
今になって思います。
まだ私がスカパラのかっこよさを嗅ぎ取れるほど
大人じゃなかったのかなぁ。

とはいいつつ、新譜が出れば買ったり借りたりし、
ずっと聞いてはいました。
旧(笑)歌もの三部作は全部知ってたし。

でも決定的瞬間は2005年1月29日の
東京ベイNKホール。
それまでも何回かスカパラのライブはいこうとしつつ、
あっさりとぴあの完売御礼に負けていたのですが、
あの時はなぜか先行予約がとれ、いったのです。

そこで・・・

ここ数年、味わったことのないようなハッピーがあった。
なんかねぇ、本当、無性に楽しかったんですよ。
中毒性があるほどに。
仕事も結構忙しくて、ついつい週末は非活動的に
家でごろごろしていた当時の私を変えてくれたのは
間違いなくスカパラです。
あの時はまさか、日本津々浦々遠征するとは思ってなかったもんなぁ。

スカパラと出会い、スカパラの音楽と出会い、
スカパラの皆さんの言葉・詩と出会い、
スカ友と出会った。
本当に、私の今の元気の源はスカパラにあり、です。

・・長くなっちった。
デビュー間もなく、当時はそのありがたみを微塵も感じず
スタッフとして働いておりました。
(専属ではなく、ライブ会場のアルバイト感覚で)
今よーく考えると…鳥肌ものの場面をたくさん見てきました。

仕事をしながらだったので
ちゃんとメンバーさんを見ていなかったのですが(バカバカ!)
思いだせるのは、いつも笑い声。
リハの時ケンカになるのか?と思うとやっぱり笑い声。
北原さんの余念のないストレッチとトロンボーンの練習。
それを尊敬のまなざしで見ているNARGOさん。
何かいつも飲んでいた青木さん。

その後仕事を離れて、スカパラも色々あって
「あー、あんな大人数だもの。もうきっとダメだなぁ…」
勝手に思ってしまった1999年。
その予想を裏切って、今も走り続けている現在。
そこに惚れたので、私のスカパラとの出会いは昔の事ではなく
踏ん張って立ち上がって、走っているあの頃からかもしれません。
黄色やピンクのスカパラさんが大活躍だ。
SHUさん、も、もったいないおばけがでるぞ。
実は私も地元で呼び屋さんのスタッフをしていたことがあるんだよ。(お勤めしながら)
技術さんとかじゃなくて、チケ売り、広告取り、ビラ配り、搬入搬出、もぎりにケータリングといった仕事です。大手じゃなくて、タウン誌に載せてもらう記事書いたり広告の版下まで作らされるという素人の集まりだったんだけどね。
お手伝いしたバンドはインディーズが多かったんだけど、どんなジャンル違い(たとえばメタル)でも最終的にラブでした。
その時にスカパラに出会えなかったのがくやしーい。
2004年11月、広島クラブクアトロで行われたライブがスカパラとの出会いです。

2004年8月、当時アメリカに住んでいた友人からメールをもらいました。
「そうそう、ちょっと前になるんだけど、こっちにスカパラ来たの。
ライブ見に行って、ちょーちょーちょーよかった。
恐るべし、東京スカパラダイスオーケストラ!」と。

このメールをもらってから間もなく、スカパラが広島にやってくることを知りました。
当時、なんとなく下を向きがちだったので、気分転換になればいいな、
○○ちゃんもいいって言ってたし、と軽い気持ちで1人フラフラ出かけました。

曲も知らない、メンバーの人数も知らない、そんな状況で参加したライブ。

後ろでひっそりと見ていたのに、最後には拳をあげてノリノリの私(笑)。
このライブで見事にもっていかれました。
ライブから帰った後は、CD、DVDを買いあさる日々。

こうして私のスカパラ道は幕をあけました。
今年のクアトロも絶対行きます。
いや、行かせて頂きます!!!
はじめまして。
スチャダラパーがすきな おねえちゃんが買ってきた、
「スチャダラ外伝」の「GET UP AND DANCE(伴奏をスカパラがやっています)」でノックアウトでした。
当時、わたくし、小学生。
ほとんど初恋みたいな感じで、雑誌の切り抜き(笑)をノートに貼ったり、メンバーのサインの練習とか、ばかみたいなことをいっぱいしてました。
ライブにもずっとずっと行きたかったけど、田舎に住むガキには壁がたかくて、泣きながらおかあさんに
「勉強するから東京いかせて」
って言ったこともありました。
しかもメンバーが結構高学歴だったために、勉強がんばったりしてました。ほんとにばかだったなぁ。

今は私ももう大人になって、いろんな音楽も聴くしいろんなライブにもたくさん行けるようになったけど、
私の身体はもうスカパラでできていて、呼吸するのとおなじようにスカパラをきいています。
だいすきなのをわすれちゃうくらい大好きなバンド。
世界でいちばんかっちょいい 永遠のおとなです。
はじめまして
スカパラに出会ったのは5年前。忘れもしない、当時16歳の高校一年生の時でした
たまたまCMのキリンチューハイ氷結で『めくれたオレンジ』が流れた時に聞き入ってしまったのがきっかけです
その時に『この曲なんていうんかな?東京スカパラダイスオーケストラ?どんな人たちかなぁ』と思ったのがスカパラを知るきっかけとなりました
始めに、田島貴男、チバユウスケ、奥田民生の歌モノ三部作シングルを買い始め、2002年のアルバム『stompi'n on DOWN BEAT ALLEY』を買い、それから自分のスカパラに対する憧れが強くなりましたし、テレビ、雑誌などでスカパラを追求する日々が始まった

特に、2002年NHK音楽番組の『ミュージックカクテル』のスカパラ特集は、マジでかっこよくて今でも覚えています

いろいろアルバム、シングル、DVDを買うにつれ、『スカパラのライブが生で見たいな』と思い、2004年、高校を卒業し大学一年生になった
2004年12月14日名古屋ダイアモンドホール、2004年秋冬ツアー。僕は初めてスカパラのライブを見た。楽器店店長の親戚に、『見たいライブのチケットあったら頼むよ』といわれ、頼んで見に行きました

その時の出来事は、今でも覚えている。
一発目が『STROKE OF FATE』に始まり、欣ちゃんが歌う『世界地図』、闘志爆発の『TONGUES OF FIRE』、加藤隆志作曲の『5 DAYS
OF TEQUILLA』などなど、ライブ初体験の僕には、もったいないくらいの曲だらけでした
当時CD販売コーナーにいた女の人は印象深い。『今日大阪から来ました、今日のこのライブとても楽しみにしていました』というと『ジャスタはそんなあなたを待っていました』と返答
売り言葉に買い言葉の会話だが、この一言は今でも覚えている

初めてのライブから2年が経過した今でも、僕のスカパラに対する思いは今も昔も同じです
スカパラを見たり、聞いたりする自分は、まさに子供のように無邪気になれますし、そして、今年の『ツアー ワイルドピース』の大阪なんばハッチ公演が楽しみです
二年分の思いをぶつけたら最高です!!
はじめまして!
今から約10年程前に地元の音楽祭のゲストアーティストが“スカパラ”で本当のライブとは別に、街中の数ヶ所で“街頭ゲリラライブ”を見せてくれました!!
間近も間近であの迫力ある演奏と楽器を目の前にした時には、
本当に感激しました!!!

その後、日比谷での“真心ブラザーズ”とのジョイントライブなどを観に行きましたが、
やっぱりスゴイ!!と思いました!
私の出会いは高校生の時。
それは今から・・・15年ほど前になるのでしょうか。
(゚_゚i)タラァ・・・

学校帰りにフラッと寄ったYOU&I(今で言うTSUTAYAみたいな所)で
ピンクに黄緑色の文字のジャケットを発見!!
何となく格好いいなぁと手に取り、そのまま借りて帰宅。
もう、そのままスカパラの世界の虜になりましたよぉ♪
1曲目の「ストレンジバード」からやられちゃいましたけど・・・
「にがい涙」は何回も聞いたなぁ

それからはCD出る度に買ってましたけど、ギムラの弟さんが
参加してた頃は少しだけ遠くから見てたなぁ
スカパラ初めて見たのは、1991年頃かなぁ??
「モンスターロック」とかCMで流れてた。

初ライブに行ったのは、仙台141での2days。
ASA-CHANGとかギムラとか林さんがいた初期の編成で、就職のため脱退していた"スバラシイ"武内さんが、なんとアンコールに参加! 当時、仙台に赴任(毎○新聞)してたのだった。あれは盛り上がったな〜。
高校生だった頃。
大好きだったティーン誌のモデルの中に、1人だけとても気になる個性的な女の子がいて…勝手に同じ匂いを感じてました。
その子がデビュー間もないスカパラを絶賛してて。
気になったものの、わたしの住む街には駆け出しのスカパラのCDなんか売ってなかった…。
でも時期を同じくして東京に行く機会があり、地図を片手にCDショップを回り、少ないおこずかいでCDを買いあさったのが出会い。
初めて聴いた時の、あの衝撃ったら!!
あれから約20年。スカパラは生活の一部です♪
これからも彼らと共に。
no SKA no life!!
高校の頃にテレビCMで「銀河と迷路」を聴いたときですね。
カップリング曲だった「Black jack」も衝撃を受けました!
中高ずっと吹奏楽やってたんで「あぁ、カッコエエよね」位の認識は元々あったんです。

ある日、地元ローカルの穴埋め的番組にて、別のスカバンドのプロモが流れてるのを見て「やっぱカッコエエなぁ〜…そうやexclamationスカと言えばスカパラやんexclamation ×2」…
(何かムリヤリっぽいきっかけですがホンマの話です。)

…で、気付いたらCD借りに行ってました走る人CD初めて借りたのは「On tour」でしたねぇ〜…もちろん後でちゃんと買いましたウッシッシ

それから見事にどっぷりハマってしまい、ライブにもちょこちょこ参戦、先日初の遠征もして、現在に至ります。

もう今やスカパラ無しでは生きていけなくなってます…ハート達(複数ハート)ハート達(複数ハート)ハート達(複数ハート)

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