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気まぐれノベルズコミュの樹海鉄道

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東京発富士樹海行の列車に乗り込んだ乗客たちの人間模様。

コメント(4)

奇数月1日の18;00に東京駅を出発する列車がある。
降車駅は富士の樹海真っ只中の一つのみ、日付が変わる頃に辿り着く。
そこで降りてしまえば周囲に助けを求めることも出来ず、また求めることもせず
確実に数日内の死を迎えることができる。

そんな列車に集まる人たちの話…。


+++ 1 +++

政府公認の世界で唯一の自殺列車がある。

日本国内での自殺者数は平成13年より急激な増加を続け、
平成17年には年間自殺者数が4万人に肉薄するものとなった。
またその中でも列車への飛び込み自殺が大きな社会問題となった。
何故ならば、飛び込み自殺による交通遅延が引き起こす経済被害は甚大なものであり、
国は諸外国の非難を浴びながらも苦肉の策をとることになる。
まず、列車飛び込み自殺による損害の家族への全額賠償が法制化され、
同時に国営企業による本樹海鉄道の開通が決定した。

これはすなわち、列車への飛び込みにより通常発生しうる億単位の経済不利益を
家族に確実に負担させるというものだ。
死にゆく人間とはいえ、多くがこの手段による自害をためらう。
そこに国が本鉄道という自殺手段を斡旋し、自殺方法の一本化を行うというのだ。

2006年3月の開通以来、平均60人の自殺志願者が乗り込み
そして多くは生を選び、それでも10人前後が実際に樹海駅へ降り立ち、死を遂げる。
踏みとどまり戻ってきた者達は、国から幾らかの補助を受けながら、
更生プログラムを受け、社会へ復帰していく。
当然またこの列車に舞い戻り、生を終えた者も居た。

そして2007年5月1日火曜日。
乗車予約は57名(うち一人は訪れなかった)だった。
この鉄道の利用者は502人となった。

帰宅のサラリーマンがホームにどっと増えだす頃、
客車3両編成の青いボディの列車は出発する。

行き先は表示されない。
しかしあまりにも有名となってしまったその列車の存在は、
鉄道マニアを始め多くの野次馬を東京駅へ集結させる。
マスコミも多く集まり、2ヶ月おきには国が行う自殺政策に対する特集が組まれ
議論が交わされる。驚くことに世論の7割は政策を支持している。

死を求めて樹海へ向け出発するその列車、
そこに垣間見える乗客の写真を撮り続けているジャーナリストの男性がいる。
彼は列車がホームから見えなくなるまでシャッターを切り続け、
重苦しいため息を漏らした。

野次馬が引き、東京駅には幾らかの平穏が訪れる。
+++ 2 +++

優先席

とかつてシールが貼られていた窓、今は手垢から生じたのだろう、
黴で白く変色してしまいその文字はかろうじて識別できるかどうか。
その窓の席にピンク色のロングシャツを着たハルカは座っている。
黒を基調にして金色の刺繍が入ったミュール、
グレーの綿のパンツを穿き、ピアスやネックレスも身につけている。

死にに行くのにお洒落なんて、どうかな?
なんて思いながら、それでもそんな考えを出来る余裕が
この戻らない旅の直前に生まれたことが、嬉しかった。
大切にしているブランド物のポーチも持ってきている。
中には携帯電話も入っている。
ちょっとした化粧道具も入っている。

本当に、人間死ぬ前の発想なんてわからないものだ。
何が必要で、そうでないかを考えようともしない。
携帯電話の充電も昨日のうちに済ませてある。
それから誰にも電話を掛けてもいないし、これから掛けようとも思わない。
2週間以上、誰からも電話もメールも来ていない、怠惰者の携帯電話。

彼女は静岡の生まれであるが、地元の両親や友達にもこの旅のことを告げていない。
でもメル友には打ち明けていたりする、不思議なものだ。
長崎に住んでいるらしい彼は心の拠り所のような存在だった。
お互い吉田シゲヤという若手作家のファンだった。
彼は死をテーマとする現代小説で有名となった。
繊細で、過去の不遇な家庭環境からのトラウマがもとに心を病む。
最期はこの樹海列車だった。


何度も、いや何百遍もメル友の彼と死について語った。
自分が死にたい理由、それと吉田の死んだ理由。
程なくしてハルカは同じ道を決断する。
彼に一度会ってみたかったな。
とハルカは思う。でも暮れる車窓からの景色をみたらすぐに気持ちが流れた。
あまりにも今日は気持ちがほぐれすぎているんだと理解できた。
あっちで吉田に会えるのかな?その気持ちもやはり流れた。

それから少しだけ両親のことを考えた。
原則的には樹海鉄道の乗客名簿は出発までは非公開である。
そして以前は翌日に降車リストを公開していたのだが、
慌てた家族が樹海に立ち入り死亡した(但しこれは不慮の事故ではあったのだが)ため
安全を期して−−というのも適切な表現ではないが、
1ヶ月をおいてから家族への通知が行われる。

泣くかな?お父さん。
そりゃ、泣くよね。

父親は公務員で、静岡市役所に勤めている。
よく公務員の父親といえば真面目に働くという通説だが、
いや、といって怠惰で闇金に手を出すということでもなく。
しかし彼も繊細で世渡りの不器用さから、窓際で肩身の狭い立場だという。

とてもペースの遅い走馬灯みたいだ。
とハルカは思った。

いろいろな人がハルカの人生に在った。
いつも彼女は他人の心を推し量って、超えたものがストレスになって。
でも今はいろいろな人が心に浮かんで、
でも彼らがハルカの頭を占有するのは結構わずかな時間で、
すぐに別の他人に気持ちが移ろいでいく。


音楽プレーヤも無しで夜までは退屈すぎる。
彼女はまばらに散らばる樹海鉄道の乗客たちの観察を始めることにした。
+++ 3 +++

Tという男は隅の席に座る女からの視線をしっかり感じていた。
そして彼女に不快感を覚え、苛立った。
指は何かリズムを刻むように座席を叩いている、そのスピードが彼の苛立ちに比例して、上がる。

Tに名前が無いわけではない。
しかし彼はすでに生に絶望し、気力は果てている。
当然そのような人間が多いわけだが、彼は特に憔悴しているようだった。とはいえ彼はニット帽、コメカミほどまで覆うサングラスを身につけ、その様子は伺えない。髪は褪せた金色をしていて、口には数個のピアス、服装はかなり不良な印象を思わせるような、ストリート系のダボついたものだ。

その見た目と裏腹に彼の内面はズタズタに朽ちている。
だからこそ敢えて彼に実名は必要ない。

殺してしまいたいし、死んでしまいたい。

そんな葛藤をしているTには到着までの列車は全くの苦痛であった。
それでも彼にはその苦痛を背負うだけの覚悟、責任があった。

今は詳しくは触れない。
しかし彼は多くの人を直接的、あるいは間接的に殺してしまったし、彼の大切な人達も殺された。
平和な時代?いつのことか。やはり未来にも平和が訪れることはない。
その月に幾つか、日本のどこかで繰り返される理不尽な悲劇。
Tはほんの少しの踏み外しでその中心でもがくことになった。

すべてを整理したTは短絡の死を選ばず、樹海にて最期の時を待つと決めている。
その時までその心が持ちこたえてくれるといい。
+++ 4 +++

重森はTと席一人分あけた隣に座っている。
定年間近の小学校教師だった。
彼の頭は白髪が混じり、それを染めようといった風もみられない。
黒のズボンに白のポロシャツを着ている。
その上着のポロシャツのせいか、いやはっきりと彼の顔は常人に比べて褐色をしているのがわかる。彼は何かの病気だ。癌とか、肝臓を痛めた患者のようである。

30年、教職に在り、熱心な指導を続けていたが、
余命を宣告され、アルコールに浸り休職をしていた。
昨日、長年連れ添ってきた妻の首を絞めて殺し、今ここに居る。
両手の平を力なく広げ、呆然と見つめている。

この汚れた手では、終点で身を捨てる以外に道は無い。

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