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toshiya tsunodaコミュの私のフィールド録音について・その1【録音遊びからの転換】

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 先月CCA北九州で私の録音に関してレクチャーをした。
世界各地から集ったCCAの受講生は恐らく私の事など知らないだろうから、自分としては今更のようなことを話していかないとと思い、そうしたのだが、それらは10年くらい前に考えていたことで、久々に思い返したりしながらのレクチャーでは、充分に自分の意図を理解してもらえたか疑問が残った。自分自身は至極当然のつもりの前提も、共有されていなければしっくりこない。
そこで改めて、この場所に覚書のようなものとして、自分のフィールド録音についてぼちぼち書いていこうと思う。不定期だが、現在考えているところまで更新していこうと思う。自分の思考を外に出すことには意味がある。

その1【録音遊びからの転換】

 最近はフィールド録音が実験音楽シーンで、ひとつのジャンルや表現として確立しているようだ。変な音楽が好きな私は、もちろんミュージック・コンクレートやノイズ音楽も知っていたが、最初から芸術表現のひとつとしてフィールド録音を選んだのではない。小学校高学年の頃からの遊びの延長で録音を行ってきたのだ。70年代後半、生録ブームが後った頃、エア・チェックなどの用途でラジカセが若者の必須アイテムだった時代。私も同じように楽しんでいた。
友人とキャンプや旅行に行くとなれば、必ず私たちはその様子を録音した。バイノーラル録音を雑誌で知れば、拾ってきたマネキン人形の耳元にドリルで穴を開け、コンデンサ・マイクのヘッドを埋め込みその効果を楽しんだ。音楽雑誌の隅には海賊盤の専門店の広告が載っていたり、録音遊びは身近で魅力ある存在だった。今やっているようなことと似た録音は高校〜大学時代にカセット・デンスケで行っていたが、作品になるとは到底思えなかった。美術を学び、油画を専攻した私は身の丈を超える大画面に立ち向かうことに憧れていたのだった。しかしボイスや松澤宥などの概念的な芸術表現を知り、さまざまな思考やメディアによって作品が成り立つ可能性に興味を覚え、少しずつ音響や録音素材を使って試みを始めた。1988年頃のことだ。
 しかしカセット・テープというメディアは音楽が収録されているのであれば別だが、美術のアウトプットとしては大変頼りない印象で、そのまま作品のメディアになるとは思えなかった。その耐久性は低く、何よりも聴き手がそれを消す(否定)ことが可能であるところが致命的に思えた。数年するとDAT機が市販され、録音状態は一気に向上した。またマイクも自分の用途にぴったりの超小型高性能のものが見つかり、録音の楽しさが倍増した。兎に角やたらと録りまくった。しかしDATは一部のオーディオ・マニアのものであり、アウトプットにするには一般性に欠けている。しばらくすると、何と録音できるCDが開発されたというニュースを聞き、その後、録音を請合う業者の広告が雑誌に載るようになった。当時はメディア込みで3分間のアナログコピーで¥8000と今では考えられない話。しかしこれなら作品の構成要素になるかもしれない。カセットやDATには感じられない何かがあった。修了制作展では数種の録音をCD−R化し、その録音状態をモノクロ撮影しラボで仕上げた写真をパネルにしてポータブルCDプレイヤーにヘッドフォンで音を聴くかたちを取った。
 今思うと、CDという形になったことで、録音対象が野外でじたばたした行動から切り離され、作者の手からきれいに離れて自立したような印象を受けたのだと思う。これは私にとって大きな転換だった。その録音の一部はLucky Kitchenからリリースした "Pieces of air"やHapnaからの”extract from field recirding archive#2"などに収録されている。

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