ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

意味不明小説(ショートショート)コミュの告げる男

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
 「普段なら、あんなことは絶対にしません。でもあの時は、ああするのがしごく当然に思えたのです」
 裸電球をぼんやりと眺めながら、男は訥々と語りだした。

 昼飯時のパーキングエリアは、観光客で賑わっていました。食券の券売機には長蛇の列、振り返ればどのテーブルも人で埋め尽くされています。
 その日、家を出たのが午前四時。出がけにパンと牛乳を流し込んだきり、まともな食物は胃袋に入れていません。
 募る空腹感に苛まれながら、券売機の前までくると、むずかる子をなだめる母親のように、「かつ丼大盛」のボタンを押しました。
 その後、もう少しでざるそばを食べ終えそうになっている人の背後に、物言いたげな面持ちで立ち尽くして獲得した椅子に腰掛けていると、「1の690番、味噌ラーメンでお待ちのお客様」と館内アナウンスが流れました。
 手元の食券を改めると、右下の隅に「712」と記載されています。
 「あと二十人近く待つのか……」キリキリと悲鳴を上げる胃袋を鎮めるため、ガブガブと緑茶を飲みました。
 すると、「2の545番、かつ丼大盛でお待ちのお客様」とアナウンスが流れ、斜め向かいの席に座っていた青いつなぎ姿の男が、いそいそと立ち上がりました。
 しばらくすると、青いつなぎの男は、こんもりと盛られたかつ丼を載せたトレイを持って戻ってきました。
 私は人目もはばからず、青いつなぎの男がかつ丼を頬張るのを、じっと眺めていました。それはそれは美味そうに食べていました。ええ、それはもう。
 「もうすぐで、あのかつ丼が私の物になる」はやる気持ちを抑えるように、再び食券を確認しました。私の食券番号は「712」です。しかし、青いつなぎの男のは「545」と呼び出されていたはずです。
 おかしい、先のアナウンスでは690番だったのに、なぜ番号が逆順しているんだ?
 「2の548番、エビフライ定食でお待ちのお客様」
 その時流れた館内アナウンスも、やはり500番台でした。けれども番号は、「545」から「548」になっています。つまり、昇順というわけです。
 それじゃあ、先ほどの690番は、聞き間違いだったのか?だとしたら、あと100番以上も待たねばならないのか!?
 私の胃袋が、いよいよねじ切れそうになった時です、「1の695番、かつ丼大盛でお待ちのお客様」とアナウンスされました。間違いなく、読み上げられたのは600番台です。
 不可解なまま、私は再び食券を改めました。先ほどは見落としていましたが、「712」の脇に小さく「1」と記してあるのです。そこでやっと気がつきました。食券には「1」と「2」、二通りの通し番号が存在しているのです。
 よくよく考えてみれば、券売機は二台ありましたから、当然と言えば当然のことです。今にして思えば、その時の私はそんなこともすぐに判別できないくらい、憔悴しきっていたのです。
 するとアナウンスで呼ばれたのでしょう、二つ隣の席に座っていた初老の男が、やおら立ち上がりました。すると、私の隣席(つまり私と初老の男との間の席)にいたご婦人に向かってにやりと笑いながら、「695番だって」と言い残し、受け取りカウンターへ歩きだしたのです。
 その行動から、てっきり私は、初老の男とご婦人は旧知の間柄であると思っていました。ですが、ご婦人が不可解そうに呆けているのを見て取り、その推察が誤ったものであると悟りました。
 ほどなくして、初老の男は席に戻ってきました。その手に、こんもりと盛られたかつ丼を持って。そして席に座ると、あろうことかご婦人を見つめながら、これ見よがしにかつ丼を貪りはじめたのです。
 ご婦人のテーブルには、私のテーブルと同じく緑茶の入った紙コップ(何杯もお代わりしたのでしょう縁がふやけていました)しかありません。ご婦人は、空腹感を押し隠すように、あるいは初老の男のまとわりつく視線から逃れるように、手にした食券をじっと見つめていました。
 私は、その様子を凝視せずにはいられませんでした。なぜなら、初老の男が食べているかつ丼に、異変を認めたからです。
 驚いたことに、初老の男のかつ丼は、かつが二段重ねになっていたのです!
 つい先ほどまで、青いつなぎの男のかつ丼を、じっと見ていたところでしたから、この異変にすぐに気がつくことができました。
 私ははじめ、初老の男が特別な注文をしたのだろうと、考えました。例えば、「かつ丼ダブル」とか、きっとそういうメニューがあるのだろうと。
 ですが、記憶の糸をどんなに手繰り寄せても、券売機にそんなボタンはありませんでした。そんなものが仮にあったとしたら、空腹の私は真っ先に注文していたでしょう。なにより、アナウンスでは「かつ丼ダブル」ではく、「かつ丼大盛」とだけしか告げていなかったはずです。
 考えをめぐらせていると、「1の698番、699番、700番、かつ丼大盛でお待ちのお客様」と立て続けにアナウンスされました。
 すると、左後ろの席の髭面の男、カウンター席の男、入り口付近の席に座っていた男、三人がほぼ同時に立ち上がりました。その後、三人はなぜか受け取りカウンターへは行かず、こちらの方へ寄ってくるのです。
 そして、ご婦人の前にやってくると、
「698番です」「699番だ」「700番なんです」と、口々に告げていきました。
 この行動にどんな意味があるのか、皆目見当がつかない。ご婦人の表情が、物の見事にそう伝えていました(おそらく、私も同じような顔をしていたことでしょう)。
 しかし、その後、私はすべてを悟りました。
 後ろを振り返ると、ちょうど髭面の男が戻ってきていました。そしてテーブルには、二段重ねのかつ丼がありました。
 私は慌てて、カウンター席の男を目で追いました。その手には、二段重ねのかつ丼。
 ここまでくると、もう確かめずにはいられません。私は入り口付近の席へ向かって走り出していました。そこにあったのは、もちろん二段重ねのかつ丼です。
 偶然で片付けるには、あまりに出来すぎていやしないか?私と同じ疑問を、青いつなぎの男も抱いたようでした。
 「俺は545番だよ」ご婦人に向かってそう言うと、青いつなぎの男は食べかけのかつ丼を持って受取カウンターへと小走りに向かって行きました。そうして、戻ってきた男の丼には、揚げたてのかつが一枚乗せられていました。
 もう疑いの余地はありません。どういう仕組かは分かりませんが、食券番号をご婦人に告げることで、かつが二段重ねになるのです。
 隣席のご婦人は自体が飲み込めずにいる様子で、すっかり怯え切っていました。
 「702番……、703番……」
 アナウンスが流れる度に、ご婦人は小刻みに体を震わせます。
「705番……、706番……」
 二段重ねのかつ丼が、次々と私の前を通り過ぎていきます。
 「710番……、711番……」
 ようやく、私の番がやってきます。もう空腹感は限界です。ご婦人をチラリと見やると、すがるような目で私を見つめていました。
 「1の712番、かつ丼大盛でお待ちのお客様」
 私とご婦人との間に、針で刺したような緊張が走りました。
 私は、こみ上げてくる唾を何度も呑み込み、唇を戦慄かせながら、「な、ななひゃく……」と言葉を押し出しました。
 「ギャー!!」
 私が番号を言い終わらない内に、ご婦人は叫び声を上げて、私から食券を取り上げてビリビリに破くと、どこかへ走り去ってしまいました。
 しばらく呆気にとられた後、私はビリビリになった食券を持って受け取りカウンターへ持っていきました。しかし、どんなに説明しても、かつ丼を渡してもらえません。  券売機には先ほど以上の長蛇の列。もう一度買う気には到底なれません。お金が惜しいのではありません。それ以上待つことができなかったのです。
 途方にくれていると、「1の715番、かつ丼大盛のお客様」とアナウンスされました。
 すぐそばのニット帽の若者が、すっくと立ち上がりました。
 どのくらいの間だったでしょうか、とにかくかなりの時間(もしかしたらそう感じただけだったのかもしれません)、若者はじっと私を見つめていました。
 その後、「715番なんだよね」と私に向かって言い残し、立ち去っていきました。
 程なくして、ニット帽の若者は戻ってきました。
 手には、かつ丼を持って。もちろん、二段重ねの!
 「718番……721番……726番……」
 突然、アナウンスと客達との大合唱が始まりました。皆がみな、二段重ねのかつ丼を両手に持ち、私の周りをクルクルと周りながら踊っていました。
 「ぐー、ぎゅるるるる……」
 大合唱に負けないくらいの大きさで、私のお腹がなりました。
 「732、733、734……」
 薄れ行く意識の中で、食券番号のアナウンスだけがやけにハッキリと、私の耳に聞こえていました……。

 「だからって、なんでお巡りさんを殴るようなことをしたの?」
 明滅し始めた裸電球の接触を確かめながら、私は男に訊ねました。
 「調書を破るのを、止めようとしたからです」男は、裸電球から視線を逸らさないまま、やはり訥々と答えました。
 「だから、調書を破るのはなぜ?」
 「取り調べ室には、食券がありませんでしたから。破れるものと言えば、調書くらいしか……」
 「食券?なんの食券ですか?」
 「かつ丼のですよ!」男の眼光は鋭かった。
 私は、気圧されまいとまくし立てるように「良いですか、あなたはパーキングエリアで暴れているところを取り押さえられて、そのまま拘留されたんです。取り調べ室のかつ丼は、あなたがうわごとのように言うから、お巡りさんがわざわざ頼んでくれたんですよ?だから食券なんてないんです」と言った。
 「じゃあ、番号は?」 「はあ?」
 「食券番号はどこに書いてあったんです?」
 「食券がないんだから、番号もあるわけがないでしょう。そもそも、番号がどうして必要なんですか?」
 「二段重ねじゃなかったからです」
 「……なにが?」
 「取り調べ室のかつ丼は、二段重ねじゃなかった。それは私が番号を告げてないからです。いや、その前に私は誰かの食券を破らねばならなかった。でなければ、私はいつまでも告げれられる側の人間になってしまう。隣接のご婦人だって、私の食券を破ったからこを、告げられる側の人間を辞めることができたんですから。だから私は無理にでも調書を破って……ああ、後は食券番号だ!番号を誰かに告げねば!番号は?私の番号は?」
 「2413番、面会時間の終了だ」
 男を制するように、制服姿の男が言った。
 男は、それまでの興奮が嘘のように穏やかな顔つきになって、「2413番……だって」と言った。
 と同時に、裸電球の明かりがフッと消えた。


(終)

コメント(3)

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

意味不明小説(ショートショート) 更新情報

意味不明小説(ショートショート)のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング