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意味不明小説(ショートショート)コミュの彩子との場

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 彩子とは、毎週金曜日の夜にあっていた。
 地元駅の、南口商店街を抜けて、レコード屋の角を左に曲がると、路地の奥に黄色い看板を出した、小さなスナックがある。彩子は、その店でホステスをしていた。売れない役者の私は、それだけでは食べていけず、同じ店で黒服としてアルバイトをしていた。スナックで働こうと思ったのは、夜も稼げるのと、酒が好きなのと、話が巧くなりたいのと、そんな理由からだった。

 話の巧さにかんしていえば、彩子のそれは、じつに見事だった。
 彩子は、うら寂しいスナックには不釣り合いなほど、綺麗で、スタイルも良かった。聞くところによると、若い時分には、都心の繁華街で売れっ子のホステスとして知られていたそうだ。だが、いまだに彩子めあての常連客が、あとを絶たなかったのは、彩子と話すのが楽しかったからだろう。金曜日になると、別の店かと思うほど、店内は笑いと活気に満ちあふれた。

 彩子に好意を抱くまで、そう時間はかからなかった。
 きっかけは、他愛のない、本の貸し借りからだった。彩子とお客さんが、漫画本の話をしていた。それぞれお勧めの漫画本を挙げていたところ、私にも矛先が向けれた。私がタイトルをいうと、二人とも知らないという。「それなら、こんど家から持ってきます」と、約束をした。次の金曜日、じっさいに漫画本を持ってきて彩子に手渡すと、きょとんとしていた。「ほら、このまえ話してた」と、説明すると、彩子は「ああ、あれ」と、大笑いしながら、なんかのついでといった感じで、漫画本を借りていった。さらに次の金曜日になって、彩子は「なんでこれを勧めようと思ったのか、わからない」と、少し不満そうにしながら、本を返してきた。漫画の内容は、上京したての女の子が、いなかっぺ丸出しでホステスをやる、というものだった。私は、「主人公の健気な姿が、彩子と重なって見えたから」と、本心は告げられず、すまなそうに笑うだけだった。彩子の気分を害してしまったと、その日の営業中は、しょんぼりしていた。だが、彩子がお客さんとの会話のなかで、「はりきってズボン履いてきたのに」と、漫画の台詞を引用しているのを聞いて、なんだが嬉しくなっていた。

 彩子は、話術だけでなく、文才にも長けていた。
 本の貸し借りをするのに、メールアドレスを交換した。まだ、スマートフォンなどなかった時代だ。彩子のメールは簡潔で、かつユーモアがあった。まず、当時はやっていた絵文字や顔文字などは、基本的に使用しない。一文が短く、行をまたぐようなことはしない。句読点も、最小限にとどめられている。また、驚くことに、ほとんどの文節が五音か七音である。それにくわえて、行と行とのあいだに改行をいれ、間隔を保っている。一見すると、和歌や俳句のようであった。ただし、文体はあくまで口語調で、気どったところがない。内容のほとんどは、店のお客さんの悪口軽口なのだが、着眼点が面白い。実際に、和歌やエッセイなどを書いていたら、それなりのものを著していたはずだ。あまりに面白いので、そのころの私は、いつしか彩子のメール真似るようになっていた。こうして私は、金曜日ではなくても、彩子との会話を楽しむようになった。

 とはいえ、私の胸の内を彩子に明かそうとは、思わなかった。
 理由は簡単で、私には妻子があったからだ。妻との仲たがいは絶えなかったし、子供の面倒はろくに見ていなかった。前にいったとおり、私は売れない役者で、もうそれだけで、じゅうぶん自分のことしか考えていないからで、そのうえ女遊びまで、やってはいけない、という気持ちがあったのかもしれない。その割には、私は自分が妻子持ちであることを、店の誰にも話していなかった。常連客にも、ママにも、彩子にも。つまり私は、嘘をついていたのだ。店にも、家族にも、もしかしたら、自分にも。

 「いまから告白するので、ふってください。」
 彩子に電話でそう告げたのは、バイトをはじめて半年くらい経ってからだった。ある舞台で、妻を亡くした夫、とうい役をやることになった。台本には、亡くした妻のことは、書かれていなかった。その妻のモデルに、彩子を選んだ。頭の中で、彩子と出会い、恋に落ちて、一緒に泣いて、一緒に笑った。彩子が演じる妻に恋をすることは、そう難しいことではなかった。だが、この妻には、亡くなってもらわなければならない。これがとても難しかった。この頃には、すでに私は、頭の中だけではなく、頭の外でも、彩子のことが本気で好きになりかけていた。このままでは、芝居どころではない。どうか私をふってほしい。彩子に電話をかけた。あれだけ話術にたけた彩子だが、返事は歯切れがわるかった。結論からいうと、彩子には交際している男性がいた。だが、たぶん、はっきりとふってもらうことは、できなかったはずだ。彩子も私も、なかなか電話を切らなかった。だが、切ったあとの虚しさはあった。ちなみに舞台は、悲しいくらい好評だった。

 彩子から、誕生日を祝ってもらうことになった。
 舞台が終わってから、なんとなく彩子との会話に、以前のような感覚が得られなくなっていた、矢先のできごとだった。場所は彩子の地元で、こじゃれた感じの居酒屋の、個室だった。店が終わってから、従業員同士で飲みに行くことはあったが、こうやって彩子とふたりきりで飲むのは、はじめてだった。ぽつりぽつりと会話を切り出すうち、いつのまにか、いままで知らなかった彩子の人物にふれた。家政科出身で、とりわけ料理が得意であること。両親とは、いがみ合いながらも、一緒に暮していること。実家の炊飯器の、蓋が壊れてガムテープで止めていること。いま付き合っている男性は、自分の父親ぐらいの年齢ということ。あけっぴろげな彩子の性格につられ、私はすっかり酔ってしまった。帰り際、駅のホームまで彩子は送ってくれた。思いかえすと、彩子の瞳に憂いの色があったかもしれない。ドアが閉まる間際、彩子は私の腹をぽんと叩いた。

 そうこうしているうちに、新人がはいった。
 一人は酒飲みで、一人はド天然。いわゆる、仕事のできる性質では決してなかったが、酒飲みは呑兵衛に、ド天然は世話好きに、それぞれもてはやされた。なにより、二人とも二十歳だった。それまでの彩子人気と、新人二人の活気で、店の空気は分断された。私は新人に仕事を教えつつも、できない二人に目をかけるようになってきた。酒飲みとは閉店後に飲みに行き、ド天然とは私生活でも世話を焼いた。店の中でも、その雰囲気が出ていたのだろう、彩子に「ねえ、バカなの。バカでしょ、バカ。」となじられた。彩子ともまた、冗談交じりに話せるようになった。だがもう、毎週金曜日の夜は、特別な日ではなくなっていた。

 幕切れは、あっけなかった。
 ママが古希を迎えるのを機に、店をたたむことになった。それきり、彩子とはあっていない。一度、酒に酔った夜だったろうか、彩子にメールをした。たぶん、あって飲みましょうとか、むかし話でもしましょうとか。意味深ではないが、未練がましい内容だったと思う。彩子からの返信は、「答えはNO!」だった。やはり、文才にも長けている。地元に帰ったおり、店のあった跡地に行ってみた。個人経営の中華料理店になっていた。赤提灯にでもよろうと思った。が、真っすぐ帰った。


(終)

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