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眼球使用困難症コミュの自己紹介・病歴・治療歴

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コミュ内全体

自己紹介のトピックです。
できれば病名、その病歴、治療歴、症状詳細、そのほかの疾患なども書き込んでいただけると幸いです。理由は医学界にも世間にも届いていないなんらかの発見があるかもしれないからです。
ただし、このサイトは現在外部の人からも見られるようになってますのでそれを承知の上で書ける範囲でよろしくお願いします。
ある程度情報が集まった時点で医学界にプリントアウトして提出することも考えています。

コメント(17)

はじめまして。
病名:眼瞼痙攣
昨年一月に原因不明の急激な視力低下と開眼困難となる。視神経炎や自己免疫疾患の疑いで入院、ステロイドパルスや血漿交換等の対症療法を受けるも改善せず。
今年、一月に神経内科の担当医から井上眼科病院の若倉先生への紹介を受ける。
初診で「重症の眼瞼痙攣」と診断を受け、即日ボトックス!時間の経過と共に眼が開くようになりました。
二回目の受診で、遮光レンズとクラッチの着いた眼鏡をゲット!
この二つにより、眩しさも以前よりは軽減され、4ヶ月に一度のボトックスで眼を開けていられまするんるん
現在の症状は、羞明、視力低下(右0,01、左0,03矯正不可能)、視野障害(ボトックスが切れることで機能的なもの)、瞼の痙攣などがあります。
原因は、ストレス。自分では感じていなかったものが多すぎたようです。
視力が何をしても現状より上がらないことで、距離感が掴めず物にぶつかる、人混みや段差が多い場所がこわい、視野が狭まることでその恐怖は更なるものに。
視力を取り戻すことが今の目的です。
>>[1]
さっそくありがとうございます!私は自身の自己紹介もまだですいませんが…。

私の自己紹介は改めて書きます。

ところでかなり視力が落ちてしまったようですがそれ以前は裸眼視力、矯正視力共にどれくらいだったのですか?

>>[2]
裸眼視力はもともと2.0あり、メガネの使用もありませんでした涙
>>[3] えー!そんなに目がよかったのに!それはさぞやショックでしょうね。それにしてもそんなに急激に視力が下がる事があるんですね。やはり視神経炎とかあったんでしょうか。少しでも視力が回復するといいですね。

眼瞼痙攣発症は7年前。その頃はまだ白杖なしで外出できましたが4年前のボトックス注射で大幅悪化し、白杖つきになりました。

症状は主に光過敏で光の刺激で目周辺筋肉が痛みます。
中でも動く光に弱く、パソコン画面は動くので視覚障害者用画面読上げ機能を使ってこの文章を打込んでいます。
読書も音に変換して読んでいます。
一方で絵的なものをボーッと見ることは比較的苦になりません。
その他、体の凝り、痛み異常な冷え倦怠感にも悩まされているので慢性疲労症候群や線維筋痛症も身近に感じています。

頭痛、肩こり、背中や坐骨の痛み、低体力、異常な冷え性なども長年の悩みで、とくに目を使いすぎると長期的に寝込みます。いっとき心療内科で心因の自律神経失調症とされてましたが、不正乱視、遠視、レーシック後遺症、眼瞼痙攣の人たちの話を聞くにつれ、もしかしたら目が原因でその他の症状が出ているのかと感じるようになりました。と、いうのも小学1年のころから乱視でメガネをかけ、さらに疲れ目も自覚していたからです。

他、顎関節症、軽い血糖調節異常もあり。

ただいま障害年金裁判中。
ボトックス副作用でPMDA申請中。

ジストニア友野会の副理事長川島秀一さんらと共に新しい患者会設立準備中。
当初、眼瞼痙攣の福祉問題を彼等と共にやる予定でしたが、その活動は「眼球使用困難症と戦う患者友の会(仮)」でやることにしました。
なので川島さんらのグループでは代替医療部部長として活動する予定です。ちなみに向こうでは薬剤性ジストニアの問題に重きを置く予定になっています。

特技は漫画を描くことです。と、いっても今は自分一人で完成品がかけないので「ジストニア漫画部」というグループを作ってたまにジストニア啓発イラストや漫画をのせています。
よろしくお願いします。

眼瞼痙攣発症時のエピソード漫画
マンガ「眼精疲労の恐怖」
http://www.tinami.com/view/635178

フェイスブックページ「法からこぼれ落ちた傷害 眼瞼痙攣患者を救う会」
https://www.facebook.com/gankenkeiren/
眼瞼痙攣で自覚症状(羞明感)が出てからは10年くらいになるでしょうか。
2年前に限界を感じフルタイムの仕事をやめました。その後車も手放し独りでは全く外出できなくなりました。(白杖訓練数回やりました)
現在ほぼ右目が閉じたまま、左目がうっすら一瞬開く程度で目の前にいる人の顔もすぐにはわかりません。開けようとすることで全身が疲労、また頭首肩の異常なこりで寝込む程です。他には上腕部の筋肉がリラックスしているのに収縮して痛みます。
今点字、音声パソコンを学んでいるところです。皆さんいろいろ教えてください。どうぞよろしくお願いします(^^)
>>[6] こ目を使おうとすると疲れて寝込むくらいなのですね。私も目は任意に開けられますが、光過敏がひどいのでやはり目を使いすぎると寝込みます。もう、寝込まないとか痛みに苦しまないために暗闇生活を送らねばならない状況です。

そして、腕にまでジストニア症状が出ているようですね。大変お辛いことと思います。私同様、ボトックス打てないのも苦しいですね。

音声パソコンと点字覚えてせめて文化的な生活は充実させたいですね!他トピックでそのネタも語りましょう!音声パソコントピックはすでに作ってあります^_^
はじめまして!
病名:慢性疼痛 甲状腺亢進病 骨軟骨腫
 ・高1の時に初期症状として、慢性的なガンガンする頭痛腹痛が始まりました。また映画のような大きな音、前がピカピカし強い光がする環境や旅行などで疲れたときは、必ずそういった症状がでました。そして、この頃から体育で暴れまわると急に体が動かなくなったり過呼吸も起こす、ひどいときは一瞬意識が飛びました。体育が嫌いなだけでは?と思う方もいるかもしれませんが、昔は競泳 シンクロ  テニス バスケを同時にやっていた時期もありましたし、体育の成績も上位数番になるくらいには大好きです。そして、このとき近所の病院をいくつもまわって検査してもらったのですが、甲状腺亢進病も落ち着いていて経過観察のみでどこにも異常が見つからず、ロキソニンでその場しのぎをしていました。それにこの時はたまに学校を休む程度であまり気にもしていませんでした。

 ・高2になると、肩 背中に痛みが広がり、学校を休む回数も増えていきました。(とは云えこの時もまだ出席日数がまずくなるほどではありませんでした。)みんなに痛いんだよねと云っても‘肩こりだよ みんな一緒だよ!‘と云われ自分もまあそうだよな!と思いまたスルーしました。因みにこの時体の隅々まで検査したのですが異常なし。
≪おまけ;高2の三学期は髄膜炎で入院とインフルで出席日数とテストが死んでました。≫
 
・高3の秋になるとますます体が動かなくなっていき全身に痛みが回りましたました。出席日数もギリギリ、学校来て保健室で6限までいてお迎えなんて日も普通にありました。そして、12月の始めついに杖がないと歩くのも辛くなりました、普通の光もまぶしく痛い。白い紙を見れはピンボケで文字が読めないし、蛍光色に近ければ近いほど黒い飛蚊のようなものや黒いカーテンのようなものがかかってしまい、白い電球 車のライト 駅やお風呂のような明るい色の壁は私の敵です。音も痛く我慢ができなくなり、杖にサングラスにノイズキャンセルイヤホンは私の命の次に大切なものになりました。そして、それからは病院をたらい回しにされたり、これでは解決しないと思い自分で調べた病院を訪ねたりして2月の末ようやく私を苦しめていた痛みに「慢性疼痛」と病名が付きました。やっとやっと痛み止めが処方されまさた。

 ・大1になると薬物治療と必死のリハビリのおかげか少しずつ改善していき、6月末には杖もサングラスもイヤホンも外しても日常生活にはさして支障はなくなりました。とはいえ、痛みがなくなった訳ではなく、いまだに痛み止めは命ですし車のライトや太陽光は嫌いで帽子や日傘でシャットアウトしています。
≪ 内部なので受験せず大学生になりました。逆に受験期に容体が悪化してしたので受験生だったら終わってたな、と思います。≫


 
>>[8] 早速自己紹介ありがとうございます!
その年齢で大変苦労されてますね。
しかし、ひどかった痛みが緩和したのは本当によかったですね!

ところで愛理さんのその症状、片頭痛かなと思えてしまうのですが、そうおっしゃった先生はいらっしゃいませんでしたか?

慢性疼痛って大枠の名前なので、その中のどれにあたたるのかと気になりました。

まったく外れてたら申しわけないのですが片頭痛って片頭痛に強い神経内科医にかからないと診断されないそうで、実際私もそうでした。それで片頭痛に強い群馬の先生にかかったら、頭痛だけでなく身体にも不調が現れるというのです。天候、月経の影響も大きく、納得でした。

と、いっても治療薬はそんな効くものがあるわけではありませんが…。

また、原因がよくわからない場合は薬の影響だったなんてことも珍しくないのですがそういった心当たりはありませんか?
 私もそれを疑い初期症状の時に偏頭痛を訴えましたが、ことごとく否定されました。
 高3になりこれはさすがにおかしいと思い、線維筋痛症を疑い心療内科と神経内科で迷ったのですが始めが頭痛だったので神経内科の名医の元へ行きました。すると『それは心療内科の分野だね』と云われ、偏頭痛とは云われませんでした。

あと、慢性疼痛についてなのですがネットで 医療法人東永内科リウマチ科 慢性疼痛と線維筋痛症のお話 に結構詳しく載っています。
初めまして。
私は、特発性ジストニアです。
目の症状は…複視・光で眼痛です。最近は視力も低下。
特に、眼痙攣などの病名はついていません。この様なスマホ入力は片目をつぶり入力しています。
よろしくお願い致します。
>>[11] しのさんこちらのコミュに入っていただきありがとうございます^^
ところで片目をつぶるのはつぶりたくなるからですか?それとも片目の方が見やすいからですか?
また、しのさんは目より他の部位のジストニアの方が重いのでしょうけど、目の症状によって例えば長時間pCが見られないとか読書も思うようにできないといったことはありますか?
>>[12]
こちらこそ宜しくお願いします。
片目をつぶるのは、片目の方が見やすいんです。
複視のせいなのか?特に左目をつぶります。
今も左目つぶって入力してます。両目では眩しいんで。
意識的につぶる時もあれば、自然とつぶっている時もあります。自然とつぶってしまっている時は、開けてもすぐ閉じちゃうんですよねー(>_<)

PC操作は好きなのですが、ドライアイ状態になるので所々で休憩しながら目薬使いながらやってます。

はじめまして。
私は1993年に強迫神経症になり、4年後の1997年に突然目が光に弱くなり、
明るい場所には濃いサングラス無しではいられなくなり、
また、常に酷い眼精疲労状態で、本も数ページしか読めなくなり、
TVもほとんど真っ暗の状態に近くしないと見られないようになりました。

眼科では眼精疲労と診断され、目薬を処方されましたが、一向に良くなりませんでした。

当然働く事が出来ませんでしたが、親も年ですし、何とか収入を得なければと思っていた所、
2000年代にネットが普及し、ネットを使って為替のトレードでお金を稼ぐ事が出来る事を知りました。
私に出来る可能性がある唯一の仕事でした。

液晶モニターだとほとんど暗くならないので、中古のブラウン管モニターで画面をかなり暗くして、
為替トレードの勉強や研究を2006年から始めました。

しかし、2008年、画面を見ていたら酷い吐き気に襲われ、PCだけでなく、TVも見れなくなりました。
見ると吐き気が出てしまうからです。

半年後、長時間やらなければ吐き気が出ない状態になったので、再び投資の勉強を始めました。
しかし、早く収入を得なければという焦りから、長時間モニターを見るようになると、再び吐き気に見舞われ、
それでも続けていたら、2009年のある日後頭部がしびれ、めまいがして座ってもいられ なくなった上、
それまでよりもはるかに光に弱くなり、豆電球さえ眩しい状態になってしまいました。

その日から雨戸を全部閉しめた部屋で寝たきりで、頭はグルグル回っている状態で、文字などは、全部ゆがんでうねうねと動いて全く読む事も出来ない状態でした。

この時、総合病院での検査で、両目が同時に光に弱くなるのは目の疾患ではありえないと言われました。
つまり1997年からの目の異常は眼精疲労などではなく、脳や、脳と目をつなぐ神経の異常の可能性が高いとの事でした。

この時は通院しているメンタルクリニックで抗うつ薬ssriを処方され、半年後には、カーテンを開けて生活できるまで回復しました。

しかし、無収入の問題は解決されたわけではないので、再びpc を使って投資の勉強を始めました。
吐き気がでたら、数か月勉強を中断し、良くなったら勉強再開と、自分の体をだましだましずっと続けてましたが、
2014年に再び豆電球すら眩しい酷い状態になってしまい今に至ります。

前回の2009年の時との違いは、薬があまりきかないことです。
現在は、カーテンを閉めた部屋で、サングラスをかけて、横になって少しでも回復を図るという生活をしております。

当然働けませんが、視覚障碍者認定もされないので生活資金も無く、もし回復しても収入を得るため、
再び、唯一できるネットを使ったトレードの勉強をせねばなりません。

あと、書き損じてしまいましたが、視覚障碍者認定されてないので、
例えば、PCトーカーや、プレクストーク 、遮光眼鏡など、生活に必要な備品も自身で全額負担せねばならない上に、こういった商品は高額なので、かなり家計に負担がかかりますし、購入をあきらめねばならないものもありますので、少しでも支援金が欲しいです。

また、現在、規制によって濃いサングラスが無い事に困っております。光に弱い人だけは、かけても良いといった法律が出来、濃いサングラスを販売して欲しいと思ってます。

長文すいません。宜しくお願い致します。

あいさつが遅くなり、すみません。
病名:遅発性ジストニア(眼瞼痙攣、顔・首・肩・腕のジストニア・ジスキネジア症状)

 私の症状は、目は勝手に閉じてしまい、光過敏、顔の筋肉の緊張やモグモグ勝手にうごき、頭から首・肩へのねじれるような緊張で頭痛や体の痛みがが出やすいです。
遮光眼鏡は必需品で調子が良くて無理をしてしまうと、ソファーにもたれかかり、楽な姿勢が作れなくなります。
 動けない時に布団で寝るのも、首・肩が痛く寝返りもうてないので、夜以外は横になれません。
 家の中での生活になっていて、見えてない部分があり家の中でも肩をぶつけたり、空間認識がうまく出来ていない状態です。
 パソコンの画面で動きのないものは光を暗くして、知覚トリックや瞼を押さえて見ています。
でも、目を閉じている方が楽なので、必要以外は目を閉じた状態になってしまいます。
 病院へ行く時は妻に付き添ってもらい私は妻の足を見て歩いたり、肩につかまって歩き、遠く歩けないのでタクシーも必需品です。
自転車は気配を感じず近くや目の前を通るので、付き添いがいても恐怖心を感じます。


 私の体験は、うつ病の治療で抗精神病薬を服用していたことから始まります。
約8年前に、うつ病の休職から復職して慣れてきたころ、春先に雪がやけにまぶしく感じたことが今思うと始まりだったと思います。
薬の副作用として体のこわばりやアカシジアの症状で仕事で席に座っているのが地獄のようでした。
 まぶしく感じて1カ月くらい後には、目が勝手に閉じて開けていられなくなり、眼科を受診しました。眼球の検査は異状なくドライアイとして、眼薬をもらいながら通院していました。
 1カ月たっても目が開かない状態で、ボトックス注射をすると改善するかもしれないという提案があり、大学病院の神経眼科を紹介してもらいました。
 適切な医療につながったのは、運が良かったと思います。

 神経眼科では、眼瞼痙攣の診断が出て、ボトックス注射をしました。
 このころには、うつ病や副作用のアカシジアの症状は楽になっていたのですが、今度は目が開かなくて平日は仕事に行って無理に瞼を抑えながら事務仕事をしていましたが、週末はいくら寝ても疲労がとれなく頭痛を伴いずっと寝ている状態でした。

 家族と買い物やドライブをしたり、魚釣りに行ったりと車の運転は好きだったのですが、結局車は売ってしまい、趣味がなくなってしまった思いです。

 ボトックスは全く効果がなく、神経眼科の医師から薬が原因の疑いがあるから調整してもらうよう話がありました。精神科では副作用のない薬を処方しているの一点張りで、眼のことも話していたのですが無視されていしました。
 約半年で症状は眼瞼痙攣から顔全体に広がりメイジュ症候群になりました。
 神経眼科の医師から精神科の医師に手紙を持って行ったのですが、手紙は書くのでどこの病院に行ってもいいと病院を追い出されました。
精神科は神経眼科と同じ大学病院に通院することになり、うつ病とメイジュ症候群に効果のありそうな薬の管理をしてもらいました。

 仕事の方は、無理をしていたので欠勤を繰り返し、首・肩・左腕がねじれるように痛いのでトラムセット(痛み止め)をのみながら、仕事に行っていましたが、頭痛や体の痛みで朝からソファーにしがみついて我慢する状態でした。夜は布団で痛み止めと睡眠薬で無理やり睡眠だけとる状態になっていました。
 朝はタクシーで通勤し、帰りは白杖をついて前の人の足を見て歩き、最悪事故にあっても通勤途中の労災になるからいいやと開き直るしか考えられません。
 しかし、欠勤して休みながらでも仕事は続けられず、休職と復職の繰り返しでした。

 復職しても症状は悪化する一方なので、休職のまま解雇になってしまいました。
 もしも、身体障害者手帳があり、会社に障害者枠などの交渉で時短勤務などが出来ていたら、解雇にはならなかったのかもしれません。

 大学病院でのボトックス治療も首・肩のジストニアには注射してもらえず、トラムセットと睡眠薬で寝ている状態は続いていました。

 会社を解雇になったのは2年半ほど前で、同時期に理解を示してくれていた精神科の主治医が転勤となり、若い医師に引き継がれました。
 後任の主治医はジスキネジアの症状にしては見たことがなくおかしいと首をひねるばかり。
前医師からの説明や眼瞼痙攣で薬が原因でないか、ジストニアの症状も不随意運動なのでジスキネジアと前医師は統一して呼んでいたことなど、説明しても自分の見たことのない状態については真剣に聞いてもらえません。
他の病院へ行っても、精神科に主治医がいて同じ大学病院でボトックス治療をしているので、進展はありませんでした。

つづく
【16】からつづき

 3カ月程経ってから、専門は神経内科なので受診するよう指示がありました。
 神経内科の医師はジストニア・ジスキネジアについて無理解で、
「眼にボトックスをして改善する人もいるのに改善しないのはおかしい。」
「遅発性?薬の副作用が5年以上も続かない。」
「トラムセットは麻薬なので依存?必要ない。」
「疾病利得・詐病だ。」など
納得できない説明に同意しないでいるといろいろな言葉が浴びせられ、身体表現性障害なので精神科で治療してもらうよう戻されました。

医師間の連絡は、院内のメールのようなもので行われているので、説明もなくどのようなやり取りがされていたのか不明のままです。

 精神科の医師は、専門の神経内科の診断が身体表現性障害というなら、間違いない。
遅発性ジスキネジアではなく身体表現性障害として治療して、ボトックスなんか必要ない。
トラムセットも必要ない。これを認めて前向きな治療に同意するよう求めてきました。
 私は、遅発性ジスキネジアで診断書を書いてもらって、長期間になるが原因薬に気を付ければ段々よくなるという言葉を信じていたので、3カ月くらいの間で、原因不明で身体表現性障害と病名が変わっただけで治療法はなく気のせいだからと痛み止めも止められ、納得できない状態です。

 次の診察の時には、その精神科医はいなくなり、またほかの医師へと変わっていて、病状がつながらなくなり、「身体表現性障害」が独り歩きしてただ時間ばかり経過していく状態でした。
 これがきっかけで精神的に不安定で不眠も悪化していきました。

 妻のすすめで長くお世話になっていた精神科の医師を東京まで追いかけて受診し、知り合いの薬や副作用の症状に詳しい精神科医を紹介してもらい、現在は遅発性ジストニアの治療ができています。

 また、3カ月ごとに妻に付き添ってもらいながら東京でボトックス治療をして、顔だけでなく首・肩にもボトックス注射をしてもらえるようになりました。おかげで、痛み止めのトラムセットをのまなくても睡眠薬で寝つけて、横向きになることが出来るようになりました。

 私は前医師にお世話になり運良くうつ病で休職した時に障害年金2級を受給できました。
現在も医師にうつ病と眼が開かない・体の不調で家の中での生活になっていることを伝え、障害厚生年金2級の受給が継続できています。
また、副作用被害救済制度の障害年金も受給できるようになり毎年診断書を提出をして審査があり不安定ではありますが、東京でのボトックス治療が続けられています。

 仕事はできないのですが、子供はまだ小学生で妻も僕の世話をしてくれて苦しいながら、周囲の人に助けられて私の生活の質は改善されつつあります。

特定の医師にお世話になり、必要な書類もそろえて障害年金にたどり着けましたが、医師が変わると診断書の拒否や病気を捻じ曲げられてしまい、生活が狂いかねません。
また、責任感のある医師を探す場合も、お医者さんの紹介で行き着いたので、個人で探すのには限界を感じてしまいます。
何より、東京と北海道では様々な面で、格差がありボトックス治療を北海道で受けていた時、その医師がジストニア専門医はいないと言っていたのは印象的です。

最後まで読んでいただきありがとうございました。
長文、失礼しました。

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