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いつもある精神統一コミュの愛の安らぎ

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コミュ内全体

わたくしは

昨日

夕方の
透析の送迎で

美しい夕日に染まる

白い塔を見ました。

その姿で

最近
いつもある精神統一について
感じていたことが

よくわかってきました

それは

大地だけが天国(現実)であるということです

塔は想像(作られた夢)だということです

そして

先の尖(とが)った塔が
白いのは
愛の大地(抽象)からのビジョンとして見直した(癒した)
ということでした

もともと塔は
尖った先端のところが身体です(展望台の窓があります:第4レベル)

そして大地にむかって

すこしずつ太くなりながら
(中間にも展望台の窓があります:第2レベルの心)

大地からそびえています

ですから
精神統一とは、先端へ(の精神集中)ではなく

平らな大地への
精神(:心)融合
を表現してくれています


かつては

わたくしは塔を

精神統一のシンボルとして

塔の先端の先

の空が

天国にいける地点だと

思い込んでいました

しかし

ある頃から

そのフィーリングは

ちがっていて
真実は大地だと感じてきました

かつては

大地のことは幻想で

空が天国だと思ってきたからです

ですから

幻想の大地を精神統一し

先端から空へと飛躍して帰還しなくてはならない
と感じていました。

しかし

精神統一とは先端への精神集中
ではありませんでした

それは閉塞感のある

自我の精神集中だったのです

しかし

ある頃から

精神統一(心の融合)とは

愛からくる融合(反映)の力であるとわかりました

したがって

塔の先端は身体
(心の収縮という状態の象徴)だった
のです

白い夕日に染まる塔を観たとき

夕日はあたたかい安らぎを思いださせてくれました。

ちょうどそのときは病院の駐車場から眺めていて

隣に
別の介護事業所からきた女性の送迎の運転手も
到着してきました

そして

挨拶して互いに美しい塔ですね



感嘆し合いました。

その日は雨もあり雲のおおい空でしたが

ちょうどそのとき

ほの暗い塔が

美しい夕陽に塔が染まって白い塔が顕れたのです


それは
なんともいえない

大地からのハートを反映するような

うつくしい紅(くれない)いの
白い塔でした

ああ

これが人のあたたかさ

兄弟と心をかよわせていく

いつもある大地からの塔なのか


とシンボルの意味がわかったのでした。

そして

その晩

木曜ドラマの
『隣の家族は青くみえる』の最終回をみて

(愛を表現してくれているすばらしいドラマでした)

隣の家族は青くみえる

の本当の意味がわかりました

それは

ハートの記憶のところから
さらに先端までそびえたつ自我の塔を羨(うらや)むべきではない

という意味だけではありませんでした

『大地のみが聖家族(愛の家族)だったのです』


「隣の家族は青くみえる

とは

宗教でイメージする聖家族という

天空へ向かい頂点にむかってそびえている威圧感のある状態

ではなく

大地こそ天国なのだよというメッセージでした。

隣の家族は(キリスト教でイメージしてきた)聖家族
についての自我の恐れた想像でした。

それは大地の家族(愛の記憶)よりも青くみえます

それは錯覚(知覚)です

幸せ(真の記憶)は

いつも大地にあります

大地だけが現実(・存在)です

ほかは存在しません

塔の先端から見える窓からは身体からみた

変化する空が見えるだけだったのです

愛は安ぎの大地にのみあります

白い塔は、塔を癒さなくてはならないという意味であり

紅いの
夕焼けのあたたかい塔は

愛の反映により

それが癒され

愛(大地)のみが現実
であるという意味です

それは
いつもあるものです

奇跡とはいつもあるもの(自然)です

それが
いつもある精神統一なのです

それは自我以前の記憶であるため

語れない(名前もない)
安らぎです

それは愛の安らぎです

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