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いつもある精神統一コミュの(*)全体像

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コミュ内全体

天国からのさいしょの空想(もし?)である考え、つまり「私」は

心のなかの分裂のことではなくて

夢としての心そのもの

すなわち
分離という考え=心です

そのあとすぐさま
*心の第一の分裂である「私となにか」という思考つまり意識となります

次に
ふたつの決断ができる心のなかの「第2の分裂」となっていきます
源(愛)の記憶(神のための祭壇:潜在意識の上位)

源から離れた信念(「私」:自我の祭壇:偽りの神の祭壇:潜在意識の下位)

つまり
ハート(神・キリスト)の記憶

「私」:自我:愛からの分離

かを中間の
わたし

選択するわけです

上:天国:源にかえる:精神統一

下流へと分裂していく方向へながれてしまうのかです

ですから癒しと問題は
癒すために同じレベルにあるとよくかんたんに説明されますが

実際は
並列ではなく、
上下(源にかえるかどうかだから)
ととらえるほうがわかりやすいです

ただし第2レベルのわたしは
上を選択するときには
対象(下)ではなく

わたしのうち側(源側)を選択してるので

超意識的な選択という意味になるのです(意識という対象ではなく、うち側である記憶を選択しているから)

そして第2レベルで「私」自我を選択すると

わたしは「私、とは何者なのか」と考えだします

このときから、

「もし?(わたし)」という無邪気な発想が

現実のものとされ
「私」は
罪悪感を抱きはじめます
そして
それを否認したいということになります

そのため

心の第3の分裂(シナリオと、兄弟たちに分裂し)

そして
投影である
心の第4の分裂がすでにおきているので

第2レベルの決断は忘れさられてどうにもならないので

第4レベルのささやかなハートへの意欲(神・キリストという愛からの恩寵)により

第2レベルの聖霊(イエス)に
私にかわり第2レベル決断を委託するのです

そして奇跡により癒された第2レベルの自我は、第2レベルの愛と同化し、第4レベルに投影されていたものは、愛の記憶の延長としてあらわれます

同時にその第4レベルの行動は、愛の記憶を反映したよいマルチシナリオを通過するようになります(よくないほうマルチシナリオは癒され削除されます)
これが全体像です。

コメント(3)

第1レベルは

神と一体であるキリスト

から分離した心(もし?つまり、わたし)の
なかの*最初の分裂の状態(意識)のことです
つまり
分離したわたしに※とっては
自分と*「それ以外」があるようにみえています
これが意識のはじまりです

そして
その*「それ以外」が対象などではなくて、源(ソース)であると決断するのが
第2レベルにおける正しい決断です(源にかえるための)

それにたいして
*「それ以外」がたんなる対象でしかないと決断するならば
分離した「もし?わたし」を現実にする
*自我、と決断したということです

これらの決断をどちらにしたらよいか迷っている心の部分が決断する主体といわれています(主体つまりわたし、イコール自我ではありません。
わたしは自我かハートからはなれてはいないかを決断する※ための心の部分だからです。)

よく勘違いしてしまうのは、
第2の分裂の状態における決断というのは
自我みたいにあれかこれかを決断するような、自我が〜を決断しましょうというのを意味するのではなくて
そのような決断をする「自我」がいるのかどうかという根本的な癒しのための決断なのです

第2レベルにおいてコースのいう
正しい決断とは、自分と「それ以外」の
「それ以外」を源からの聖霊の声とみています

聖霊の声をえらぶと、その決断の意味は

分離のあとの※最初の第1レベル(意識)において、「それ以外」を天国の記憶としてみることになります

神の使者の本によると
分離のあとの最初の分裂(意識)で「天国は記憶」になりました
※そしてただちに第2の分裂がおきるため
最初の分裂(意識の状態)
の天国の記憶は、
*第2の分裂においては
聖霊(天国の記憶)の*声となるのです

そして(コースのいう
決断ですが、)
第2の分裂でわたしは自我つまり「私」をえらぶと、
聖霊(愛・天国の記憶)からの声は
ほとんどきこえなくなります、
(帰還のための)神のための声を聴くことができる者はほんのわずかである、といわれるのはこのためです

主体(わたし)が自我ではなく源のほうへかえる決断をするならば
その自分は聖霊(天国の記憶)の声をえらび、
そのえらばれた正しい声の部分は
第1レベル(意識するわたし)における
「わたしにとってのそれ以外(※源である愛の記憶)」でありわたしは愛の記憶を信じた状態になります
すなわち神をまつ
※愛を信じる心です
晩ご飯を食べ終わりました
^^ふー

さきほどのつづき

もし
第2分裂レベルで
誤った決断をした場合は

もし?(わたし)という空想を

「現実」にするということですから

わたしは「私」自我確定となってしまいます

すると

わたし(マインド)が意識においてもっていた源の記憶は
源の記憶ではなく
「私」のたんなる「対象」となってしまいます

そして自我と決断したということは
自我は罪悪感を抱いていますから
(分離を空想ではなく現実にしたのであるから)

その強い罪悪感を抱いていることにたえられず
その対象(外側)に罪悪感を投影します

そうすると

対象(神)が怒っているとおもえてきます(これが否認して相手に投影したときにおきる勘違いです^^)
そして対象(神)からの報復があると思うようになります

このように(誤った)罪悪感と
罪悪感を対象(神)へ否認し投影したことによる「神の『恐怖(怒り)」(じつはたんに自分の罪悪感)
から

のがれる

ため

第3レベルという
シナリオを作り出し
兄弟に分かれて参加し

第4レベル(日常生活レベル)へ

恐怖を流す(投影)
のです

一般的なノンデュアリティのスピリチュアルの教えでは

好奇心だけが宇宙(第4レベル)の作られた原因だと教えていますが

自我を現実と決断(わたしはハートではなく自我だ)
したら

空想を現実にする好奇心
とともに、
愛を忘れる罪悪感を*ともなうことを見落としています

奇跡のコースは
帰還のためのコースですから

まさしく
好奇心(出かけるときの願望)
ではなく
*罪悪感(愛へのよびかけ)
を帰還のために焦点をあてるのです

そして
ハートの記憶の声にしたがうことにより(つまり第2の心の分裂の正しい決断により)
罪悪感(自我)は現実ではないとおしえてもらうのです


おわり






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