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いつもある精神統一コミュの管理人のおすすめ映画(その7)

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コミュ内全体

「新しい靴を買わなくちゃ」(日本映画)


「北のカナリヤたち」
(吉永小百合ほか主演)

「思い出のマーニー」
(日本アニメーション映画)

「じんじん」
(2013年・日本映画・山田大樹監督)

「旅の贈りもの 明日へ」
(前川 清 ほか主演)

コメント(7)

すべてを受け入れるとき

私は宇宙にいる

(インスピレーション:映画 新しい靴を買わなくちゃ)

かいせつ:…すべてを受け入れるということは非分離になるということ…
私(分離)じゃなく
それをも包んだ宇宙でいること
宇宙は
観念じゃない
分離したものを受け入れるということは
分離されていない命の輝きだから
私を含めて世界は癒され(受け入れられ)輝く

エンディングの美しい曲をきいてそうかんじた

by 引っ越し先の新しいテレビで
「新しい靴を買わなくちゃ」(日本映画)

を昨夜

見ましたが

エッフェル塔(ずっとそこに在るもの)と
あと
ラストシーンがとてもよかったです


それから
そのDVDの新作案内で
すてきな映画がありました(すべパー映画)

前川清さん主演の
「旅の贈り物 明日へ」
という映画です

新作案内をみてるとき
「すばらしい気づき」があるときがあります

でも、映画自体まで見ることになるとはかぎりません

その気づきで十分なときがありからです

でも
縁があるなら見るときがあるでしょう

前川清さん、は以前から好きな人物の一人です

わたしと同じ

という姓をもつからだけではなく
雰囲気がとても大好きなのです

わたしは
両親がかつて離婚して引っ越したとき(富田林へ)

それからすぐ福井に派遣で働きに行きました

目的は

きっと幸せになるために
近畿36不動尊巡礼をするためにです
それを果たすことができました

私は幼いころから
趣味でバイオリンを習いました

大学選びでは絵が好きでしたが、裕福ではなかったので大阪芸大はやめ、奈良の大学のマネジメント学科に入学しました。

そういったことに関連した映画です

新作案内の
「旅の贈り物 明日へ」



わたしに父親へのたいせつな想いを思いださせてくれました

偉大なる計画に感謝いたします

愛に
ラファエルワークスさんのblogに
「自分自身のすべてを受け入れれば覚醒に気づくことができる」と書いてあったのをおもいだします

覚醒:非分離

ですね

それから

ラファエルワークスさんは
サットサンのとき
おっしゃっていました
「ただみてればいい」

そのことがやっとわかってきました



のなかに全部あるからです

二元的に努力してみるのでもなく

いつもある精神統一として

ただみてればいいのです
ほんとうに不思議ですね

「北のカナリヤたち」

にでてくる教師のもとには
6人の教え子がでてくるのですが
そのなかの一人の教え子の行方をめぐって話がすすみます

その教え子のあだ名は
「のぶちゃん」

これは
ぼくの子供の頃のあだ名ど同じなのです

僕は映画で「のぶちゃん」と呼ばれるたびに

じぶんのことを呼ばれているように感じてしまいました。

偉大なる計画に感謝いたします

そしてシェアも自動的に起きてきます

すべてはオートマチックです

現実も夢もただ一つの意志によって
今夜は
テレビで
「思い出のマーニー」(映画)を見させていただきました。


今日は、仕事と引っ越しの残りのかたづけのため
忙しく、
食後に、もう寝ようという気分になりかけていたのですが、
母親が映画がはじまると呼んでくれましたので
これもなにかの縁かと
映画を見る気分になりました。
(それに今日は夕方に北海道で地震がありましたので、これもなにかのサインであると感じてはいました。)


この映画を見たのは
はじめてではありませんが、
わたくしはこの映画の舞台が、
(わたくしにとっての
抽象(愛)の象徴である)
北海道であったとは
しりませんでした。

引っ越しで

すべパー映画に関連する3枚の絵を、
先日無事に発見いたしました。

さらに
故郷の居間に飾られていた運命のもう一枚の絵
親の
「水辺と舟」
も思い出しました。

そして今夜
ふたたび

思い出のマーニーの映画
を見ることになりました


わたくしの両親の
水辺と舟
の絵



3枚のハートに関する
絵が

がつながりました


この映画の意味するところは

親との和解

すなわち

抽象(神)との和解(贖罪:アトーンメント)を暗示しています


すばらしい映画でした

このタイミングでみれたことに感謝いたします

もうなにも理屈をいう必要はないでしょう

ただ気づき(癒し)があるのみです

すべてパーフェクトなのです

昨日の夜

思い出のマーニーを見て

‘主人公の最初の状態’に
関して気づいた点をかきます


それは

親(:神)に愛されていないないのだと

劣等感を抱いていると

受け入れられていないと信じた私(:自我)は

ふつう(自然)に、なりたい

正常になりたい

と思うようですが

これは劣等感(:私:分離)を
つまり自我を*信じたまま

自我を*抑圧しようと努力することであり

無理です

それは自我(罪悪感)を抱きつづけることであり


すると実現してしいない私は

静かにしようと、努力しみたり

ふつうにしようと、努力をしてしまうことになるのです

しかし

それをしているのは

分離を信じている

私(実現していない)

なのです

ですから

自然(いつもあるもの:神:愛:♪ふつう)を否定した
主人公は
ふつうになりたいのになれず
思考で
ふつう(観念)になりたいと思うしかありませんでした

そのやりきれなさを
友達に投影してしまったり(悪口をいってしまったり)

無感情(愛が感じられない)のため

その私がつかんだふつう(観念)というものに憧れていたのです(七夕の短冊)

それは自分は一人(:身体)だと信じているからなのです



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