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いつもある精神統一コミュのいつもある精神統一 ぷらす すべてパーフェクトな夢 (厳選映画)

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コミュ内全体

いつもある精神統一だけでなく、この世界(夢)もすべてパーフェクトな夢であることに気づけるようになる
映画紹介シリーズ(厳選版)



アナとオットー

トロン・ レガシー

イフ・アイ・ステイ 愛が還る場所

砂時計(夏帆、松下奈緒ほか主演)

冷静と情熱のあいだ

そのときは彼によろしく

最終兵器彼女(アニメーションではなくて、特撮映画のほうを観てください 前田亜季さんほか主演)

雲のむこう、約束の場所
(アニメーション 新海誠 監督)




コメント(4)

そのときは彼によろしく
という映画について(ネタバレを含みます ご注意ください)

インドのある伝統的な聖なる教えでは

悟りの状態とは

目覚めた熟睡であるといわれています

ふつう熟睡というのは

私が眠った休息の状態です

しかし
それは休息の状態であると同時に

私よりも基盤であるものに無知でもあります

その基盤とは愛(融合)なのであります

その愛に気づいたならば

起きてるときも

愛(精神統一)があることにわかります

いつも精神統一はあるのです

映画では

ヒロインのベッドの姿

水草の水槽に写りこむ姿がありますが

あれが映画のラストの意味を暗示しています

映画のラストは、眠りではなく目覚め(精神統一:愛)です
「冷静と情熱のあいだ」


フィレンツェ
のドゥオモ(ドーム)

から響きわたる鐘
(無条件の意識・愛)

それは恋人たちのハート(ドーム)をとおして響きわたる

ドームは‘ハート’

:それは孤独(私ーあなた)ではなく、
♪ハート(私のなかのわたし、と、あなたのなかのわたしという意識は
じつは*同じ意識(存在)!である)

そして‘ハート’よりも奥の
つまり‘わたし’よりも以前の
無条件にあるイシキ

これが自然な愛の源。

その鐘の音は響く

そして
存在するすべては、
世界は、
同じ屋根の景色(イシキ)にみえる

永遠の意識の世界

世界の見方の修復
(この映画の修復士のほんとうの意味)

人はいつもある沈黙という普遍的な言語(イシキ・愛)
で*すでに例外なく他者を理解している*

そのために犠牲(努力)は必要とされていない

奇跡(いつも無条件にあるいしきー純愛)

永遠(いつも)・普遍(ここ)にあるもの♪♪

ラストシーンの空気感もそれを表現してくれている

世界はひとつ

汝すでにそれなり(インドの悟りの言葉)



あらためて精神統一することができないのは
じつは一度も精神統一を失ったことがないからである

いつもある精神統一(冷静と情熱:ハート)

精神統一に修行はいらない

(孤独に)修行するのは

私がハート(他者の私)から離れてるという前提?を信じることから始まってるオタク的行為のようなもの

だれも愛(ハート・情熱・冷静・精神統一)から離れてません 









「最終兵器彼女」
(補足)
命は、肉体によっても、私によっても生きていない
命によって生きている
想像(私・身体)の力で生きているのではない
逆なのだ
https://www.youtube.com/embed/vLBPr02qzZI

これは象徴(脳)をつかって説明していますが

間違ったこころ



正しいこころ

の方便として見ることもできます

しかし

最終的な理解にもどるとき

‘ 脳’じたい

つまり


‘わたし’じたい

つまり
周囲とは異なるという誤解じたい



想像なわけです

この段階になると

正しいこころを選択する
‘こころ’

じたいが

エゴ(自我)の枠組みであったと精神のどこかでわかるようになります

‘こころ’すなわち




なく

存在(変化しない感覚:愛)がみずからであると感じとることになります


このことを

スピリットは

頭ではなく

胸でもなく

腹でもなく

ノーセンター(存在・統合)と説明することもできます

つまり

エゴは身体(投影)とむすびついているため

愛を感じとれない状態(頭)

ではなく



限定的な愛の感覚
“胸”ハートでもなく



まだのこされた限定的な愛の感覚
‘腹’ハートでもなく
(親の愛などは、個人に限定されていますが、無条件の愛にちかいです、胸よりもさらに深いところからくるように感じられます。兄弟や幼さなじみといるときもこちらの感覚かもしれません。恋の愛もほんらいこちらから強くわいてくるものです)

身体(脳を含む)からの解脱



自由

です

解脱といっても
手放す
ではなく
癒す(存在に統合してきえる・とけさる)
といってよいでしょう

もし?は
つまり
すべては神(存在・エネルギー)に帰還するのです

手放すというのは

神から分離した私が、神に帰還するためには、なにかを手放さなくてはならない

と信じるのであり

これが否認・投影につながるのです

聖霊は
逆のながれで

手放そうとしている原因(私)へもどらせ

それ(私)は
神から手放されてはいない

ということを教えて

愛によって融合させます

これが愛のやさしさであり

あたたかさです
これを感じることができる映画が

いつもある精神統一 ぷらす すべてパーフェクトな夢 厳選映画シリーズです

アナとオットー

トロン・ レガシー

イフ・アイ・ステイ 愛が還る場所

砂時計

冷静と情熱のあいだ

そのときは彼によろしく

最終兵器彼女 (アニメーションではない、特撮の日本映画のほうです)

雲のむこう、約束の場所
(アニメーション 新海誠 監督)





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