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哲学 Φιλοσοφιαコミュのマルティン・ルター著『キリスト者の自由』を読む

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コミュ内全体

この短い冊子と向き合ってみることで、西欧における思考がいかなる特徴を持つものか、少しでも感じ取ることができれば嬉しいです。
また、単にそうした「他者」の思考として受け取るばかりでなく、そこから私自身の思考の糧も豊かにくみ取ることができれば、これほど嬉しいことはありません。

コメント(61)

>>[18]
今晩は失礼します。
「身体が聖衣ならぬ平服をまとい、神聖でない場所に暮らし、普通の飲食をとり、巡礼も祈祷もしたことがなく、先に言った偽善者たちの行うようなことを何もしたことがないとしても、それらのことは魂には何の障害ももたらしはしない。」」
巡礼も祈祷もギリシアの哲学による告白もしたことがなく」の方が良かったと思いますが。?
聖書のみ、ですから。
>>[19]

もちろんちょっと厳しすぎる言葉のようにも聞こえますが、婉曲に言わず、あえてここまで言ってこそ鋭く人の心に食い込んでいけることってありますよね。
それに遠慮せず、ここまで言えるってことには本人も信念として自分の言葉を信じてるってゆうこともあるだろうし、性格的なものもあるのかもしれない。
その辺はまだ僕は周辺を勉強していないので、おいおい読む機会があったら、そうした研究も読んでみたいと思います。
>>[20]

え〜。とっても面白い本じゃないですかあ。
しかもこんなにコンパクトなのに〜
>>[24]

僕もそう思ったんですけどねえ。
つーか、僕が企画して(当時は僕がその教会の代表だったから)、
教団の総会(議会みたいなもん)で、
ドヤ顔で「今月から我が教会の青年会ではこうする」と全代表の前で宣言したんですw

いやはや、とんだ大恥をかく羽目になりましたw
>>[25]
単に、頭を使う思想的な本は嫌われるということだと思います。
私も原典を読むわけでないのにと思いますが。 

読んだ人はじゃ、何で新教キリスト者はこんなに不自由なんだと懐疑するかも知れませんが?
>「このようなことによってはただ偽善者の他には決して何者も生まれて来ない。 」


この一文は特に厳しいもの、言い過ぎではないかとさえ思われるものですね。
でも、誰かがあえてここまで言わないと、風通しが良くならないことってありますよね。改革が着手され断行されるためには、これぐらい思い切って言う直情径行型の人物が現れないとその歴史的使命を担う者は誰もいなくなってしまう。
>>[27]

ルターの長所でもあり、短所ですなあ。
良くも悪くも激情家。

この辺は、カルヴァンら人文主義者とは違うところです。
>>[28]

だからこそあの時代のあの場所であのような歴史的役割を果たすことができたとも言えますね。
あの時、ルターがもっと穏和で協調型の性格だったら、ルターの役回りは別の人物に行っていたでしょう。
第5節では神の言葉について語られる。

聖なる福音はキリストについて明かされた神の言葉であり、これこそが魂を生かし、義たらしめ、自由にし、キリスト者たらしめるのだとルターは言う。

さらにルターは言う。
魂がもし神の言葉を持つなら、もはやそれ以外の何も必要ないと。
これはあえて主旨を強調するために使われた極端話法だろう。しかし読む者、聞く者の中には文字通りこの言葉を受けとめてしまう人たちもいるかもしれない。
続けてルターは言う。
魂が神の言葉を持つなら、食べ物も喜びも平和も栄光も技能も敬虔も真理も智慧も自由も、あらゆる財も、満ちあふれるばかりに所有するに至るのだと。
これは何という福音だろうか。
この言葉に心躍った人たちもきっと多かったに違いない。
ルターのこの説教には「マタイによる福音書」6.31ー33の次のような言葉も響いている。

「何を食べようか、何を飲もうか、あるいは何を着ようかと言って思いわずらうな。これらのものはみな、異邦人が切に求めているものである。
あなた方の天の父は、これらのものがことごとくあなた方に必要であることをご存じである。
まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすればこれらのものはすべて添えて与えられるであろう。」
>>[31]

これは信仰の副産物だろうか。
しかし、しばしば人はこれらを副産物ではなく主目的の位置に置き、信仰をこそ道具の地位に引き落とす。これは現代の高度資本主義社会の信仰状況においてもしばしば見られることだ。いや、そうした信仰、信念の道具化による主目的たる成功の実現というテクニックは広くセルフヘルプの思想運動の中に根を張っている。
>>[1]
1と2は、まず1があってその次に2が来る
キリスト者として自由な「個人」が集まって
社会集団が形成されるということだと思います
僕は矛盾はないと思いますね
>>[35]

著者のルターが読者たちの受け取り方を想像して、「この二つは矛盾した命題のように見えるかもしれないが、ともに並び立つものなんだ」と言っているのだと思います。一見矛盾するように見えるかもしれないが両方大切なことなんだ、というわけですね。
>>[36]
さらに付け加えると、2を経ることによって
1の個人の自由は守られることになるわけです
1と2は循環して相互補完する構図です
>>[36]
ところで、今ふと思い当たりました
ひょっとしたらウチにも「キリスト者の自由」があったような?
本棚を当たったらありましたw
世界教養全集の9巻に収録されていました
今、別の巻を読書中なんですが、そっちはひとまず置いて
これから「キリスト者の自由」を読んでみることにします^^
第8の節は瞠目させられる節だ。

>しかるに、聖書の中にはかくもたくさんの律法や戒めや行い、階級、態度などが定められているのに、それなのに義たらしめるのは信仰のみであり、これのみが何の行いも無しに、かくも満ちあふれるほどの富を与えるとあるのはどうしてでしょうか。
この点については後にもっと詳しく論述することになるでしょうが、今はまず、信仰のみが一切の行い無しに義たらしめ、自由を与え、救いに至らしめるのだということをはっきりと認識し、心から確信することが大切です。
>>[28]
>良くも悪くも激情家。
しかし、他人の劇場にはあまり同情しなかったようですね。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ドイツ農民戦争

まあ、カルヴァンも自己の理性を絶対化した冷血漢ですが。
旧約で言う預言者、ナザレのイエスに帰る必要があったわけです。組織の長となると、守りに入らなければならないのはやむを得ずですが。
二人とも、預言者でないし、イエスの弟子でもキリストの使徒でもないから仕方ない。
>>[39]
>今はまず、信仰のみが一切の行い無しに義たらしめ、自由を与え、救いに至らしめるのだということをはっきりと認識し、心から確信することが大切です。

ルターが依存したガラテア書他の信仰義認は、現代、正確には、名詞の格の関係でイエスの神への信仰で我々人間の信仰ではなさそうですが?
今までのことは勿論、受容してますが、これからは変えていかないと
>>[40]

武力で階級闘争など、
僕がルターでも反対するw
>>[42]
少なくても、2000年以前は改革推進のためには武力は必要悪であった。転機はガンジー辺りからと思います。
>>[42]
階級闘争ではなく、いわゆる抵抗権かと。
このあたりは法学・政治学でコミュ違いなのでパス
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/抵抗権
>>[41]

>イエスの神への信仰で我々人間の信仰ではなさそうですが?


「ルターが言っている信仰とは私たち人間の持つ神への信仰のことではなく、イエスの持つ神に対する信仰のことなのだ」という意味でしょうか。
>>[44]

抵抗権というが、ルターが批判に傾いたのはミュンツァーが指導し始めてから後。

ミュンツァーは封建領主などを地上から一掃して、
地上の神の国を実現しようとしてました。

ロシア革命やらフランス革命やらの末路を考えれば、
ルターが正しい。
恐怖政治、赤色テロの温床になるだけ。
>>[43]

ほう。

あなたはフランス革命政府の赤色テロの賛同者ですか。
親族の少女を裸にして添い寝して貰ってたガンジーはともかく、
明治維新レベルの流血の少なさ(他国に比べれば、だが)は、
日本で可能であり、かつ、日本をモデルとした開発独裁国家が、シンガポールからボツワナまで成功してるのだから、
なんでもレーニンやトロツキー流にやれば良いというものでもない。

ピューリタン革命だって、クロムウェルによるアイルランド侵略という副産物を生み、
アメリカ独立革命に至っては、アメリカの独立はネイティヴアメリカンにとっては悪夢でしかなかったし。
大体、スペインを見よ。

ブルボン朝を追放して出来た人民戦線政府はスターリンの半ば傀儡、
人民戦線政府を倒したフランコは西洋で一番成功した独裁者になり、
しかも、立憲君主制による王政復古をなし、スペインをソフトランディングさせた。

対して、ハプスブルグを追放した中東欧など、ジェノサイドが巻き起こり、
セルビア人なんざ、強姦収容所まで作った。

なんでも感情的になれば良いというものではない。
>>[47]
抵抗かテロかについては立場により分かれるところです。
イエスが弟子たちに自衛のために剣の購入を勧めたように、時代性があります。
フランス革命のd手段は当時としては、やむをえない方法だったと思います。
座り込みしたところで何も起きなかった。歴史にも載らなかったと思います。

ビーブラ、レパプリーク!
>>[50]

フランス革命がテロルの方向に走ったのは、
ルイ16世一家の逃亡未遂が原因だった。

ルイは、王朝を維持するには愚劣過ぎ、
単なる政変で潰されるには賢明過ぎた。

端的に言えば、ルイ16世が世界の害悪たるアメリカの独立を支援しなければ、フランス革命は生じなかった可能性すらある。
テロルは必然ではない。
国外逃亡未遂まで、ルイ16世はむしろ敬愛の対象だった。

こいつが嫁をうまく制御して亡命を成功させるか、
あるいは逃亡しなければ、過激化は避けられただろう。

前者ならドイツ革命パターン。
後者なら、立憲君主制に至る明治維新パターン。

フランスがアメリカ独立革命を支援したのは、
その前の、フレンチ・インディアン戦争でイギリスに負けたせいでもあり、
また負けたのは、ルイ14世が、国内の改革に使うはずだった金を使ってベルサイユ宮殿を建てたからでもある。

個々の判断自体は必然でもなんでもない。
ただ、フランス革命政府は、その結果を見れば、
フランス人やヨーロッパ人を大量に殺戮する形となった。
人類の不幸だ。
つまり、歴史の流れを必然だとすれば、ブルボン王朝やフランス人は、ヨーロッパに虐殺をもたらした邪悪な連中、つーわけだ。
最悪ですな。
ミュンツァーもそうで、
ハプスブルグがプロテスタントを抹殺できなかった政治的状況、
つまりオスマン帝国の脅威は利用可能かつ、利用に最適な事象だった。
カールもフェルディナントも、教会での神学的対立に興味などなかったから。

カトリックは問題を神学的問題にせず、
あくまでも法王そして皇帝に対する反抗という形で矮小化したかった。

そこでルターがミュンツァーを支持して、農民を煽ったら、単なる政治的反逆者として、ハプスブルグはルターとザクセン選帝侯を武力で潰しにいくだけ。
何の意味もない。

ニートを養って、世界に害悪を振りまいたエンゲルスの戯言に同調する理由はない。
結果論で言うならフランス革命は悪だし、
プロセスと状況を考慮するなら、ルターが農民戦争を支持しなかったのは正しい。

立場をぶれさせてはいけない。
神格化されかかっていたルターへの当時の期待と、
ルター本人がしたかったことの差を、
帝政ドイツよろしく現代に引きずってはいけない。

例の95ヶ条ですら、ルターの当初の考えは、
ヴィッテンベルク近辺での公開討論の開催に過ぎない。

カトリック側が、ルターを、ヤン・フスと同等であると認めさせ、
単なる反抗的な修道士として潰しにかからなかったら、
ルターは法王を反キリスト扱いもせず、
単なる神学的論争の一エピソードで終わった可能性すらある。
ルターとミンツアーの関係を思想史的に考えて見ました。社会学的にみると、イエスとパウロというより、マルクスとエンゲルスの関係になるかと思います。考案した本人と継承者というか。

http://jairo.nii.ac.jp/0370/00006237
やはり、色々な見方があるようです。
https://blogs.yahoo.co.jp/theology_hp
メランヒトンはイエスとペテロ、ヤコブであったかも知れません。
>>[59]

メランヒトンはルターを理解出来てないし、
カトリックや改革派とも妥協可能だったから、
パウロにあたるでしょうな。
>>[57]

昭和天皇と、二二六の青年将校じゃね?

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