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哲学 Φιλοσοφιαコミュの「意識」とは何か――諸学説・学説史の検討

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コミュ内全体

哲学諸家の意識論を収集して検討します。
コギト・センスデータ・クオリアなども。

コメント(201)

[161] βήταさん  初めまして。

日本語訳、感覚質(かんかくしつ)はヾ恭仭悗一番近いと考えます。
>>[161]
割り込み失礼します。

クオリアの概念は
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/クオリア
「クオリアは、我々の意識にのぼってくる感覚意識やそれにともなう経験のことである。脳科学では、クオリアはなんらかの脳活動によって生み出されていると考える」
「クオリアとは、ラテン語 qualiaで、単数形は a quale であり、我々が意識的に主観的に感じたり経験したりする「質」のことを指す。日本語では感覚質とも呼ばれる[註 1] 。一般に、夕焼けの赤い感じ、虫歯の痛み、などの比喩を使って説明されることが多い。」
wikiでは四角を見せてこれだとしてますね。
視覚、聴覚、触覚、痛覚など広い意味での感覚のようです。
要は、我々の現実の感覚、受けるもの
,隆恭仭悗隼笋盪廚い泙后
ただ、クオリアの捉え方は物理から哲学まで様々な立場があり、広がりがあるようです。私は認知心理学的な面に関心があります。学ぶ時間が少ないですが。
>>[163]

直角三角形件はわかりかねます。

青色は言う色が人間が感じるので青色があるのです。
光の電磁波も電波と同じく連続しています。
その為、連続した電磁波の中に人間が真の青色と感じる周波数が
存在すると考えられます。
>>[163]

直角三角形が私の「[140] つい」の視野版であるとも推測できます。

直角三角形も光の色として感知する考えると前項の答えましたことと
同様に扱う事ができると私は思います。
>>[167]

>青色LEDの光もこの世には存在しませんでした。

「しませんでした」と言う事は今はあるのでしょうか?
>>[170]

時間があれば聞いてみてください。
https://www.youtube.com/watch?v=cObQuLXAWqs
受動意識仮説、
つまり、「私」とは、観察者に過ぎない、つー主張は、
皆さん的にはどう思いますか?
>>[179]

極限の私は、外界のさまざまなものを対象としてとらえたり、心内のさまざまなものを観察したりといった一つの観察する眼(肉の眼ではなく心の眼)だろうと思います。
その眼さえも後ろに回り込んで観察しようとする深い黙想をさらに進めたなら、私は私さえも脱したものと一致することを知る。
>>[180]

ミケランジェロがダビデ像を造るとき、
「こういうダビデ像を造るんだ」と意図したのではなく、
石柱にあるダビデの姿を現して上げた、そうな。

仏像も似たような話を聞きますな。
意識か、無意識の産物か。
犯罪に関しても、
脳の器質的な問題はおろか、
神経細胞膜の表面電位の量子的な揺らぎによって、
行為が創発される場合、
それは意識と言えるのか。

たとえば、日本の犯罪報道でテンプレになっている、
「血を見て逆上した」は意識の産物か、それとも否か。
>>[184]

本人が意識してなければ受動意識でしかない。

〉愛

利他行動を行うと、人間の脳は快感を得る。
つまり自分の神経伝達物質に支配されてるわけね。
人間などという出来損ないの生物の行為に、価値はない。
>>[186]

その時への、お見舞いです。
宗教的なものではありません。
自分の表面意識は一所懸命、自分という人間の物語を自分の記憶から紡ぎ出し、自己像を一所懸命作り出す。
しかし、自分が見たくない、覚えていたくない、自分の姿の一部だと認めたくない抑圧された影の部分が、意識下へ、無意識の中へと葬ったつもりが、思わぬ形で自己を急襲することがある。
隠したものは暴かれ、まるで他人事だったかのように忘れようとしていたことが白日の下にさらされる!
>>[188]

お見舞いに影を描いた絵は出せません!
>>[188]

余程、この絵、気にさわったようですね!
勘違いでは、題材は私ではありませんよ(タイトルも何もありません)。
想像で人と社会に似せて書いた絵です。
>>[190]

えっ?
ついさんの絵のこと、スマホからでは字が細かいからよく見ていないし、ついさんに向けて何か書いたわけでもありませんよ。
価値というのは対立がないと成り立たない。意味もまた同じ。
言語学のソシュールはワルラスの経済学から発想を得ている。
商品の価値は他の商品で尺度される他ない。

意味というのは、例えば「赤」そのものに意味があるわけではなくて、交通信号のようなシステムの上で「赤」は「青」でも「黄」でもない、ということが意味なわけ。

言語学には「能記/所記」というのがあるけど、意識にも「意識するもの/意識されるもの」があると思うようになった。何かを視点にして何かに対することが意識なわけだ。
意識するというのは、コギトみたいな主宰者があるのではなくて、意味のネットワークに捉えることだと思う。

目標とか金言とかを、紙に書いて壁に貼ったりするのは、意志を対象化することだ。これは自分の内なるものを自分に対するものにすること。自己規範だ。これは意識を変えることだ。
>>[193]

「意識できないことがある」位、後は私が何かを書くとそれは愚ですね。
何かを他と区別してとらえる、焦点を合わせるのが生き物における意識であり、生き物によって何をあえて他と区別してとらえるか、焦点を合わせるかは異なってくる。
ある生き物にとっては確かに区別してとらえるべきもの、焦点を合わせるべきものであっても、他の生き物にとってはそんな必要など全然感じられる対象として浮かび上がってこないということがある。

人間にとっては自分の意識さえもがあえて対象としてとらえるべきもの、焦点を合わせるべきものの一つとされている。これにより人間は覚え、記憶し、なおかつ反省したり考えを組み合わせたり推測したりすることにおいて他の生き物より格段に優れている。
>>[194]

このトピックの趣旨は、表記のとおり「学説の検討」なので、解りやすさを犠牲にして既存の専門用語・概念をぶっこんでます。
「意識」といいことで普通の議論なら、こちらのトピックが適切でしょう→「意識とは」http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=6249752&id=84521611


ところで、↓このフレーズを見て何だと思いますか?

【に上も三の石年】
>>[196]

>【に上も三の石年】

何も知らない人は、【に上も三の石年】って何だろう?
「石の上にも三年」を知っている人はこれを入れ替えたと思うのでは
ないでしょうか。
>「意識」といいことで普通の議論なら、こちらのトピックが適切でしょう→「意識とは」

了解いたしました。
>>[197]

そうです。意味のストックがあるので、それとの連関で「石の上にも三年」が意識できるわけです。上で述べたのはそういうことです。
下等生物の走性ように個別の対象に反応しているだけではない。意味のネットワークがあらかじめあって、そこから俯瞰することが「意識」なのではないか、という考えです。
>>[199]

[130] つい で 述べました。
・哲学とは
人生・世界、事物の根源のあり方・原理を、理性によって求めようとする学問。また、経験からつくりあげた人生観。

私は8割方「経験からつくりあげた人生観。」でこのコミュニティーに
参加させていただいております。

意識の入出力そして睡眠時の「なし」の状態。そしてカメラのフォーカスを当てえた状態と絞りを調整した状態とで意識の末端を捉えております。
それぞれぞれがネットワークされたとき始めて意識の存在が確立される。
と芹沢大助さん の文章をみて感じました。

蛇足ですが宇宙も全体を知らなけっればハッブル宇宙望遠鏡の写真のようにしか、とらえることしか出来ないのでしょうね。
https://www.google.co.jp/search?q=%E3%83%8F%E3%83%83%E3%83%96%E3%83%AB%E6%9C%9B%E9%81%A0%E9%8F%A1&rlz=1C1ZMDB_enJP504JP507&espv=2&biw=1366&bih=643&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=q_GUVcLkD9D-8QW6paqgDA&ved=0CAYQ_AUoAQ&dpr=1

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