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【男気】 黒田博樹ガンバレ!!コミュの2016年11月5日、優勝パレード&優勝報告会!

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コミュ内全体

野球広島の街がカープの赤一色に 41年ぶり優勝パレード

25年ぶりのリーグ優勝を達成した広島が5日、広島市内で優勝パレードをスタートした。広島の優勝パレードは初優勝した1975年(昭和50年)以来、実に41年ぶり2度目。今季限りでの現役引退を表明し、永久欠番にもなった黒田博樹投手(41)の背番号「15」は、この日限りで見納めとなる。

選手、首脳陣が、オープンカー4台と、オープンデッキのバス5台に分乗。スタート地点の西観音電停東交差点付近を出発した。沿道にはあふれんばかりの人、人、人。故人の遺影を掲げ、涙するファンの姿もあった。真っ赤に染まった広島の街からは、次々に「感動をありがとう」の声が飛んだ。

ホームスタジアムが旧市民球場から、「MAZDA Zoom-Zoom スタジアム 広島」に移転して初めてのリーグ優勝。

41年前と同じように、市内の中心部にある平和大通りを進む。初優勝時には約30万人のファンが詰め掛け、多くの人が歓喜し、涙した。当時の広島市の人口は85万人前後といわれ、「伝説のパレード」として人々の記憶に残っている。以降5度のリーグ優勝時に実施はなく、伝説復活となった。

パレードの終着点は平和大通り鶴見橋西詰め。パレード終了後はマツダスタジアムで優勝報告会を行う。黒田は前日の引退会見で、優勝パレードについて「経験がないことなので、どういう感じか想像がつかない。また終わったら聞いて下さい」と話し、この日を心待ちにしていた。ファンとともに喜びを分かち合った。

25年ぶりのリーグ優勝を祝して、伝説のパレードが華々しく復活した。

写真
25年ぶりのリーグ優勝を記念して、優勝パレードがスタート。オープンカーに乗る黒田(写真左)と新井(同右)=広島市内


[デイリースポーツ 11/5 10:32]


コメント(27)

野球広島カープ優勝パレード、41年ぶり

広島カープ、セ・リーグ優勝でパレード。75年初優勝以来41年ぶり。市中心部にファン31万人。

写真
プロ野球広島カープのセ・リーグ優勝を祝うパレードで、笑顔で手を振る黒田博樹投手(左)と新井貴浩選手=5日午前、広島市


[共同通信 11/5 10:45]



<広島カープ>31万人、赤い歓喜…41年ぶり優勝パレード

プロ野球のセ・リーグを25年ぶりに制した広島東洋カープの優勝パレードが5日午前、広島市中心部の平和大通りであった。沿道は赤いユニホーム姿のファンら約31万3000人(主催者発表)で埋め尽くされ、「ありがとう!」「おめでとう!」の声に包まれた。優勝パレードは、初優勝した1975年以来、41年ぶり。

午前10時半ごろにスタート。日本シリーズを最後に現役を退いた黒田博樹投手や緒方孝市監督らがオープンカーやオープンバスに乗り、約3キロをゆっくりと進んだ。優勝に貢献した新井貴浩選手や鈴木誠也選手の姿が見えると大きな歓声が上がり、選手らが手を振って応えていた。

41年前のパレードも見たという広島市安佐南区、無職、今村文雄さん(66)は「昔より人が多く集まり、赤く染まっている気がする。生まれた時からのカープファンなので、とても感動している」と興奮気味に話した。【寺岡俊、東久保逸夫】


[毎日新聞/11/05 11:25]


野球広島 41年ぶり優勝パレード!31万人が大歓声 沿道は真っ赤

25年ぶりのリーグ優勝を果たした広島が5日、広島市内の平和大通りで優勝パレードを行った。広島が同市内で優勝パレードを行うのは、1975年のリーグ初優勝以来41年ぶり。

パレードは午前10時30分過ぎにスタート。選手と、緒方孝市監督(47)ら首脳陣はオープンカー4台とオープンデッキのバス5台に分乗し、沿道を真っ赤に染めたカープファンに手を振って応えた。

日本シリーズを最後に現役引退した黒田博樹投手(41)は、新井貴浩内野手(39)とともに前から4台目のオープンカーに乗車。ひと際大きな声援を浴び、笑顔で手を振って応えていた。

およそ3キロの道のりをパレードし、午前11時10分頃にフィニッシュ地点に到着。午前11時時点で31万3000人の観衆が集まったと発表された。


[スポニチアネックス 11/5 11:27]



野球広島の優勝パレードに31万3000人

セ・リーグを25年ぶりに制した広島の優勝パレードが5日、広島市内で行われた。首脳陣や選手はオープンカー4台とオープンデッキのバス5台に乗り込み、西観音町電停東交差点付近を出発。ゴール地点までの約3キロの沿道はファンで真っ赤に染まった。

大声援が送られるなか緒方監督や今季限りで引退する黒田らが笑顔で手を振り、鈴木誠は「パレード最高!」と喜びを爆発させた。

広島の優勝パレードは初Vとなった1975年以来、41年ぶり。当時は約30万人が集結したが、今回も31万3000人ものファンが詰め掛けた。

写真
広島の優勝パレード


[東スポWeb 11/5 11:55]

野球広島・黒田「本当に優勝してよかった」 歓喜の優勝パレード

25年ぶりのリーグ優勝を達成した広島が5日、広島市内で優勝パレードを行った。広島の優勝パレードは初優勝した1975年(昭和50年)以来、41年ぶり2度目。

今季限りでの現役引退を表明し、永久欠番にもなった黒田博樹投手(41)の背番号「15」は、この日限りで見納めとなる。

黒田は約3キロの行程を終え「想像以上でビックリした。こちらがありがとうという気持ち。本当に優勝してよかったなと思う」と感激の様子だ。

選手、首脳陣が、オープンカー4台と、オープンデッキのバス5台に分乗。スタート地点の西観音電停東交差点付近を出発した。沿道にはあふれんばかりの人、人、人。故人の遺影を掲げ、涙するファンの姿もあった。

真っ赤に染まった広島の街からは、次々に「黒田さん、感動をありがとう」の声が飛んだ。

黒田は新井貴浩内野手(39)と共に、オープンカーに同乗。「また来年優勝することができれば、こういう機会があるな、という話をした」と、来季の連覇、そして悲願の日本一を盟友に託した。

パレードの終着点はマツダスタジアム。ここでは球場を開放してファンに向けて、午後からは優勝報告会を行う。黒田は「1年間、ファンの声援もすごくて。リーグ優勝で少しでも恩返しできたかなと思う」と喜びに浸っている様子だった。

写真
沿道の大声援に応える広島・黒田博樹(中央手前)と広島・新井貴浩=広島市平和大通り(撮影・高部洋祐)


[デイリースポーツ 11/5 11:58]




野球広島Vパレードにファン31万3000人 41年前を上回る

25年ぶりのリーグ優勝を達成した広島が5日、優勝パレードを行った。パレード実行委員会の発表によると、31万3000人のファンが集結。広島の優勝パレードは初優勝した1975年(昭和50年)以来、41年ぶり2度目で、前回の約30万人を上回る人となった。

今季限りでの現役引退を表明し、永久欠番にもなった黒田博樹投手(41)の背番号「15」は、この日限りで見納めとなる。黒田は約3キロの行程を終え「想像以上でビックリした。こちらがありがとうという気持ち。本当に優勝してよかったなと思う」と感激の様子だ。

選手、首脳陣がオープンカー4台と、オープンデッキのバス5台に分乗。沿道にはあふれんばかりの人、人、人。故人の遺影を掲げ、涙するファンの姿もあった。

真っ赤に染まった広島の街からは、次々に「感動をありがとう」-の声が飛んだ。

写真
沿道の大声援に手を振る広島・緒方孝市監督(左)と広島・松田 元オーナー=広島市平和大通り(撮影・高部洋祐)


[デイリースポーツ 11/5 12:00]




野球これで見納め…黒田、最後のユニホーム姿 広島優勝パレード

25年ぶり7度目のリーグ制覇を果たした広島の優勝パレードが5日、初優勝した1975年以来、41年ぶりに広島市中心部の平和大通りであった。

31万3000人のファンが集結した沿道は真っ赤。松田元オーナー(65)や緒方孝市監督(47)、選手らはオープンカー4台、2階建てのオープンバス5台に便乗し、約3キロのコース約40分かけてパレードした。

日本シリーズを限りに現役引退した黒田博樹投手(41)も背番号「15」のユニホーム姿で参加。新井貴浩内野手(39)と同じオープンカーに乗り、ファンの祝福や大歓声を浴びていた。

写真
広島のセ・リーグ優勝パレードに詰めかけたファンに手を振る黒田(左)と新井


[スポニチアネックス 11/5 12:23]

野球広島・黒田、涙の胴上げ15回 「世界一のカープファン」の前で

今季限りでの引退を発表した広島・黒田博樹投手(41)が5日、広島市内で行われた優勝パレード後のリーグ優勝報告会で現役最後のユニホーム姿を見せた。

セレモニーの中で、ファンに向けて最後のあいさつ。盟友・新井貴浩内野手(39)から花束を手渡されると、球場中を大歓声が包んだ。マウンド付近で全選手で記念撮影。さらにサインボールがスタンドに投げ込まれた。

最後は、ナインが黒田を胴上げ。球団の永久欠番となる背番号「15」と同じ15回、宙に舞うと、黒田は感極まった様子。マウンドにひざまずき、抑えきれない涙を何度もぬぐった。

あいさつ全文は以下の通り。

◇ ◇

本当に朝から、たくさんのファンに来ていただいた。笑顔、涙、いろんなものを見せてもらって。僕自身が感動しています。

ありがとうございました。

本当に僕の方こそ、ファンのみなさんに背中を押してもらった。暑い夏も、苦しい時もマウンドに上がる気力を与えてもらった。正直、これで野球から離れるというホッとした気持ちと、少しずつさみしさが出てくると思います。

20年間やってきて、まさかこんな形でユニホームを脱げると思ってなかったので、みなさんに感謝したい。言葉では言い表せないくらい、感謝の気持ちでいっぱいです。(リーグ優勝時に)泣いてはないと思いますけど(笑い)。たくさんの気持ちが出てきて、なんとも言えない気持ちになりました。


(20年間の野球人生について)

一言で言うと苦しい20年間だった。ただ、苦しいことを乗り越えて、みなさんの前でパレードをして、ここで話ができる。苦しいことを我慢してよかったと思います。

最初にアメリカに渡った時に、まさかこうやってマツダスタジアムのマウンドに立てると思ってなかった。不思議な気持ちです。本当にありがとうございます。


(チームメートに対して)

こちらこそいいチームで2年間、やらせてもらった。すごくいい雰囲気を作ってもらって、本当にありがとうと言う気持ちです。


(最後にファンに向けて)

20年間、野球を続けてこられました。最後に世界一のカープファンの前で、ユニホームを脱ぐことができる。本当に最高の引き際になったと思います。20年間、ありがとうございます。

写真
優勝報告会の最後に、マウンド前でひざまつき涙を流す黒田=マツダスタジアム(撮影・吉澤敬太)


[デイリースポーツ 11/5 13:18]




野球黒田 優勝報告会でファンへ感謝「最高の引き際」胴上げで15度宙に

25年ぶりのリーグ優勝を果たした広島が5日、本拠地のマツダスタジアムで優勝報告会を行った。今季限りで現役を引退した黒田博樹投手(41)は、「世界一のカープファンの前でユニホームを脱ぐことができる。最高の引き際」とファンへ感謝の思いを述べた。

緒方孝市監督(47)がチームを代表してあいさつ。「カープらしい粘り強い戦いができた。黒田と新井がチームを引っ張り、若い選手も成長し、コーチやスタッフがそれを支えてくれた」と1年を統括し、「ファンの皆さんの声援のおかげでリーグ優勝を勝ち取ることができた。日本シリーズで得た経験を生かして、来季はリーグ2連覇、そして日本一を目指したい」と力強く誓った。

その後、選手、ファンが一体となって球団歌「それ行けカープ」を大合唱。

選手全員でグラウンドを一周し、満員のファンの声援に応えた。

グラウンド一周後、マウンド付近で黒田の引退セレモニー。黒田は20年間の現役生活を振り返り、「正直、やっと野球から離れられるというホッとした気持ちがある。シーズンオフに入ると少しずつ寂しさが出てくると思う」と率直な心境を吐露した。

「20年間何とか野球を続けて、最後は世界一のカープファンの前でユニホームを脱げる。最高の引き際だと思っています。ありがとうございました」とファンへ感謝。最後はチームメイトから胴上げされ、永久欠番となることが発表されている背番号と同じく15度宙を舞った。

写真
広島優勝報告会でチームメイトから胴上げされ、笑顔がこぼれる黒田


[スポニチアネックス 11/5 13:44]




野球広島・黒田 マウンドにお別れ 「クロダ」コールの中、膝ついて涙に暮れる

25年ぶりのリーグ優勝を果たした広島が5日、本拠地のマツダスタジアムで優勝報告会を行った。今季限りで現役を引退した黒田博樹投手(41)は、最後となったユニホーム姿で大粒の涙に暮れた。「世界一のカープファンの前でユニホームを脱ぐことができる。最高の引き際でした」と感謝の思いを述べた。

「リーグ優勝の時の胴上げを大切にしたいから」と拒否していた胴上げだった。だが、新井らに促されると、マウンドの中央へ。背番号と同じ15回、高々と宙に舞った。その輪が解けると1人、1人と言葉を交わしながら抱擁。最後は1人マウンドに残ると、おもむろにマウンドの手前で右膝を付いた。

現役生活20年。思いが脳裏を駆け巡ると、しばらく顔を上げられなくなった。涙、涙に暮れる。

真っ赤に染まったスタンドからは、「クロダ、クロダ…」の大合唱が鳴りやまなかった。「いろいろ…いろんな苦しい思いをしたので。あのマウンドに立って、スタンドを見るのも最後かな、と思うと」と話す言葉が詰まり、感謝を述べてまた涙に暮れた。

「あのマウンドにもう上がらなくていいんだ、という気持ちと。もう上がれないんだという気持ちと。最後の最後まで野球の神様がいると思って、野球を続けてきたので。20年間のお礼ですね」

広島で投げた方が、1球の重みを感じられると昨年、広島に電撃復帰を決めた。今季、チームの精神的な支柱として、25年ぶりのリーグ優勝達成。

「出来過ぎの野球人生」とし、現役最後の瞬間に「このメンバーで野球ができなくなるさみしさと、マウンドの景色を見ることができないさみしさがある」と、しみじみと振り返った。

引退会見で「涙はいっぱい流してきたので、最後くらいはいいかな」と話していたが、最後は涙のフィナーレとなった。スタンドも涙に暮れた。「本当にありがとう」の声援が鳴りやまなかった。

写真
引退セレモニー後、マウンドの前にひざまつき号泣する広島・黒田博樹=マツダスタジアム(撮影・吉澤敬太)


[デイリースポーツ 11/5 14:22]



野球広島、リーグ優勝パレードに31万人 新井らが引退の黒田を15回胴上げ

25年ぶりのリーグ優勝を果たした広島が5日、41年ぶりの優勝パレード後、本拠地のマツダスタジアムで優勝報告会を行った。セレモニーの中で、今季限りで現役を引退した黒田博樹投手(41)を15回胴上げ。盟友・新井貴浩内野手(39)が最後に花束を手渡した。

優勝パレードでは黒田と2人、オープンカーに乗って手を振った。「すごかった。本当に想像以上でしたね。黒田さんと『すごいな、すごいな』と言い合った。あんなにもの人が手を振ってくれているので、こっちがうれしくなった」と、詰め掛けた31万3000人のファンに感謝した。

またセレモニー後、マウンド前で涙に暮れる黒田の姿に、新井は「自分もこみあげてくるものがあった」としみじみ。「あらためていろんなことを思い出したんですけどね。黒田さんは本当にすごいな、と。20年やってきて、最後に優勝でしょ。本当にすごい物語ですね」と振り返った。

黒田は胴上げを拒んでいたが、新井の「やるぞ!!」の声でスタート。背番号と同じ15回について、新井は「黒田さんは誰もやってないことをやって、ユニホームを脱いでいく。それでいいんじゃないかと思います」とさみしさを隠しながら、笑顔で黒田を惜別した。

写真
笑顔で15回胴上げされる広島・黒田博樹=マツダスタジアム(撮影・吉澤敬太)


[デイリースポーツ 11/5 16:26]




野球黒田15度舞った!感謝の男泣き「最高の引き際だと思う」

今季限りで現役引退した広島・黒田博樹投手(41)が5日、男泣きでマウンドに別れを告げた。

本拠地であった優勝報告会に、最後のユニホーム姿で参加。掉尾(とうび)を飾る引退セレモニーで15回にわたって宙を舞い、マウンドにひざまずくと、こみ上げるものを抑え切れなかった。

締めの挨拶では「世界一のカープファンの前でユニホームを脱ぐことができる。最高の引き際だと思う」と感謝した。

それは突然の行動だった。優勝報告会の掉尾を飾る引退セレモニー。おもむろにマウンドにひざまずいた黒田は、視線を落とし、口元に手を当てたまま33秒間に渡って動かなかった。本拠地を真っ赤に染めた3万810人の大観衆から「黒田コール」が湧き起こる。熱い涙が頬を伝っていた。

セレモニー終了後のベンチ裏。
その行動については「最後の最後まで、野球の神様がいると思ってプレーしてきたので、20年間のお礼」と説明したが、感極まったことへの質問には「いろいろ苦しい思いもしたので…」と答えたきり、言葉が続かない。60秒間の沈黙。そして声を絞り出した。

「あのマウンドに立って、スタンドを見るのも最後かな…と思うと、いろいろなことを思い出した。もうマウンドに上がらなくてもいいという気持ちと、上がれない気持ち。一瞬だけど、過去の試合とか、いろんなことが頭をよぎった」

セレモニーでは、新井とともにチャンピオンフラッグを手に取り、先頭でグラウンドを1周。感謝の思いを込め、約50個ものサインボールをスタンドに投げ入れた。そして胴上げだ。

本人は固辞していたが、新井の「ヤルぞ!」という掛け声と共に、永久欠番となった背番号と同じ15回。熱いものがこみ上げた9月10日とは違う。宙を舞う中で白い歯がこぼれた。

「リーグ優勝した日の胴上げを(記憶の中に)ずっと持っておきたかったので、胴上げは断っていた。15回も上げてくれて感謝している」

一緒に戦ったチームメートと握手し、抱擁を交わした。直後にマウンドにひざまずいた。スタンドでは涙を流すファンの姿があった。「ありがとう」「戻って来て」と絶叫する人もいた。惜別の情と感動が、球場全体を包み込んでいた。

「寂しい気持ちは多少ある。でも、どこかで区切りをつけないといけない。世界一のカープファンの前でユニホームを脱ぐことができる。最高の引き際だと思う」

ファンの期待に応えようと、懸命に突っ走ってきた20年間。集大成と誓ったラストイヤーに大団円を迎え、黒田博樹のサクセスストーリーは真の意味で伝説になった。(江尾 卓也)

写真
マツダスタジアムで行われた優勝報告会で膝を突きマウンドに別れを告げた黒田は、感極まって涙を流す


[スポニチアネックス 11/6 05:52]




野球広島熱狂31万人歓喜 新井大興奮「すごかった。想像以上」

◇広島優勝パレード

広島の優勝パレードが5日、広島市中心部の平和大通りであった。31万3000人のファンが約3キロの沿道を埋め尽くし、オープンカーとオープンバスに分乗した選手、首脳陣らが声援に応えた。パレード後はマツダスタジアムで優勝報告会が行われた。

秋晴れの下、広島の街の中心部が赤く染まった。初優勝した75年以来、41年ぶり2度目の優勝パレード。前回の30万人を上回る31万3000人が押し寄せた。

午前10時半にスタート。球団マスコットのスラィリーを先頭にしたオープンカー4台の後ろにオープンバス5台が続く形で、引退する黒田、倉、広瀬を含む34選手、首脳陣、球団スタッフらが分乗。約40分かけて、前回とほぼ同じ約3キロのコースを西から東へと進んだ。バスの壁面には「共に祝おう。」の文字。

歓声が飛び交う中で、選手たちの表情からは自然と笑顔がこぼれた。

黒田とともにオープンカーの4台目に乗り込んだ新井は「すごかった。想像以上。あんなに手を振って喜んでくれるファンを見ると、こっちがうれしくなる」と興奮。オープンバスに乗っていた丸は「試合中とは違う歓声でした。『ありがとう』という声や『また来年優勝!』という声も聞こえた。きょうのパレードをモチベーションにして連覇に向かっていけたら」と力を込めた。

緒方監督とともにオープンカーの2台目に乗った松田元(はじめ)オーナーは「やってよかったと思う。あれだけ喜んでもらったら、また頑張らないといけないと思う」と話した。

午後0時15分からは優勝報告会が行われた。マツダスタジアムを埋め尽くしたファンは、配布された「おめでとう!! ありがとう!!」と書かれたポスターを掲げて祝った。あいさつした緒方監督は、来季はもう一つ上の日本一を誓った。

「日本一を目指した戦いでは期待に応えることができず、本当に申し訳ありませんでした。この経験を生かして日本一をつかみたいと思います」

わき上がった数多くの拍手に、また緒方監督、選手たちは“来年こそ必ず”の思いを胸に刻んでいた。(柳澤 元紀)

写真
平和大通りを埋め尽くした鯉党を前に、優勝パレードを行う広島ナイン


[スポニチアネックス 11/6 05:52]




野球黒田からファンの皆さんへ「ボクの方こそ気力を与えていただいた」

◇広島優勝パレード

【黒田に聞く】

……優勝パレードを終えた今の気持ちは。

「朝からたくさんのファンに来ていただき、皆さんの笑顔や涙を見せてもらって、ボク自身が感動させてもらった。ありがとうございました」


……ファンからの感謝の声がすごく多かった。

「ボクの方こそ皆さんに背中を押してもらい、暑い夏も苦しい時も、マウンドに上がる気力を与えていただいた。“こちらこそありがとう”という気持ちです」


……現役を引退する今の気持ちを、改めて聞かせてもらいたい。

「正直、これで野球を離れられるという、ホッとした気持ち。これからシーズンオフに入って、少しずつ寂しさが出てくると思います」


……日米通算200勝を達成し、リーグ優勝も果たした。今季はどんな1年間だったか。

「20年間やってきて、まさかこんな形でユニホームを脱げるとは思っていなかったので、監督やコーチ、一緒に戦ってきた仲間、トレーナーの皆さん、裏方の皆さんに感謝したい。カープファンの皆さんにも、言葉に言い表せないくらい感謝の気持ちでいっぱいです」


……優勝の胴上げでは涙を流した。あの時は。

「多分、泣いてはいないと思いますけどね(笑い)。ただ、いろいろな思いがこみ上げてきて、何とも言えない気持ちになりました」


……振り返ると、どんな20年間だったか。

「一言で言うと、苦しい20年間でした。ただ苦しいことを乗り越えて、今日このように皆さんの前でパレードし、しゃべらせていただける。苦しいことを我慢してよかったなと思います」


……カープのユニホームを着る時間は少なくなった。改めて、着ている気持ちを教えてほしい。

「アメリカに渡った時には、マツダスタジアムのマウンドに立てるとは思っていなかったので、不思議な気持ちです。ただ、このマウンドに立たせてもらえたのは球団関係者や、ファンの皆さんのおかげ。本当にありがとうございます」


……カープの後輩たちにメッセージを。

「いいチームで2年間野球をやらせてもらい、いい雰囲気をつくってもらった。本当にありがとうという気持ちです」


……ファンの皆様に、最後の挨拶を。

「20年間、何とか野球を続けることができました。そして最後に世界一のカープファンの前でユニホームを脱ぐことができます。本当に最高の引き際だなと思います。20年間、ありがとうございました」

写真
チームメイトから胴上げされ、笑顔がこぼれる黒田


[スポニチアネックス 11/6 05:53]





【広島】黒田、背番号と同じ“胴上げ15回”に男泣き「できすぎな野球人生」

 今季限りで現役を引退した広島・黒田博樹投手(41)が、20年間のプロ生活に別れを告げた。広島の25年ぶりのリーグ優勝を祝うパレードが5日、広島市内で行われ、沿道には31万3000人のファンが集まった。

大歓声を浴びた黒田は、その後のマツダスタジアムでの優勝報告会でナインから胴上げされて号泣。そして、涙を浮かべながら、マウンドにひざまずいた。

 感極まった。こみ上げてくる、熱いものを抑えきれなかった。ほかの選手が引き揚げた後のグラウンド。黒田は誰もいないマウンドのそばで右ひざをついた。3万810人の大観衆の前で、約30秒間―。マウンドへ向かって礼をするような姿勢で、動けなかった。20年の現役生活のラスト。苦しかったこと、ファンへの感謝の気持ち、いくつもの思いが脳裏を駆け巡った。

 「まあ、いろいろ…。いろいろな苦しい思いをしたので…。マウンドに立って、スタンドを見るのもね、最後かなと思うと…。苦しいこととか、いろいろなことが思い出されて…。このマウンドにもう上がらなくていいという気持ちと、上がれないという気持ちと…」。何度も言葉を詰まらせた。

 最後まで主役だった。パレードでは新井とともにオープンカーに乗った。満面の笑みで手を振り、沿道の大声援に応えた。マツダスタジアムでの優勝報告会では、場内を一周し約60球のサインボールを投げ込んだ。これが、最後の“投球”。「もう別に肩が痛かろうが、関係ないですし、できるだけ目いっぱい、腕を振って投げようかなと思いました」。

昨年の広島復帰会見で「カープのユニホームを着て投げる方が、最後の1球になっても後悔は少ないと思った」と決断理由を説明した。その「最後の1球」ずつに感謝の思いを込めて、ファンへ届けた。

 チームメートの手でまた宙を舞った。リーグ優勝した9月10日、東京ドーム以来の胴上げは、永久欠番となる背番号15と同じ15回。「胴上げはしないでくれと言っていたんですけどね…。あの優勝の日の胴上げを自分の中では持っておきたかったので。でも、15回も上げてくれて感謝しています」。最後にチームメート一人一人と抱擁を交わすと、一気に涙があふれた。

 「広島で最後を迎えられて、僕にとっては最高の引き際だった。自分の中ではすべて良かったと思う。できすぎな野球人生です」。黒田博樹は去り際もまた伝説。愛されながら、ユニホームを脱いだ。(角野 敬介)

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広島優勝報告会の最後にマウンド近くにひざまずき、涙を流した黒田 Copyright(C) The Hochi Shimbun.


[報知新聞社 11/06 06:01]

野球黒田「本当に最高の引き際」 世界一のカープファンの前で15度舞った

広島の街が真っ赤に染まった。5日、25年ぶりのリーグ優勝を記念したパレードに、31万3000人のファンが沿道に集結。今季限りで現役を引退した黒田博樹投手(41)の最後のユニホーム姿に「ありがとう」と多くのファンが涙した。レジェンドは優勝報告会のセレモニー後、マウンドの前でひざまずき、涙、涙。真っ赤に染まった球場も涙に暮れた。

泣き崩れた。20年間、耐えて、闘い、立ち続けたマウンド。セレモニー終了後に、土の前で右膝をつくと30秒、頭を下げてむせび泣いた。立ち上がることのできぬ姿に、真っ赤に染まった球場から、鳴りやまない万雷のコール。黒田の勇姿に広島の街が涙に暮れた。

「いろんな苦しい思いをしたのでね。あの場所に立って、スタンドを見るのも最後かな、と思うと」。

1分間の沈黙の後、涙で声にならない声を絞り出し、野球人生を巡らせた。浮かぶのは苦しかった、悔しかった日々の記憶。それでも「マウンドに上がるしかなかったから」と紡いだ。

「最後の最後まで、野球の神様がいると思って続けてきた。感謝と、20年のお礼です」

「想像以上だった」パレードの歓声。故人の遺影を掲げ、涙する人の姿があった。あの人に見せたかった、見せられなかった思いがある。「ありがとう」-の声が飛ぶ。「笑顔と涙と、いろんなものを見せてもらってね。僕自身が感動させてもらいました」。待ってくれている人がいると、1球の重みを感じられると、復帰を決めた。決断は間違ってはいなかった。

10年前。市民球場のマウンドに立つと、空席の目立つ客席が見えた。

「ファウルボールがスタンドに入っても、誰にも当たらずイスに当たっていた」。新井と2人、口を開けば勝つための方法を探した。2年前に復帰。衰えが見え始めた体で闘った。全盛期は150キロ超の直球とフォークが主体。スタイルの変化に「当然葛藤はあった」という。だが投手である前に、プロとして生きざまを探した。

「このメンバーで野球ができなくなるさみしさと、もうマウンドからの景色を見ることができないさみしさがある。広島で最後を迎えられて、僕にとっては最高の引き際の場所。全てよかったと思う」

初めてリーグ優勝を経験した。スタンドを見渡せば客席は、真っ赤に染まっていた。「こうやって1日ね、パレードもさせてもらって。

こういう形で仲間に見送ってもらって、出来過ぎの野球人生だったと」。最高のフィナーレに感謝の言葉が続いた。カープは地方球団ではなく「地域球団」と呼ぶ。常にファンと共に戦ってきた。

新井の「いくぞ」-の掛け声で、背番号と同じ15回宙に舞った。球場の上空は、雲一つない青空が広がった。「最後に世界一のカープファンの前で、ユニホームを脱ぐことができる。本当に最高の引き際」。“最後の1球”は「もう肩が痛くても関係ない」と、スタンドにサインボールを投げ込んだ。まぶしい栄光の記録と、記憶。涙と感動を残して、20年の歴史に幕を閉じた。

写真
引退セレモニー後、マウンドの手前で膝をつき号泣する黒田(撮影・吉澤敬太)


[デイリースポーツ 11/6 06:03]



黒田15度舞った!感謝の男泣き「最高の引き際だと思う」

 今季限りで現役引退した広島・黒田博樹投手(41)が5日、男泣きでマウンドに別れを告げた。本拠地であった優勝報告会に、最後のユニホーム姿で参加。掉尾(とうび)を飾る引退セレモニーで15回にわたって宙を舞い、マウンドにひざまずくと、こみ上げるものを抑え切れなかった。

締めの挨拶では「世界一のカープファンの前でユニホームを脱ぐことができる。最高の引き際だと思う」と感謝した。

 それは突然の行動だった。優勝報告会の掉尾を飾る引退セレモニー。おもむろにマウンドにひざまずいた黒田は、視線を落とし、口元に手を当てたまま33秒間に渡って動かなかった。本拠地を真っ赤に染めた3万810人の大観衆から「黒田コール」が湧き起こる。熱い涙が頬を伝っていた。

 セレモニー終了後のベンチ裏。その行動については「最後の最後まで、野球の神様がいると思ってプレーしてきたので、20年間のお礼」と説明したが、感極まったことへの質問には「いろいろ苦しい思いもしたので…」と答えたきり、言葉が続かない。60秒間の沈黙。そして声を絞り出した。

 「あのマウンドに立って、スタンドを見るのも最後かな…と思うと、いろいろなことを思い出した。もうマウンドに上がらなくてもいいという気持ちと、上がれない気持ち。一瞬だけど、過去の試合とか、いろんなことが頭をよぎった」

 セレモニーでは、新井とともにチャンピオンフラッグを手に取り、先頭でグラウンドを1周。感謝の思いを込め、約50個ものサインボールをスタンドに投げ入れた。そして胴上げだ。本人は固辞していたが、新井の「ヤルぞ!」という掛け声と共に、永久欠番となった背番号と同じ15回。熱いものがこみ上げた9月10日とは違う。宙を舞う中で白い歯がこぼれた。

 「リーグ優勝した日の胴上げを(記憶の中に)ずっと持っておきたかったので、胴上げは断っていた。15回も上げてくれて感謝している」

 一緒に戦ったチームメートと握手し、抱擁を交わした。直後にマウンドにひざまずいた。スタンドでは涙を流すファンの姿があった。「ありがとう」「戻って来て」と絶叫する人もいた。惜別の情と感動が、球場全体を包み込んでいた。

 「寂しい気持ちは多少ある。でも、どこかで区切りをつけないといけない。世界一のカープファンの前でユニホームを脱ぐことができる。最高の引き際だと思う」

 ファンの期待に応えようと、懸命に突っ走ってきた20年間。集大成と誓ったラストイヤーに大団円を迎え、黒田博樹のサクセスストーリーは真の意味で伝説になった。(江尾 卓也)

写真
マツダスタジアムで行われた優勝報告会で膝を突きマウンドに別れを告げた黒田は、感極まって涙を流す


[スポニチ 11/06 06:09]




「晴れ、ときどき紙吹雪」「熱狂と興奮、気温も少し暖かく」 広島優勝パレード、粋な天気予報に込めた思い

気象情報会社のウェザーニューズ(本社・千葉市)が5日に伝えた、広島の天気予報が話題になっています。当日にあったプロ野球・広島カープの優勝パレードを意識した粋なコメントが書かれているのです。「普段から身近に感じてもらうことで、いざという時に頼ってもらえる存在になりたい」。そんな思いで書いたそうです。

「晴れ時々紙吹雪」のメッセージはこちら。優勝パレードの様子や、ひざをついて涙する黒田投手も「粋だ!」「気遣いに感謝」「今日のweathernews イケメンかよ」という文字とともにツイッターに投稿された、広島の天気予報の画像。コメント欄には「晴れ時々紙吹雪」というタイトルで、こう書かれています。

「今日も青空が広がり穏やかな陽気。ただ平和大通りでは紙吹雪が舞う可能性があります。7カ月にわたる熱狂と興奮に対する感謝で気温よりも少し暖かく感じられます」

5日に開かれた広島カープの優勝パレードを意識した文章で、「粋だ!」「気遣いに感謝」といった声が上がっており、このつぶやきはリツイートが2千を超えています。

「平和大通りでは紙吹雪が舞う可能性があります」という部分については、紙吹雪は実施できないようだったので、いったん公開後に「街は紅葉前線が来る前に真っ赤に染まりそうです」と変更し、タイトルも「紅葉よりも赤く染まる」と変えたそうです。

担当者の思いは、このコメント付き予報を出したのはウェザーニューズです。広報担当者によると複数人で意見を出し合いながら文章を決めたそうです。

「25年ぶりの優勝に地元の方々も盛り上がっていると聞いて、今回はこのようなコメントにしました。『感謝』という言葉は、ぜひ入れたいと思っていました。天気が悪かったらできなかったので、よかったです」

ウェザーニューズでは、男子サッカー日本代表の試合がある時に「サムライブルーの青空に」といった表現を使うなど、過去にもこうした取り組みをしてきたそうです。なぜ、こうした取り組みを続けているのか?

広報担当者はこう話します。
「普通にコメントを書いても、読み流されてしまいます。普段からこうしたコメントを書くことで身近に感じてもらい、いざ災害時などに頼ってもらえる存在になりたいんです」


[ウィズニュース/11/06 07:00]


広島新井、盟友黒田へ粋な演出「胴上げ15回だ」

広島黒田博樹投手(41)が5日、マツダスタジアムで行われた優勝報告会で3万人超のファンを集めて最後のユニホーム姿を披露した。イベント終盤、チームメートに背番号と同じ15回胴上げをしてもらい、マウンドにひざまずくと感極まって号泣。この日、広島市内で行われた41年ぶりの優勝パレードにも感激し、笑顔を貫いてきた黒田が涙、涙でファンに別れを告げた。

黒田の盟友新井が粋な演出を見せた。優勝報告会で黒田がサインボールをスタンドに投げ込んでいるときだった。ベンチの前で整列していた新井が「胴上げやるぞ」「15回だ、15回!」とナインに提案した。

黒田は事前に選手会長の小窪に「1度してもらったし、胴上げはもういい」と伝えていた。だが「このまま終われない」(新井)という熱意で胴上げを実行。しかも言った通り、15回も宙に放った。「胴上げ15回なんてしないよね、普通。でも誰もやれないことをした人なんだから、誰もやったことのないようにしたかった。(鈴木)誠也とか力の強いヤツを配置して、落とさないようにやりましたよ」と満足そうだった。


[日刊スポーツ/11/06 07:56]

広島黒田ひざつきうずくまり33秒 3万人が見た涙

黒田が泣いた!!
広島黒田博樹投手(41)が5日、マツダスタジアムで行われた優勝報告会で3万人超のファンを集めて最後のユニホーム姿を披露した。イベント終盤、チームメートに背番号と同じ15回胴上げをしてもらい、マウンドにひざまずくと感極まって号泣。

この日、広島市内で行われた41年ぶりの優勝パレードにも感激し、笑顔を貫いてきた黒田が涙、涙でファンに別れを告げた。

ハイタッチと抱擁。チームメート1人1人と別れのあいさつをすると、最後にマウンドに右ひざをつけた。うずくまること33秒。黒田は、口に手を当て立つことができない。泣いていた。スタンドを真っ赤に染めた3万810人のファンも、その一点を見つめた。「黒田コール」とともに、特別なうたげは終わりを告げた。

「あのマウンドに立ってスタンドを見るのも最後かなと思うと、悔しいこととか、いろんなことが思い出された…。自分の中でマウンドにもう上がらなくていいという気持ちと、もう上がれないという気持ちがあった。本当、一瞬ですけど、過去の試合が頭をよぎった。そんな感じです」

セレモニー終了後の会見でも涙をこらえ、1分以上の沈黙が続いた。引退表明でも、日本シリーズ敗戦時にも、引退会見でも見せなかった涙。最後に初めて、寂しさが襲った。

マウンドにひざまずいたのは、黒田流の儀式。現役20年のお礼だった。「最後の最後まで野球の神様はいると思って野球をやってきた」。走馬灯のように巡った記憶も、苦いものばかり。だがそばにはいつもファンがいて、ともに勝利を目指す仲間がいた。「本当に出来過ぎの野球人生」。この日、目の前に広がっていたのは、まさにそんな景色だった。

午前中は、新井とともにオープンカーに乗り、広島の街をパレード。マツダスタジアムに戻って行われた優勝報告会は終盤、さながら黒田の引退報告会と化した。バックスクリーンに入団からの映像が流され、新井からは花束が贈られた。チームメートに15回胴上げされるサプライズも。

黒田は「別に肩が痛かろうが関係ない。できるだけ目いっぱい遠くに投げよう」とグラウンドを1周しながらスタンドにサインボールを投げ入れた。

「最後に世界一のカープファンの前でユニホームを脱ぐことができます。本当に最高の引き際になったと思っています。20年間、ありがとうございました」

23日のファン感謝デーは参加しない方向で、背番号15は、この日が最後。黒田と広島の物語が、ここに完結した。【前原淳】

写真
引退セレモニーを終えた黒田は、マウンドに別れを告げ感極まる(撮影・宮崎幸一)


[日刊スポーツ/11/06 07:56]


【広島カープ】広岡氏も絶賛する黒田の引き際と気になる後継者問題

 広島カープは5日、広島市内で約31万人の大観衆に見守られる中、41年ぶりとなる優勝パレートを行い、続いて、マツダスタジアムでは、優勝報告会が開かれ、今季限りで現役引退を決めた黒田博樹(41)が引退セレモニーでファンに別れを告げた。

「笑顔や涙、色々なものを見せてもらい、感動しています。苦しい20年間でした。ただ、苦しいことを乗り越えて、こういうパレードができた。アメリカに渡った時に、まさかマツダスタジアムのマウンドに立てると思ってなかったので、不思議な気持ちです。最後に世界一のカープファンの前で、ユニホームを脱ぐことができます。本当に最高の引き際になったと思います」

 ファンにそう挨拶をした黒田は、新井の発案で胴上げされ、永久欠番となることが発表された背番号「15」にちなんで、15回、宙に舞った。黒田はそのままマウンドに残ると、右ひざをつき、長い時間うつむき涙を流した。野球の神様への20年間のお礼だったという。

 広島でコーチ経験もある巨人OBで元ヤクルト、西武監督の広岡達朗氏は、黒田の清い引き際を讃えた。

「黒田は、素晴らしい引退を決めた。自分の力を勘違いして、金やいろんなものに執着して、なかなかユニホームを脱げない選手が多いが、黒田は、清い引き際を選んだ。聞くところによると、41歳の体はボロボロだったという。まだやれるのかもしれないが、黒田なりの美学というか、プロとは何かを貫いた結果だと思う。金、金、金の今のプロ野球で、それよりもっと重要なものがあるという価値観を黒田は見せてくれた」

 広岡氏は引退する黒田がチームに残した遺産が大きいと見ている。

「黒田がこの2年間で、チームに残した遺産ははかりしれない。まずマウンドに上がるまでの準備、中4日でも、中5日でも、チームのために投げるんだというチームを最優先に考える哲学、打者に向かっていく姿勢、たとえ相手が若い選手であろうが、ベンチにいるときから、“舐められた終わり”“戦うんだ”というプロとして大切なオーラを出していた。

 合同自主トレや侍ジャパンで仲のいい選手が増え、馴れ合いの雰囲気が出ているグラウンドに黒田は緊張感を持ち込んだ。またツーシームを駆使して、内角球が、いかに大事かを若い投手に教えた。野村の1本立ちやストッパーの中崎の成功には黒田の影響が大きいと思う」


[広島カープブログ2016.11.06]


野球広島ジョンソン“黒田魂”継承じゃ!才能ある鯉投の「良い見本になりたい」

広島のクリス・ジョンソン投手(32)が6日、米国に帰国した。帰国前に取材に応じ、3年目の来季は“黒田魂”を引き継ぎ、リーダーとして先発陣を引っ張っていく決意を示した。

41歳の黒田博樹投手が現役を引退。来季の先発投手陣では、助っ人左腕が最年長になる。成績はもちろん言動でも存在感を示して、チームをリーグ連覇へ導く。

自覚が芽生えた。2年目を終えたジョンソンが、来季への思いを口にする。今季の個人成績を上回ることやリーグ連覇はもちろん、自身がリーダーとして先発陣を引っ張っていく覚悟を示した。

「今、32歳だ。黒田さんが抜けた来季は、僕が先発陣の中で最年長になる。若い投手が多いチームで黒田さんは尊敬され、精神的支柱だった。僕も、みんなの良い手本になりたいんだ」

2015年、レジェンドの古巣復帰とともにカープのユニホームに袖を通した。左腕にとって、この2年は特別な時間だった。メジャーで実績十分な右腕が、若手に助言を与える姿に感銘を覚えた。試合に臨む姿勢や妥協なきトレーニングにも目を奪われた。

黒田はジョンソンについて「言葉ではなく背中で引っ張っていく選手」と言ったことがある。決して口数が多いタイプではない。だが来季からは助言を求められれば、惜しみなく自らの経験や技術、そして心構えなどを伝えていく。

「黒田さんを見ることができて幸せだった。チームには若く才能がある投手が多い。できることがあれば僕も還元していきたい」と“黒田魂”の継承を誓った。

今季は15勝7敗、防御率2・15で、外国人投手では史上2人目となる沢村賞に輝いた。勝ち星こそ14勝した昨季を上回ったが、投球回や防御率は下回り「正直、1年目ほどの数字は残せなかった」と悔しさをにじませた。6月に来季からの新たな3年契約に合意している。オフの間は肉体強化に努め、キャリアハイを目指す3年目に備える。

5日の優勝パレードでは大きな感動をもらった。沿道を埋めたファンの温かな笑顔。オープンデッキバスから手を振る中で、リーグ連覇への思いを強くした。「たくさんの人にサポートしてもらっていたと、あらためて思った。来年も勝って喜びを分かち合いたいね」。誰よりも結果を残し、チームの底上げにも力を尽くす。責任と自覚を胸に、ジョンソンが来季のマウンドに立つ。

写真
5日の優勝報告会で黒田(左)と抱き合ったジョンソン


[デイリースポーツ 11/7 06:04]





野球24歳 黒田博樹 2歳男児との約束

少し、心が安芸から離れた。黒田博樹の引退セレモニーを見て鼻がツンとなった。20年前の、まだ自信なさげだった背番号15の残像が浮かんで、思わずこみあげてしまった。

黒田のルーキーイヤーに転勤で広島に赴任し、若かりしころの彼を追った。同年はドラフト1位の沢崎俊和(現広島2軍投手コーチ)が12勝を挙げ新人王に輝き、ドラ2の右腕は完全に脇役。6勝9敗で1年目を終え、大卒新人2人の明暗ははっきりと分かれた。

カープは翌97年のドラフトで黒田の専修大の1年先輩、プリンスホテルの小林幹英(現広島1軍投手コーチ)を4位で指名。小林は1年目から抑えとして18セーブを挙げるなど活躍し、2年目わずか1勝に終わった黒田の存在は同門で比較されても、かすんでいた。

そんな彼が2年目を終えた11月、日南秋季キャンプの1シーンを思い出す。黒田は天福球場の山あいを高橋英樹(現広島打撃投手)とともにトレーニングで駆けていた。インターバルで坂路ダッシュを繰り返していると、よちよち歩きの男の子が…。年齢を聞けば「2ちゃい」という。お母さんは地元の人だけど、カープのことはよく知らない。黒田は男の子の赤いほっぺをさすりながら言った。

「おにいちゃん頑張るわ。君が大人になるころには、ちょっとは有名になっておくからな」

冗談っぽく、笑いながら、そして記念撮影。そばで聞いてほほ笑ましかったので、あのときの言葉はよく覚えている。か細い24歳が将来ヤンキースで活躍し、日米200勝を挙げるなんて、当時カープの関係者は誰も想像できなかった。

確かに執念や向上心はほとばしっていた。ただ、金本知憲や新井貴浩らカープの選手はほとんどそうだったから、黒田だけが特別だとは感じなかった。

20代の黒田を取材して活躍を裏付けるものをひとつ挙げられたとすれば、それは彼の「礼」だったのかもしれない。プロ3年目で結果も出ていないのだから腰は低い。でも、だからというわけじゃなく、こちらが恐縮するほど、いつどんなときも礼儀正しかった。目を見てあいさつをし、相手に言葉足らずなことがあっても揚げ足をとらず、その立場を敬う。小、中、高、大学と野球を通じて礼儀を学んできたのだから、プロでできるのは当たり前?残念ながらそうではない。

多くのプロ野球選手と接してきたが、若くしてこれをできるのは実は希少だ。安芸で泥にまみれる若虎に、ついつい黒田の残像を重ねてみる。

カープファンは黒田が「大投手だから好き」なのではない。入団時から変わらない「礼」が伝わるから、彼が泣けばファンも泣く。日南でほっぺをさすられたあの子はもう成人。約束通り「ちょっとは有名」になった黒田との写真…今、宝物になっているに違いない。=敬称略=(阪神担当キャップ・吉田 風)

写真
5日の引退セレモニーの最後に、マウンド前でひざまつき号泣する黒田


[デイリースポーツ 11/7 11:01]




野球ザ・ギース尾関「最後まで感動与えてくれた黒田さん」

【ザ・ギース尾関高文 コイのターゲット】いや〜感動しました。素直にカープファンで良かったと思います。25年ぶりのリーグ制覇もうれしかったですが、この目でパレードを見られたことは一生の思い出になります。

5日はマツダスタジアムでの優勝報告会のお仕事をいただいていたのですが、歌手の世良公則さん、シンガー・ソングライターの堂珍嘉邦さんとともに出発地点でパレードを見送ることができました。早くも熱狂していたファンが、世良さんのことを「大瀬良さん!」と呼んでいたのには「興奮しすぎだろ!」と思いましたが、エキサイトしていたのは沿道の人たちばかりではありません。

選手たちも普段とは違うテンションでした。緊張感とワクワク感に包まれていたのでしょう。

まるで遠足前の小学生のようにちょっかいを出し合ったり、OKが出る前にパレードカーのカーテンの上から顔を出してみたり…。菊池涼介選手は僕の姿を見つけるなり、手にしていた拡声器で「尾関、面白くないんだよ、尾関!」と叫んで周囲をザワつかせていました。

優勝報告会では黒田博樹投手が感動を与えてくれました。イベント中にそそのかされてやった大野豊さんのモノマネがクソ滑って泣きそうになっていましたが、そんなショックを吹き飛ばしてくれたのが今季限りで引退した黒田さんです。

マウンド付近でヒザをついたときには「元巨人の桑田真澄さんのモノマネでもするの?」と驚いた方もいたようですが、アストロビジョンに映し出された黒田さんは泣いていました。それを見て、スタンド中が号泣です。

「はだしのゲン」の作者、故中沢啓治さんの奥さんも涙を流されていました。

その黒田さんが、来年はいません。ちょっと心配ですが、カープには新井貴浩選手がいます。マツダスタジアムからの移動の際に乗ったタクシーの運転手さんも「開幕前に新井選手を乗せたとき『2000安打は、もうすぐですね』と声をかけたら『そんなことは、どうでもいいんです。それよりも優勝です』と返された」と証言していました。きっと、新井さんが「黒田イズム」を継承して、若い選手たちを引っ張ってくれることでしょう。来年もカープは優勝してくれると信じています。(お笑い芸人)

写真
沿道のファンに手を振る黒田(左)と新井


[東スポWeb 11/7 16:45]




野球広島・黒田が「変えたもの」と「変えなかったもの」

マツダスタジアムが真っ赤に染まった。マウンドの前で右膝を付き、広島・黒田博樹投手(41)が視線を落とす。現役生活20年。思いが脳裏を駆け巡ると、しばらく顔を上げられなくなった。涙、涙に暮れる。客席からは「クロダ、クロダ!!」の大合唱が鳴りやまない。優勝報告会が行われた5日が、最後のユニホーム姿となった。

振り返れば、輝かしい記録と、記憶が残る。黒田の20年には「変えた」ものと、「変えなかった」ものがあった。2004年にはアテネ五輪に出場した。中継ぎで2勝し、銅メダル獲得に貢献したが、帰国後すぐにシュートの習得に挑戦。翌05年の最多勝につなげた。新井が振り返る。

「食事をしていたら『このままじゃダメだ、もっと高い位置に持っていかないと』と。

直球、フォークが主体でしたけど、ツーシームを投げ始めた。新しいトレーニングや、投げ方も変えたり…。探求心、追求心の塊。もっともっと、と新しいものを取り入れて、変化を恐れなかった」

全盛期は150キロ超の直球とフォークが主体。黒田はスタイルの変化に「当然葛藤はあった」という。だが投手である前に、プロとして生きざまを探した。変化は進化だと信じて生きた。変わらなければならなかった。黒田は言う。「行き着くところはプロである以上、結果を残し続けないといけない。グラウンドに立ち続ける以上は、相手に勝ち続けないと残る権利は得られない」。広島に復帰後はカーブや、チェンジアップの習得にも挑戦。常に活路を探した。

そんな変化を恐れなかった野球人生で、不変だったのが「エース」としての誇りだ。現役引退を表明した18日、広島市内のホテルで記者会見を行き、決断に至った理由を明かした。「すごく大きかった」と続けたのは25年ぶりのリーグ優勝。加えてエースとしての矜恃(きょうじ)が引退を決断させたという。

「歴代の監督さんはじめ、先発したら最後まで投げきると、そういう使い方をしていただいた。自然とそういう投手にならないといけないという気持ちがあった。やっぱり最後は先発完投できなくなった自分に対して、どこかで投手として区切りをつけないといけないとなった。そういう投手になりたかったんだなと思います」

“ミスター完投”と言われた男。
今季の完投、完封は4月2日の巨人戦(マツダ)のみで、5月8日に「頸部の神経根症と右肩痛」で抹消されて以降は、満身創痍(そうい)での投球が続いた。緒方監督も「『すみません』という一言がいつもあった。投げ抜きたい思いが常にあった。その言葉を聞く度に彼の思いが伝わってきた」と明かす。プロ初登板となった巨人戦で完投勝利。先発投手として、エースとして、マウンドは譲りたくない-と、プロ20年間の投球回数は、日米通算3340回2/3に達した。

黒田は「僕の考え方は古いのかもしれないですけど」と笑う。だが、その思いはファン、仲間の心を打った。新井が言う。「黒田さんはエース。なぜかと言われたら、自分を犠牲にできるから。当然、高い技術を持った上での話です。

そんな人が、チームのためと思ったら犠牲をいとわない。体調が悪くても中継ぎを休ませたいと思ったら、迷わずマウンドに志願して上がる。だからエースなんです」。苦しくても体を酷使して、犠牲にして投げ続けた20年だった。

「引き際を間違えないために、一生懸命やってきた。こういう引き際を選ぶことができたのは、よくやったかなと思います」

男気残留からメジャー移籍。世界最高峰の舞台で活躍すると、20億超のオファーを蹴って広島に戻った。最後はカープをリーグ優勝に導いて引退。背番号「15」は球団で3人目の永久欠番となった。

引退会見で「涙はいっぱい流してきたので、最後くらいはいいかな」と話していたが、優勝報告会は涙のフィナーレとなった。

黒田が残した足跡は日米で、今後も語り継がれるだろう。「黒田?あの広島を優勝させた人じゃね」-と。(デイリースポーツ・田中政行)

写真
セレモニー後、マウンドの手前で膝をつき号泣する黒田=11月5日撮影


[デイリースポーツ 11/8 11:00]




【広島カープ】頑張れは諸刃の剣・・・黒田が語る思い

 今季限りで現役を引退した広島・黒田博樹投手(41)が5日、20年間のプロ生活に別れを告げた。日本中のファンに感動を与えた黒田が、スポーツ報知に独占手記を寄せた。

 想像以上の盛り上がりでびっくりした。こちらが逆に「ありがとう」という気持ちでパレードに臨んでいました。新井と「優勝して良かったな」という話もしました。こういう形で仲間やファンに見送ってもらって、できすぎな野球人生だったなと思いました。

 入団時はプロに入った達成感があって、2軍にいてもどこかでプロのユニホームを着ている安心感があった。だけど2年目(98年)のオフに大野(豊)さんが引退して、変わった。あれほどの人が抜けて、じゃあ来年、そこに誰が入るのか考えた時に、自分が頑張らないと、結果を出さないとやばいな、と。どうやってこの世界で生き抜いていくかと考えた時に、強い責任感をもってやらないといけないと思った。

 僕の原点は高校時代。マウンド=苦しいもの。トラウマじゃないけど(笑い)。当時は抑えられなかったら、ずっと走らされていた。それがこの年齢になっても残っている。だから僕はマウンドで表情を崩すことはない。そのことは自分の中で決めていた。

 なぜ、あれだけ苦しそうに投げるのかと聞かれる。怖いのは、自分の一番いいときを知っていること。球の軌道、打者の反応、空振り…。良かった時のことは記憶に残っている。それが薄まりながらマウンドに上がるのは、怖い。若い頃は、真っすぐを思い切り投げて、それを打ってみろ、というスタイルだった。だけど、それができなくなったことを受け入れてマウンドに上がるのは、しんどい。


[広島カープブログ 201611071
【広島カープ】頑張れは諸刃の剣・・・黒田が語る思い

 (日本ハムの)大谷くんを見ていると、すごくうらやましい。ただ、彼も、カープの投手たちも、変わらなくてはいけない時がくるだろう。150キロをずっと投げ続けられるわけじゃない。それをどこかで受け入れて、1年でも長くユニホームを着るだけじゃなく、結果を出し続けることが、プロとして大事だと思う。

 僕は気持ちの面も大事にしてきた。戦うスイッチが入る(※1)。メジャーでは、体のでかい、ごつい打者とばかり対戦する。どうやってこいつらに勝っていくかと考えた時に、気持ちを高めていくしかない。「この野郎!」ってね。今だから言えるけど、試合前に相手チームの選手にあいさつされるのはもちろん、目を合わせることすら嫌だった。そうでないと、厳しいところを突けない。この野郎、という気持ちにもなれない。

ユニホームを着てグラウンドに立つ以上は、それくらいのファイティングスピリットがないと戦えなかった。器用な選手は割り切ってできるかもしれないが、ぼくは器用じゃないから。

 メジャーに行って1年目か2年目に、カージナルスのクリス・カーペンター(※2)からこんな話を聞いた。「自分の家族がおなかをすかせている。獲物をバッターが持って行こうとしている。じゃあお前はどうするんだ? 徹底的に戦うだろう」。すごく印象的な言葉だった。年々、技術も、気持ちも落ちてくる。150キロが投げられなくなってくる。何で補うかといえば、気持ちの部分しかない。そうでないと戦い続けられない。

 家族にも引退の話はした。最近は毎年「今年が最後だ」と言っていたし、分かっていたと思う。最後の(登板となった)札幌にも呼んだ。真剣勝負のマウンドを見せたかった。セレモニーではなく、戦っている姿を見せられたことは良かった。

 昨年、カープに復帰して、スタンドから「頑張れ!」と言われるのが心苦しかった。すごくうれしいけど、これ以上頑張れない…。申し訳なく、苦しかった。

 毎年最後のつもりでやってきたから、1年が終わった解放感は同じだけど、もう体のケアをしなくていいのがうれしい。朝起きて肩や首が痛くても、何もしなくていい。思い切って右手も使える。何をするにも左手を使っていたから。ちょっと何かを拾うのも、右手は使わなかった。今では左右を遜色なく使えるぐらい。草野球やってもいいわけですから(笑い)。来年のことを考えて生活しなくてもいいのは楽しみ。

 家族は米国にいる。今後のことを考えるのは、いったん向こうに帰ってから。米国で暮らすかもしれないし、広島に帰ってくるかもしれない。自分がいつでもどこでも動ける状態になってから、相談しながら決めていこうかな。(広島カープ投手)


 ◆黒田 博樹(くろだ・ひろき)1975年2月10日、大阪府生まれ。41歳。上宮高から専大を経て96年のドラフト2位で広島入り。2004年にアテネ五輪で日本代表に選出され、中継ぎとして2勝し、銅メダル獲得に貢献。05年に最多勝とベストナイン、06年に最優秀防御率を獲得した。08年にFAでドジャースへ移籍。12年からヤンキース。15年に広島に復帰し、今季限りで現役を引退。日米通算成績は533試合で203勝184敗1セーブ、防御率3・51。185センチ、93キロ。右投右打。既婚。血液型B。年俸6億円。


広島カープブログ 201611072

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