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私小説を書いてみました。コミュのともしびを掲げる手(第一話 影なき世界)

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 それは,自由を失ってから,どれくらい経ったときのことだったろう。
 手かせと足かせ,ときにはくびき。息が詰まりそうなほど小さな窓には,しっかりとした鉄格子。どこまでもぞろぞろと続く奴隷たちの無感覚な群れと,ときおり響く監視人の怒鳴り声と,ときには小さな肩を灼くような鋭い鞭。家族と離ればなれになり,まだあどけない子どもだったにも拘わらず,いつの間にか泣くことすら忘れていた。

 奴隷商人どもの長いながい旅路は,ようやく帝国の辺境,「化外の地」に及んで終わりに近づいているようだったけれども,彼にとってはどこか別の世界の別の誰かの身の上に起こることのように現実味がない。名前でなく番号で呼ばれることに何の抵抗も覚えなくなって,自分の名前すらなくしてしまったようだった。
 人いきれで息苦しい奴隷の「檻」の覗き戸を開けて,ときおり品定めするような視線が牢内をなめ回し,品のない笑い声がそれに続いた。それを屈辱とすら感じなくなった心に,監視人の雑談が聞こえるとはなしに聞こえる。
「ガキっつーのは案外丈夫なもんだな。けっこう船ん中で死んだのに,結局生き残ってやがる。」
「全くだ。そんなに丈夫なんだから,上手くそこんとこ売り込めば高く売れそうなもんなんだがな。」
「しょうがねえ。ガキってのは,クソ細けえ手先の仕事だの,小難しい学問たたき込んで家庭教師にするのが相場だかんな。だれもあんなちっこいガキ,畑での力仕事になんぞつかわねえ。」

 気にしないよ。うずくまって膝に顔を埋めたまま,そう彼は自分に呼びかけた。あれはオレのことじゃなくて,きっとどこか別の世界の可哀想な誰かのこと。そう言い聞かせれば,出会う全てのつらいことはなくなってしまう。・・・泣かなくたって済む。

 つらいことなんて何もない。
(楽しいことも何もない。)

 苦しいことも何もない。
(嬉しいことだって何もない。)

 悲しみだって何もない。
(喜びだって何もない。)

 オレが,いなくなる。

 だんだん世界が遠くなり,無明の沈黙に沈むかけようとしていたとき,いつの間にか扉が開かれ,眩しい光を背景に誰かが牢内に入って来る。

「・・・この子にしよう。」
 硬いけれども,しっとりと落ち着いて,高いような,それでいて低く落ち着いているような声が耳殻に滑り込んできた。彼は,光に目を慣らそうと,その声の方に向けてじっと目を凝らす。

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