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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第五十一回 文芸部作品 匿名C「新世界 vol.1『あの場所』」

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 あの向こう。あれを目指して僕は、いや、僕と彼女はここに来たんだ。
 そびえ立つ壁を見上げていくと、一つの物体が視界に入る。そう、僕にとっては、あれこそが全ての始まりで全ての終わりだったのだ。

* * * * *

「な〜、佐久(さく)兄ちゃんはなんでここに来たん?」
 ルーチーンだけの毎日に飽きてきたのか、さとるにそう訊かれる。
「それはどう意味かな?」
「オレ、一応聞いとんのや。兄ちゃんはここいらの出じゃないって」
それはもう何百回も答えた質問であって、十六になり、己の行く先を決めたはいいが迷いつつあるだろうさとるに伝えるべき質問だと理解はしているものの、やはり少々面倒くさかった。
「そ、僕は東京生まれだったの。まぁ、あと六年経てば、半々になるけどね」
「逆に僕がさとるに訊きたいくらいだよ。「キタ」の人間がなぜ「ナカ」を志望したの? 正直、ここには何もないよ?」
「あるやんか、公会堂も銀行も図書館も……」
さとるが口ごもったのも無理はない。文化はこの十六年で衰退し、公会堂が使われることはなく、紙幣は当然として、お金というものの概念もなくなり、図書館には西暦二〇十二年までの本しかない。
「っていうかオレにはわかんねぇし! 生まれたときからずっと「キタ」にいるじゃん? 大阪で生まれて、「キタ」で育って、「ミナミ」に遊びに行って……素通りになってる「ナカ」ってどんな場所かな? って」
さとるの熱さが眩しい。自分もかつてはそうだったのだろうか? 無知だった自分。「たまたま遊びに来た大阪で一生過ごすことになる」なんて、今のさとると同い年だった十六のときの自分に言っても、決して信じることはなかっただろう。
 左手首の時計を見る。
「そろそろ出勤だな」

* * * * *

 中之島のある「ナカ」は、地域名と同じく《中立派》だ。さとるが育った「キタ」はJR大阪駅と梅田駅がターミナルをなし、今も都心の機能を持っている。おそらくそれが故に、「あの場所」に対しては《強硬派》。「ミナミ」のグリコの看板や食い倒れ人形で有名だったが、「あの場所」に近すぎるから《穏健派》。そして自分は「ナカ」に身を置くこととなった……。

「で、なんでさとるも付いてくるの?」
「『やることない』って、言ったのは佐久兄ちゃんの方やん!」
「いや、僕は『何にもない』って言っただけで、ちゃんと仕事が……」
「二人の方が楽しい楽しい!」
 東西に走る川の中洲、中之島。その東側に自分の勤め先がある。さとるには今は『何もない』と言ったが、かつての都市計画によると、中之島には美術館が次々とオープンし、オシャレなリバーサイドカフェも多数構想されていて、公会堂・銀行・図書館のレトロ建築群もそこに加わる大阪の一大オシャレエリアになるとのことだった。
「おはようございます」
「佐久くん、今日もおはよう」
それが今では、大阪唯一の国立美術館である「国立国際美術館」、僕の職場である「大阪市立東洋陶磁美術館」の二館のままだ。
「ねぇ、あの人館長さんとか偉い人? オレも挨拶した方がええの?」
「館長さんではないけど、偉い人だと僕は思ってるよ」
「したら誰やねん、あのおっちゃん!」
「鈴木さんっていう僕のサポートをしてくれてる方」
さとるの、男の僕でも大阪だけにいるのは勿体ないと思わせる顔が驚きの表情になる。
「そう、今では僕がここの館長だ」

(続く)

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