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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第四十八回 みょこ作 「アンサンブル」

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 笛の音が聞こえていた。夜だった。
 薄暗い林の中の小道を、音のする方へ歩いていた。音は一向に大きくならず、近づいているのかどうかもわからなかった。水の中を歩いているかのように体が重かった。
 視界の左側に小さな光がちらついていた。林の向こうが下り坂になっていて、麓には瓦屋根の一軒家が並んでいた。光の出どころを確かめようとしたが、左を向くことも、目を動かすことさえもできなかった。
 足音は聞こえていなかった。夜の紺色の背景の上を、焦げ茶色の木の幹と暗緑色の葉が一定のリズムで後ろに流れていく。光がちらつく。笛の音が聞こえる。
 突然、右側から木の葉の群れを激しく叩くような音がした。私は思わず右を向いた。何かがいた。それを目にした瞬間、体の内側から音が溢れ出して視界が真っ白に覆い尽くされた。

       *

 私と柚は私の家のこたつに向かい合って座っていた。
 柚は急須を自分の茶碗に向かって傾けて数秒間静止した後、電気ポットからお湯を急須に注いで自分と私の茶碗に継ぎ足した。最後の一滴を自分の茶碗に落とし、急須をポットの脇に置いた。
 ストーブは室温が設定温度に達したためエコ機能によって停止しており、しばらく隠れていた換気の音や冷蔵庫の音が顔を出し始めた。
「……それで、何がいたのです?」
「たぶん、だるま」
「だるま?」
「うん」私は茶碗に手を添えた。「でも、真っ白で」
「雪だるまですか?」
「いや、赤いの。目が真っ白で」
「それは、願掛けもまだだったんでしょう」
「でもね、両目は真っ白なのに、目の下には墨が垂れたような、涙のような跡が……」
 柚の足がこたつの天板に当たり、音と揺れが伝わってきた。
「……あなたはもっと季節感のある話をするべきだったと思います」
「でも占いだし、正直に言わないと」
「占いができると言いましたが、あれは嘘です」
「そうなの?」私の声は弾んでいた。「嘘はよくないね」
「はい。でも、もっとすごいことができるんですよ」柚の声の迫力が増した。
「へえ」私は少し気圧されて、落ち着いた声色になっていた。身震いがした。
 ストーブに火が入り、原始的とも現代的とも言えそうな音とともに熱風を吹き出し始めた。柚はストーブに目をやらずに言った。
「私は夢の内容を改変できるんです。先輩が見たのはだるまではなく雪だるまで、私が作りました。傍に私もいます。さあ、今度はかまくらを作って遊びましょう」
「笛の音は?」
「私の地元のお祭りが近くでやっているのです」
「柚の地元って北海道だよね? 冬のお祭りで笛なんて演奏できるの?」
「できないことはないでしょう。実際、東北ではそのようなお祭りがあると聞きます」
「でも、北海道でしょ? 柚じゃなくなっちゃうよ」
「む……。では、私の好きなゲームのサントラにそれっぽい曲があるので、それで手を打ちませんか」
「まあ、いいけど……夢だし」
「では、辻褄も合ったところで、かまくらで温まりましょう」
 柚のスマホから、管楽器と弦楽器のアンサンブルのような電子音が流れ出した。
「『クロップ洞窟』という曲のアレンジです。かまくらっぽいでしょう」
 私は軽く微笑んだだけだった。こたつの中は暖かかった。
 私たちはしばらくの間、ストーブの音が気になり出すくらいまでの間、時折お茶を啜りながら、黙って聞き入っていた。

コメント(3)

柚がひたすら可愛かったです。喋り方と話してる内容と……。とても魅力的な空気感だと思います。
夢の改変が本当にできるのか、それとも夢の診断や相談なのか、もう少し長く書かれていたら、より楽しめる作品だろうと思います。

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