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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第四十七回作品 匿名 I『キャンドルの炎が消える前に』

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コミュ内全体

 ケーキが美味しいと評判のカフェは、日曜日の昼下がりということもあって混み合っていた。
 ぼくは、新宿で彼女と映画を観たあとに気軽にお茶でもしようと提案したのだが、これではゆっくり話をすることもできない。両手でカフェラテのカップを持ち、彼女はうつむいて、無口になっている。ぼくは彼女の機嫌を取るように言った。
「ケーキ、頼もうか?」
「ううん、いらない」
 ふたたび、沈黙が続いた。ぼくは何を話そうかと考えた。
「今日の映画つまらなかった?」
「ううん、面白かったよ」
「どうしたの? そんなに黙って」
 彼女は顔を上げて、ぼくの目をまっすぐに見て言った。
「クリスマス一緒に過ごせるよね?」
「もちろん。もうあと一か月しかないから、どうやって過ごすか考えようよ」
「良かった。じゃあ、雅人(まさと)の部屋で過ごしたいな」
「いいよ。うちでゆっくりしようよ」
 ぼくたちは大学生で、彼女は、独り暮らしのぼくの部屋によく遊びに来ていた。彼女は、恥ずかしそうな笑みを浮かべ、甘えるような口調で言った。
「やっぱり、ここのお店のチーズケーキ、食べようかな」
「うん、ぼくも食べてみよう」
 彼女は、ケーキが運ばれてきてから、急に饒舌になった。
「クリスマス楽しみ。何して過ごす?」
「そうだな、DVDでも借りてきて一緒に観ようか?」
 彼女の目が輝いた。
「うん、怖くないのにしてね。私、ホラーとか苦手だから」
「わかった。楽しい映画にするよ」
 さっきまで元気がなかったのが嘘のようにはしゃいでいる彼女を見て、ぼくは愛しさを感じた。彼女は、携帯を触りながら言った。
「それでさ、ケーキのことなんだけどね、私が作ろうと思ってるの」
 ぼくは今まで、女の子にケーキを作ってもらったことがなかったので、心が躍った。
「うれしいな。ほんとに作ってくれるの?」
「こう見えても、お菓子作りは得意なのよ。クリスマスケーキってね、国によって違いがあるって知ってた?」
「え、知らない。生クリームにイチゴがのってるんじゃないの?」
 彼女は、得意げな表情でかぶりをふった。
「それが、違うんですね。フランスでは、ブッシュ・ド・ノエル、ドイツではシュトーレン、イギリスはクリスマスプディング」
「へえ、なんかおしゃれな名前だな」
「イタリアはパネトーネ、で、アメリカは七面鳥だって」
「七面鳥、それってケーキじゃないじゃん」
 ぼくたちは、笑った。
「アメリカでは、クリスマスケーキはないみたいね」
「沙耶(さや)ちゃん、詳しいね」
 彼女は、携帯を顔の前に持ってきて小さく舌を出した。
「今、ウィキペディアで調べたんだけどね」
「なあんだ」
「それでね、日本のクリスマスケーキは、不二家が初めて作ったんだって」
「ウィキに書いてある?」
「うん。クリスマスケーキって各国でこんなに違うって知らなかった。さて、どの国のケーキにしましょうか」
「沙耶ちゃんが作りたいと思うものでいいよ」
「イギリスのクリスマスプディングにするね」
「ぼくは、沙耶が作ってくれるのなら、なんでも嬉しいよ」
 ぼくたちは、カフェを出た。クリスマスは一か月も先だというのに、街はイルミネーションで輝き、クリスマスソングが流れていた。

 クリスマス・イブをぼくの部屋で一緒に過ごそうと決めてから、彼女はとても張り切っていた。ときどきぼくの部屋にやってきては、飾りつけをしていった。ぼくはそんな彼女を可愛いと思ったし、彼女が幸せそうにしていることが何より嬉しかった。
 彼女は薬学部だったため、研究で遅くなるときは、よくこの部屋に泊まっていた。ぼくは経済学部で、来年には就活も始まる。そろそろお互いに将来のことを本気で考えないといけないと思っていた。彼女のことは好きだった。ちょっと嫉妬深いところも、拗ねると厄介なところも、全部が彼女の魅力だった。

 クリスマス・イブの日、沙耶は、たくさんの荷物を持ってぼくの部屋にやって来た。紫色のワンピースを着て、いつもと違う大人っぽい雰囲気だった。
「すごくよく似合うよ」
 彼女は恥ずかしそうに微笑んでいた。
「さあ、ケーキもプレゼントも持ってきたわよ。準備するね」
 そう言うと、鼻歌を歌いながら、テーブルの上に美味しそうな食べ物を並べ始めた。
「これ、沙耶が作ったの?」
 ぼくは、ホール型のケーキを指さして言った。彼女は手際よくテーブルの料理をお皿に盛っていく。
「そうよ。うまくできたでしょ」
 ぼくは幸せだった。彼女とずっと一緒にいたいと思った。ちゃんと就職先が決まったら、沙耶にプロポーズしよう。
 料理を並べ終わると、彼女は小さな赤いキャンドルを取り出し、シャンパンをグラスに注いだ。
「キャンドルをつけたら、部屋の灯りを暗くしてね」
 キャンドルは、クリスマスの演出として最高だった。炎が揺れるとぼくたちの影もゆらゆらと動く。まるで影絵のように幻想的だった。ぼくは思わず沙耶を抱きしめた。
「ありがとう。沙耶。最高のクリスマスだよ」
 彼女は、ぼくを上目使いに見て言った。
「今までで一番?」
「うん、一番」
「もう、これ以上素敵なクリスマスはないよね」
 ぼくは、うなずいた。
「こんな最高なクリスマスは、もうないよ」
「私も同じよ。こんな素敵な日は、もう二度とないわ」
 彼女はぼくの腕から離れて、テーブルのケーキを切り分けた。
「はい、手作りのクリスマスプディング、食べてみて」
 一切れのケーキをフォークに乗せると、ぼくの口元に持って来た。
 こんなことは、外のカフェではできないことだ。ぼくはすっかり有頂天になった。
「あーん」
 こげ茶色のケーキの中に、ドライフルーツや香辛料がぎっしりと詰まっていて、今まで食べたことのない不思議な味だった。口の中で、甘味がとろけ、全体に広がった。
「すごくおいしいよ」
 ぼくは幸せの絶頂だった。沙耶が食べさせてくれるままに、お皿のケーキを全部食べてしまった。少し、お酒が入っているのだろうか。頭がふらふらする。
 彼女は、お皿とフォークを持ったまま笑みを浮かべている。
「おいしかった? 雅人、私は今まで幸せだったわ。ありがとう」
 ぼくは目の前の景色がぐるぐる回り、口がしびれて話すことができなくなっていた。
 彼女は自分のケーキを手に取りながら言った。
「雅人。私、知ってるのよ。夏休みに女の子と二人で旅行に行ったでしょ。そのあとも、何度か飲みに行っていたことも、この部屋に泊めてたことも」
 ぼくは途切れそうな意識の中で言った。
「そ、それは違う。ほんの出来心なんだ」
 しかし、もはや声を発することはできなかった。喉をかきむしるような痛みが走る。ぼくは床に倒れた。しかし、なんとか瞼を持ち上げるくらいの生命力は残っていた。
「ありがとう、雅人。幸せだったわ。ケーキ、おいしかった? このケーキには、トリカブトの葉っぱが入っているの。まもなく私も雅人のところに行くわ。ずっと一緒だね」

 沙耶はケーキを口にし、目を細めながらシャンパングラスを傾けた。愉悦ともいえそうな穏やかな表情をしていた。
 キャンドルの炎に淡く映し出されたクリスマス・イブの光景は、最後の晩餐へと姿を変えつつあるように感じられた。
 炎は最後に大きく揺らぎ、部屋の中が暗闇に包まれた。

(了)

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