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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第三十九回作品 匿名F『この地に生まれて』

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コミュ内全体

休日。夕方。上司に言われて、俺と同じ新人の女と会社の花見の場所取りをしていたときのことだ。
場所は、上司がどうしてもここがいいという、会社から近い公園に1本咲いた桜だった。
通信制限のかかったスマホに苛立っていると、向こうから高校生ぐらいのカップルが歩いてきた。スマホを棒に付け、夢中で自撮りしているらしい。俺たちに気づかず、土足でレジャーシートの上に入ってきた。
銀色のシートに、赤茶色の足跡が大小並んだ。靴の裏に付いていたのか、潰されたアリの死骸が転がっていた。俺は顔をしかめて、能天気に笑うカップルをにらんだ。
端に座っている同期の女は、顔も上げなかった。イヤホンをして膝に置いたスマホを弄り、カップルには全く気づいていない様子だった。
ということは、俺が注意するしかない。めんどくさい。が、見て見ぬ振りをして、あとで上司に見つかったときのほうが数億倍めんどくさい。
部長という立場を利用し些細なことで部下の揚げ足を取り、お前はやる気があるのかなどと体育会系な精神論を振りかざしてねちねちと責めたてる上司に比べれば、目の前のガキに一言言うぐらい、どうということはない。
俺が声をかけると、カップルは悪びれもせず、笑って靴を脱ぎだし、なぜかそのままそこに座った。
会社のレジャーシートは15、6人は座れる広さなので、弁当や飲み物があるもののスペースに余裕はある。が、問題はそこではない。
花見の場所取りなんだけど、と遠回しに出ていくよう告げる。
するとカップルは、この桜は何とかいう映画かアニメのロケ地になっているので、どうしても記念に動画を撮りたいのだと、目をキラキラ輝かせて言う。
「動画撮るまででいいんだけど」
童顔の素直そうな見た目と対照的に、カップルは強情だった。
俺は軽くキレながら、出ていくよう説得した。ちらちらと同期の女に視線を送り、加勢を頼もうとしたが、同期は一度も顔を上げてくれなかった。
結局、俺は説得の途中で面倒になって折れた。
上司はあと2、3時間経たなければ来ないから、それまでにはこいつらは消えてくれるだろう。
カップルは桜にカメラを向けることなく、ずっと自分たちを撮っていた。
騒がしいカップルを背にしても、同期は振り向こうともしなかった。

***

しばらくすると、今度はサラリーマンらしい中年のおっさんがおぼつかない足取りでやってきた。
耳の先まで顔を真っ赤にし、スーツの上着は肩からずれ落ちかかっている。俺の会社の人間かと思ったが、見たことのない顔だ。
おっさんは相当酔っぱらっているらしく、酒瓶を傾けながら一人でぶつぶつ悪態をついていた。
俺は絡まれないよう同期を真似て顔を伏せ、この場を通り過ぎてくれることを祈った。
が、おっさんはまるでここが自分の居場所かのように、レジャーシートにどっかり腰を下ろすと、くすんだ革靴を足だけで脱いで横になってしまった。
俺は恐る恐る顔を上げ、目だけ動かしてやつを見た。
おっさんは焦点の合っていない目で俺をにらみながら、ろれつの回らない口調で何か言っている。
「うちのクソ女房がよ、家出ていきやがってよぉ、馬鹿野郎」
知るかよと、俺は顔を伏せて小さく罵った。
同期を見ると、カップルが来る前と同じように何にも気づいていない様子でスマホを弄っていた。こいつ、わざと知らない振りをしているんじゃないかと俺は疑い、文句を言う代わりにじっと同期をにらんだ。
が、同期は俺の非難の視線にも全く気づいていないようだった。事務仕事でもやっているような顔でスマホを向かっている。思い出してみれば、同期は会社ではいつもこんな堅苦しい表情をしていた。目鼻立ちははっきりしているから、笑えばかなり愛想よく見えるだろう。そうすれば、多少距離を縮める機会もできて、もしかしたらやれるかもしれないのに、と俺は思い、そこで頭を横に振った。
今はそんなことどうでもいい。隣で寝そべっているバカをどうにかしなければならない。
俺の頭痛の種のほうをそっと見ると、おっさんはさっきの威勢はどこかに消え、眠そうに目をとろんとさせていた。
俺は少し安堵した。
しばらく経ってあいつが寝入ったら、シートの外に引きずり出してしまおう。それで起きてしまったら、それはそのとき考えればいい。

***

おっさんが撒き散らす居酒屋のような酒臭さにため息をついていると、突然後ろから声をかけられた。
中年の女だった。60ぐらいだろう。後ろで纏めた白髪とニワトリのようにたるんだ首のせいでやけにやつれて見える。
が、俺はおばさんより、その後ろに並んだ年寄りのほうに目を奪われた。
7、80は越えていると思われるじいさんばあさんが十数人はいる。歩くのもやっとという者、車椅子の者、認知症のためか怯えたような目をしている者、さらにはストレッチャーのような移動式ベッドの上で毛布にくるまっている寝たきりの者までいる。
この全員を、おばさんはたった一人でここまで連れてきたのだろうか。
おばさんは、そのうちの地面にうずくまっているじいさんの手を取りながら、少し焦ったような調子でこう言った。
「おじいちゃん、散歩してたら急に具合悪くなっちゃったみたいなんです。ちょっとのあいだでいいので、少し横にならせていただけませんか」
だが俺が答える間もなく、じいさんはシートの上に倒れるようにして横になった。
よっぽど苦しいらしく、まだ肌寒い季節なのに額に大粒の汗をかき、肩で息をしている。
なし崩しに俺は場所を空けるしかない。

と、子どもの泣き声とともに、また別の声があの、と俺を呼ぶ。
今度はアラサーの若い女だった。腕に生後何か月かの赤ん坊を抱いていた。さらに後ろには小学校に行かないぐらいの幼い男子が「お腹減った」とぐずり、その横で父親らしい40過ぎの男が子どもをなだめていた。尋ねるまでもなく、4人は家族なのだろう。
母親は、大声で泣く赤ん坊をあやしながらこう言った。
「すみませんが、この子のおむつを替えたいので場所をお借りできませんか」
俺は何も言わず、すぐに弁当や飲み物をどかした。
親切心からの行動ではなかった。目の前でぎゃあぎゃあ泣きわめく赤ん坊を、さっさと黙らせてほしかったからだ。
空いた場所に、母親は注意深くゆっくりと赤ん坊を寝かせた。
そしておむつを替えるのかと思いきや、ふと手を止めて俺を見上げた。その目には秘めた決意のようなものが見え、俺は思わずたじろいだ。
母親は震える声を絞り出すようにして言った。
「あの……ご迷惑とは思いますが、そこにあるお弁当を一膳、うちの子のためにいただけませんでしょうか」
俺は驚いた。
母親は後ろでぐずる幼い息子を指差した。
「恥ずかしい話ですが、わたしも夫も非正規でお金がなくて、子どもたちをお腹いっぱい食べさせてやれてないんです。お願いします。ほんの少しだけでも構いません。いただけませんか」
母親は髪を振り乱し、泣いて頭を下げた。
父親は悔しさを押し殺すように、下唇を噛んでいた。
俺は予想外のことに口ごもった。
結論から言えば、この弁当は渡せない。上司が金を出し、特注した高級弁当なのだ。一膳でもないと知ったら、どんな顔をするだろう。想像したくもない。が、しかし……。
どうしていいか分からず、俺は同期の女を見た。
同期は、ここに場所取りしてから初めてその顔を上げていた。
が、相変わらずイヤホンはしたまま、怪訝な表情だった。
俺を見ているのだと思いきや、そうではなかった。同期は俺の後ろにいる誰かを見ていた。
振り返る前に声がした。溌剌とした男の声だった。それはこう言った。
「さあ、皆さん。ここが私たちの故郷です」
振り返ると、そこには20人ほどの集団がいた。年齢層は幅広く、下は10から上は80と、ここにいる者と変わらなかった。
集団を率いているのは男だった。人の好さそうな温和な笑顔に、小綺麗なブランド物のスーツで身を固めていた。
が、俺はその男に何か胡散臭いものを感じた。
男はウケ狙いなのか、ピエロが着けるような丸く赤い鼻を着けていた。おまけに顔がメイクしたように白いために本当のピエロらしく見えた。しかしよく見ると、その目は死んだ魚のように表情がなかった。
異様なのは、集団も同じだった。男も女も年寄りも若者も、みな明るく健康的に見えたが、目だけは一様にピエロ男のように死んでいた。
おまけに全員揃って、旗を掲げている。何も描かれていない黒字の旗だった。
男は桜の前で立ち止まると、大仰にこう言った。
「ご覧なさい。これが我々、この地の民が受け継いできた敬虔で荘厳な奥ゆかしい木です。この花を我らが吸収すれば、我らの体液は清く尊く澄み渡るでしょう。そうすれば、我々は初めてこの地に生きる民としての資格を得るのです」


――――つづく

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